その後の話

◇ キキさんのアルバイト その後の話 ◇

その1:仕事を終えて


01.


 ハクとクークラが、ゲーエルーに連れられて旅立った後、キキさんはスヴェシにハウスキーピングにおける具体的な作業方法の引き継ぎをして、アルバイト最後の仕事を終えた。

 館へ帰ると、キキさんは円卓の間に入り、ため息を付きながら自分の席に座った。

 マスターと、自分を含めて五人の仲間が居た頃、この部屋はいつも騒々しい活気に満ちていた。

 思い出す。

 キキさんの正面の席にマスターが座り、それ以外の席には仲間たちが座り。

 次の行動計画を立てることもあれば、ただ駄弁っているだけのこともあった。

 みんなそれぞれの自室があるのに、普段はこの部屋に集まっていた。

 仲間たちとは、仕事をし、冒険をし、あるいは喧嘩もしたし、仲直りもした。時には鬱陶しいとすら思えるほどの深い絆が、そこにはあった。

 自分の家族と言えるのは、あの子達以外には考えられない。

 今は、誰もいない、静かな広間。

 キキさんは、寂しいと思った。

 髪と同色の、黒にも灰色にも見える羽毛が生えている長い耳が、我知らず力なく垂れ下がっている。

 前はこんな気持ちになることはなかった。一人でマスターの帰りを待つ生活に、不満を感じることも、不安を覚えることもなかった。

 それは、マスターと仲間たち以外に家族は居なかったため。自分の居場所が、ここにしかないと信じていたため。この場所を守る事が、自分が唯一できることだと、確信していたためだ。

 しかし、アルバイトを通じて、友を得、慕ってくれる弟子を得、かつての仲間たち以外にも大切に思える人たちと出会えるということを知った。

 誰かのために働く喜びも思い出した。

 それはもう忘れられない。

 以前のような静かな生活に、また慣れては行くだろう。しかし、それでもこの寂しさが消えることは無いのではないだろうかと、キキさんは思った。

 静寂の中に一人。

 キキさんは、心から、寂しいと思った。

 一人でボーっとしながら、キキさんはアルバイトの日々を思い出していた。

 今思えば、最初はただの職場としか考えていなかった。

 ハクとクークラには、出会った時から好意を持つことは出来たが、しかしそれほど特別な存在だったわけではない。

 想いを寄せるようになったのはいつからか。

 クークラにアニメートを教えるようになった、その頃からだったような気がする。



02.

 クークラにアニメートを教えようと思った最初のきっかけは、思い出すと円形モップに糸を付けてその軌道を可視化した時だった。それ以前にも、術を教えてみましょうかとハクと話したことがあったが、本当に教えようと、いやむしろ教えたいと思ったのは、掃除道具が糸に絡まり、それをなんとかしようと思案するクークラを見た時だったと思う。

 それでも、残業をしてまで不必要な仕事をするのは自分の仕事の美学に反する。

 本を持って行った時には、もうすでに教える気にはなっていたが、どうやって時間を捻出するか悩んでいた。

 ハクに、クークラに仕事を手伝わせて、その分で浮いた時間をクークラの学習のために使って欲しいと提案された時には「なるほど」と思った。


 スヴェシが初めて来た時、彼はキキさんの仕事を褒めてくれた。あの意志の強さ、精神の強靭さは、自分としても特別な印象がある。ハクの敵としてではなく、ただの男女として出会っていたならば、どのような関係を築けていただろう。


 その後に見せてもらった造りかけの氷結晶は衝撃的な美しさだった。

 クークラと一緒に「聖務」の盗み聞きをし、心を折られ続けている事を知ったハクを元気づけるために、あの時は大げさに褒めたが、しかし嘘を言っていたわけではない。

 こんな綺麗なものは見たことがない。それは本当だった。


 以来、ハクの氷結晶作成への熱情は加熱していった。あの時、ワガママを言って見せてもらってよかった。


 クークラが初めてアニメートを成功させた時の事もはっきりと覚えている。

 どんなに早くても二十年はかかると思っていたのが、その半分以下の期間であっさりと身に付けてしまった。体質のこともあり、大気に満ちる魂を本能的に感じ取ることが出来るとはいえ、それにしても早い。


 自分が強い絆を持つのは、マスターと仲間たちだけだという確信が薄れ、新たな環境を離れがたいものとして認識するようになったのもこの頃からだったように思う。


 だからこそ、あの時、ハクと喧嘩をしてしまった。


 自分がカチンと来たのは、ハクの「キキさんなんて部外者ではないか」という言葉だった。

 部外者という響きに、受け入れられたと感じていた自分は過剰に反応してしまった。

 あの時は、クークラが初めてアニメートを成功させたことを報告したかったのに、工房から出てこなかったハクに対してイライラし、それをぶつけてしまって。ハクはハクで、自尊心が回復していく途中だったこともあり、そこから売り言葉に買い言葉。結局は、人と喧嘩し慣れていないハクが、泣きながら部屋を飛び出していった。

 あの時はさすがに焦った。

 しかし、あれが酒を持ってハクの部屋に行くきっかけになった。

 ただ仕事上の付き合いというだけではなく、ハクと友としての関係を結ぶ最初のステップになった。あの日、二日酔いするまで飲んだのも懐かしい思い出だ。


 クークラのアニメートの腕は日に日に向上していったが、未熟さ故の失敗も多かった。

 中でもひどかったのは、本の読み上げをラッパで増幅しようとした事件だった。ラッパが音量を調節できずに、音の衝撃で弾け飛び、少女人形の耳を傷つけた。あの人形は高度な技術で制作されており、自分の裁縫技術では傷口を見えなく縫合することすら出来なかった。耳ですんだのは不幸中の幸いで、あれがもし眼や顔に当たっていたらと思うと、今でもゾっとする。


 ハクが、精神的に大人になったと思ったのは、ミティシェーリの「墓参り」を企画した時だった。そういえば、あれ以来ミティシェーリの魂は日を追うごとに薄くなっていった。ハクの成長を知り、安心して大いなる魂へ回帰していくようになったのだろう。

 ハクは、国教会の方針だった「心を折り無為の存在にする」というやり方に負けなくなった。

 そこに至るには様々な要素があり、それは氷結晶創造によって培った自尊心だったり、あるいはクークラを育てるという愛情と責任感が、ハクを強くした。しかしそれだけではなく、自分の存在も少なからず応援になったのではないかと思うと、それは誇らしいことだと感じる。



03.

