第3話




◇ キキさんのアルバイト 第三話 ◇


第一章:ある夏の日



01.

 キキさんが砦跡に来て、スヴェシと顔を合わせた回数を数えるに、両手の指では足りなくなってきた。

 決して短くない年月だが、彼女たちの時間感覚は人間とは違うとだけ記しておく。

 季節は夏。

 冬の間は主に屋内の仕事に終止するが、雪が溶けた後は敷地全体を見ることになる。

 砦跡とは、狭い意味では住居としている参謀本部のみを指すが、本来は迷いの森の中にあるクレーター状の土地全体を意味する。

 クレーター内部には、崩れた尖塔や壊された城壁、未だに残る城門跡のアーチや、戦後に作られたハクの工房、あるいはそれらを結ぶ道、そして隙間に作られている畑などがある。

 陽が登り切っていない早朝。空気はまだ温まっておらず、清々しい涼しさを感じられる。

 キキさんはクークラと共に、参謀本部の裏庭の、整備された運動場にいた。

 元は瓦礫に埋もれていた場所だが、それらを取り除き、十分な広さを持つ楕円形のトラックとして整地したのである。

 キキさん一人の力では不可能な仕事だったが、クークラが大きな土塊の人形に憑依し、重い瓦礫を取り除いてくれたお陰で、完成した。

 今、運動場の脇に置かれた椅子に、クークラお気に入りの少女の人形が座っていた。

 身体に力はなく、眼には光がない。

 魂の無い、ただの人形だった。

 その横には、金属製のフックが取り付けられた木の柱が立てられている。

 人形の虚ろな視線の先、トラックの中央辺りに、二つの人影があった。どちらも手には長い棒を持っている。

 対峙した二人は、一礼をしたのち、棒と棒を打ち合わせ始めた。

 それは、あらかじめ互いの動きを確認して行われている、演舞だった。

 人影の片方……キキさんは黒っぽい半袖のシャツに動きやすいズボンを履いている。ボルゾイ犬の尻尾がズボンに開けられた穴から出され、長い髪と共に動きに合わせて跳ねていた。

 もう一つの影は、様々な古い鎧をアンバランスに組み合せた物。

 クークラだった。

 瓦礫から掘り出した壊れた鎧を組み合わせて身体にしていた。

 二人の演舞は、動きに全く迷いがない。

 キキさんは冒険者だった頃から棒を使い、幾つもの修羅場を乗り越え、今でも毎朝鍛錬を欠かしていない。その経験に培われた動きだ。

 そんなキキさんを見て、自分にも教えてほしいとクークラが言い出したのが数年前。それがそもそもこの運動場を整備したきっかけでもあった。

 棒を打ち合い、躱し、走り、飛び退り、あるいは飛び込み、最後は互いの喉元に棒の先端を付きつけて演舞は終わる。

 クークラは数年でその動きをモノにしてしまった。キキさんはそのセンスに舌を巻いたものだ。

 二人は距離を離して立ち、礼をして再び構える。

 今度は演舞ではない。本気の打ち合いである。

 見る者が見れば、二人の間の空気が張り詰めて行くのが分かっただろう。

 しかし、勝負は一瞬でついた。

 裂帛の気合を込めて、鋭い動きで突きを放ったクークラの攻撃を、キキさんは棒でいなしながら躱し、一連の動作で鎧の脚をすくう。

 仰向けに転倒したクークラは身を起こそうとしたが、その隙を与えずキキさんの蹴爪と鱗を持った脚がクークラの肩を踏みつけ、棒の先が喉元に付きつけられていた。

 その形のままで、一瞬時が流れる。

「参った」

 クークラは、状況を覆すのは不可能と判断し、負けを認めた。



02.

「……まだ勝てないのか……残念だ……」

 礼をし、鍛錬を終えた後。

 野太い感じの声でそう言いながらクークラは、トラックの脇にあるフック付きの柱に自分の首を後ろから引っ掛けた。完全に固定されると、次の瞬間には鎧から精気が消え、手脚がガシャリと音を立てて力なくたれ下がった。

