第7話
そんな人気と裏腹に、ゴルドレンドはいつも浮かない表情をしていた。ゴルドレンドはさらに思慮ぶかく、もの静かな表情を浮かべるようになった。
ゴルドレンドの行動は多くの人に勇気を与えた。しかしそれは時として無謀を生んだ。ある村では青年たちが名を上げようとドラゴンに向かっていき、引きちぎられた肉片になった。ドラゴンの怒りはそれでは収まらずに、彼らの村を襲い全てを焼き尽くすまで止まらなかった。
そんな事件を聞く度にゴルドレンドはまるで自分のことのように心を痛め、直ぐに討伐に向かった。彼は人々に夢を見せた。だからその責任をとらなくてはならなかった。ゴルドレンドは人々が戦う必要がないように戦い続けた。しかし皮肉なことに彼が戦えば戦うほど彼に憧れて戦いを夢見る人々は増えていった。
やがて国中からドラゴンが居なくなる日がやってきた。ゴルドレンドは最後のドラゴンを殺すと王に願い出てその日のうちに引退した。
王はゴルドレンドの為に盛大な式を用意したが、ゴルドレンドは用事があるといって直ぐに王都を出て故郷の村に戻った。その時、僕は王立名誉鍛冶長なんて口にするだけで目眩がするような称号を得ていたが、ゴルドレンドがいない王都にはもうなんの魅力もなかった。僕はさっさと辞任すると、鍛冶場を部下に任せることにした。
僕らの村は昔のままだった。
討伐の旅で国内を駆け回っている間。近くを通ると決まって僕らはこの村に立ち寄ったから、それほど久しぶりというわけでは無かったが、それでも故郷は良いものだった。
ただ一つ変わっていたことと言えば、ゴルドレンド生誕の村として観光名所になっていたことぐらいだった。広場の真ん中には、小さな小屋が立っていて、そこにはドラゴンの頭骨が保存されていた。ゴルドレンドが最初に倒したドラゴンの頭骨だ。その左眼窩にはあの時ゴルドレンドが突き刺した槍がまだ刺さっていた。人々はそこを見学し、その槍を見ては勇者ゴルドレンドの勇気に思いを馳せた。
ゴルドレンドはまた羊飼いに戻った。貴族が羊飼いをするのなどは全く前例がなかったが、それでも彼は昔のようにうまく羊を飼い慣らした。
僕はまた鍛冶屋に戻った。ついでに言うと僕は結婚した。ドラゴンを倒しに行く前に結婚の約束をしたのだが、討伐のおかげで延びに延びてしまった。とはいえ、相手は僕より大分年齢が下だったから、丁度いい年齢になっていたけれども。
僕らに子どもが生まれるとゴルドレンドはまるで自分の子供のように喜んで可愛がった。
ゴルドレンドの元には様々な人が訪れた。ゴルドレンドは来る人は拒まなかったが、昔のことを自分から語ることは決してなかった。英雄を一目見ようという観光客から、ゴルドレンドを担ぎ上げて一儲けしようと言う連中まで幅広い人間が彼を訪ねてきた。
特に多いのが弟子にしてくれと言う若い青年だった。なぜドラゴンを倒せたのか、彼らは根掘り葉掘り聞きたがった。その旅にゴルドレンドは辛抱強く本当の戦いというものは、血にまみれ痛い思いをするもので、華々しい活躍なんてほとんど存在しないんだということを聞かせた。
だが、それが彼らの耳に届いたかは分からない。中には英雄も年をとって落ちぶれたものだと笑い、俺はもっと大きなことを成し遂げるといって去っていく豪快なものもいた。ただ、彼らのその後の噂は全くと行っていいほど聞くことがなかった。
ゴルドレンドは毎月王都から手紙を受け取っていた。引退するときの願いとしてゴルドレンドはドラゴン関連の知らせを送ってくれるように頼んでいた。それによると、今や他の国でもドラゴン狩りは進んでいるらしい。ゴルドレンドの方法を真似て人々は次々にドラゴンを倒すようになった。今や貴族がスポーツとして集団を率いドラゴン狩りに出かけるまでになったそうだ。
なんと、ドラゴン狩りのサポートを行うための専門のギルドまでできたというから驚きである。ゴルドレンドはそんなニュースを読む度にまた寂しそうな顔をした。ドラゴンを殺しに国中を走り回って居た時に、自らが殺したドラゴンを亡骸を前に見せたものと同じ表情だった。
「ゴルドレンド、一体君はどうしたんだい? 君は英雄になったんだ。もっと嬉しがったらどうなんだ」
ある日僕はゴルドレンドに聞いてみた。ゴルドレンドは少し話したいことがあるといって僕を誘って家の裏の山の斜面へと向かった。そこはあの日、彼の妹が死んだその斜面だった。
「君は僕の親友だ。だから君だけには話しておこうと思う。
俺は正直に言うと……怖いのだ」
「怖いって何がだい? 君は英雄なんだ。ドラゴンをも倒せる人間なんだぞ?」
「英雄? 俺は英雄なんかじゃないさ」そうゴルドレンドは自嘲気味に笑ってみせた。
「あの最初の戦いの時、俺は村を救おうとしたわけじゃない。それは皆にはそう言ったよ。村を救うためにドラゴンを倒すのだと。自分にもそう言い聞かせていた。
