第3話

 五年が経った。昔は小さかった僕も大分背がのびた。

 僕はこの五年間、毎日武器を研究しては金槌をふるっていた。あのドラゴンの襲撃で人生が狂ってしまったのはゴルドレンドだけではない。あの惨劇を間近で見てしまった僕もまたそうだった。

 正直今でもあの時の夢を見ることがある。ゴルドレンドの妹の悲鳴と、骨のくだける音。そして、ゴルドレンドの叫び。その夢を見るときは毎回最悪の目覚めになった。目覚めるとすぐに鎚をふるって鉄を叩き続けた。そうでもしないと不安で死にそうだった。

 ドラゴンの襲撃はあれからも何回か経験した。その度に僕はドラゴンに対する憎しみと、ゴルドレンドのことを思い出した。

 痩せっぽちだった僕も、毎日鎚をふるったおかげで筋肉がついた。今では同年代の中で一二位を争う力持ちだ。


 ゴルドレンドはきっかり五年後に帰ってきた。

 五年の年月は彼に更なる力を与えていた。背は僕よりも高く、五年の間に伸びた髪の毛を後ろでに縛っていた。筋肉や骨格は遥かに強靭に、そして鍛え上げられていた。おそらく、彼は毎日鍛錬をかかさなかったのだろう。ゴルドレンドはそういう人間だ。その体つきを見るだけで彼がこの五年間をどのように生きてきたか、はっきりと目に浮かぶようだった。

 ゴルドレンドの顔は様々な経験に裏打ちされた一人の大人の顔へと変化を遂げていた。そこに昔の面影はあまり見られない。それでも彼が鍛冶場の入り口をくぐって入ってきた時、僕にはすぐに解った。なぜなら彼の目だけは昔のままだったからだ。

 僕と約束を交わしたときのあの目。憎しみと絶望と、そして強い決意を秘めた目。

 僕は彼の心が五年前と変わっていないことを確信した。


「まず仲間が欲しい。多ければ多いほど良いからな。だが、村の大人には相談するんじゃあないぞ。できるだけ若い仲間を集めるんだ」

 ドラゴンを倒せるのは若い人間だけだ。若さを失った人の心は弾力性を失って意固地になる。ある程度年を取ると人間は自分の置かれている状況を当たり前と考え、それに固執してしまう。だから俺たちは若い連中を集めよう。そうゴルドレンドは言った。

「おそらくこの村だけでは足りないだろう。俺は近隣の村もあたって集めてみる。君も声をかけてみてくれ」

 ドラゴンの脅威を受けているのはこの村だけではない。近隣の村全てにドラゴンの災厄は及んでいた。きっとその村にならドラゴンを倒そうとする考えに同調してくれる若い人間が居ることだろう。そうゴルドレンドは読んだのだ。


 仲間集めと同時にドラゴンの現在の状況をつかむことにも力を入れた。

「戦うには相手の状況を知らなければならない」というのはゴルドレンドの考えだった。

 ゴルドレンドは町でドラゴンの研究を行っている人物を探し出し、その元に弟子入りをすることで様々な知識を得ていた。

 ドラゴンは昼間に活動することが多い。ドラゴンはこの大陸最強の生き物だ。敵は居ない。だから夜の闇にまぎれる必要が無いのだろうとゴルドレンドは推測した。弱い生き物ほど、姿の目立つ昼間を嫌い夜に活動する。強ければそんなことをする必要はない。日の下で堂々と飛べばよいのだ。だから夜はドラゴンにはち会わせる危険がなかった。かといって暗すぎると今度は様子がわからないので、暁を狙って僕達はドラゴンの住む洞窟の近くの地形などを詳しく調べた。


 やがて、ゴルドレンドは近隣の村を巡り仲間を集めてきた。ゴルドレンドは演説が非常に上手だ。喋り方や声の響き方が良いのもあるが、何よりも彼の言葉には嘘が無かった。知識だけあって経験の無い人間の言葉はどこか薄っぺらい。ゴルドレンドは知識を得た後、それが経験によってしっかりと芯が通るようになるまでじっくりと待つことのできる人間であった。


 仲間が集まると、ゴルドレンドは全員を呼び寄せ結成式を行うことにした。

 当日、僕の鍛冶場の中で結成式は行われた。その日が初めての顔合わせだった。近隣の村から広く集められた人材は十六人、様々なタイプが居たが、皆ゴルドレンドの魅力に引かれてついてきた人間であることは共通していた。