 そして隣の椅子に座っている人形が、まるで眠りから醒めるかのように眼を開けた。

「まだまだ鍛錬が足りないかなぁ」

「冒険者時代から練習と実践を重ねた技でございます。そうそう追い抜かれるわけにはまいりません」

 キキさんは涼し気な表情で答えたが、実のところ少しだけヒヤヒヤしていた。

 それほどに、クークラの突きは鋭い。

 だが、弟子に簡単に遅れをとる訳にはいかない。キキさんは意外と負けず嫌いなのである。

 それにしても。

 仕事の前の余暇を活用するために始めた棒術の鍛錬だが、クークラの動きは日を追うごとに鋭くなっていく。

 キキさんは思う。

 フェイントなどの駆け引きをしてこないので、今年はまだ負ける気はしない。来年もまぁ大丈夫だろう、多分。

 しかし、再来年あたりにはもう、抑えきれなくなるのではないだろうか。

 クークラは、戦闘におけるカンの良さが異常に良いのだ。

 ハクは勇者に託されたというが、この子の生まれは謎なんだよな……と、キキさんは改めて思った。

 どんなものにも乗り移れるという特性……それも、巨大な瓦礫を難なく片付けるパワーを発揮する泥人形をこともなげに動かすことなどを考えても、およそ普通の魔導生物ではないだろうし、それは戦闘能力の潜在的な高さと関係があるに違いない。

 時代からして、氷の種属との戦争のために生み出されたと考えても、決して不自然ではないのだ。

 国教会によって無為の存在となされているハクに、勇者がこの子を預けたのは、不正解ではなかったと、キキさんは思った。

 少なくとも砦跡に居る限り、クークラの戦闘能力が日の目を見ることはない。生態や能力ゆえの不幸を招くことも皆無だ。

 陽が少しだけ高くなった。

 これからまた一日の仕事が始まる。棒術の鍛錬は、あくまで仕事前の休暇時間を活用したものである。

「さて、では今日はカビの予防をいたしましょうか。これからジメジメした季節に入っていきますので」

「あー……あれかぁ。薬品臭いし手間がかかるから、ボクあれ苦手なんだよなぁ……」

 ボヤくクークラの眼を、キキさんは無言で覗き込んだ。

「いえ、もちろんボク、一生懸命お手伝いしますよ?」

 クークラは眼を逸らしながら言った。そして、言葉を繋いだ。

「あ、そうだ。終わったら、またちょっと聞きたいことがあるんです。魔術のことで……」

「分かりました。では今日は、出来るだけ早く終わらせることにいたしましょう」

「お願いします。……それにしても、ハク。今日も工房に篭っちゃっているけど、大丈夫かなぁ」

「ハク様にとって、今は仕事に集中したい時期なのでございましょう。先にスヴェシ様が来た時、氷結晶を創る技術が目に見えるほど上がっていると、何やら嬉しそうに仰っておりましたし」

「スヴェシの言うことなんて……ゲーエルーさんも言ってたけど、国教会はハクの氷結晶を高く売れればなんでもいいんだよ」

「そうかもしれません。しかし、ハク様にとって氷結晶を創るのは、国教会とは関係なしに、楽しい事なのでございましょう」

「それもわかるけど……」

「ハク様のお身体は自分も心配しております。あまりのめり込みすぎるようであれば、わたくしの方からもご忠告を申し上げさせていただきます」

「うん……いや、はい。お願いします。……でも、キキさんがいてくれて本当に良かった」

「そう言われるのは嬉しゅうございますね」

「ハクに意見もしてくれるし、魔術も……。もし居なかったら……ハクが篭っている間、ボク、ずっと話す相手も無くなっちゃうしね」

「さようでございますね」

 生意気なこともよく言うが、しかしハクが仕事に没頭すると「子供」であるクークラは寂しいのであろう。

 自分が来るまでは二人っきりで過ごしていたのだ、と、キキさんは二人の関係の深さを感じた。

 思えば。

 初めは、ただのアルバイト先でしかなかった砦跡。

 それがいつの間にやら、随分と肩入れするようになったものだ。

「家族……かぁ……」

 キキさんにとっての家族は、マスターと仲間たちしか居ない。それも今は失われている。中身の無くなった館に一人いた頃を思い出す。

「まぁ、アルバイトを始めて良かったかな」

「……? なにか言った?」

 先を歩いていたクークラが振り返った。キキさんは微笑みながら言葉を返す。

「いえ、ただの独り言でございます。さて、今日は忙しくなりますよ」



03.

