第5話

 ここから先は全くの賭けだった。もしゴルドレンドの予想が間違っているならば、下にいる地上部隊は全滅することだろう。僕は盾の縁を指が白くなるまで握りながら、ドラゴンの様子を覗きみた。

 ドラゴンの炎は盾にあたると、花火のように飛び散った。猛烈な熱波が盾を押さえている地上部隊を襲っているに違いない。盾は炎に包まれたが、それでも燃えださなかった。生木で作った盾だ。燃えだすのには時間がかかる。盾の縁から白い煙がもくもくとあがる。木に含まれる水分が蒸気となって噴き出しているのだ。ドラゴンは効果のないことにいらだち、さらに二回目の攻撃を浴びせた。しかし、炎は盾をすっぽり包み込むも、それを燃やし尽くすことはできなかった。

 ドラゴンは三度目の炎を吐いたが、それは一度目や二度目に比べてかなり小さな炎だった。それを見て僕はゴルドレンドの予想があたっていることを確信した。そして四回目。もう炎は前ほどのエネルギーを持ってはおらず、せいぜいが火のついた松明を放り投げた程度だった。

「ゴルドレンドーッ! ヤツは炎を使いきったぞぉーーーっ!」

 僕は思いっきり声を張り上げた。

 ゴルドレンドはドラゴンの炎についてこう考えていた。すなわち「ドラゴンの炎には回数制限がある」のだと。


「ドラゴンの炎は不思議なもので、それを浴びた相手に絡み付くように燃え上がり一度食らってしまえばその致死率は異常に高い。それにしばらくの間燃え続け、水をかけても飛び散るばかりで被害を拡大する。

 俺はこの正体についてこう考えた。すなわちあれは油のように燃える液体を飛ばしているのじゃないかなとね。そうすれば、あの性質に全て説明がつく。粘度の高い燃える液体がかかれば、まとわりつくように炎は燃えるし、燃えている高温の油に水をかければ飛び散るのは当たり前だ。

 昔襲撃があった時に、燃え続けている炎に土を掛けてみたことがある。普通の炎ならそれで消えてしまうが、ドラゴンの炎は土をとるとまた燃え始めた。おそらく、あれは空気に反応して燃え始める油のようなものなのだ。実際にドラゴンの炎が燃えている所を観察した多くの文献からもそれは間違いない」ということはだ、とゴルドレンドは言葉を切った。

「ドラゴンの炎は盾で防げるはずだ。それも木の盾で十分だ。要は燃える油すら防いでしまえばそれで良い。もちろん盾は焦げるだろうからその場で廃棄するが、短時間なら攻撃を防ぐことができる。木は生木で作って十分に水を吸わせておく。そうすれば中々燃えるものではないからな」

 鍛冶場の炉でパチっと火の粉がはぜた。

「燃える液体、きっとドラゴンはそれを体内で作り出すことができるに違いない。そこらへんにいるトカゲなんかとは違って、ドラゴンはずっと活動的に動くし、より寒い山の上のような気候にも適応できる。トカゲなんかは自分で体温を調節できないから日光浴に多くの時間をさくが、ドラゴンはどうやらその必要が無いようだ。俺はきっとそれはその液体が関係しているのではないかと考えている。その液体をゆっくりと体内で燃やすことによって体温を得ているのではないかとね。

 まあそれはどうでも良いことなんだが、あれが分泌液によるものだとすると、おそらくあいつはその液体を体内の器官に貯め、それを一気に吐き出していることになる。となると、奴らの炎には一つ弱点がある。それは一度炎を使い切ってしまえば、しばらくの間は炎を使えなくなるということだ。


 もっともその液体を作り出す能力が炎を吹き出す速さより早ければお手上げだ。だがもともとあの炎は何の為にあるのか考えてみたことはあるか? ドラゴンは炎無しでも十分強い。となると、あれは自衛の手段というよりは獲物を確実にしとめる為の武器だろう。あれだけの威力を持つ炎を広範囲にまき散らすんだ。獲物にあたる確率は相当高いはずだ。ということは、そう連射する必要も無いし意味も無い。だから連射向きの武器でないことは予測できる。毒蛇の毒と一緒だよ。あれも、毒を体内で作って貯めたものを相手に打ち込むが、一度使ってしまえば、再び使えるようになるまで時間がかかる。だから、ヤツに炎を使いきらせてしまえば良い。爪や牙が届かないが炎なら届く、そういった位置に盾を設置して構えるんだ。炎が無くなってからが本番だ」


 ゴルドレンドの予想は正しかった。僕の声を合図にゴルドレンド達が盾の後ろから飛び出し、ドラゴンとの距離を一気にとる。ドラゴンは怒り狂ったが、攻撃する手段を既に持っていなかった。僕らはここで一気に畳み掛けなければならなかった。ドラゴンがまた炎を吐けるようになる前にケリを付けなければならない。


「おい! トカゲ野郎ォ! こっちに来てみろ!」ゴルドレンドが槍を振り回しながらドラゴンを挑発した。


 僕らは最後の仕上げに取りかかった。

「死ぬ気で引っ張れェーーーーーーっ!」

 僕らが崖の両側に設置している鎖を全身の力を込めて引っ張ると同時に、ゴルドレンドの仕掛けた最後の罠がドラゴンの首をしっかり捉えた。

 小動物を捕まえる罠を知っているだろうか。蔓草などで輪っかをつくり、それを動物の通る道に仕掛けておく。そこにウサギなり狐なりの首が引っかかると輪っかはキュッとしまり、もがけばもがくほどその体に食い込んでいく。それを僕らは鉄の鎖で作ったのだ。