 勤め始めた頃に比べて、自分も変わった。

 最初は、ハクもクークラも、勤め先の主人とその家族としか思っていなかった。しかし彼女たちへの思い入れは強くなり、その成長を見ているだけで楽しくなった。彼女たちに関わる事ができたのは、自分にとっても喜びになった。

 仲間たちと冒険に行っていた頃のような目まぐるしさはなかったが、静かに成長していく喜びを感じられる、そんな日常だった。


 国教会と軍のクーデターによって、その日々は終わった。

 もう戻っては来ない。

 想いがそこに集約していき、キキさんは再び悲しくなった。

 一人っきりの円卓の間で。それでもキキさんはキョロキョロと周りを見回した。

 誰も見ていない。

 そう自分に言い聞かせて。

 キキさんは顔を手で覆って泣き出した。

 泣けば多少はすっきりするはず。そう自分に言い訳をして。

 溢れる涙を、その手のひらで受けた。

 一度流れだした涙は、なかなか止まらなかった。

 嗚咽が、部屋の静寂のなかに溶け出していった。

 少しだけ時間が過ぎ。

 キキさんは顔をハンカチで拭いながら考えた。

 とりあえずは一仕事終えたのだし、いっそのこと一時的にここを投げうって、温泉巡りでもしようかしら。金はかなり溜まったのだ。多少の贅沢は許されるだろう。

 ただ、やはりマスターがいつ帰ってくるのかわからないのが心に残る。

 マスターが帰ってくるときは、完全な体制を整えて、自分が出迎えたい。

 その想いは変わらない。

 しかし、ここまで全く音沙汰が無い。書き置きを置いておけそこまで問題はないような気もする。

 アルバイトを始める前は、こんなこと考えもしなかっただろう。あの頃の自分ならば、今の自分を堕落したと叱るかもしれない。

 やはり、自分は変わったのだ。

 堕落だとは思わない。ただ自分が自分で大切な場を再び作ることが出来ることを知り、その分、館に固執しなければならないという確信は薄れてしまったように思う。

 そう考えた時。

 正面玄関のノッカーが打ち鳴らされる音が聞こえた。



04.

 一瞬、マスターが帰ってきたのかと思った。

 しかし、それならば館の奥の「ゲート」から来るはずだ。

 誰だろう? キキさんは玄関へと急いだ。

 ドアを開けると、そこには褐色の肌に金色の髪と瞳を持つ、水の精霊が立っていた。

「ルサ先輩……」

「よう、久しぶりだな」

 ルサは屈託のない笑顔を見せた。

「元気でやってたか?」

 キキさんは、最初は驚き、次に胸にこみ上げて来るものを感じた。さっきまで流していた涙が、再び溢れ始める。

 感情の押さえが効かなくなって、キキさんは無言でルサに駆け寄り、その胸に顔を埋めた。

 ルサは少し驚いた表情を見せた。

「(あれ? まさかこいつまで告白してくるってことは無いよな?)」

 だが、キキさんが涙を流し、身体を震わせているのに気づくと、ルサは慈しむような笑顔を見せて、しがみついてくる後輩の頭をなでた。

「よしよし。一人でよく頑張ってた。寂しかったか。悪いな、放っておいて」

 しばらくそうしていると、キキさんはルサから離れてハンカチで涙を拭った。そして言った。

「お……おかえりなさい……。今まで何をしていたんです?」

 感情を露わにしてしまったのが恥ずかしく、キキさんは必要以上にムッツリとした表情を作る。

「色々と、手の離せない仕事をしていてな。ちょっと森や山河の反抗の手助けをしてた。でも後進も育ったし、ほらこの間、国教会と軍がクーデターを起こしただろ。それを機に退職して帰ってきた」

 ニヤリと笑いながら、ルサは続ける。

「なんせカワイイカワイイ妹分が、泣くほど寂しがっていたからな」

「な……泣いてなんかいません」

「本当に意地っ張りだなお前は。じゃあなんでハンカチが濡れているんだよ」

「……放っておいてください」

 キキさんは少し顔を赤らめた。

「とにかく、おかえりなさい。ルサ先輩も忙しかったようで、お疲れ様です。……多少寂しかったのは事実ですので、この時期に帰ってきてくれたのはありがたいです」

 ルサはほう? という表情をして、顎を触りながら言った。

「少し、丸くなったな。今思えば、無理矢理にでもお前を呼び寄せればよかった。そうすりゃ私の負担も大分減ってたのに」

 そして、キキさんの肩をたたいて、玄関の中へと入っていった。

「どうせお前のことだから、部屋の準備とかは整っているんだろう? 疲れたから、とりあえず中に入れてくれ」

 懐かしい我が家~♪ と鼻歌を歌い、奥へと入っていくルサの後ろについて、キキさんはその袖を引いた。

「どうした? ちょっと離れるのも耐え切れないくらいに寂しかったのか?」

「……その……さっきのことは……他の子たちには内緒にしておいてください」

 目を伏せながら言うキキさんを見て、ルサは真顔になる。

「それはお前の態度次第だな。とにかく疲れたから風呂に入りたい。腹も減ったから、その間になにか作っておいてくれ」

 キキさんは、ヤレヤレという顔をしながら、食べながらでいいので、何をしていたのか教えて下さいね、と言った。

「私も、話したいことがたくさんあります。アルバイトをしていたんです」

「お前が? 人嫌いで、マスターにべったりだったお前が? 成長するもんだな」

「面白い職場でしたよ。ま、その話も後で……」

 キキさんは、玄関のドアが開けっ放しになっているのに気づき、戻ってそれを閉めた。

 春の日差しに照らされている館の前庭に、再び静けさが戻ってきた。





その後の話その2:旅の途中、モコとの出会い



01.