でも俺は気がついていた。本当は俺は村を救いたいわけなんじゃなかった。俺はただ単に自分の復讐を行っただけなんだよ。どんな立派な言葉を口に出そうが、俺は心のどこかでその凶暴な気持ちに気がついていた。
妹を奪ったあいつを殺したい。あいつの体に牙を立てて、引きちぎり、食いちぎり、最後の一欠片になるまでズタズタに切り裂いてやりたい。
俺はその感情に突き動かされるまま、力を蓄えた。俺の人生は全てアイツのためにあったんだ。それがヤツを倒すことで終わってしまった。そうさ、本当なら俺の人生はあの日、あの場所で終わっていたんだ。残りの人生は全て後始末の日々さ。言い出しっぺが全部やらなくちゃいけなかった」
ゴルドレンドは言葉を切った。
「……俺が恐ろしいと言ったのは自分たちそのものだ。
あの最初の戦いの時。俺は正直恐ろしいと思ったよ。自分たちそのものが。あの時、最後の止めをさした時、俺は空を仰いで思いっきり勝利の雄叫びを上げた。あの時、俺はドラゴンの光を失った瞳の中に映る自分の姿に気がついたんだ。酷く凶暴な衝動に突き動かされ、ドラゴンの死体を前にして野獣のように勝ち誇っている自分がそこにいた。自分がドラゴンよりも邪悪な何かのように見えたんだ」
僕ははっとした。あの戦いの時に感じた激情がもう何年も前のことなのに、ハッキリと心のなかに蘇った。僕の心のなかに浮かんだ感情は、村を救いたいとか、人々を助けたいなどという英雄的な感情ではなかった。そこにあったのはひとつの野獣的な感情。目の前のこの相手を刻み、砕き、殺しそして征服したいという猛烈な殺意だった。
「俺は思うのだ。俺達がドラゴンを倒したと言うことは、ただ単にドラゴンより俺たちがより邪悪な存在だったからじゃないのかと。あの戦いを境にして俺たちはドラゴンよりも恐ろしい何かになった。この大陸の覇者はドラゴンだった。だが今それは人間だ。
俺は戦い続けてこの国からドラゴンを駆逐した。それが、他の人々に夢を見せた俺の責任だと思ったからだ。これから他の国でも同じことは起こるだろう。そして、人類は必ず最後にドラゴンを征服するだろう。この大陸の端までドラゴンを追い詰め、そして止めをさしてしまうだろう。俺はそれを確信した。なぜなら、人間にはそれが可能で、同時に人間はドラゴンよりも悪意に満ちているからだ。これから食物連鎖の頂点は人間になる。多くの土地が、多くの富が人間の手に渡るだろう。
俺は思うのだ。俺はひょっとしたら復讐の為にとんでもない怪物を生み出してしまったのではないかとね。そしてそれはもう止まらない」
ゴルドレンドはそれっきり口をつぐんでしまった。僕はゴルドレンドがなぜあのような表情を浮かべるのか解ったような気がした。ゴルドレンドは気づいてしまったのだ。大陸を手に入れた人間の、僕たちの、本当の姿と言うものに。
それから僕とゴルドレンドは長い間生き続けた。ドラゴンに関するニュースは年を負うごとに減っていった。もうドラゴンは少なくなっていたからである。僕の方ももう鎚は重くて持てなくなってしまった。今では息子が僕の鍛冶場を継いでいる。
何年も知らせが届かない状態が続き、ドラゴンが人々の記憶から消えたかけた頃、ドラゴンの幼体が山の中で発見され仕留められたというニュースが届いた日にゴルドレンドは死んだ。彼の死に顔はどこか寂しそうなあの表情だった。
おそらくあれがこの大陸最後のドラゴンだったのだろうと、なんとなく解った。
僕は今でもあの日の夢を見ることがある。ゴルドレンドという一人の人間の執念がついに大陸の覇者を打ち負かしたあの日のことを。
夢の中で僕らは野獣のように戦う。血まみれになりながら雄叫びを上げる。そしてドラゴンを打ち負かし、歓声を上げるのだ。だが、その夢はゴルドレンドのあの憂いを帯びた表情で必ず終わる。
ゴルドレンドの妹が死んだ斜面に立って僕は思う。ここはゴルドレンドの人生が変わった場所であった。見方によっては英雄が誕生した場所だと考えてもいい。
だが僕はここはもう一つ、ここはある場所でもあると思っている。それはドラゴン以上の悪意を持つ存在が、この地上に初めて誕生した場所なのだ。
ああ、ドラゴンよ。今や僕らがドラゴンより凶悪な存在となってしまったのだ。僕は思う。いつか人間がドラゴンを倒したように、雷を、風を、太陽を人間は征服するだろう。そしてその全ての上に君臨することだろう。なぜなら人間の欲望に限りはないからである。
そして、その悪意はいつか同じ人間に対しても向けられることだろう。
小さな兄妹が壕の跡の上で花輪を作っていた。もうこの村には壕は必要なかった。僕は木陰に腰をおろすと、せめて彼らには戦いの無い世界が訪れますようにと祈りながら、いつまでもその光景を見続けていた。
竜より邪悪な僕たちは 太刀川るい @R_tachigawa
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