僕の最後の三日間
サクラリンゴ
終わり
地球が終わる件について。
始まりは、そんなネットの書き込みだった。
似たようなことが書き込まれることは、そのネット掲示板では日常茶飯事であった。しかも、先ほど、ちょうど日付が変わり、今日は四月一日、エイプリルフールである。
だから、誰も気に留めず、俺のような暇人が、ポツポツとコメントを返すのみだった。
『NASAが巨大隕石の接近を確認。地球の寿命あと三日間。やべええええ。』
『さっそくの嘘おつ』
『エイプリルフールを感じる』
『嘘じゃねえよ。さっきNASAが発表してた』
『ちょっとNASA見てくる』
『うおおお、マジだ!NASAで言ってる』
『NASAまで言ってるとかwww』
『NASAまでエイプリルフール乗っかるとかwww。さすがアメリカwww』
『まてまて、米国まだ日付変わってねーぞ』
『ちょっと発表早いだけだろ』
『アメリカ早漏すぎいいいいい』
ツイッターも覗いてみると、似たようなツイートをしている人がちらほらいた。
みんなこんな嘘に引っかかってんのか。よく考えれば分かんのにな。
三日だなんて、そんなにギリギリにならなきゃわからないはずがない。
天体観測に詳しいわけじゃないが、現代の観測技術なら少なくとも何年か前には隕石の接近なんて分かりそうなもんだ。
ディスプレイの右下には一時と表示されていた。
「一時、そろそろ寝るか」
パソコンの電源と部屋の明かりを消し、床に就いた。
どうせ明日も春休みだし、何時間だって惰眠を貪れる。
さて、明日はどんな嘘を吐こうか。
******
射し込む日の光にさすがに目が覚めた。
昼前、といったところだろうか。春眠暁を覚えずとはよく言ったものである。春休みということもあって、ここ数週間、朝に起きた記憶が無い。
何時か確認しようとケータイの電源を入れた。
十一時二十分。
だいたい予想通りだ。
ケータイにはいくつかの通知も届いていた。しかも、その内容はどれも昨日の夜、正確には今朝にネットで見たものと同じだった。
だいぶ大事になってんな。
ベッドに寝ころんだままツイッターを開く。
とりあえず、昨日の夜考えた『彼女ができました』という嘘をツイートして、タイムラインをさかのぼった。
どれもこれも、隕石、地球滅亡、世界の終わり。
さすがに冗談には思えなくなってきた。
その時、間の抜けた電子音でクラシック音楽のサビが流れた。家の電話だ。
寝巻のまま重い腰を上げ、子機を拾い耳に当てる。
「もしもし」
「もしもし、聡?あんた今すぐ帰ってきなさい」
「は?」
声の主は母親だった。
大学進学をきっかけに一人暮らしを始め、早まるまる二年。つい、実家へ帰るのをおろそかにしていた。前に実家に帰ったのは……、今年の正月に帰ったか。
「『は』って、あんた、ニュース見てないの?」
「見て、ないけど」
「今からでもいいからつけなさい!」
「もしかして、隕石がどうこうっていう……」
机の上に転がるリモコンに足を延ばし電源ボタンを押す。
「そう、それよ。隕石が地球に迫って来てるらしいの。しかも、もし地球に当たれば一瞬で地球は崩壊ですって」
そんな馬鹿な。と、否定しようとしたが、某国営放送の映像がそれを許さなかった。
『昨夜未明、NASAが確認を発表した巨大隕石はさらに勢いを増し地球に接近しているとのことです。万が一、この隕石が地球に衝突した場合……』
「本当、なんだ」
「わかったら、今すぐ帰ってきなさい。父さんも家で待ってるから」
地球が終わる。
あまりにも衝撃的で、非現実的なその内容に、頭がまだついてきていなかった。
ただ、母親の声に従って簡単に荷物をまとめ、部屋を出た。
玄関の扉を開けると、ちょうど隣の部屋からも人が出てくるところだった。
「里奈」
里奈は、中学校、高校時代の同級生で、昔付き合っていたこともあった。高校卒業と同時にうちの大学の近くの会社に就職し、『近所に知り合いがいた方が安心』ということで、現在隣の部屋に住んでいる。
「聡。あんたも見た?ニュース」
「ああ、隕石が接近してるんだってな」
「私たち、死んじゃうのかなあ?」
よく見ると里奈の眼元は少し赤くなっていた。おそらく、『あと三日で死ぬかもしれない』そのことで泣いていたのだろう。
「まだ、わからん。何といっても今日はエイプリルフールだからな」
エイプリルフール。嘘をついてもいい日。今は、そんなことにすがるしかなかった。
「今から帰るのか?」
「……うん」
「俺も帰るけど、乗ってくか?」
「ありがと」
そう微笑む里奈の顔に、いつもの笑顔は無かった。
******
街は帰省する車であふれていた。しかし、不思議と整然とし、渋滞の列を乱そうとする人はほとんどいなかった。
「この調子だと、一時間ちょっとってところかな」
「そうだね」
渋滞に捕まり、ぽつぽつと里奈と話をした。
「今日は、仕事はいいのか?」
「こんな日に仕事行きたくない」
「そりゃそーだ」
ん?