 中には僕の知っている面々もいた。右端に座っている双子は僕の村で悪名高い悪戯小僧だったし、最年長でかつ、一番大きな体をしている石屋の倅はよく鍛えたタガネを届けに行くお得意さんだった。

「集まったな」

 最後の一人が到着したことを確認すると、ゴルドレンドは皆を見渡して言った。

「よく来てくれた。みな解っていると思うが、今から俺たちがやろうとしていることは非常に危険な行為だ。死ぬことだって十分考えられるし、全滅することだってあるだろう。もう一度覚悟を聞いておきたい。みんな自分の心を覗いてみてくれ。そこに恐れがあるのなら、この計画には参加しなくても良い」

 そういうとゴルドレンドは言葉を切って皆の顔を見渡した。

 逃げ出すものは一人もいなかった。

「ありがとう。誰もいないな」そう言うとゴルドレンドは鍛冶場の入り口に鍵を掛けた。

 ガチャンという音とともに、男達に緊張が走る。

「ここからはもう引き返せない。俺はさっき恐怖を感じているものはいるかと聞いた。みなはいないと答えてくれた。しかし不安に思っているものは多いだろう。でも誰かがやらなくちゃならないんだ。みんな、思い出して欲しい。あのドラゴンが君たちの仲間に、故郷に、そして家族にどれだけ理不尽な暴力を奮って来たことを。そしてあの怪物が何を奪っていったかを。俺は妹を殺された。まだこんなに小さかったのにだ。他にもこの中には、家を焼かれたもの、友を殺されたもの、家族を奪われたものがいる」

 ゴルドレンドはゆっくりと鍛冶場を歩きながら話し続ける。


「俺たちは、いつまで逃げなきゃならないんだ? 死ぬまでか? そんな状況なのに、大人達はこの状況を変えようともしない。武器を取って戦うことはおろか、立ち上がることすら忘れているんだ。そんな馬鹿げたことがあるか? 現状を維持してドラゴンの襲撃におびえながら毎日過ごすことが正義なのか? いや絶対に違う。断言しても良い」

 そこでゴルドレンドは大きく息を吸い込んだ。

「今こそ倒そう。ドラゴンを」

 ゴルドレンドを見つめる皆の目には強い決意が宿っている。声を交わさずとも、皆の心が一つであることは解っていた。

「よし、では作戦を説明しよう」しばしの沈黙の後ゴルドレンドは、石版を取り出して説明を始めた。

「あらかじめ言っておくが、あの巨大な悪魔を相手に一騎打ちで勝つのなんておとぎ話の中だけだ。華々しい活躍なんてものは現実にはあり得ないし、あの硬質の鱗を切断できるほどの剣なんてものがそもそもあるのかどうかすら怪しい。俺たちの戦闘力など微々たるものだ。

 だから、俺たちは正面からは戦わない。ドラゴンにはできなくて、俺たちにしかできない方法を使う。すなわち集団戦に持ち込む」

 石版の上を蝋石が滑る。

「奴らにできなくて、俺たちにできること。それは言葉を使うことだ。ドラゴンの知性は高い。一度危険な目にあったらそれを覚えておいて、罠でもなんでも巧妙に避けて見せる。また人間が歯向かうと、その人間をしつこく付け狙い、必ずその生命を奪うことが知られている。またその人間を殺すだけでは飽き足らず、周囲の人間をみんな殺すまで止まらない。これは人間というものを認識しているからこそできるものだ。だが、奴らには言葉は無い。簡単なことだな。使う必要がなかったからだ。俺たち人間は弱い。だからお互いに言葉で意思を伝え合うことでなんとか生き残ってきた。対して奴らは強い。言葉を持つ意味も無かったのだろう。だがそれが今回俺たちには有利に働く」

 ゴルドレンドは言葉を切ってもう一度皆を見渡した。

「思い知らせてやる。人間のあがきってものをな」


 そうしてゴルドレンドは作戦を話し始めた。先人たちが残したドラゴンについての知識、それを全て蓄えたゴルドレンドが五年の歳月をかけて生み出した計画である。作戦の決行には時間がかかった。

 訓練も積まなければならないし、武器を作る時間もいる。僕らが装備をすっかり整えてドラゴンの住処へと向かったのはそれから四ヶ月が経過した時だった。

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