 クークラに仕事を手伝ってもらい、それで浮いた時間を使ってキキさんが魔術の勉強を見る。その関係が始まってから、これもまた随分と時がたった。

 クークラの魔術への興味は本物で、飲み込みも覚えも悪く無い。だが、クークラが使いたいと願っているアニメートはかなり高度な術であり、まだそれを使えるところまでは至っていない。

 とは言え、クークラは本能的に「大気に満ちる魂」の動きを感じ取っている。感覚さえ覚えれば、使いこなすに至るまでは早いのではないかとキキさんは考えていた。

 術の勉強を見るための専用の部屋も、ハクを含めた三人で設営した。

 持ち込んだ書籍を置く書棚、向い合って座るための机。筆記用具。実習に使うための様々な物品、素材。それらを加工するための刃物や工具。比較的広く取った施術スペース。

 スヴェシが来る時にはただの書見部屋のように設定し直すのだが、逆にそのお陰で、毎年クークラの成長に沿った形にカスタマイズできている。

 今はともかく実践に主眼を置き、施術スペースを充実させている。そこは円形に注連縄で聖別し、中央に木の祭壇が置かれ、大気に満ちる魂が濃くなるように設計されていた。

 仕事を終え、作業日誌を書いてから、キキさんは魔術部屋へ来た。

 先に入っていたクークラは、キキさんが入室すると形式張って椅子から立ち上がり、礼をした。キキさんは手を軽くあげてそれを受ける。

「ありがとうございます。今日はちょっとアニメート……というか、大気に満ちる魂と、素材の相性に関して聞きたいんですけど」

 クークラの希望を聞いて、キキさんは、懐かしさを感じた。

 自分がまだ未熟で、皆の役に立とうと思って勉強を始めた魔術がなかなか身につかず焦っていた頃。

 同じことをマスターに聞いたのを思い出した。

「大気に満ちる魂と、それを宿らせる素材に関して、確かに相性はございます。もっとも極端な例は水晶ですね。純粋な水晶の結晶に宿ると、大きな魂は眠ったような状態に陥ります。おっと、それはなぜかと聞くのは無しですよ。わたくしも分かりませんし、それに関しての研究論文も読んだことはございません」

「じゃぁ、練習として選ぶべき素材というのもあるの?」

「ある程度は。とは言え、素材による宿りやすさの違いよりも、大きな要素が存在しております」

「それは?」

「思い入れでございます。人の思い入れを強く受けた素材……いえ、思い入れを強く受けたモノほど、魂が篭もりやすくなります。自然に生まれる付喪神というものが、おしなべて古くから使われている器物であるのは、それだけ思い入れを受けた物品であるためだと考えられています」

「思い入れ……」

「アニメートに関しましては、術者の思い入れの強い物ほど、術をかけやすいという傾向がございます。わたくしの場合は、使い慣れた掃除道具に対して術を掛けるのが得意であるということにもなります」

「じゃぁボクも、何か思い入れのある道具を使えば」

「そうですね、最初にアニメートを成功させるには良い方法だと思います。以前にも申し上げましたが、魔術は技術でもあります。まず一回アニメートを成功させることを覚えれば、その後に別の器物に応用するのは簡単になるかもしれません」

「あ、それ。ハクは、逆上がりみたいなもの? って言ってたけど」

「言い得て妙かと。……別の例えとしては、棒術の演舞のようなものでしょうか。動きを身体で覚えてしまえば、後は簡単に、かつ洗練されていくと言う意味では」

「うーんじゃぁ、何かボクにとって大切なもので試してみよう。……なんにしようか……」

「あまり気負いませんよう。学び始めてまだ数年でございます。出来なくて当然。焦ってもいいことはありませんので」

「分かりました。とりあえず、今日は自分でいろいろと試してみようと思います」

「ではわたくしは部屋に戻りますので、わからないことがありましたら」

「はい。その時にはまた聞きにいきます。ありがとうございました」



04.

 泊まりのシフトの時にあてがわれている自室に戻って、キキさんは初めてアニメートの術を成功させた時のことを思い出していた。

 あれは、もとはマスターからもらった武器としての棒で、冒険中に折ってしまってブラシに仕立て直したものだった。

 あの時は、マスターからも褒められ、笑顔で頭を撫でてもらった。

 その喜びは、今も心の中の大切な場所に仕舞ってある。

 もう一つ思い出した。

 アニメートを使えるようになってから、少し経った時のこと。

 愛用のブラシを動かし、円卓の間を掃除させていた。そして自分は帳簿を付けていたのだが、眼を離していると焦げた匂いがした。

 ブラシは部屋を掃除しろという命令のもと、火の入ったペチカの中までブラシをかけていたのである。

 初めてアニメートを成功させたブラシは、それで失われた。

 あの時、マスターはどうしてくれたのだっけ。

 とにかく、火には気をつけるように、それを注意され怒られたのは覚えている。

 しかしその後。

 そうだ。

 先輩のルサが、キキさんの失敗を笑った。マスターはそれを嗜めて、何故失敗したのか、一緒に考えてくれたのだった。少し気は早いが、クークラが失敗した時のフォローも考えておこう。