「寒くないか?」
「大丈夫」
「桜、咲いてるな」
「そうだね」
やっぱ、元気ねえな。
いつも、あれほどよくしゃべり、いたずら好きで元気な里奈がこれほど無口になるほどショックを受けている。そのことが、押し殺していた不安を一層煽った。しかし、ここで無様に取り乱すわけにいかない。運転中だし。こいつの前だし。
軽く深呼吸をして、里奈に話しかけた。
「昔さ、もし今日が地球最後の日だったら何するかって話したの覚えてるか?」
いささか不謹慎にも思われたが、ふと気になって訊いてみた。
「したっけ?そんな話」
「たーぶん、中二くらいでしてたぜ」
「へー。どんなこと言ってたの?」
会話がつながった。
この話題で、良かったのかな?
「んー。たしか、俺は、暴れまわる人とかがいっぱい出るんじゃないかって話してたな」
「あばれ回るひと?」
「そ、暴れ回る人」
「なんでそう思ったの?」
「自暴自棄になって暴れる人とか、その、自分の性的な欲望を満たそうと暴れる人とか、そういう人がいっぱい出るんじゃないかって。だって、どうせその日のうちに死ぬんだしな。何したって捕まらないだろうし」
「あー」
「でも、中学生の頃なんて、大人になったつもりでも、まだまだ子供だったんだよな。考えが浅い。いや、もっと大切なことが分かってない」
「大切なこと?」
「大切なことっていうか大切なもの?要は家族とかだよ。中学生くらいだと家族の大切さみたいなのもまだあんま分かってないけど、一人暮らしとかすると思うもん」
「確かにね」
「だから、今、同じ質問されたら、『家族と過ごす』って答えるな。実際家族のもとへ向かってるわけだし。俺らも、他の人達も」
「その時、私はなんて言ってたの?」
「あー、確か……。ふっ」
「なに笑ってんの、きも」
「いや悪い」
「変なこと言ってた?」
「別に変じゃねえよ」
「じゃあ何?」
「『さとくんと一緒にいたい』だって」
「はあ!?きもい、死ね」
「やっめろ、こら、スピード出てないとはいえ、運転中、なんだから、こら」
こいつは昔からこうだ。なんか恥ずかしいこととかがあると、赤くなって、俺にちょっかいをかけてくる。
ま、その様子が可愛くて惚れたわけだけど。
「ねえ、忘れて!忘れて!忘れて!」
「無理」
「無理じゃない。忘れて!忘れて!忘れろ!忘れろ!忘れろ!」
「むーりー」
なんだか、中学時代に戻ったみたいだった。
あの頃は毎日のようにこんなやり取りしてたっけ。
左から脇腹あたりを狙ったパンチを受けながらそんなことを考えていた。
「でも、お前の方が、正解に近かったってことじゃん」
「なにが?」
「だから、最後の日は大切な人とってこと」
「は?」
「ほら、さとくんは大切な人でしょ」
「きもい!忘れろ!しね!」
何はともあれ、里奈に元気が戻ったみたいで良かった。
******
たわいのない会話をしながら車を走らせ、昼過ぎには地元に着いた。
里奈の家の前に着いたとき、何となく思いついたことを言ってみた。
「なあ、明日の午後にでも同級会しねえ?」
「同級会?……いいね!はやとか、たるとか会いたい!」
「うし、じゃあ、適当に女子に声かけといて。明日の午後二時くらいに中学校前に集合って」
「ん」
「あー、あと、今はまだ使えるからいいけど、たぶんケータイとかも使えんくなるから、家分かる人んとこには直接伝えに行って。帰ってなかったら、親に伝言頼んでさ」
「わかったけど、なんでケータイ使えなくなるの?」
「ケータイ会社の人達が明日もきちんと働くとは限らんだろ」
「そか、そだね。りょーかい。中学校前に二時ね」
「おう、頼んだ。んじゃ、また明日」
「ばいばい、ありがとね」
「いーよ、じゃ」
里奈を送った後、実家に着くと、我が家に来る野良猫が迎えてくれた。
母ニャーとちびニャー。
数年前に死んだ、家を立て替える前から来ていた猫の子供と孫にあたる猫たち。代々名前は付けないで母ニャー、ちびニャーで来ている。
今の母ニャーはもう十歳を超え、だいぶよぼよぼのおばあちゃん猫だ。ちびニャーの方は、去年生まれたばかりだが、もうずいぶんと大きくなり、ちびではなくなっていた。
