第4話

 そして僕は今、武器の狙いを定めている。武器は投槍器だ。

 四ヶ月前のゴルドレンドの言葉を思い出す。


「武器だが、今回俺たちは槍を使う。そう槍だ。剣のような切断する武器は、ドラゴンの固い鱗には効果がない。斧だって食い込ませられるかどうかが解らないくらいだからな。また接近戦ではヤツの爪や牙に勝つことは不可能だ。

 だから俺たちが使うのは投げ槍だ。槍なら1点に力を集中させて貫くことができるし、また投げ槍ならば遠距離というメリットもある。

 弓はだめだ。重さが軽すぎる。それにどうしても矢というものは小さく作らなければ飛ばない。あの巨体に小さな矢を突き立てたところで、人間が刺をさしてしまった程度にしか感じないだろう。対して槍はかなり大きく作ることができる。実際に俺たちが使うものは柄まで鋼鉄製の槍にする。そうすればかなりの重さが期待できる。十分な重さがあれば、かならずやつの鱗を貫きダメージを与えることができるはずだ。

 肝心の槍の飛ばし方だが、俺たちは投槍器を使う。投槍器と言うものを知っているものはいるか?」

 手は挙がらなかった。

「まあ良いだろう。予想通りだ。では本物を見せよう。ちょっと外に出てくれるか?」


 ゴルドレンドは槍とその投槍器というものを持ってきてみせた。投槍器はなんのことはない。ただの後ろにカギ型の突起がついた木の棒にすぎなかった。長さはゴルドレンドの二の腕の長さとほぼ同じである。

 最初にゴルドレンドは普通に槍を投げて見せた。槍の真ん中ほどを持ち、勢い良く槍を投げる。ゴルドレンドの肉付きの良い腕から放たれた槍は放物線を描き、目標の板に刺さった。中々の威力だった。

「次に投槍器を使ってみせる」そういうと、ゴルドレンドはその投槍器とやらの突起に槍の柄を引っかけて固定して、大きく後ろに振りかぶった。


「投槍器の使い方はこうだ。指で槍を押さえ、大きく投槍器を構えた後は、全身の力を込めて前に振り下ろすと同時に……」ゴルドレンドの腕に力がこもった。

「……指を離す」

 次の瞬間、槍は先ほどとは比べ物にならないスピードでゴルドレンドの腕から飛び出していった。空気を切り裂く音とともに、一直線に飛び出していった槍は、雷のような音をたて、目標の板をまっぷたつに割ってみせた。おお、とどよめきがあがる。

「投槍器は腕のリーチを伸ばす武器だ。腕を延長することで、てこの原理で槍の威力は何倍にもなる。大昔はポピュラーな武器だったらしいが、今では弓矢の方が便利だからな。すっかり廃れてしまった。だが、この威力は十分ドラゴンに通用すると俺は思う。想像してみてくれ。今俺が投げた槍は柄が木製だ。これが全て鉄製になれば重さは数倍にもなる」

 その言葉通り、僕がその後に作成した鉄製の槍は、小さな木ぐらいならば一撃でへし折れるほどのパワーを見せた。

 そして、今僕が持っている槍はさらに改良が重ねられていた。

 刃先には固い鋼を取り入れて衝撃にも曲がらずに相手の体にめり込むように設計してある。さらに二重、三重の返しがついているので、一度刺されば抜くことは非常に難しい。念のために先には毒を塗ってあった。ドラゴンは毒に強く、毒入りの肉を食べさせてもなんともないということはゴルドレンドが既に調査済みだった。

 食べるのと体に打ち込むのでは作用が異なるので一概には言えないが、相当毒に強いというのは本当らしい。気休めにも近いものではあったが、どれかの毒が効果があることを信じて何種類かの毒を混ぜて塗ってあった。