 クーデターの影響で、各地で小競り合いの起きている下の大地を、ハクとクークラ、そして先導役兼護衛のゲーエルーが旅をしていた。

 行先は最果ての森。

 ハクの唯一の友人、キキさんの館を訪ねる旅になる。

 迷いの森から最果ての森への道は遠い。その間、これまで砦跡を出ることが出来なかった分、ゆっくりと世界を見て回るのも目的である。

 一行はキナ臭い世情の面倒を避けるため、市街地を避けて山道を行くことにした。山の中に切り開かれた砂利道を歩いていると、見晴らしのいい丘の上に出た。眼下には、山に囲まれた農村が見える。

「今日はあそこで宿をとるか」

 ゲーエルーが言った。

「賛成!」

 クークラが元気に手を挙げる。少女人形の身体。バンド付きのニッカーボッカーズにブーツ、長袖のシャツの上から黒っぽいベストを着て、ハンチング帽をかぶった姿は男の子のようだ。

「まあ、それしか選択肢はありませんよね」

 二人に比べれば体力の低いハクは、小休止の間、ずっと切り株に座っていた。

「早く、休めるところに行きたい……」

 普段着の短いタンクトップにスキニーパンツと、その上に旅用のローブを着込んだハクは、フードを脱ぎながら言った。

「まあ嬢ちゃん、もう少しの辛抱だ。なにそんな遠くじゃないさ。夕方には村に着く」

 ゲーエルーはやけににこやかだった。身体を動かしているとテンションが上がるタイプなのである。

「うん。ハクはやっぱり少し運動不足だったと思うんだ。キキさんに比べて、脇腹がプニプニしていたし」

 クークラも頷いた。

 人形の体だと努力しないでも常に完璧なプロポーションだよね、ああ羨ましい、とハクは思いながらも、反論せず無言で立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。


 道が下りになってしばらく歩いた。

 鬱蒼とした森が、少し表情を変える。原生林の中に辛うじて作られていたような道から、人の手が入った林道となった。

 前方に看板が見えた。村の名前が記されたそれの下には、集落の境界によくある石像が置かれていた。

 村の入口。

 そこには、一人の女性が立っていた。

 薄暗い緑の林道に映える真っ赤な髪をヴェールで包んだ美しい女性で、見た目は人間とほぼ同じ。しかし、発する雰囲気は人間のそれではなく、氷の種族や、あるいはキキさんと同じような、大気に満ちる魂が現世の物品に宿って姿をなした存在だと、一行にははっきりと分かった。

 キキさんよりは年下、ハクよりは少し年上だろうか。境界の石像に、なにやら深刻な表情をしながら話しかけている。

 村に向かっていく三人に気づくと、女性はしかし笑顔を見せた。

「あら? 旅の方です?」

「ええ。まぁ怪しいものではありません」

 先頭を歩いている、ローブのフードを目深に被っていたゲーエルーが答える。三人は歩みを止めた。ハクが、汗を拭いホッとした表情になった。

「最近、世情が不安で。一般的なルートだと危険かと思い、山道を行くことにしたのです」

「あら、それじゃわたしと同じようなものですねぇ」

「おや、ではお嬢さんも旅の途中で?」

「その割に、荷物を持っていないね?」

 クークラが素直な疑問を口にすると、赤毛の女性はニコニコしながら答えた。

「流しの産婦人科医のモコと申します。数週間前にここを通ったのですが、病人を診ることになりまして、長逗留しておりますの」

 柔らかい、どことなく儚げな声が特徴的な女性だった。

「さっき、なにか話していましたけど……?」

 ハクがモコに聞く。

 するとモコの表情が曇った。

「……実は、ちょっとグチを……あの、失礼ですが、少しだけ聞いていただいてもよろしいです? 落ち込むことがありまして、誰かに話したかったんです」

 三人は顔を見合わせたが、これも乗りかかった船である。

 ハクが、モコを促した。



02.