「よっ、久しぶり。元気にしてたか?」
ふなーご。
しゃがれた声で返事をしてくれた。
「ただいまー」
「さと、帰ったか」
上から声が降ってきた。父さんだ。
見上げると、玄関の吹き抜けから父さんが顔をのぞかせていた。
「ただいま。母さんは?」
「今買い物だ、明日明後日まで食料があるかわからんから買ってくると」
「そっか」
「ニュースは見たか?」
毎度同じこと言われるな……。
「一応は」
「ちゃんと見とかなかんぞ」
父さんはそう言うと、頭を引っ込めた。
靴を脱いで家に上がり、荷ほどきもそこそこにテレビをつけた。
ニュースの内容は、家を出る前に見たものと大して変わらなかった。ただ、隕石の衝突は確実なこと、衝突したら地球は一瞬で崩壊することなど、事態は悪化しているらしかった。
隕石関係以外にも、町の様子の中継なんかもやっていた。どうやら、いろいろ暴れた人なんかも出たらしい。
それにしても、テレビ局の人達は偉いな。こんな時でも働いて。
などと、テレビ業界のプロ意識に感心していると、母親が大量のレジ袋を抱え帰ってきた。
「さと、おかえりー。お昼食べた?」
「ただいま。いや、まだ食べてない」
「うどんでいい?」
「んー」
「父さんと母さんはもう食べちゃったから、お皿は自分で洗ってね」
「はいはい。ふふ」
「なーに、笑って」
「いや」
あと、三日で死ぬ。それなのに、こんなに普通に過ごしている自分がおかしかった。
昼飯を食べた後、同級会を開くべく、同級生と連絡を取りまくった。
LINEに反応しないやつは家に電話した。
世話になった人たちへ、メールやLINEで感謝のメッセージを送った。
そうこうしているうちに、いつの間にか夕方になり、夕飯を食べた。
寿司だった。
夕方のニュースでは、隕石の映像が放送されていた。
暗くなれば、肉眼でも見えるそうだ。
食事を終え、秘蔵のDVDですっきりし、風呂に入った。
鼻歌なんか歌いながら、風呂から上がり、何となく隕石を見てみることにした。
ベランダに出て、空を見上げると、スピカの隣に、スピカ以上に光っている星が見えた。
「あー、あれか。そういえば、なんで燃えてんだろ」
桜の花びらが舞う中、そんなことを考えていた。
******
翌日、珍しく早朝に目が覚めたので近所の川沿いを散歩することにした。
桜の名所でもあるその川には、俺と同じように何人か散歩をしているらしき人がいた。
今年は、開花宣言が出されたのは早かったものの、それから冷え込む日が続いたため、ちょうど今が見ごろだった。
明日地球が滅びるというのに、何とものどかな風景だ。
川のせせらぎを聞き、風のそよぐ音を聞き、鳥の歌を聞き、花びらに抱かれ、川沿いを歩いた。
この川には、大学一年の春まで、毎年のように里奈と花見に来ていた。
この道を歩きながらいろんなことを話した。
ふと、空を見上げると、昨日よりも明らかに大きく輝くものが目に入った。
確実に近づいている。
何気ない日常。
それもたぶん今日で終わり。
今日で最後。
冷たいものが頬を流れた。
そうだよ、寂しいよ。
嫌だ。
まだ死にたくない。
やりたいことはいっぱいある。
やり残したことはたくさんある。
その場で、崩れ、泣いた。
ただただ、泣いた。
周りの目など気にしている余裕などなかった。
これまで抑えていたものが一気にあふれてきた。
泣いて、叫んで、また泣いて。
泣いて、泣いて、泣いて。
気が付くと、桜の下に立っていた。
泣いて少しはすっきりした。
家に向けて、歩き出した。
******
家に帰ると、母さんが朝食を用意していた。
「ただいま」
「あんた、どこ行ってたの。書き置きもしないで」
「ちょっと花見に」
母さんは俺の顔を見ると、優しい声に変わった。
「桜、綺麗でしょ」
「うん」
「不思議よね、こんなきれいな世界が、明日終わっちゃうんだもの」
「うん」
「ほら、ご飯できてるから食べなさい」
「うん」
やっぱり、母親ってすごいな。