 僕らはこの槍を一人当たり五本作成した。持って歩くと機動力の低下を招くので、ドラゴンに気がつかれないように小分けにして運び、注意深く茂みに隠している。


 作戦は簡単だった。早朝、ねぐらからドラゴンをおびき寄せる為に羊を用意する。羊には毒を混ぜておく。これも槍に塗った毒と同じ全くの気休めだったが、そのためにドラゴンが羊を敬遠する可能性は低かった。総じて肉食動物は毒を感知する能力が弱い。毒草を食べてしまう危険を回避するために草食動物の味覚は非常に鋭敏に出来ているが、肉食獣の味覚はそれよりもずっと鈍い。

 僕はネズミ用の毒餌を誤って食べてしまい死んだ犬を何匹も知っている。念のため、毒は羊の膀胱に入れて羊の体内に埋め込んだ。これなら味もそう変わらない。

 血の匂いを嗅ぎ付けたドラゴンがねぐらから顔をだし、羊を食べ始め、食事を終えて気が緩んだ時、その瞬間を狙って僕たちは攻撃を開始する。

 そしてついにそのタイミングが訪れた。僕たちは一斉にときの声を上げると投槍器を思いっきり振り下ろした。

 かくして人間とドラゴンとの戦いは始まった。


 おそらくこの大陸で人間がドラゴンに歯向かったのはこれ一度ではないだろう。大昔にはドラゴンを倒そうと思った人間が多くいたに違いない。だが、その挑戦はことごとく打ち破られてきた。人類はドラゴンに打ち負かされ、ここ何百年かは戦うことすら忘れていた。その為もあるのだろうか。ドラゴンは全くと言っていいほど無警戒だった。


 僕らの叫び声に驚いたドラゴンがその顔を上げるのと同時に、谷の両側から放たれた鋼鉄の槍が一斉に降り注いだ。

 僕ら先制攻撃を受け持つ班は谷の上に二手に分かれて配置していた。地の利をいかし、地面に引かれて落ちる力をプラスした槍はまるで鋼鉄の雨のようにドラゴンに向かって突き進む。ドラゴンにその攻撃をよける手段は無かった。その首筋に、背中に、後ろ足に、鋼鉄製の槍が深々と突き刺さった。僕らの攻撃はドラゴンに通用したことを見届けて僕は拳を握る。おそらくこのような攻撃は初めて感じたのだろう。ドラゴンから苦痛の叫びがあがる。

 ドラゴンは怒りに燃えた目で僕らの位置を確認すると、その蝙蝠のような翼を大きく広げて飛び立とうとした。今だ。僕らは素早く二本目の槍をセットすると、それをドラゴンの翼めがけて打ち出した。


「ドラゴンの翼はあの巨体を飛ばすのには小さすぎる。思うに奴らは翼で飛んでるのではなくもっと別の力で飛んでいるのだろう。それがどこから生み出されるかは解らないが、おそらくあの翼は舵取りのような役目や体温調節などに利用されているというのが俺の考えだ。だが、固い鱗と表皮に包まれた体と違ってあの翼は非常に攻撃しやすい部位だ。もしやつが翼を開いたらそこが俺たちのチャンスとなる。打ちまくってくれ」

 ゴルドレンドの言葉通り、僕らはありったけの槍をドラゴンの翼に向かって打ち出した。そのデリケートな翼をたちまち槍が貫通する。破れた所から血が飛び散った。

 ドラゴンはそれでも飛び立とうとした。ゴルドレンドの考えた通りだ。やつらは翼が無くても飛ぶことができるのだ。僕らは急いであらかじめ掘っておいた壕の中に入り、木で作った盾を構えた。

 ドラゴンに攻撃のチャンスを与える。これも作戦のうちだった。僕の作った槍には溝と穴が掘ってあって、そこを伝ってドラゴンの血が外へ流れ出るようになっていた。血を流せば、生き物の動きは鈍くなる。血液を失えば、どんな強い相手だって死は免れない。僕らが狙ったのは出血死だ。しかし、上からの攻撃では槍がささるのは背中側で、トカゲなどのドラゴンによく似た生き物を想像してもらえば解りやすいだろうが、彼らは背中側がより丈夫にできている。それに上向きの傷では血が流れにくい。