 モコの話は、こういうものだった。

 モコは、逗留したこの村で病弱な少女の両親に請われ、その娘の容体を看た。

 昔から身体が弱かったというその少女は、専門外のモコが診ても、もう長くはないということがわかった。

 持っている医療技術を尽くしてみたが、痛みや怠さを緩和するのが精一杯で、その寿命を伸ばすことは出来なさそうだった。

 モコは、先ほどそれを両親と、病床の少女に告げた。

 もとより自分に責任がある話ではない。

 しかしそれでもやはり気が重く、ここで一人、道祖神に対してため息をついていたのだ。


 話を聞き終わり、モコは村に泊まるのであれば付いてきてください、案内できます、と言った。

 しかしそれを遮って、クークラがモコに話しかけた。

「あの。ボクならばもしかしたら、その少女を救えるかもしれません」

「クークラ?」

 ハクが嫌な予感を覚え不安そうに名を呼ぶ。しかしクークラはそれを無視して話を続けた。

「アニメートという術があるんです」

「アニメート? 器物に一時的に魂を宿し操る術ですねぇ?」

 モコが訝しむように聞き返した。

「それでどのように死にかけの病人を救うのです?」

 クークラは、まずモコがアニメートを知っているということに驚いた。モコは、知り合いにその術の使い手がいたので、と答え、改めて病人を救う方法を聞く。

「魂が身体から離れた瞬間、大気に満ちる魂に同化する前に、アニメートで操って身体に戻すんです。正確には生き返るわけではないんだけど……」

「クークラ、それは禁術だってキキさんが……」

 ハクが口をはさむが、クークラはあっさりと言った。

「でも、それで人の人生が救われるかもしれない」

「わたしも……ええとこの方……」

「ハクです」

「ハクさんの意見に同意です」

 モコは表情を険しくする。

「わたしも、生命と出産の補助を業とする者として見逃すことは出来ません。それは邪法です」

「でも、人を死から回避させる方法になりえます。お医者さんなのに、人が死なない方法を否定するの?」

 クークラは、純粋に疑問を口にしている。モコを詰問しているわけではない。

 モコは、真剣な顔をして、子供の疑問に答えた。

「医者は生死と向き合う職業ですが、決して死を否定的に捉えるものではありませんよ。貴女は死を悪いものと決めてかかっているけれど、人は死ぬからこそ大気に満ちる魂と同一のものになるんです。そしてそれは私達のような存在へと生まれ変わるきっかけにもなります。個人の小さな魂を、外部の力を持ってそのサイクルから切り離すのは、魂を孤独のまま据え置く事にほかならず、決して良いことではないのです」

「でも、その子の両親は、生きていて欲しいと願っているんでしょう?」

「それは、身体を持って生きているもののエゴです。……ところで貴女……」

「クークラです」

「クークラさん。貴女の身体って……?」

「……お察しの通り、身体は人形なんです。ボクは……」

 クークラは、特に隠すこともなく自分たちの来歴と、自分の体質のことをモコに話した。

 クークラがなんにでも乗り移ることが出来ると聞き、モコはしばらく考えた。

「……身体だけならば死なないようにはできるかも……」

「どうやって?」

「とりあえず、その娘に会ってもらってもいいです? 彼女と話をして。その上で身体を救うかどうかを決めてほしいです。本当に助けたいと思ったら、その方法を教えます」

 モコは、儚げな口調でそう言った後、クークラに対して少し厳しい顔を見せた。

「ただし、人を助けたいと言う想いは、必ずしも良いことだとは言えません。少なくとも、相応の覚悟を持って望まなければ、関係する人々を不幸にします。それは忘れないでおいてね。……ところで」

「?? はい」

「アニメートを死んだ人にかけるというのは、さっきハクさんが口にしたキキ先輩という人に聞いたの?」

「はい。ボクにアニメートを教えてくれた人です。実際に、死んだ人を、自我を保ったまま復活させることに成功しました」

「……実演まで……?」

「モコ……先生?」

「まあ今はいいけど……。とりあえず、ハクさんも……それからええと……」

「ゲーエルーだ」

「ゲーエルーさんも付いて来てください。その娘の家は、この付近の実力者だから部屋もいっぱいあるし、私が口を聞いたら泊めてくれると思います」

「うむ……その娘の話に関してはオレは口をだす気は無いが、宿泊させてくれるというのであればありがたい。ああ、相応の礼金も払う用意はある」

「ええ。それでは……」

 流れの産婦人科医モコについて、一行は再び歩き始めた。



03.

 ディエヴァチカは、15~6歳の身体の小さな少女で、顔色には生気が薄く、上体をベッドに起こすだけでも苦労するほど体力は衰えていた。

 モコならずとも、その死が間近に迫っているのが見て取れる。しかし少女はほほ笑みを浮かべ、クークラたちを受け入れた。

 少女の両親に、モコはアニメートのことなどは話さず、ただ同年代の子供との交流はディエヴァチカの精神に安らぎと安定を与える可能性があると説明し、彼女の部屋へクークラたちを入れる許可をもらった。

 旅人でもあるので、しばらく泊めてあげて欲しいとモコが頼むと、両親は快くハク一行を受け入れた。

 両親も、ディエヴァチカも、モコを深く信頼しているようである。

 大人たちは、少女に挨拶をすると早々に病床を出て、クークラがディエヴァチカと二人きりになった。

 クークラが持ち前の積極性で、物怖じせずに話しかけると、ディエヴァチカもモコの紹介ということでクークラに気を許し、二人はすぐに打ち解けた。


 ディエヴァチカは、クークラにどこから来たのか、旅の話を聞かせて欲しいとせがんだ。

 か細い声だった。

「私は、昔から身体が弱くて。どこにも行けなかったから旅人さんのお話を聞くのが大好きなの」

 クークラもまた、自分たちは幽閉されていたので、外の世界が珍しいと言い、二人は笑いあった。

 クークラは自分たちの来歴を話した。

 自分は身体を持たない魔導生物で、水晶の中で眠っていたところを、勇者がハクに渡した。最初は小さな人形に宿っていたが、ある時、今の身体である少女人形をもらい、ボクは話せるようになった。

 ディエヴァチカは、土気色の顔をほころばせて、クークラの話を聞いていた。

 スヴェシという嫌なやつがいて、自分の母であるハクに酷いことをしていた。キキさんという家政婦が来るようになり、その人に色々なことを教わった。

 アニメートの事。

 棒術の事。

 やがてクーデターが起こってそれまでの日常が終わった。スヴェシが死んで、アニメートで復活した。

 そして、旅立つ時が来た。

 少女は生気のない眼をキラキラさせて、クークラの話に耳を傾けていた。

 クークラが話し終わった後。ディエヴァチカは言った。

 今まで、旅人さんから聞いた話の中で、一番おもしろかった。

 私の話も聞いてほしい。

 クークラが頷くと、ディエヴァチカは滔々と自分の考えた話を語りだした。

 彼女の話は、元気だった自分が、色々な旅や様々な経験をし、恋をするというものだった。おおまかな所はよくあるストーリーだが、話は細かい部分までよく考えられ、聞き手のクークラを飽きさせなかった。ベッドに居るしか無かった彼女の心が、そのストーリー世界を旅し、練り上げていったのがよく分かる。

 しかし、話の途中で、ディエヴァチカの声が止まった。

 聞き入っていたクークラは、どうしたのか聞いた。体調が悪くなった?

