第6話
ゴルドレンドはすぐにドラゴンの首を切断させた。首の骨を切り離すのには手間がかかったが、なんとか骨と骨の間を切り離すとドラゴンの首は地面に不恰好に落ちた。
僕らは傾きかけた太陽の下をドラゴンの首を担いで帰った。生木で作った盾を分解して台を作り、そこにドラゴンの首を載せたのだ。
ゴルドレンドを先頭に僕らは村に凱旋した。村はすごい騒ぎになった。今まで長年にわたって村を苦しめてきたドラゴン。それが今、逃げ惑うことしかできなかった人間によって倒されたのだ。僕らは血まみれだったが、体を洗うこともせずに祭りが始まった。
同じようにドラゴンの被害を受けてきた近隣の村にもその知らせは届き、多くの人々が訪れた。ドラゴンの首は広場の真ん中に置かれることになった。その左目に深く突き刺さった槍を見て人々は口々に言った。
「ほら、ご覧あれが英雄ゴルドレンドが止めをさした槍だよ」
人々は僕らを祝福し、歌い、そして賞賛した。
僕らは英雄となった。その中でもゴルドレンドはひときわ羨望の的だった。長老に至っては彼の銅像を作り、それを広場の真ん中に設置し後世まで語りづごうと提案した。
ゴルドレンドはそれを断ったが、その時のゴルドレンドはじっと何かを考えていて、心ここにあらずという感じだった。そしてゴルドレンドは宴会の間、時折、ドラゴンの首を見てはどこか寂しそうな表情を浮かべるのだった。その目にはもうあの憎しみの炎が宿っていないことに僕は気がついたが、それ以上どうということもない。宴会は続いていることだしその時は特に気にも止めなかった。
それからすぐ、国王からゴルドレンドに招集がかかった。ドラゴンを倒したと言う男にぜひあってみたいという申し出に答えて、僕らはドラゴンの首を担ぐと王都へ向かった。どこに行っても僕たちは熱烈な歓迎を受けた。
王都には初めて行ったが、それは大きな街だった。王様にドラゴンの首を見せると、王様は大変驚き、その場でゴルドレンドを貴族に加えた上に、様々な褒美を与えたが、ゴルドレンドはその殆どを断った。
ただし、貴族の位だけは断ることはできなかった。これは王様から半ば強制的に与えられるものであって断れるものでは無かったからだ。
「あんなに位があってこの国の人は覚えられるのかね」そうゴルドレンドは苦笑した。
それから僕らは王の頼みで王国の兵士を訓練した。
ゴルドレンドの戦術は王国の軍人をずいぶんと驚かせた。こんな単純な武器でドラゴンが倒せるとは思っても見なかったと誰もが言った。でもそれはやろうとしなかっただけに過ぎないとゴルドレンドは指摘した。
ろくに剣を持った経験もない貴族連中はどうしようもなかったが、一般兵上がりの軍人はそれに比べて有能だった。彼らはゴルドレンドの話をに耳を傾けるだけの知恵を持っていた。かくして簡単な訓練の後、たちまち兵士たちはドラゴンの倒し方を知ることとなった。
王はゴルドレンドに王国内の他のドラゴンを狩るように命じたが、ゴルドレンドはただの羊飼いに過ぎない自分が王国を代表することなど恐れ多いと断った。王は一度はこれで納得し、かくしてドラゴン討伐隊は貴族の軍人に率いられて出発していった。この貴族は全く鼻持ちならない奴で、ゴルドレンドの作戦を聞くと、それと同じことは自分も昔考えていた。その程度なら誰だってできる。と自信満々に言ってのけた。僕は悔しがったが、ゴルドレンドは別に気にしてないようだった。
ところが、この貴族は言う事とやることには大きな壁があることを知らなかったようだ。いざドラゴンを前にするとその貴族は恐怖感からバリスタをうつタイミングを完璧に見誤ってしまった。バリスタはドラゴンを大きく外し、ドラゴンは地面に繋ぎ止められることなく、その巨体を活かして破壊の限りを行った。一度飛びたってしまえば、投槍は届かずに落ちてきて仲間を傷つけるだけだったし、バリスタは大きすぎて上を向けなかった。後は炎をひと吹き。それだけで一団は全滅した。
やっとのことで生き残りが王都に知らせを持ってくると、ゴルドレンドは直ぐに討伐隊の隊長に任命された。ゴルドレンドは一団の全滅を自分のせいだと考えているふしがあった。最初から自分が行っていればこのようなことは起こらなかったのではないか。そう判断したのかもしれない。ともかくも彼は初めてドラゴンを倒した人間として、ドラゴンの驚異にさらされた人々のただ一つの希望だった。ゴルドレンドはその期待を裏切ることができなかったのだろうと思う。
二回目のドラゴン退治は一回目よりはスムーズに終わった。国王の援助によって、より強力なバリスタを幾つも建造することができたし、投槍をなげる兵士についても一回目とは比較にならない数がいたからだ。ゴルドレンドが自ら囮になることで、ドラゴンはバリスタの射程内におびき寄せられた。後は簡単だった。ドラゴンはまるでハリネズミのように全身に槍を浴びて死んだ。
ゴルドレンドは再び大歓迎を受けた。王様は彼に騎士やらなんやらと様々な位を与えたが、ゴルドレンドはそれを気に入っている様子は無かった。ただ自分が倒したドラゴンの骸を、どこか寂しさを含んだあの表情で見つめるだけだった。
それからゴルドレンドのドラゴン退治の旅は始まった。西へ、東へ、ゴルドレンドを前にして無事に済むドラゴンはいなかった。僕もその戦いに参加し、多くのドラゴンを殺し続けた。
もっとも、ドラゴンを倒せてもそれ以外でやっかいごとに巻き込まれることもあった。地域によってはドラゴンを神聖視している場所もあったからだ。そんな場所では僕らは目の敵にされた。神を狩り、屠る僕たちを彼らは呪い、ドラゴンがいなくなった後の悪いことは、どんなにちょっとしたことでもゴルドレンドの責任として非難した。例えば、家畜が奇形を産んだとか、子どもが熱を出したと言うことでも、ドラゴン様の呪いだとしてゴルドレンドを攻撃したのだ。
でも、そんな地域でもそうやって非難するのは年寄りばかりのもので、若者は僕たちを受け入れてくれた。特に生贄になりそうになっていた女の子からの人気は非常に高かった。
ゴルドレンドの名声はますます高まった。もはや国中どこに言っても彼の名前を知らぬものはいなかった。聖職者までも彼のことを神に祝福された人間だと大真面目な顔をして語った。彼を題材にした本が書かれ、歌が作られ、劇まで上演された。
どこに行っても彼の噂には尾ひれや背びれがくっついていて、ほとんど原型をとどめていなかった。生まれた時に天使が祝福しに来たり、さらわれた姫が出てきたり、聖剣を見つけてそれでドラゴンの首を切り落としたり、といった具合だ。お話というものは随分と都合の良いものだと思う。首が一撃で飛んでたまるものか。僕らがした実際の戦いは、野獣同士の噛み合いに過ぎなかった。
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