 今思うと、ルサはルサで負けず嫌いの自分を叱咤しようとしたのだと理解できる。憤りで、大切なブラシを失ったショックを忘れられたんだった。

 ルサを始めとした仲間たちとは、同じマスターを慕い、共に冒険をし、時には大きな喧嘩もした。

 仲直りに骨を折ったことも思い出した。

 あの子たちとはマスターが旅立ってから会っていない。

 今頃、一体どこをうろついているのやら。

 キキさんは、懐かしい顔を、一つ一つ頭に思い浮かべていた。

 ふと、キキさんは思った。

 私はハクやクークラにとって、私の中でのマスターや仲間たちのような存在に、家族のような存在になりたいのだろうか。

 それは自分でもよくわからない。

 ただ、かつての仲間たちに感じていたような愛おしさはある。

 いつか来るであろうクークラがアニメートを成功させる時。

 私はハクと共に、それを褒めてあげたい。そしてハクの次にでいいから、頭を撫でてあげたい。

 キキさんはそう思った。


 一方その頃。


 クークラは、自分の部屋の行李の中に大切にしまってあった一つの人形を手に取っていた。

 初めて自分が乗り移ったモノ。

 ハクが手ずから作ってくれた人形。

 決していい出来とは言えない。丁寧に作ってはあるが、所詮は素人の手によるもので、可愛いと言える造形ではないし、古びてもいる。

 それでも。

 これは自分にとっての宝物だ。

 思い入れはある。初めてアニメートで動かすとするならば、これほどふさわしい物は無いかもしれない。

 魔術部屋に戻り、クークラは今まで何度も失敗した術式を、再び行い始めた。





第二章:喜びと苛立ち



01.

 それはハクが作ってくれた人形だった。

 初めて宿った身体。自分の記憶は、そこから始まっている。

 クークラは、片手で持つことが出来る小さな古びた人形を手に、魔術室へと戻った。

 この人形に宿っていた頃は、あまり難しいことを考えられなかった。喋れもしなかった。ただ、目の前にあるものに反応して動いていただけだったような気がする。

 それでもハクは、そんな自分を愛してくれたし、よく注意して見ていてくれたのは覚えている。

 クークラは、魔術部屋へと戻り、施術結界の内側に入っていった。

 結界は周りを縄で囲まれ聖別された、部屋の半分くらいを占める比較的大きなスペースで、四隅にキキさんが作った符が貼られている。大気に満ちる魂がこの符に興味を持って近づき、かつ縄の内側からは出にくくなるため、一時的にその密度が濃くなる効果がある。