 ううん。この先はまだ出来てないの。

 ディエヴァチカは悲しそうに言った。

 多分、私はこの旅を最後まで続けられないの。

 小さく咳をしながら、彼女は数冊のノートを取り出した。中にはびっしりと文字や図が書かれていた。

「これ、クークラにあげる」

「これは?」

「今の話のノート」

「大切な物じゃないか。もらえないよ」

「いいの。もう私は、これを使えなくなるから」

「……ディエヴァチカは、死ぬのが怖い?」

「怖いよ。でも……」

「でも?」

「モコ先生は、死んだら魂が自分の体から離れて、大気に満ちる大いなる魂の中に取り込まれるって」

「うん。それは本当。ボクもアニメートを使うからよく分かる」

「先生は、その大いなる魂を分けてもらって生まれたって言っていたの。赤い月の光を身体に、魂を分け与えられて生まれたって。もし今の身体で無理に生き続けることが出来たとしても、それは新しい生命として生まれ出る機会を放棄することになるし、なにより不自然なことだって」



04.

「ディエヴァチカ。ボクがさっき話したことは、創り話じゃなくて、本当の事なんだ……証拠は、そうだな」

 言って、クークラはニッカーボッカーズの右裾をたくし上げた。膝の球体関節が顕わになる。

「ボクの身体は人形というのも本当……」

「……じゃあ、アニメートの術や、スヴェシの復活も……」

「本当にあった。キキさんは、あれは生きているのではなく、死ぬことを許されない存在になった不幸な人だって言っていたけど。でも、スヴェシは確かに自我をもって復活した」

 考えこむように黙ったディエヴァチカに、クークラは言い募る。

「ボクは、モコ先生の言うことはあまり理解できない。人は死んだら大いなる魂に取り込まれるのは確かで、でも、そこに取り込まれた魂には自我はないんだ。個人としては、それはやっぱり消滅だと思うし、死ということなんだと思う」

 クークラの話を聞いて、ディエヴァチカは両手で自分の肩を抱くようにして顔を伏せた。

「ボクは、今はキキさん以上のアニメート使いになった。キキさんがスヴェシに行ったことは、ボクでも十分にやることができる」

 そして、クークラは囁いた。

「君は、どうしたい?」

 ディエヴァチカは、起こしていた身体をベッドに横たえ、顔を両手で覆った。

 細く、青白い手だった。

 しばらくそのまま、静かな時間が過ぎた。

「……私は……」

 ディエヴァチカは言った。

「私は、まだもっと色々な物語を考えたい。それを形にして、誰かに読んでもらいたい」

 右手の指と指の隙間から、彼女は天井を見た。

「例え身体が動かなくても、心のなかの旅を続けて、そこで見たものを表現し続けたい」

「それが、ディエヴァチカの意思?」

「うん」

「モコに話してきてもいい?」

「うん。お願い」


 クークラは病室を出て、宿泊する部屋へハク達を案内していたモコに、ディエヴァチカとの会話を伝えた。

 彼女は、不自然な状態であっても、自我を保ち続けたいという希望を持っている。

 彼女の先生であっても、ディエヴァチカがアニメートの術でこの世に留まりたいと言っている以上、その邪魔をする権利はないはずです。

 真剣に、言葉を選びながら話すクークラに対し、モコは微笑みながら言った。

 確かに、私にその権利はない。

 自由にやってみなさい。


 モコの言葉を聞いて、クークラは部屋から出て行った。

 同じ部屋に居たハクとゲーエルーに、モコは言った。

 申し訳ないが、あなた方のお子さんには辛い思いをさせることになる。ですが、年若いアニメート使いとしては、いい経験になるでしょう。

 ゲーエルーが、いや、オレの子ではないと否定した。

そして、何が起こるのかわからないが、乗り越えられる辛さであるならば、それは大きな体験になるだろう、とも言った。

 モコが、儚げな笑顔を見せて「さて、私はご両親と話をしてきます」と二人に告げた

 ハクが何を話すのか聞く。

 モコはため息をついて答えた。

 クークラは、アニメートを使用する意向をご両親に伝えるでしょうから。

 お二人が変な期待を持つ前に、ディエヴァチカの死の運命は決して変わらないものであることを確認しなければなりません。

 生き続けられるかもしれないという無駄な希望を持つことは、その精神の傷を深めてしまいますからね。



05.

