トンビ飛べなかった
僕はサキのことを愛し、彼女のために彼女を殺し、島のために死神を殺して力を得た。その力で島の管理者だったナギサ君を殺し、僕はこの島における
だから僕は塔を立てた。サキが現実世界にはスカイツリーなる物が聳え立っているというので、それを模倣したのだ。だけど、僕はそれを見たことが無かったので、それは想像で作るしかなく、結局何の飾りもない、ただ真っすぐに伸びる白い塔になった。それは後ずさりしても、トンビがいくら高く飛んでも飛べないほど高かった。サキは日本一だと言っていたので、きっとそのぐらい高くても相違は無いだろう。
僕の仕事は待つことだ。起きてから寝るまで僕はテレビから島を見渡し、夜になると寂しくなる。だって、一人ぼっちだからね。僕は人ならざるモノに染まり、人間を辞めたわけだけど、未だに安い感情がこびりついて仕方がないんだ。誰か買ってくれないかな? 大安売りだよ。
夜になって眠くなったら僕は寝る。そしてサキが夢に出てこないかな? とか思って写真を枕の下にいれている。でも、今の今までそんな素敵な夢は見られていない。昨夜も今日もどうやら見れなかったようだ。夜が過ぎると、僕は呑気に背伸びしてまた朝を迎える。この繰り返しだ。
この塔で暮らし始めてから僕はだいぶ人間ぽく無くなってきた。ナギサ君はいつもこんな重圧に耐えていたのだろうかと思うと、あの優しい声は痣だらけだったんだと、僕は今頃になって知る。懸命に隠して、いつも笑っていた彼は、果たしてどんな気分で僕らに会っていたのだろうか、その親交を深めた何人の人たちを、彼は殺してきたのだろうか。ようやくこの世界だったナギサ君の本心が分かったような気がして、僕に心から話しかけてくれたと思えたのに、迎えた朝はいつも通りの小汚い部屋だけで、窓を開ければ雲の切れ間から街が見えるだけ。テレビを点けてもまだ皆寝ていて、どうやら僕は随分と早起きしたようだ。机の上には書きかけの手紙があり、僕はそれを丸めて捨てた。インクの少ないペンを捨てられないのは、手紙を書きたいとまだ思っている証拠だった。
靴の中でコオロギが泣きだした頃、怠惰な命は動き出した。
「やぁ、いい月だね。どうしたんだい? 眠れないのかい?」僕は双子の姉に話しかける。
「私がいなくなったら、妹はどうなるの?」
「どうもならないさ。自分で自分と向き合えるまでここに居るだけ。君がちょっと先に戻るだけだよ」
「そう、なら、お願いね」
双子の姉は僕にゴーサインを出した。
「分かったよ」
僕はナイフを取り出して、それから正義のしるしを踏みつぶしながら赤い月の下でしっかりと振り下ろした。
***
僕は窓を閉めた。
窓を閉めるとき、何かが僕の頬に触れた気がして、目を凝らすと見えない何かがいた気がした。それは目の前で伸びてから縮んで、またどこかへ飛んでいった、そんな気がした。
「……!? サキっ」
意思と意志と遺志で石のように固まっていた僕は、もう一度手を伸ばす。隠したナイフでいつか飛んだ空を切り取るために。斬りこまれた宇宙はぱっかりと割れて、そして、それから僕をそのまま飲み込んだ。
スピッツベルゲン島物語 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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