最終話 そして僕たちは……

 僕のスマホは鳴らなかった。

 それどころか、この場にある全ての携帯が鳴らなかった。

 そして親分のウサ耳スマホはどこかにあるカツラ法律事務所のトウカイドウさんと名乗る人物に繋がった。

 それはつまり、僕たちは親分のスマホに残っていた未確認人物との通話には一切関わっていない事を証明していた。

「えっと、これで僕たちは単にそのスマホを拾っただけだって分かってもらえたと思います。では、用事があるので僕たちはこれで」

 僕はまだ床に座り込んでいるカスミを立たせようとする。こんな所に長居は無用だ。それにグダグダしていたら、親分がその可能性に気付いてしまうかもしれない。そうなったらすべてがおしまいだ。

 なのにカスミときたらニコニコ笑うだけで、全く立ち上がろうとしない。

「おい、カスミ、早く行こう!」

 僕は目で合図する。おい、気付いてくれよ、僕たちは助かったと言ってもまだまだ薄氷の上に立っているに過ぎないんだぞ。

 ところが。

「えー!? ちょっと、ちょっと! カスミちゃーん、これ、どういう事ォ? ねぇ、どーういう事なのォ?」

 いきなり親分がオネェ言葉でカスミに言い寄ってきた。

 なんだ、この展開? 

 何で親分がいきなりオカマになってるの?

 てか、何で親分がカスミの名前を知ってるんだ?

 ……おいおい、ウソだろ、もしかして。

「んー、親分。簡単なトリックだよん。携帯を自動電話転送にしておいて、親分からの電話を全く別の人のところに飛ばしたの。単純だけど、目の前の電話が鳴るはず、呼び出しには誰も出ないはずと思い込んでいると、びっくりするよぬー?」

 そしてあっさりとネタバレするカスミが振り返り、

「ただ、部屋に通されるまで斉藤さんの携帯と入れ替えを思いつかなかったのは大失態だけどねー。ウソを突き通すなら、それを可能にするだけの準備をしっかり整えないとダメだよー?」

 ポンポンと僕の肩を叩いた。


 親分さんが僕たちの待つ大広間にやってくる少し前。

 僕はカスミが取り出した二台のスマホを前にして、必死に思考を展開していた。

 ひとつは僕のもの。親分さんのウサ耳スマホとの通話履歴が残っている。

 そしてもうひとつはカスミが部屋に通される前にすり替えた、黒服男(斉藤)のもの。

 運良く同じ機種だったので、単純に僕の携帯とすり替えればよかったのに、カスミは何をとち狂ったか別の持ち物とすり替えた。

 最初はなんてミスをと思ったけど、結果としてふたつのスマホが手元にあったおかげで助かった。組長さんが斉藤のスマホも取り出させたように、ただ入れ替えただけではあの場で終わっていただろう。

 手元に僕のスマホが残っていたおかげで自動転送の設定も出来たし、二つのスマホが入れ替わっている事を悟られないように調整する事もできた。自動転送の場合、どうしても画面上部にそのことを記すアイコンが出てしまう。そこを看破されないよう、ボディチェックで取り出されるのは斉藤のものにして、僕の携帯は袖口に隠した。

 斉藤の胸ポケットにあるものを僕のスマホと入れ替えるタイミングは、本当に一瞬。彼が立ち上がり、僕の腕が下り、斉藤の体で僕の姿が親分さんから隠れる瞬間だけ。その一瞬に僕は全身全霊を掛けて、生まれてはじめてのすり替えを行った。

