死神の岬へ

「……サキ? サキなの……?」僕はナギサ君がいなくなったあと、部屋で座り込んでいた。夜風に寒さを感じたとき、僕はサキがこの部屋にいることに気づき、後ずさりしながら聞いた。幽霊の類いはあまり得意じゃない。

「そうだよ! 久し振りっ!一週間ちょいぶりくらい?」

「なんで、なんでここに……」確かサキは僕に殺してほしくて、それでいて僕に殺されてこの島から現実世界に戻ったんじゃーー「もしかして、ナギサ君?」

 当てずっぽうだったけど、どうやら当たったようだ。

「あれ? 彼、何か言ってた?」

「いや、何でもない」僕はこの久々の笑顔を思いっきり抱き締めた。「おかえり」


 ***


「これ、大丈夫?」

「大丈夫だよ、圧倒的にエタノールだってあるし」

 僕とサキは死神の遊ぶ岬へ向かうために車を借りに来ていた。サキが言うに、ナギサ君を助けるためには僕が死神に会って、力を得る必要があるそうだ。死神のいる岬は遠く、島の果てにある。歩いていける距離ではないのだ。よって、以前島の森の中で見つけた古いオンボロ車を使おうと言うわけである。タイヤもすりにすり減った小さな青い車だった。

「動かせそう?」

「っ……よしっ。一応エンジンは掛かったみたい。うん、何とかなるかもしれない」

「そういえば、運転できるんだね?」

「免許は無いけどね。まぁ、ここは法治国家じゃなさそうだから大丈夫じゃないかな?」

 僕らはほんとに大丈夫? 大丈夫! と笑い合った。この一週間は互いに自分の中で、自分の穴の中でしか息してなかったのでとにかく喋りたかった。

 夜が明けて、日が出る頃に僕らは、車を左右に揺らしながら森を出発した。

 車は森を抜け、幾つものけもの道をみつけた。やがて舗装された道を走りだし、僕らは一本道を進んでいく。左右に金の風に揺れる稲穂が一面広がるのを見て感動し、その奥に朽ち果てて崩れている家屋も見えた。稲穂畑を過ぎると、もう動けなさそうな野良犬が寝そべっており、一つだけポツンと置かれたガードレールには車が衝突したような傷があった。やがて広く開けた場所に出て、そこが岬だと分かったのは車から降りて死神を見つけたからだった。

「僕と遊んでくれや」

 死神は僕らに会うなりそう言い、岬の下の海岸から大量の石ころを宙に浮かせた。

「好きなの使ってくれや。互いに一個ずつ積み上げて先に崩したほうの勝ちや。その代り崩したやつからは魂もらうで」

「死神が崩したときは?」

「おいらの勝ちで、おいらの魂をくれてやるで」

「勝ったら何かいいことあるの?」

「死神っても神様や。何か人外な褒美ぐらいはくれてやるで」

 こうして僕とサキと死神との〝ツミ石遊び〟が始まった。

 そこら辺に浮いてある小石をとってきては、重心を考えて積み重ねていく。全員膝の高さまでは順調に積み重ねていった。

「やばいっ。もう崩れそう」サキは悲鳴をあげる。

「大丈夫、崩れそうなだけでまだ崩れはしないよ」

 見た目が不安定でも、支えられるべきところが支えられていれば崩れはしない。だが、これ以上は僕でも積み重ねていくことに自信がなかった。

 先ほどから上空を舞っている鳥は精気を吸い取られているのか、少し痩せこけている。僕は次の石を選ぶふりをしていた。そろそろ決着がつくからだ。

「……よし、じゃぁこれにする」

 僕は丸とは程遠い歪でみっともない意志を選んだ。それから慎重に自分の石の塔に積み重ねた。

「よし、大丈夫だ」

「次は死神さんだね」

「わーってるで、そんなせかすなや」

 あれでもない、これでもないと死神は石の選別を始めた。

 その時だった。

 ガラガラ。

 死神の塔は音を立てて完全に崩れた。

「僕たちの勝ちだね、約束通り頼むよ」

「なんでや!? ワイの魔法は完璧だっ――」

「やっぱり。だろうと思った。最初から僕らに勝ち目なんてなかったんだよ」

「どうやったの?」

「前にシズカリ海岸に行ったとき、鳴き砂ってのがあっただろ? あれって、砂に石英が多く含まれているからなんだ。石英ってガラスみたいなものだからね。あとは太陽の光が宙に浮いた石に当たるのを待つだけさ。ほら、虫眼鏡でやったことない?」

「焼いたの?」

「焦げ目をつけて、少しへこませたんだ。少しでも形状が変われば、そりゃぁ重心も動くからね」

 死神は地団太踏んですごく悔しそうにしていたが、やがてパタリと座り込んだ。

「完敗や。仕方ない、そのナイフちょっと貸してや」


 こうして僕のナイフに死神の魂を込めることに成功し、ナギサ君と戦う準備をしたのである。サキとはここで別れた。何せ彼女は幽霊みたいなものだからね。後日会う約束だけして、どこか消えてしまった。僕は青い車に再び乗って、学校へと帰った。

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