タンポポ

 「くそっ……」僕は竜の尾に気づかず、そのまま慣性の法則で飛ばされていった。「こいつはとんだじゃじゃ馬だな……」

 僕は校舎を蹴飛ばして体勢を建て直し、再び血だらけの竜へ向かっていった。

「くぉぉぉぉぉ」

 目の前の竜は青い体表に赤い斑点を付けるような姿になっており、それでもまだ僕を威嚇し続けていた。僕を止めるために。思い止まらせるために。だが、ナギサ君も分かっているはずだ。僕の覚悟が桜レベルではなく、タンポポレベルであることも。この刀を抜いた時点で、すでに決まっていたことも。それでもオトコには戦わなくてはいけないことがある。信念を通すために。自分の意見を正当化するために。

 僕は再び数度刀を切りつけに掛かるが、それらは空を掠めるだけ。ぬらりくらりと体をねじらせて避わした後に、僕の頭上で光を放ち出す。

 地面に穴が開くのを見ながら後方へ飛び、追撃を刀身で四方に飛ばす。だが残りカスが僕の額を切って行った。逃げてはだめだとすぐに自分に言い聞かせ、僕は片手を付きながらの着地を決めた。間合いを二秒取ったならばそれで十分。あとはそのまま目の前に駆け出すだけ。僕は一気に、数多放たれる光線を切り裂きながら竜の首へ走って行く。

 勝負は一瞬だった。光線が出なくなり、不思議に思ったときにはすでに首は落ちていた。

 校庭に残ったのは黒いガラクタと一匹の生ゴミと僕だけだった。登り出した太陽は黄ばんでいて、刀を鞘にしまった僕は当然のように校舎に向かって歩き出していた。


 ***


 教室にはサキとナギサ君と死神がいた。窓ガラスは赤いセロファンが貼られているかのように真っ赤だった。

「久しぶり。そっちの世界はどうだい?」

「おかげさまで。変わっていて驚いたところといえば、二本目の東京タワーができたことかな? スカイツリーっていうんだって」

 僕の知らない僕のいた世界にどうやら戻って、それからそこで暮らせていることは聞くまでもないようだった。きっと、今、この赤い窓から遠くに見える塔がそうなのだろう。校庭も幾分か広く整備されている気がする。

「では、約束通り」死神は用事をさっさと済ませたいようだった。

「じゃぁ、よろしくね」ナギサ君もこれ以上は何も言わないようだった。

 この世界を今まで管理してきたのはナギサ君で、その彼に竜という力を与えていたのがこの死神だ。そしてサキは本来ナギサ君に殺されるべきところだったのに僕のナイフで殺された。だから今ここでやり直すそうだ。

 これだけのことが分かったのだ。もうこれ以上何かが解っても何も変わらない。僕が選んだことだから何も変わらない。それでもこの二人とはもう会えないとなると、それは別のことで。どうしても悲しくなってしまう。僕は立ったままでいたが、心はしゃがみこんで泣き出してしまった。

 情けない。

「また、会えるさ。姿かたちが変われども、ここが地球のどこかであることは君にだってわかるだろう?」

 僕は頷いて泣くのをやめて、それからナイフを取り出した。まだ短いままのナイフだ。それから三人の元へゆっくりそれを振り下ろした。

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