エピローグ パリ条約、締結
「ふわ〜、懐かしのパリ! ロマンチックですね〜! パウルさん、似顔絵描いてもらいましょう!」
「おいおい……時間は大丈夫か?」
はしゃぐマーサの指し示す先のセーヌ川には、まだ眩しい夏の気配が残されていた。そこここにベレー帽をかぶった絵描き達が座っている。1783年9月、アメリア独立政府は正式にブリタニア帝国と講和条約を、ここパリで結ぼうとしていた。
「マーサ、もう! はしゃぎ過ぎだよ!」
「まあまあ……フランクリン殿。彼女は独立戦争の重圧からついに解放され、すべての恋人達の都、パリに来ているのです。多少はおおめに見てあげましょう」
「ラファイエット公がそういうのなら……。フランシュ王国とブリタニア帝国の交渉も滞りなく?」
「はい。我々の条約締結も本日の予定です。そちらがパリ条約ですから、我々の方はヴェルサイユ平和条約という名称になりますな」
「ブリタニア帝国の拡大に一応の歯止めがかかった……ということですね。フェルゼン公は?」
「彼は一足先にヴェルサイユ宮殿に向かっていますよ。……ただ、行き先は本宮殿ではなく、小宮殿(プティ・トリアノン)の方でしょうが」
ラファイエット公は肩をすくめた。
「距離をおけば両者の熱もおさまるかと思いましたが、かえって火を煽る結果となったようです。それに……お気づきかもしれませんが、パリ市内の王政に対する不満が予想以上に高まっています。……フランシュ王国も激動の時代が始まるのかもしれません」
「だとしても……アメリアとの友情は変わりませんよ」
「……ありがとうございます」
ベンジャミンはセーヌ川に視線を送り、今日までのブリタニア帝国との交渉に想いを巡らせた。交渉は1782年の4月に開始され、同年11月に予備調印を済ませていた。今日1783年9月の調印が正式な調印となる。
***
旧大陸列強を巻き込んだ壮絶な戦乱の幕切れにしては、簡素な条約調印式だった。条約交渉の舞台であったホテル・ヨークのスイートルームにおいて、ブリタニア帝国から派遣された条約締結の責任者、ブリタニア帝国下院議員デービッド・ハートリーが無表情に条約にサインをすると、続いてベンジャミン・フランクリンがサインをした。その文章は以下のようなものだった。
「最も神聖にして分かつことあたわざる三位一体の名において……最もやんごとなく最も力あるブリタニア帝国皇帝ジョージ三世およびアメリア連邦政府は、過去のわだかまりおよび行き違いのいっさいを忘れ、それによって不幸にも中断されたよき交流と友好とを回復し、恒久の平和と調和を促進し確かなものにする……ブリタニア帝国皇帝陛下はアメリア連合諸邦が自由にして独立した主権国家であり、自身もその世継ぎも継承者も、同諸邦およびそのいかなる部分についても、施政、財産、領土に対するいっさいの権利主張を放棄する……」
調印が終わると、ブリタニア帝国使節団は記念の集合肖像画の下書きが終わるのを待たず、そそくさと退席した。後日談ではあるが、この肖像画は未完成に終わっている。
「やれやれ……こんなのを見にに、わざわざパリくんだりまで来たんですか?」
「そう言うな。ベンジャミンの粋な計らいだろう? おまえが初代アメリア大統領になれば、まとまった休暇なんて取れないからな」
「じゃ……残りの日程は新婚旅行ってわけですね?」
いたずらっぽく微笑んだマーサは、パウルの頬に口づけする。二人はパリに渡る直前、結婚式を挙げていた。そこにちょうど、ブリタニア帝国使節団を見送ったベンジャミンが戻ってきた。
「君たちね……まじめな顔で条約に調印してた僕がバカみたいじゃないか。ほら、大陸周遊の鉄道チケットと小切手。3ヶ月後の第一回連邦政府会議には必ず出席してよ? じゃ、ごゆっくり」
「ありがと、ベンジー! お土産、楽しみにしてて!」
軽く手を挙げて、ベンジャミンは部屋を出ていった。
「さて、最初の目的地は?」
「ブリタニア帝国ロンドンだ。……ジェームズ・ワット博士にあいつを届けないと」
パウルはホテルの窓際に近寄り、中庭に横たえられ、防水布で覆われた巨人を見た。それこそはアメリア独立戦争を勝利に導いた蒸気精霊騎アークエンジェルだった。
「あいつが俺達の命を救い、アメリアを独立させてくれたんだ。一度は里帰りさせて、整備してやらなきゃな」
「ふふ……私たちを結びつけてくれた、大切な子供みたいなものですからね」
マーサはパウルに、そっと寄り添った。パウルは優しく微笑むと、カーテンを閉める。その向こう側で、ふたたび二人の影が重なった。
(蒸気精霊騎アークエンジェル・終)
蒸気精霊騎アークエンジェル 夏川 修一 @isoroku17
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