 結界の中央に置かれた木製の祭壇の上に人形を置き、クークラはそれと向かい合った。

 目をつむり、人形と、大気に満ちる魂に感覚を集中させる。

 光を介して見ているいつもの世界とは別の、空気と、その中に遍く満ちているエネルギーを感覚で捉える。

 それは、光の世界とは常に重なりあいながら、眼には見えていなかった世界。

 闇に身を置いて初めて感じることが出来る、別の世界。

 同じ空間に同時に存在しながら、互いに干渉しない、光の世界と魂の世界。

 ただ何らかの波長が合った地点でのみ、二つの世界はそれぞれに影響を及ぼす。

 光の世界の物質が、魂の世界の波動を惹きつける。魂の世界の波動が、光の世界の物質に宿る。

 二つの波長が合った場所で、身体と魂を持った命が生まれる。

 アニメートは、光の世界に身を置きながら魂の世界を感じ取り、それを感覚的に操作し、意志の力で二つの世界の波長を合わせる術である。

 クークラは、魂の世界を感じ取ることは出来る。

 操作するという意味もだんだんわかってきた。

 しかし、異なる世界の波長を合わせるという事が、感覚的にまだ掴めていなかった。

 大気に満ちる魂に集中すると同時に、光の世界にある人形にも意識を凝らす。

 ふと、かつてこの人形に自分が乗り移っていた時の事が頭に浮かんだ。

 どんな感覚で人形の内部に入り、染み渡っていけばいいのか、クークラは無意識的に理解できる。

 ボクならば、この身体に乗り移るときには……。

 改めて、そのやり方を意識しながら。

 それを教え伝えるように。

 クークラは大気に満ちる魂を意識し、導いていった。

 自分が乗り移るときの感覚をしっかりと自覚しながら、その真似をさせるように、大気に満ちる魂を人形の隅々にまで渡し通す。

 クークラはその作業に没頭した。

 集中する。

 自分という境界と、物質と、たましいの世かいとのへだたりがわからなくなっていく。


 まるで、せかいには、じぶんと、にんぎょうと、おおきなたましいしかないような。

 それも。やがて。ひとつに。なって。


 ……

 …………


 ふと我に返ると、目の前で人形が動いていた。

 光の世界の中で。

 人形は子猫を思わせるような、自由で気まぐれな動きをしていた。



02.

 時は既に深夜。

「キキさん、起きてキキさん!」

 熟睡していたキキさんは、自分がゆすり起こされていることが、最初はわからなかった。

 キキさんは、時間にそって規則正しく寝起きする質であり、普段寝ているような時間に起こされても覚醒するまでしばらくかかる。

 ボルゾイ犬の尻尾があるために仰向けに眠ることが出来ないので、抱き枕を抱えて横向きに寝るのが、キキさんの就寝時のスタイルである。

 タンクトップにショートパンツという寝間着姿で、キキさんは寝ぼけて、自分を揺さぶっている存在に対し、尻尾を振り当てて排除しようとした。

「……るさせんぱい……こんな時間い……なんれですか……もう……」

 こういう時間に自分を起こすのは、決まってルサだった。

 彼女は、普段は宵っ張りで朝に弱いくせに、不規則な睡眠には強く、短時間でも熟睡できる人だった。

「キキさん! キキさん! お願い、起きて! 見てみて!」

 ルサの声ではない。

 キキさんはむっくりと身を起こした。

 ここ、どこだっけ?

 館……以外の場所だ。

「キキさん!」

「……ああ、クークラさん……どうしました?」

「見て! 見て! 人形が!」

 キキさんの意識はやっと覚醒を始めた。ここは砦跡の参謀本部の自分に与えられた部屋。今日はシフトの二日目だ。

「いま何時です?」

「いいから早く!」

 クークラは興奮しきっており、キキさんの手を引っ張る。

 何がなんだかわからず、着替えも出来ず。

 キキさんはクークラと共に魔術部屋へと入っていた。

「あれを見て!」

 クークラが指差す先。施術結界の中央で、一体の小さな人形が動いていた。クークラがそれを両手で掴んで、キキさんの鼻先に突き出す。

 キキさんが顔を近づけると、人形は怖がるようにクークラにしがみついた。

「成功! ボク、アニメートに成功したよ!」

「……え……?」

「解ったんだ。自分が乗り移る時の感覚……あんまり意識したことは無かったんだけど、その感覚を自覚して、それを大気に満ちる魂に教えるようにして……そしたら!」

「……」

「……あれ? 驚いてない?」

「……いいえ。驚きのために声が……」

「凄い!?」

「すごい。……まさか……この短期間にアニメートを成功させるなんて……」

「褒めてくれる?」

 腕の中で人形をジタバタさせながら、クークラはキキさんに近づいた。キキさんは少し身をかがめてクークラを抱き寄せ、その耳元で囁いた。

「おめでとうございます。こんな早くに術を成功させるとは思いませんでした。お見事です」

「へへへ……」

「頭を撫でとうございます」

 キキさんは、自分が初めてアニメートの術を成功させた時のことを思い出していた。マスターに頭を撫でてもらった。自分も、同じことをしてクークラを祝福したいと思った。

「いいよ! 撫でて、撫でて!」

「……いえ、それはまた今度にいたしましょう」

「え? なんで?」

「まずは、ハク様にお見せなさいませ。アニメートは、一度成功させて感覚を掴めば、おそらく今後も再現できるでしょう。まずはそれをハク様に」

「……そうだね。ハクも喜んでくれるだろうね」

「当然ですとも」

 キキさんはもう一度、強くクークラを抱きしめた。

「さぁ。夜は遅うございます。今日はそのお人形を手に、ゆっくりとお休み下さいませ」

 キキさんの言葉に、クークラはやっと深夜であることを思い出した。

「あ……ごめんなさい。こんな時間に」

「いいえ。魔術の成功をハク様よりも先に見せていただきました。わたくしとしても嬉しい事でございます」

「うん。明日には、さすがにハクも工房から出てくると思う。今度は二人が見ているところで、術を成功させてみせるよ」

 初めて成功したアニメートの術の効果が薄れ始め、クークラの手の中で人形は、その動きをゆっくりと止めていった。



03.