 数日後、ディエヴァチカの容体が急変した。

 両親やモコはもちろん、クークラを筆頭にハクたちも病床に同室した。

「死が……近づいてくるのが分かる……」

 ディエヴァチカは苦しそうに喘いだ。

「モコ先生……」

「近くに居ますよ」

「最後に診てくれてありがとうございました。先生の薬のおかげで、身体が随分と楽になりました」

 モコに礼を言った後、ディエヴァチカは両親の名前を呼び、涙を流してありがとうと言った。今の自分は死んでしまうし、クークラが言う方法を試してもどうなるかは解らない。

 だから、今のうちに言っておきたい。月並みな言葉だけど、二人の子供として生まれて、本当に良かった。

 ありがとう。

 そして、ごめんなさい。

 ディエヴァチカの手を握って泣く母親と、その肩を抱いて涙を流す父親と。

 その後ろで、クークラは目をつむり、大気に満ちる魂に感覚を集中させた。

 ディエヴァチカの魂は、今にも身体から離れそうになっている。

 その瞬間を逃さず、彼女の魂を認識し、操作してその身体に戻すため、クークラの集中力は極限まで研ぎ澄まされた。

 そして。

 その時が訪れた。

 少女の魂が大気に抜け出る。クークラはその瞬間を捉えた。しかし、手応えは弱く、儚い。

 クークラが、大気に抜けだしたディエヴァチカの魂を認識した瞬間。自我や記憶といった表層の部分は大いなる魂の中に溶け出し、混ざっていってしまった。

 大河に一滴の血が流れこんだ時。後にそれを分離することは不可能である。

 クークラは、それでもその不可能に挑戦した。

 大気に満ちる魂の中に霧散した、少女の自我の残滓を身体に戻そうと足掻いた。

 それは瞬間的で、絶望的な苦闘になった。

 術は中途半端に終わり、ディエヴァチカは大気に満ちる大いなる魂の一滴となって、自我は永遠に失われてしまった。

 クークラはがっくりと肩を落とした。

 そして、両親に言った。

「失敗……しました」

 母親は、モコ先生の言った通りでした、とつぶやいた。父親は、それが娘の運命だったのです、と諦念の表情を浮かべた。

 そして、二人はディエヴァチカの身体を抱いて、号泣した。

 クークラは、泣くことが出来ない人形の身体であることを悲しく思った。

 僅かな期間だったけれど、彼女とは心を寄せ合った友となった。

 別れがこんなにも悲しいのに。

 それを表現する方法がない。

 悲しみを洗い流すことが出来ない。

 モコは、呆然と立ち尽くすクークラに囁いた。

「泣きたいですか?」

 クークラは、モコの顔を見て、頷いた。モコはそんなクークラの肩を優しく抱いた。

「しかし、さて少しだけ困ったことになりましたね」

 モコは言った。

「ディエヴァチカは亡くなりました。それは動かない事実ですが、アニメートの術が中途半端にかかってしまったため、その身体だけはまだ死んでいません……いや、ただ臓器が動いているだけだし、それもしばらくしたら完全な死を迎えるでしょうけれど」

 母親がディエヴァチカの胸に手を当てた。確かにその心臓は動いていた。

「一つの選択肢があります」

 モコは部屋の全員に向けて話しだした。

「この身体のみを再び活かす方法はあります」

 両親が、モコにすがるようにしてその方法を聞いた。

「身体が生きているうちに、別の人格に乗り移ってもらうのです。ただし、これはただ身体が死なないだけで、重ねて言いますがディエヴァチカが亡くなった事に変わりはありません。ディエヴァチカと同じ身体を持つ、別の人になるだけです」

 ハクはぎょっとした表情を浮かべた。

 この人は何を言い出すのだろう。警戒するように、クークラを背後から抱き寄せる。

 そんな動きを意に介さず、モコは両親に向かって言う。

「慰めになるかわからないし、そもそも仮にこの身体が動くようになったとしても、私は医者としてソレをあなた方の側に置くことを禁じます。なぜならば、身体だけが動いていれば、やはり少女が生き返ったと勘違いしてしまう。その歪みは、皆を不幸にするだけでしょうから」

 モコは幻惑するような表情を見せて、両親に尋ねた。

「それでも、あなた達は彼女に……身体だけでも生きていて欲しいですか?」

 両親は少しだけ考えたが、顔を見合わせて声を合わせた。

「生きていて、欲しい」

「……その考えは、愚かしい」

 深くため息を付いて、しかしこう続ける。

「でも、それは私が生涯をかけて究明しようとしている愛という感情に深く通じる心の動きでもあります。……さて、クークラさん」

 振り返ってクークラを見たモコを警戒するかのように、ハクは我が子をその背中に隠した。

「どうしますか? ディエヴァチカの身体。私は出会った時に言いました。彼女と会って、身体だけでも救うかどうか考えて欲しいと。そして、人を助けようとするのは、必ずしも善いことではなく、相応の覚悟がなければ、関係する人たちを不幸にすると」



06.

 その日の深夜。

 一行は出立した。

 動いている姿をあまり見せるのは酷だから、というモコの提案に従った。


 ……

 …………


 あの時。

 モコの問いかけに、クークラは応えた。

 クークラは、ハクの背中を押しのけ、ディエヴァチカの両親の前に出て、最後の確認をした。

 自分がこの身体に乗り移ります。しかしボクは旅人であり、この地に留まることはありません。モコ先生の言葉に従えば、二度と訪れることもない。それでもいいですか?

 両親は、それを肯定した。

 身体だけでも。ディエヴァチカには、身体だけでも様々な地を見させてあげたい。

 泣きながら、母親が言った。


 クークラが乗り移り、再び動き出したディエヴァチカの身体に、両親は取りすがって泣いた。それを見て、クークラはモコの話が正しいと考えた。あまり長く居ると、やはり両親は勘違いを起こしてしまい、関わる者が不幸になるだろう。

「やっぱり、彼女は死んでしまった。ボクはこの身体に乗り移って、それがよくわかりました」

 両親に、自分はディエヴァチカではないと告げ、ただこの身体で色々な土地を訪れる事を約束した。

「もう、二度と会うことはありません。ただボクはボク、クークラの名前で絵葉書を書きます。新しい土地に入る度に、必ず。そして、この身体が老いて本当に死ぬまで、他に乗り移る事も自分に禁じます」


 ……

 …………


 ハクとクークラにとっては初めての経験となる夜の旅路。

 森は昼とは違った表情を見せる。

 光も、空気も、ざわめく樹々の音も、昼のそれとは全く違う。

 足下に注意しながら、おっかなびっくり歩きつつハクは言った。

「それにしてもクークラ……出来ればこういう重要なことは私にも相談して欲しい」

 弱々しい少女の身体となったクークラが答える。

「ゴメン、ハク。でも、時間もなかったし。こういう展開になるとは思わなかったんだ。それに、ディエヴァチカと違ってボクは死ぬわけではないから」

「それにしても、新しい身体はどうです? 肉体に乗り移るのは初めて?」

「はい、モコ先生。なんか、不思議な感じ……暑いとか寒いとかって、こういうことだったんだって思う。力も弱いし、すぐに息が切れる……涙を流したのも初めてだった。それに、お父さんお母さんには言わなかったけど、ディエヴァチカの考えていたことが思い出せる……」