 本命は下だった。

 ドラゴンが僕らに注意を向け、飛び立とうとする一瞬。その腹めがけて今まで潜んでいたゴルドレンド率いる地上部隊が一気に攻撃をしかけた。

 僕らが大声を上げて攻撃を開始したのにはドラゴンの注意を上に引きつけ、地上部隊の存在を気がつかせない意味もあった。


「さて、俺たちが使う武器は投槍器だけではない。弓矢も使う。ただ、普通の弓矢じゃあだめだ。バリスタというものを使う」

 バリスタというものは、城同士の戦争に使われる巨大な弓矢のことだとゴルドレンドは言った。

「俺たちはそのバリスタを鋼鉄で作る。鋼鉄の弓で鋼鉄の矢を発射するんだ。まあ巨大なクロスボウを考えてもらえば良い。これほど大きなものになると、その張力は恐ろしいことになる。クロスボウでも矢の装填にはウィンチを使わなければならないんだ。

 当然バリスタの装填には建物を建てるときに使うようなウィンチが必要になる。となるとこれを使うタイミングは一度しか無い」

 バリスタの建造には大量の鉄が必要だった。僕が用意できる鉄は槍を数本作った所でもう使い切ってしまった。鉄を買い集めるのにも大分苦労したが、それでもバリスタは完成した。完成したバリスタは恐ろしい威力を誇った。試験発射では、鋼鉄の巨大な矢が稲妻のごとく突き進み、遠く離れた目標の石垣を一撃でがれきの山へと変えてしまった。あまりにも大きな音がしたので、ごまかすのが大変だったぐらいだ。


 そのバリスタがドラゴンの腹めがけて一気に放たれた。

 僕が制作できたバリスタは3台。そのすべてから鋼鉄製の巨大な矢が飛び出し、獲物を狙うハヤブサのようにドラゴンの腹に深々と突き刺さった。

 ドラゴンがあまりの激痛に悲鳴を上げた。矢に彫り込んでいる溝を伝って血がボタボタと流れ出る。矢にはもう一つ工夫がしてあった。矢の末端には極めて丈夫な鎖がつながっている。そしてその鎖の片方は、谷の両側の壁にしっかりと打ち込まれた何本ものくさびに繋がっていた。そして鎖が引っ張られるとその力で矢の先端が回転し、獲物であるドラゴンの肉にしっかりと食い込むように出来ていた。


「一番恐れなければならないのは、手負いのドラゴンが逃げ出すことだ。ヤツは空が飛べる。逃げられてしまっては手も足も出ない。だから早い段階でヤツの翼を奪う。地面に引きずり下ろすんだ」


 ドラゴンを鎖で地面に固定してしまう、これがこの作戦の肝だった。ドラゴンの注意を上に引きつけ、ドラゴンが腹を見せた瞬間にそこに鋼鉄の矢を叩き込む。


 バリスタは一度打ってしまえばお終いだ。そのために、地上部隊は急いで退却する必要があった。ドラゴンはもはや鎖で地上に結びつけられている。そのためヤツが動ける場所は制限されていた。となると、ヤツがとれる攻撃方法はただ一つ。炎だ。

 地上部隊はバリスタを捨てるとすぐに地面に伏せておいた盾を展開した。盾と言ってもあれは壁に近い。生木をつなぎ合わせて作った板をゴルドレンド達が一斉に持ち上げると、ドラゴンの目の前にちょっとした壁が出現した。

 間一髪、ドラゴンは怒りに燃える目でその壁を睨むと、その口からあの恐るべき炎を吐き出した。触れるが最後、致命的なダメージを受けることになる炎だ。


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