 しかしそれから二日間。

 ハクは工房から出てこなかった。仕事の手伝いをするクークラは寂しげで、キキさんも黙々と仕事をこなしながらも、口数がいつも以上に少なかった。

 クークラは、次にアニメートを施すのはハクとキキさんの目の前で、と決めていたようで、ハクが出てこない間は魔術部屋に入らなかった。

 キキさんは少しイライラしていた。

 クークラがアニメートに成功したことを、ハクは知らない。だからすぐに工房から出てこなくても、ハクに非があるわけではない。

 だが、嬉しさが裏返しとなり、せっかくの喜びに水を差された気分になってしまった。苛立つ感情は、二日間のあいだ行き場がなく、心のなかで増大していった。

 クークラがアニメートを成功させてから二日目の夕方。キキさんのシフトの最終日。そろそろ帰らなければならない時間になって、やっとハクは工房から出てきた。

 目の下に隈を作りながら、しかし表情は嬉しそうだった。

 クークラとキキさんの間に流れる、やや冷淡な空気に気づかず、ハクは二人に話していた。

 ここのところずっと思案していた、氷結晶の新しいデザインを思いついた。これはちょっと自信がある。

 キキさんが用意した食事を摂りながら、ハクはやや興奮気味に自分のことばかり話していた。

「ハク様」

 と、その話を遮ってキキさんは言った。同室していたクークラは、その言葉に鋭いトゲが感じられた。

「申し上げたいことがございます。少々、よろしいですか?」

「? なんでしょう?」

 ハクは、キョトンとしていた。

「まず。貴女はここの所、氷結晶創りにのめり込みすぎているようにお見受けいたします」

「え……はい……」

「それ自体はよろしいです。わたくしも、そのお仕事に集中されるために雇われておりますから。しかし」

 キキさんからただならぬ雰囲気を感じ取り、ハクは警戒するように表情から笑顔を消した。

「まずは御自身のお身体を心配していただきたい。目の下に、酷い隈ができているのは解っておりますか?」

「……いいえ……え? そんなに……?」

「はい。見ているこちらが心配になるほどに」

 それから、と、キキさんは続ける。

「わたくしの仕事に関しての話になりますが、本来、月間計画の作成や、シフト表の管理はハク様の仕事であります。ここの所、わたくしが作成してハク様の事後承諾を受けるのが当たり前になっておりますが、それは本来の仕事の形ではございません」

「で……でも、それはキキさんに決めてもらった方がスムーズに進むし……」

「そういう面もございますが、それでもせめて二人で話し合って決めるべきでございましょう。この砦跡の管理が、ハク様の義務である限りは」

「……でも……」

「この際ですので、はっきりと申し上げさせていただきます」

「……」

「ご自分のお仕事に打ち込みたいという気持ちは分かります。しかし、本来するべき些事すらせずに、やりたい事だけをやるのは、大人の取るべき態度ではございません。子供のやる事です」

「そ……そんな……」

 ハクは眼に涙を浮かべた。

「せっかくいい形で氷結晶と向きあえていたのに……」

 キキさんはそれを見て、少し言い過ぎたかと判断した。そして今度は嬉しいこととして、クークラのアニメートに関する報告をしようと考えた。

「それとは別に、報告したいことがございます」

「……いいです。聞きたくありません」

 ハクは顔をそむけて席を立った。



04.