「記憶は魂だけではなく、脳を初めとした身体にも宿りますからねぇ。あなたの体質も含めて、なかなか興味深い」

「あ、それと、さっきからお腹がクルクルする? なんだろう、この感覚」

「……空腹じゃないかな?」

「なぁ先生さんよ、なんであんたまで一緒に来たんだ?」

 つい昨日まで三人だった一行は、今は四人になっていた。さらに、アニメートをかけて自律させている少女人形もついてきているので、傍から見れば五人に見えるだろう。

「私も流れの産婦人科医。もともとが旅の途中でしたし、ディエヴァチカが死んでしまっては、あそこに残る意味もありませんから。それにクークラは生きた身体に慣れていないでしょう? 医者は必要ですよ。何より……」

 モコは笑いながら言った。

「実は私、最果ての森に実家があるんで。そもそも久しぶりに里帰りする途中だったんですよ。会った時に話に出ていたキキ先輩には言いたいこともありますしね。目的があったとはいえ、こともあろうに死体にアニメートを掛けるなんて。厳重に注意しなければなりません!」

 一人で憤激しているモコに、ハクは思った。

 ディエヴァチカの家に案内してもらった時、確かにキキさんの所に行く途中だったとは話した。

 しかし、その館が最果ての森にあるって言ってたっけ?

