第2話 主人の青年

あの後、どっちゃりと硬貨が入った袋を片手に、ほくほく顔でこちらを見送る豚を横目に、アトラを伴って青年は奴隷市場を出た。

半月ぶりの日光は中々にキツイ。目を焼く日光が憎い。脆弱なこの身も恨めしい。


(これは、今日の夜は肌が赤くなりそうね……)


急激な光度の変化についていけないのか、目がしょぼしょぼと何度もこする。その度に手足に付けられた鎖がジャラリ、ジャラリと鬱陶しい。

どうにかならないものかと、前を歩く青年の背中を見つめる。

すたすた、すたすた、と自分の方を省みることなく往来を歩くその後ろ姿に、改めて自分が奴隷として買われたのだと実感した。

実感して、心の中に何かがストンと落ちた気がした。思っていいたよりも奴隷市場の待機所が良心的な施設で、自分が奴隷に成り下がったのだと実感できなかったからだろう。

そう納得すれば、だんだんと周囲の状況が見えてくる。

大通りには沢山の出店が立ち並び、それに立ち寄って商談をする人々の姿。

それと時折、こちらを伺うように往来の人々が目を自分に向ける。ドワーフの中でも異質とされるこの容姿は、どうやら人種の中でも特異に映るらしい。

キチンと整備された石畳の路は、裸足の自分でもそれなりに歩きやすい。

たまに小石が足の裏を刺して痛いが、整備されていない坑道や、尖った小枝や腐葉土で形成された地面よりましだ。

往来を行き来する人の数は多い。

それもそのはず。ここは、つい十年前までとある国の王都だったのだから。

地の国ファーフニール。正しくは、だった場所。

新興民主主義国家ワルキューレそれが今のこの国の名前、らしい。

ドワーフの言葉を話せる奴隷の一人が戯れに話してくれた情報だ。あと、ここも王都じゃなくて首都というらしい。何が違うのかは分からなかったが。

そして、いつの間にやら目的地に着いたらしく、鎖のジャラジャラ音が止まった。

前を見ると、そこは何やら食器の絵が描かれた看板がでかでかと掲げられた木製の建物だった。


(……まずは、腹ごしらえってところかしら)


見るからに飯物屋だ。

これで食器屋さんとかだったら、流石に苦笑いせざるを得ない。

中に入ると、カチャカチャと食器同士が擦れあう音が聞こえた。どうやら、食べ物屋であっていたらしい。

で、適当に空いている席を青年が見つけ、そこについていった。

席に着くと、青年の後ろに控えようとしたが、何やら青年が椅子を引いて、こちらを見ている。


(座れってこと……?)


さらに顎でしゃくって椅子を示す。どうやら、本当に座れとのことらしい。

奴隷とは思えない扱いに戸惑いながら、アトラは席についた。


「;@@::。。?」


(だから、言葉が分からないんだって)


言葉に出して言ってもしょうがないので、胸中で文句を言う。

ベチャクチャ、ベチャクチャと、青年が何やら喋り続ける。

そうして、数フレーズ終わったところで、突然。


「お前の、幸せはなんだ?」

「えっ?」


青年が、突然にドワーフの言葉で言った。

アトラが反応を示したことを確認したのか、青年は再度問う。


「お前の、幸せはなんだ?」


真っすぐと、こちらの瞳を覗き込みながら、青年は言った。

何を、言っているんだ。

疑問が脳内に渦巻く。

アトラが困惑していると、青年は続ける。


「俺は、お前を幸せにする」

「……はい?」


聞こえによっては、プロポーズの言葉にも取れるこの言葉に、アトラはさらに混乱を深める。


「ええと、意味が分からないのですが、ご主人様?」

「……ドワーフ語では通じないのか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

「そうか。なら、答えろ。お前の幸せは何だ?」

「……」


咄嗟に取り繕ったドワーフ語での敬語で会話に応えつつ、アトラは考える。

幸せ。

幸せとは、何か。自分にとっての、幸せ。それを聞いてどうするのか?

疑問は増えるばかりで、一向にその数が減る様子はない。


「私の、幸せ?」

「そうだ。お前の幸せだ」

「それを聞いて、どうするのですか?」

「叶える。その為に、お前を買った」

「……は?」


幸せを叶える?

その為に自分を買った?

何を言っているのだ、この青年は。


「お前の幸せ。俺はそれを叶える」

「……」


再度、沈黙。

いや、というより絶句だ。

何を、言っているのだろうか、この青年は。


「家族の元に帰りたいというのであれば、お前の家族を探そう。豪遊がしたいのであれば、出来る限りはしよう。俺が出来る事なら叶えよう。出来なくとも、それに近くなるようにしよう。さあ、お前の幸せは何だ、アトラ?」


不意に呼ばれた名前に、身体を鷲掴みにされたような感覚を覚え、思わず身を強ばらせる。

本当に何なんだ、この青年は。

アトラは答えに窮して、無言を示す。

そのことを何やら勘違いしたらしく、青年は一人納得したように手を打ち、口を開いた。


「ああ、そうか。こちらだけ名前を知っているというのは不公平だな。……俺は、ジード。ジード・フリーグだ」






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五龍神話 kozuzu @kozuzu

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