 まぁ、いざすり替えてみたら何故かかまぼこ板を掴んだ時は驚いたし、呆れて思わずカスミに押し付けてしまったけれど。

 でも、それ以上に今、僕はとても驚いていて。

 そして心底呆れていた。


「でも、まぁ、自動転送という発想と、出来る限り自分達とは関係なくて、それでいて電話に出てくれそうな人の番号を思いついて設定したのはお見事だったぬ」

「おい、お見事ってまさか、まさか……」

「うん! 全部ヤラセでした! ゴメンネ」

「ゴメンネ、じゃない! じゃあ何、さっきの涙とかアレも全部演技ってこと?」

「えっへん。まぁ、私ぐらいになると演技でマジ泣きぐらい朝飯前なんだヨ。やーい、ひっかかった、ひっかかったー」

 はしゃぐカスミを前に僕は呆れて何も言えなかった。

 これらが全部仕込みのやらせ? てことは、親分に知られずスマホを戻せというクエストもウソなわけで。さらに言うなら、ここまで下準備しておいたんだから、僕の悪戯を偶然見かけての猿芝居ではないだろう。そう、全ては最初から仕組まれていた。きっと電車の中で僕とカスミが隣り合わせになるところから……。

 なんで? どうして?

「なんで、こんな手のこんだ事をするんだよ?」

 気付いたら思わず口に出していた。

「んー?」

 カスミが面白そうに微笑む。

「そんなの、決まってるでしょ? 電車の中で財布に手を出すも中身を抜かず、ただシールを貼っているだけのヤツがいるって聞いたから、義賊に相応しい人間かどうかテストしようと思ったんだよん!」

 そして胸元からなにやら巻物らしきものを取り出した。

「技術もあるし、逃げ足もなかなか。街のチンピラぐらいは軽くあしらったり、機転を利かして極道相手に博打を打つ度胸もあるよね。最後のすり替えも見事でした。まぁ、女の子の扱いには不慣れなところもあるけど、そこはそれ、このカスミさんがあまりに可愛すぎるから仕方ないと大目に見てあげることにして……」

 誰が「可愛すぎる」だ、自分でよく言うよ、まったく。

「とにかく、おめでとー。合格だよー」

 カスミが巻物を両手でぱっと広げる。そこには毛筆で大きく「合格」の二文字が書かれていた。


 繰り返す。僕は今とっても呆れている。

 壮大なテストといい、手の込んだ仕込みといい、最後の巻物なんてギャグか何かのつもりだろうか。

 まったくもって無駄すぎる。遊んでいるとしか思えない。

 でも、それゆえに悔しかった。

 なんせ出し抜いてやろうと思っていたのに、結局その掌で転がされていただけ。ましてや相手は僕と同じ年齢ぐらいの、一見アホっぽい女の子。

「ヒドイ! アホっぽいは酷すぎる! そう見られない様に頑張ってスーツ着てるのに……ううっ、心からの謝罪と賠償金を要求するニダ!」

「だーかーら、人の心まで盗み聞きするなっつーの!」

 ホントに、まったくもって常識はずれで腹立たしい。

 やっぱりこいつには一泡吹かせないと、僕の気が済まない。

「で、合格した僕に何をさせるつもりさ? てか、義賊って何やるの?」

 だから決めた。

 しばらくこいつに付き合ってやろうと。

 アホ呼ばわりされてプンスカ怒っていたカスミが、僕の言葉を聞いた途端にニンマリ笑みを浮かべるのはもはや予測の範囲内だ。

「ふふん、よくぞ聞いてくれました! 義賊とは真っ暗な闇を照らし出す一筋の光。この世に蔓延る、警察ですら手が出せないような癒着、隠蔽、汚職その他もろもろのどす黒い闇を、私たちの手で見事晴らしてやりましょう!」

 そして特撮ヒーローが変身するような決めポーズを取る。 

「私は義賊のカスミ! そしてそのバックで荒事を一手に引き受けてくれる義侠集団・鬼獄組の皆さんでーす!」

 突然部屋の襖が全て開いて、数十人の黒服サングラスの男たちが「うぉす!」と挨拶した。

「きゃー、カスミちゃん、カッコイイー!」と親分さんの黄色い声も飛ぶ。

「さぁ、キミも今日から義賊の仲間入りダネ! 私に続く義賊第二号、その名も……」

 そしてカスミが僕を紹介する手を上げたまま固まった。

「あ、キミの名前、調べてなかったや」

 一号はやっぱりアホなのだった。


 完
























「ねぇねぇ、私たちのキャッチコピーなんだけど『セクシーな一号、ムッツリな二号』でいいよぬ?」

「駄目に決まってるだろーーーっ!」


 今度こそ、お・し・ま・い

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