「何にしても、旅は道連れ、世は情け。最果ての森はまだまだ遠いですが、楽しく行きましょう、楽しく」

 赤い月が照らし出した山道に、どこか儚げなモコの笑い声が響いた。

 なよなよしい感じだけど、この人って意外と図々しいよな……新たな旅の仲間を得た三人は、それぞれそんな事を考えていた。




その後の話 その三:ハク達の到着


 その日、キキさんとルサが喧嘩をした。

 というよりも、キキさんの不満が爆発した。


「今日の掃除は、ルサ先輩の役目だったはずです!」

「いや、わかってるけどなんか身体が動かない。疲れが取れにくい歳になった」

「義勇軍のリーダーが激務だったのは聞きましたが、帰ってからもう一年近く経つんですよ!?」

 怒るキキさんに対し、気だるそうにルサが言う。

「……他の子たちには言わないでくださいねー……」


 さすがにキキさんが切れた。


「今、目の前にいない子たちの名前なんて出しても無駄です! ルサ先輩が掃除をしない限り、私も家事全般をボイコットしますからね!」

 なんで暇と人手が増えた後のほうが、館が散らかるんです……ブツブツいいながらキキさんは円卓の間を後にした。

 一人で残されたルサは、大きくため息を付いた。

 身体の疲れは取れたが、心が動かない。

 森の中では常に人目があり、リーダーとして振る舞い、緊張感が途切れなかった。帰ってきてその糸が切れてしまい、なかなか元に戻らない。

 燃え尽きたのかな。

 とは言え、さすがにこのままではマズい。

 せめて掃除を終わらせなければ、飯も作ってくれなくなる。何よりも先輩としての威厳が消え果ててしまう。

「よし!!」

 掛け声を上げて、気合を入れる。両手で自分の頬を打った。

 今日から生まれ変わる。

 山河の義勇軍のリーダーとして。

 四人の後輩を率いていた先輩として。

 頑張っていたあの頃の心を取り戻す。

 そのためにはまず。


 掃除だ。


 ルサがやる気を振り絞り、部屋の片隅に置かれたロッカーから箒を取り出した瞬間。

 正面玄関のほうから、ノッカーが扉を叩く音がした。

「なんだ? せっかくやる気になったのに……」

 箒をロッカーに戻し、ルサは円卓の間を出た。

 ちょうど玄関に向かっていたキキさんと鉢合わせた。

「いや、今、箒をかけようとしてたんだ」

「……へぇ……そうですか……」

 ジト目でルサを見ながら、キキさんは玄関に向っていく。

 悪い流れを感じながら、ルサもそれについていった。


 キキさんが玄関のドアを開けると、そこには五人の集団が立っていた。

 先頭は灰色のローブを纏った男女。氷の塊のようなモノが付いた首飾りをしている。ルサは、見たことはないが氷の種族だろうと思った。

 その後ろに控えている女性が二人。一人は線の細い少女で、もう一人はフードを目深に被った大人の女性。

 そしてもう一人、まだ子供の女の子が、駆け込んできた。

「久しぶりですキキさん! 来ました!」

 女の子が我慢できないようにキキさんに抱きつく。

 キキさんも相好を崩して、その身体を抱きとめた。

「お待ちしていましたよ、クークラ。さあハクも、ゲーエルーさんも……。あれ? あとのお二方は?」

 見ると、後ろに居た二人の女性が、耐え切れなくなったかのように笑い出した。

 ハクが、それを呆れ顔で睨んでから、キキさんに笑いかけた。

 キキさんとハクは、互いの肩を抱いて再会を喜んだ。

「やっと到着しました。長い旅になりましたけど、お陰で色々な土地を見てくることができました」

「久しぶりだな別嬪さん。いやそれにしても立派な屋敷だ」

「こちらこそお久しぶりです。あ、紹介します。先輩のルサです」

 キキさんは後ろに居たルサを手で示す。さっきまでは喧嘩をしていたが、そういうところは如才ない。

「ハクです。お聞き及びかもしれませんが、キキさんには本当にお世話になりました」

 ハクがルサに頭を下げる。そして、後ろの二人に声をかけた。

「二人共、いつまでも笑っていないで、ちゃんと挨拶をしなさい」

 その声に従って、まず背の低い少女が歩み寄り、キキさんに手を差し出した。

 キキさんと握手を交わしながら、その少女は言った。

「久しぶりです、キキさん」

 久しぶり? キキさんは、少し混乱したが、しかしその正体に思い当たった。

「クークラ……?」

「へへへ、言ったでしょう? 今度会う時にはキキさんがビックリするくらいのアニメート使いになっているって」

「……? ……? え!? じゃああっちの人形は……!!」

「アニメートで動かしているんだ……動かしています。自分の意思があるわけではないけど、判断力をもっているので、かなり自律した行動を取らせることが出来ます」

 キキさんが驚きながらそちらを見ると、少女人形は笑いながら言った。

「すごいでしょー!」

 それを見る限り、意志があるとしか思えないのだが、クークラが言う以上このような行動もただの判断であって意志とは違うのだろう。

「……驚きました……」

「いつかは、意思を持ったアニメートをものにしてみせます。それは多分、本当に自分にしか出来ないことだから」


 人間の少女の身体に憑依しているクークラを見ながら、キキさんは思った。


 意思を持つアニメートで作られるもの。

 それは恐らくクークラと同じ種類の魔導生物になる。

 この子が、アニメートに拘った理由が何となくわかった。

 クークラは自分では気づいていないかもしれないけど、それは生物が子孫を残そうとする本能と同じなんだ。


 初めてアニメートの術を目の当たりにした時。

 動くカバンを見て。動くモップを見て。クークラはそれらが心から可愛いと思ったと言っていた。

 自らの術で動かしていた小さな人形などに対しても、同じように感じていたようだった。

 それは、この術を極めることで同族を増やすことが出来るという、本能的な直感だったのではないだろうか。

 クークラのことは、自我を持つ一個の存在として認識していたが、生物かどうかは微妙だと思っていた。

 しかし、生物の持つ本質的な欲求と同じものを持っていたのだ。


 人間の女の子が恋をするという形で、本能的に子供を作る準備をするように。

 クークラはアニメートにのめり込んでいったのだ。


 成長が早いわけだ。

 キキさんは天を仰いだ。


「ねー……これならキキ先輩も騙せると言ったでしょう」

 どこか儚げな声で、しかしいたずらっ子のようなことを、フードを目深に被っていた女性がクークラに言った。

「あ!! その声!」

 ハクに挨拶をしていたルサが、鋭く反応した。

 キキさんも思わずその女性を見た。


「「モコ!!!」」


 二人の声が重なると、モコはフードを脱いで特徴的な赤毛を太陽のもとに晒した。


「ただいまです、先輩方」


 まず、ハクが驚いた。

「え!? 知り合い!?」

 しかし、ゲーエルーとクークラ、そして少女人形は、そんなハクに少し白けた対応を示した。

「やっぱり、ハク、気づいてなかったんだ……」

「嬢ちゃん……察しが悪いにも程があるぞ……」

「え? 二人とも知って……?」

「そもそもキキさんの事を先輩って呼んでたし……」

「言われもしないのに、最果ての森の館のことを知ってたしな」

「ハクちゃん……ごめんなさいね。どこで気づくかなーとは思ってたんだけど……」

 キキさんはため息を付いてハクに話した。

「この子は、博愛を象徴する赤い月の光が姿と命を持った存在。愛を司り、幻術を得意としますが……」

「……その分、隠し事をしたり、最後まで結論を言わなかったりするのが好きだよね……」

 キキさんの言葉を、クークラが繋いだ。

「悪意があるわけじゃないんだがな」

 と、ルサも呆れたように言った。

「一番下の後輩だが、扱いにくいことこの上ない奴だった。それこそ月の光みたいな儚げな態度に騙されるんだ。よく一緒に旅なんて出来たな。振り回されただろ」

「まあ確かに色々あった」

 ゲーエルーがため息を付きながらルサの言葉に応える。

「てことは、姐ちゃんが一番上の先輩かい」

 ゲーエルーは被っていたフードを脱ぎ、ルサに握手を求めた。

「ゲーエルーだ。この一行の先導役兼護衛をしていた」

 話しかけられたルサは、差し出された手を握り返しながら、マジマジとゲーエルーの顔を見た。

 そして。

「は……はい……ルサ……です」

 と、普段は出すことのないような女性らしい声で返事をした。

 ゲーエルーは無駄に力強い握手をしながら豪快に笑った。

「べっぴn……キキさんにはオレも色々と世話になった」

 ルサは無言でコクコクと頷くだけだった。

 その姿に、モコがほう? という表情をみせる。

 キキさんも、ちょっと驚きながらルサを見やった。

 モコは、キキさんの肩を叩いて言った。

「じゃあわたしが皆を客間に案内しますねぇ。キキ先輩のことだから、綺麗にしてあるんでしょう?」

 頷くキキさんに、モコは視線を鋭くして囁いた。

「晩ごはんの後、アニメートの使い方に関して言いたいことがあるんで、ちょっと付き合ってくださいねぇ……」

 そして表情を変えると、それでは、アレのことは任せます、と言って硬直しているルサを眼で示した。


 モコの先導で、客人たちが全員館の中に消えると、ルサがキキさんの袖を引っ張った。


「おい……あのナイスミドルは誰だ……? 誰なんだ!?」

「前に話したじゃないですか。アルバイト先で魔王の護衛官と知り合ったって」

「戦史書で名前を見たことはあったが……しかしなんかもっと情けなくて卑怯な感じに書かれていたぞ。魔王を見捨てて逃げたんじゃなかったのか!?」

 褐色の肌を朱く染めているルサを見て、キキさんは優越の笑みを浮かべた。

「ルサ先輩。国教会の書いたものを真に受けるとは。意外と初心ですね」

「う……いや……そんなことはどうでもいい。……もうちょっとあの人のことを教えてくれよ」

 キキさんは薄笑いしながら言った。

「それは先輩の態度によります」

 そして、客人を迎える用意をしなくては……と、館の中に入っていった。

「まてキキ……いや、ほら。今まで色々と面倒を見てやったじゃないか。……キキ……。キキさん……キキさーん」

 ルサは、生まれて初めてとなる猫なで声を出しながら、その後を追った。


 全員が館の中に入りドアが閉められると、騒がしかった前庭は、再び静けさに包まれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

キキさんのアルバイト ロキ @loki-MH

フォロー

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

作者

ロキ @loki-MH

 ブログ「ロキの実験的駄文」を書いております。 そこで発表した小説を、加筆修正した後にまとめて投稿させていただこうと思っています。  また、ブログではテキスト読み上げソフト「VOICEROID+結月…もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料