第1話 身売られた少女

ザリ、ジャリ、ジャリン。

薄暗くランプに照らされた空間に、鎖が引きずられる音が響く。

響きて、消える。

周囲の下卑た会話の音と哄笑、嘲笑によってかき消される。


奴隷市場。


それがこの場所の名。

様々な理由によってその身を金銭へと変えた者たちが集い、欲望に満ちた人々がそれを買い受ける。

そういう、場所だ。


(もう決まったの……随分と早いのね)


繋がれた鎖とそれがかき鳴らす耳障りな音を鼓膜で受けながら、少女は独白した。

自身が売られたのは、凡そ半月ほど前の事だ。

特に難しい事情などない。

稼ぎ頭の父と兄が倒れ、喰いぶちにこまった。

炭鉱暮らしの彼女たちには特段珍しいことではなかった。

怪我をして、食い扶持に困った。

で、ちょっと特異な事情で家事などしか出来ない為に、働けない為に、彼女を売って得た金銭で療養する。

その過程で口減らしも出来る。ああ、一石二鳥じゃあないか。

声を出さず、口端を僅かに揺らす。


(仕方のないことじゃない。割り切ったでしょう? あなたは子供じゃないんだから)


他人事のように言って、己の四肢を見る。

逃走を防ぐ為、両手両足に嵌められた手枷足枷が見えた。

そこに繋がれた、白く傷一つない己の柔肌。視界にちらつく真っ白な自分の髪の毛。

嗅覚に意識を向ければ、一週間ぶりの洗体によって体に振りかけられた香水のにおいがする。

暴力などは振るわれない。

それは、商品価値を貶める行為だから。

だが、だからといって常時綺麗にしておく理由もない。

そう、この身が清められたという事はつまり、自身の売約が決まったという事だろう。


(さて……どんな好事家が買ったのかしらね? こんな矮躯の変異種ドワーフなんか)


そう一人ごちて、肌の白いドワーフ、 アトラは小汚いこの市場の中で、唯一清潔に保たれた部屋の扉に立たされる。


「@:>?>‘*+L*:+>`{**???」


己を家畜の様に引いていた人種の男が何か言っている。

多分、「こっから先にはお客様がいる。粗相の無いように」とかそんな感じだろう。


(だから、言葉が分かんないんだってば)


彼女はドワーフ。

炭鉱などで鉱石や燃料を採って生業にする種族だ。

基本的に穴倉暮らしで、外に出て何かするのは族長たちぐらいで、末端は鉱山から出ることなく仕事に従事する。

そこで話されるのはドワーフたる自分達の言語。

当然だ。

で、外部とのコミュニケーションは族長たちが一挙に担う。

であれば、末端の末端たるアトラがドワーフの言語以外話せる道理などない。

これも、当然だろう。

そんなこんなで、男が扉に据えつけられた金属のドアノッカーを数回鳴らす。

すると、中から声があり、扉が開く。


(っ……眩しいのは、苦手よ……)


一瞬、この薄暗い奴隷市場に不釣り合いなほどの照明に視界を埋められた。

元々、ドワーフという種はその習性や生活環境から日光に弱い。一年中穴倉に閉じこもっているんだから道理だ。

そして、その中でもアトラは特に光に敏感だ。

幼いころから脆弱な体と、貧弱な腕力。ドワーフのくせに真っ白い肌。その上容姿はそれなりときた。

仕事は満足に出来ないくせして、見てくれは長耳のないエルフのような小綺麗な顔立ちをしているのだ。

同性にやっかみを買うわ、家族には要らん気遣いを貰うわで、アトラは己の生に辟易していた。

唐突に強い光を当てられたため、まぶたが痙攣して、少し呻き声が漏れたのだが、幸いに男には声が聞こえなかったらしく何も言ってこない。

そして、だんだんと視覚が戻ってくる。


(じゃあまあ、私のご主人様とやらを拝見しますか……)


立たされ、白く滲んだ視界の中で、自分の事を買うらしい人物を探す。

それは、部屋の中央に置かれた椅子に座っていた。

簡素な茶色の服に、端々に血が滲んだライトアーマーを纏う。

顔は、多分美青年の内に入るだろう。整っている。

この大陸では珍しく、黒髪。と、それに少し茶と白の色が混じっている。

そして、耳には何故か冬でもなかろうに暑苦しそうな革の耳当てをしていた。

齢は、思いの外若い。多分、十六、七ぐらいではなかろうか。


(なんだ、冒険者か……)


内心、舌打ちした。

この風貌、どうせ稼ぎの無い駆け出し冒険者だろう。

大方、未開の洞窟やら迷宮ダンジョンやらに連れていく戦闘奴隷か、性欲処理兼拠点維持のお手伝いをする侍女奴隷、といったご用向きだろう。

部屋には全部で四人。

アトラと、アトラの鎖を引く男。

目の前の冒険者風の青年。

それと交渉している、醜く肥え太った男。


「@~・:・;:+**;」


「……¥・+:>>?」


会話が止み、豚が油でテカったその頬をにんまりとさせる。

どうやら、交渉成立らしい。

両者が立ち上がり、豚は満面の笑みで。青年は無表情で握手を交わす。


「@@\\\::^$」


「”%>;@・。&」


背中が押され、青年の方へ身柄が移る。

この時、私の運命は、決まったのだった。


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