朝食を終え、父さんや母さんとたわいない話をした。
テレビがまだやっていてすごいということ、アメリカやロシア、中国では隕石に向けミサイルを発射する準備が進められていること、日本ではそう言った動きは少ないこと、猫たちのこと、庭の花のこと、そして、これからのこと。
俺は、今日の午後、中学校に集まる予定であることを伝えた。
「いいんじゃないか」
「うん、行っておいで」
両親は快く承諾してくれた。
簡単に昼食をとり、学校へ向かった。
まだ、二時までは三十分以上あったが何人かすでに来ていた。
里奈もいる。一緒にバカやった、佐藤と田村、松井の顔もあった。なんなら、先輩や後輩、見たことない顔まであった。
みんな考えることは同じってわけか。
とりあえず、里奈に挨拶することにした。
里奈は、仲の良い、早瀬、樽川と一緒にいた。
「よ、連絡サンキュな」
「うわっ、びっくりしたー。聡か」
「聡、久しぶりー」
「よっ、久しぶり」
早瀬と挨拶を交わし、樽川からは会釈だけだったので、俺もそれに従った。
「今日は特になにすっか決まってないけど、したいことある?」
「んー、何でもいいよ。みんなの顔見に来ただけだし」
「そっか、じゃ、また何かしたいこととか思いついたら言って」
「ほーい」
次に、悪友どものもとに向かった。
「よっす」
「うおおお、聡じゃん、久しぶりいい」
「よっす、あんさん元気にしてたか」
「よ」
変わんねえなあ。
今年の正月に会って以来何も変わらない姿がそこにあった。
四人でバカ話なんかをしながら時間になるのを待っていると、予想以上に中学校が混みだし、二時になるころには数百人は学校に集まっていた。
「十一年三月に卒業したやつらこっち集合」
声を張り上げねばならないほど、校門前は混雑していた。
とりあえず、捕まった奴だけを連れて、校庭へ向かった。
すでにこっちに来ている集団もいくつかあったが、校門前よりはマシだ。
「さて、みなさん、本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今日は、酒もたくさん用意しましたんで、みんなで騒ぎましょー」
うおおおおー。
その後、みんなではしゃぎまくった。
久しぶりの校舎を探検して回ったり、体育館でバスケしたり、進入禁止だった屋上に入ったり、屋上から中学時代好きだった人を叫んだり……。
俺も叫んだ。
「里奈ー。お前はすっげえかわいいし、あの時の人目惚れはまだ続いてる、俺、やっぱ、お前のことが好きだー。つきあってくれー」
「ごめんなさーい」
フラれた。
恥ずかしっ。
そんなことも笑いに変え、みんなで騒いだ。
「童貞のまま死にたくねえええ」
佐藤はそんなことを叫んでいた。
夕方くらいになると、保護者や近所の人なんかもやってきて、学校全体でお祭りみたいになった。
みんなで騒いで、いっぱい笑って、踊って、また、笑って。
気づけば午前3時を過ぎていた。
教室なんかに布団を敷いて寝ている人も多い。
あと、何時間の命だろうか。
真夜中だというのに辺りは昼間のように明るく、真夏のように暑かった。
隕石がだいぶ近づいている証拠だろう。暑さに耐えかねてか、起きて上がる人も増えた。
午前六時。
お祭り騒ぎは静まり、あたりからはすすり泣くような声が聞こえ始めた。
それもそうだろう、あと幾ばく生きて入れるかわからないのだから。
俺は、父さんと母さんを探した。
二人は、近所の同級生の親と一緒にいた。
「父さん、母さん」
「なんだ」
「その、俺を産んでくれて、ここまで育ててくれてありがとう。いっぱい迷惑もかけたし、恩返しできてないこともいっぱいあるけど、俺の人生、すっごい楽しかった。二人のおかげです。ありがとう」
顔を上げると、二人は泣いていた。
最後にちょっとだけ、恩返しできたかな。
遠くで、世界が崩れる音がした―――。
僕の最後の三日間 サクラリンゴ @sakuratoringo0408
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます