落葉の決闘

柾木 旭士

剣と斧槍

 冬の訪れを感じさせる冷気を含んだ風が木立ちの間を通り抜け、赤や黄に染まった葉が間断なく舞い落ちる。長らく人の手入れがされていないであろう林の中には、対峙する二人の男の姿が認められた。

「とうとうこの時が来た。一族の汚名を晴らすこの時のこと、幾度夢に見たことか。覚悟はよいか、マクミラン」

 そう言ったのは、中背中肉の若い男である。抜き放ったロング・ソードを手に、眼前の男を鋭い視線で射抜いている。簡素な旅装のうえに、革の胴衣とガントレットを身につけたのみの軽装である。

 いまひとり――マクミランと呼ばれた男は、縦にも横にも大きく体格がいい。兜を被っているため、その顔かたちから年齢を推し量ることはできぬ。

「オーエン家の小僧が、この俺に対して随分な口を利くようになったものだ」

 マクミランは鼻を鳴らす。声からは、彼が中年であることが察せられた。マクミランの得物は、大人の背丈二人分ほどもあろうかという長柄のハルバードであった。こちらは全身を覆うチェイン・メイルの上に、鋼鉄の胴鎧、ガントレットとグリーブを身につけている。完全武装といってよい。

 双方ともに刃引きなどしておらぬ。まさに真剣勝負である。

 もはや言葉は不要、とでも言わんばかりにオーエンが中段に構える。マクミランは、穂先を水平からやや下に向けた構えだ。

 体格も膂力も劣るオーエンは、手数と機動力で上回らねば勝負にならぬ。一方のマクミランは装甲と間合いという点で優位である。オーエンは隙を覗おうと、じりじりと摺り足でマクミランの周囲を回り始めた。マクミランはどっしりと構え、オーエンの動きに合わせる。

 と、マクミランの頭上から、ひときわ大きな木の葉がはらりと舞い落ちた。その葉がマクミランの視界を一瞬遮る――と同時に、オーエンが奔り出た。

「ぬうんッ!」

 マクミランは怯まず、オーエンの踏み込みに合わせて正確無比な突きを繰り出した。しかしオーエンもさるもの、上体を捻ってこれを回避すると、更に一歩踏み出し上段に振りかぶった。

「甘いわ、小僧!」

 まさに剣を振り下ろそうとしていたオーエンは、とっさに手を止めその場にしゃがみこんだ。その頭上を、鋭い刃風が通り抜ける。剣士としての優れた勘ばたらきがなければ、オーエンは首筋を裂かれていただろう。

 ハルバードという武器には、通常の槍と異なり鉤状の刃が備えられている。突く・斬る・叩くに加え、引き斬るという使い方ができるのが強みであるが、これを扱うのは普通の槍よりも難しいとされている。

 そして間髪入れず、オーエンの脳天にハルバードの斧状の刃が迫った。

「くうッ!?」

 横に転げて斬撃を避けるオーエンに、マクミランは矢継ぎ早の追撃を繰り出す。立ち上がる隙も与えられぬまま、全身落葉と土まみれになりながらもオーエンは猛攻を凌ぐ。

 上段からの大振りの一撃。オーエンは身体を捻りつつ後ろに跳んでこれを避ける。強烈きわまるマクミランの一撃が、落ち葉積もる地面に大きな穴を穿った。

 すんでのところでマクミランの間合いから逃れたオーエンは、鼻から大きく息を吸った。修行によって鍛えられた肉体にはその一呼吸で十分だ。落ち着きを取り戻したオーエンは、ふたたび中段に構えてマクミランに対する。

 オーエンは、マクミランとの決闘に際し、長柄武器との立会いを幾度も重ねてきた。槍の名手と名高いマクミランに対抗するためだ。しかし、実際のマクミランはそれまで戦ってきた誰よりも熟達した腕前をもっている。そして――マクミランがハルバードの扱いにも長けているということはオーエンにとって大きな誤算であった。

 通常の槍相手ならば、初撃をかわして踏み込んだ時点でオーエンの優位は揺るがぬ状況になったはずである。ハルバードという武器の持つ特殊性、そして瞬時に状況を見極め槍を引いたマクミランの判断力。

 ――力量は向こうが上。命を投げ打つ覚悟がなければ到底勝ちは拾えぬ。

 そう判断したオーエンは、躊躇することなく腹をくくった。

 剣を水平にマクミランに向け、前がかりの重心。

 ――力の差を思い知り、破れかぶれの突撃で一か八かの賭けにでも出るつもりか?

 マクミランがいぶかしむ。しかし、オーエンの瞳からは確固たる意志の力が放たれている。力量差を凌駕するだけの策でもあるのだろうか。

 ――ふん。どのような策があろうとも、正面から受け止めた上で叩きのめしてくれる。

 マクミランが、槍を握る手に一層の力を籠めた。全身から気合が迸り、オーエンの目にはただでさえ巨大なマクミランの体躯が二倍も三倍も大きくなったように映っただろう。オーエンは気圧されぬよう、両足にしっかと力を入れて大地を踏みしめる。

 と、上空を飛ぶ一羽の鳥が、二人の間に影を落とした。これが合図とばかりに、オーエンが踏み込んだ。

「いざッ!」

 踏み込みと同時に、オーエンが腰の鞘から短剣を投げ放つ。スティレットと呼ばれる刺突に特化した刃である。短剣は、鉄兜で覆われたマクミランの頭部めがけて飛んだ。

「小細工を!」

 マクミランは全く怯まず、それを避けようともしない。使いようによっては鎧を貫通せしめるその武器も、投擲では本来の威力が発揮されないことがわかっているからだ。事実、短剣は兜にあっさりと弾かれた。

 ――短剣をおとりに踏み込もうというわけか。くだらぬ。俺も舐められたものだ。

 マクミランの槍の穂先は、既にオーエンを捕捉している。マクミランは、オーエンの心臓めがけ鋭くハルバードを突き込んだ。先ほどの攻防とは違い、間合いも速度も完璧な、必中の一撃である。

「むうッ!?」

 しかし、マクミランの手に伝わった手ごたえは、想像していたそれとは違っていた。オーエンは自らの左腕を盾にして、必殺の突きを防いだのである。

 そして、オーエンはマクミランが考えもしなかった行動に出た。

「おおおおぉぉぉーーーーッ!」

 槍の穂先が深々と突き刺さったままの自らの前腕を、穂先を巻き込むように捻ったのである。刃が骨と筋肉を鈍い感触が、マクミランの手に平に伝わる。穂先にはオーエンの腕の筋繊維や骨がぐちゃぐちゃに絡まり、容易に抜けない状態となった。

「き、貴様……!?」

 さしものマクミランも面食らう。しかし――それも一瞬のこと。

 穂先を絡め取られはしたものの、身動きが取れぬのはオーエンとて同じである。このまま力比べをしていても、息絶えるのは出血夥しいオーエンのほうだ。

 しかし、オーエンはさらに驚愕の行動に出た。右手のロングソードを振りかぶると、自らの左腕に振り下ろしたのだ。

 オーエンの左腕が、肘の下の辺りから斬り飛ばされた。マクミランが眼を見開いた一瞬で、オーエンは一気に肉薄する。マクミランは槍を引いて鉤による反撃を試みる――が、オーエンの左腕が刺さったままの穂先は重く、思うままにならぬ。

「覚悟!」

 オーエンの剣は、マクミランの兜の縁に生じたわずかな隙間から中に滑り込み、その首筋を一気に刺し貫いた。喉仏から頚椎に至るまでを寸断されたマクミランは、声も上げずに倒れ伏す。

「父上、オーエン家の悲願、こ……ここに成りまして、ございます……」

 呟き、オーエンは立ち去った。

 二人の対決を見守った木々は黙して語らず、ただ倒れたマクミランの身体に色鮮やかな落ち葉を降らせるのみ。

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落葉の決闘 柾木 旭士 @masaki_asato

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