 引くことで締まるようにした鎖の輪を、谷の両側に慎重に隠しておく。後はタイミングを見て、谷の上の仲間が鎖の両側を思いっきり引っ張ればいい。僕たちが谷の両側に分かれたのもこのためだった。


 鎖には所々鋭い刺がついていた。ドラゴンの首にその刺が食い込み本日何度目かの絶叫が上がる。鎖はやはり何本かの楔で崖に固定してあり、建築現場で使う爪歯車の作用により、鎖の輪を締めることはことはできても、広げることはできないようになっている。僕らは全身の力を込めて鎖を引っ張った。ガチンガチンと爪歯車が動く音が谷に響く。ギチギチという鎖が張り詰める音とともに、今やドラゴンは首輪をつけられ、完璧に谷に固定されてしまった。


 ゴルドレンドは大きく息を吸い込んだ。

「行くぞーッ!」ゴルドレンドの声が谷間に響きわたると同時に、僕らは最後の大乱戦へとなだれ込んだ。

 

 雄叫びと共に、僕ら先制攻撃班は崖を駆け下りると、一斉にドラゴンの背中へと飛び移った。もうここまで来たなら武器は何でも良かった。ただ少しでもドラゴンにダメージを与えることが目的だった。

 僕たちは口々に呪いの言葉を叫びながら、思い思いの武器でドラゴンの背中に攻撃を始めた。槍で突くもの、斧で斬りつけるもの、二人一組でのこぎりの両端を持ってギコギコと斬り混んでいくのは双子だ。ドラゴンはたまらず体をひねるが、体に打ち込まれた投げ槍を僕たちはしっかりと掴み、振り落とされないように踏ん張るり、そしてさらに攻撃を重ねる。

 あちらこちらから血が吹き出した。それと同時に、地上部隊も攻撃を開始した。地上部隊の武器も僕らと似たり寄ったりである。ただし、接近戦になるので、長槍が多かった。


 ドラゴンの旗色は非常に悪かった。体をひねって僕らを殺そうも、ドラゴンの体は谷に固定されてしまって動かない。狭い谷という地形が僕らに味方した。体に取りついた小さな生き物が、凶暴な武器で次々にドラゴンの体をえぐり続ける。上から、下から、全ての方向から自分に向けられた敵意を前に、ドラゴンはただ呻くことしかできなかった。

 歓声が上がった。のこぎりを持った双子がドラゴンの翼の付け根をえぐりとり、ついにその皮膜をドラゴンから切り離したのだ。切断面からは噴水のように血しぶきが立ち上る。ドラゴンの尾も既に半分切断されてしまい、残った部分がぶらんぶらんと体にくっついていた。

 ドラゴンは生きながらにしてその巨体を分解されつつあった。

 それは血の祭典だった。僕らは全身に返り血を浴びながら、なおも雄叫びをあげ、ドラゴンに攻撃を与え続けていた。手に持った武器がドラゴンの血でぬるぬると滑る。それでも僕らは何かに取り憑かれたかのようにドラゴンに攻撃を辞めなかった。歓声、血が噴き出す音、武器がドラゴンに食い込む音、そしてドラゴンの叫び声があたりに響いた。


 それでもドラゴンは中々死ななかった。その生命力に僕は舌をまいた。


 気がつけばゴルドレンドはドラゴンの顔の前に槍を構えて立っていた。自分の妹を屠ったその牙を、その顎を、ゴルドレンドは憎しみに燃える目でしっかりと見据えていた。

 ドラゴンが血走った目でゴルドレンドを睨むと、苦し紛れに炎を吐いた。だがそれはあまりにも小さな炎だった。この短時間ではこの程度の炎しか生み出せなかったのだろう。ゴルドレンドは上着を脱ぐと、それで炎を叩き落とし、間髪入れずにドラゴンに向かって飛び込んで行った。

 ゴルドレンドは雄叫びを上げると、槍を力の限り突きだす。槍は、吸い込まれるようにドラゴンの左目を貫いた。絶叫が谷にこだまする。だが、それでゴルドレンドの攻撃は終わりではなかった。ゴルドレンドはこのタイミングで全てを終わりにする気だった。彼は素早く振り返ると地面からもう一つの武器を持ち上げた。


 ゴルドレンドが手にしたのはハンマーだった。楔を崖に打ち込むのに使用した巨大なハンマーを、彼はおもいっきり振りかぶった。五年の間、彼はどれほど厳しい鍛錬を繰り返してきたことだろう。それが全てこの一撃に篭められていた。鍛え上げられた上半身の筋肉が圧倒的な力でハンマーを加速する。ハンマーの狙いはただ一点だった。

 ドラゴンの左目に刺さったままの槍にハンマーが命中した。

 槍は一瞬でドラゴンの頭の奥深くに打ち込まれた。潰れた眼球の内部の液が血と混じってゴルドレンドの体に飛び散る。ドラゴンは口をあけ、上を見上げて一瞬声を上げようとしたが、声がでることは無かった。そのまま少しの間、頭部を痙攣させたかと思うとドラゴンの体からは一気に力を失った。どうっという音を立ててドラゴンの前足が地面に落ちる。

 ゴルドレンドはその瞬間、血によごれたまま天を仰いで勝利の雄叫びをあげた。

 

 それは歴史的な瞬間だった。今までどれほどの年月、人間がドラゴンに脅かされてきたことか。この日、この瞬間、その絶対的な順位が初めて交代したのだ。僕らがみたのは歴史の転換点そのものだった。


 ドラゴンの頭部は鎖に繋がれたまま谷の中程に静かに揺れていた。


 谷中から歓声があがった。大歓声の中、ゴルドレンドは血まみれのまま、乱れた呼吸を落ち着かせながら、ただドラゴンの躯を見つめていた。

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