 しまった……と、キキさんは思った。イライラにまかせて言葉が過ぎたか。まさかここまでハクを傷つけてしまっていたとは。

「ハク様」

「聞きたくありません。キキさんなんて……」

 ハクが、ボソリと言った。

「キキさんなんて、本来、部外者じゃないですか……」

 小声だったが、キキさんは聞き逃さなかった。

 さすがにこれにはカチンときて、ハクの涙を見た時の反省心が吹き飛んだ。

「気に入らなければ、わたくしを辞めさせられればよいでしょう。その覚悟で苦言を申し上げております」

 ハクは、キっとキキさんを睨み、しかし怒りを持続させることが出来ず、見る見るうちにその表情が壊れていった。

 振り向いて、小走りに部屋を駆け出して行く。

 ドアの閉まる音を聞いて、キキさんは怒りに任せて吐いてしまった言葉を後悔した。しかし全ては後の祭りである。

 部屋を見回すと、二人の喧嘩を目の当たりにしたクークラが、泣きそうな顔でキキさんを見ていた。

 キキさんはクークラに駆け寄り、腰をかがめ、目線の高さを合わせて謝った。

「申し訳ありません。つい、感情的になりました。こんなことになるとは」

「……うん、でも……」

「とにかく、ハク様ともう一度話し合ってきます。ここでお待ち下さい」

 言って、キキさんはクークラに頬ずりをしてから立ち上がった。

 早足でハクの部屋の前へと行き、一度大きく深呼吸をして、そのドアをノックする。

 返事はなかった。中からはハクのすすり泣く声が聞こえていた。

「ハク様」

 声をかけた。

「申し訳ありません。わたくしが言い過ぎました」

 中から、ボソボソとした返事が聞こえてきた。涙声の上に小さいので、ちゃんとは聞き取れなかったが。

「……わかっているくせに……」

「ハク様」

「クビになんかできないって、わがってるくせに……」

 もう一度、ノックをしようかと思ったが、やめた。

 お互いに一度落ち着かなければ、無理に話し合っても状況は悪化するだろう。

 そう判断した時、クークラが追いかけてきた。

 キキさんは、ドアの向こうのハクに向けて、クークラを部屋へと送っていきますとだけ声をかけ、その場を去った。

 クークラの部屋で、キキさんは再び謝罪した。

「本当に申し訳ありません。頭に血が上ってしまって。わたくしのせいで……」

「……ううん、ハクも、あんなこと言うから……でも……キキさん……」

「はい」

「……辞めないよね……?」

 クークラの言葉に、キキさんは寂しげに微笑んだ。

「お二人が心配で、残してなど行けませんわ」

 言って、クークラを安心させるため、そして自分が安心するために。

 キキさんはクークラを抱きしめた。

「大人には……」

「……うん」

「大人の仲直りの仕方というものもございます」

「……」

「わたくし、一度、館へ帰らせていただきます。……ああ、そんな顔をしないで下さい。すぐに戻ってまいります。安心して下さい。明日の朝には、ハク様とわたくしに、アニメートの術を見せてくださいませ。そして、今度こそわたくしにも、ハク様の次に、その頭を撫でさせて下さいませ」

 キキさんは、クークラにそう言い含めて、一度、参謀本部を後にした。




第三章:仲直りはその日のうちに


01.

 キキさんは、いつものように手書きの地図を見ながら迷いの森を歩き抜ける。

 実際には遠く離れている迷いの森と最果ての森が、地図では重なるように描かれており、それに従って歩いていると、いつの間にか最果ての森の中に入り込んでいる。

 少しするとすぐに館の門が見えてきた。

 地図の魔術。

 道を間違えると変な場所に迷い込む危険もある術だが、キキさんは日々の通勤に利用していた。

 森の中ということもあり、辺りはすでに薄暗い。

 蔦が絡む石造りの門をくぐると、キキさんは母屋には行かず、独立して作られている地下室に直行した。

 地上部分は小さな納屋のようだが、地下には室が掘られており、年間を通して低音多湿な環境を利用した食料庫になっている。

 一番奥に小さな部屋があった。

 ドアには「来たるべき日に」と彫られた真鍮製のプレートがかけられている。

 そこは酒蔵だった。

 キキさんが普段飲みするためのものも置かれているが、基本的には「来たるべき日」、すなわちマスターが帰った日に空けるべき酒が並べられていた。

 キキさんは、少し躊躇いながら、ボトルを出し、ラベルを確認する。

「酒には、飲むべき時がある。飲むべき時に飲まれなかった酒は不幸だ」

 以前、バー「ブレイブハート」のマスターが言っていた言葉が甦る。

 キキさんは、二本のボトルを選んだ。

 一本は、バイトの募集が無いかブレイブハートのマスターに聞きに行った時に購入した、コメから作った酒。

 もう一本は、ライ麦から作られた「望楼」という銘柄の蒸留酒。

 魔王ミティシェーリが好んだと伝えられる酒である。

 ラベルにある製造日は戦後のものだが、この酒の蔵元はすでに断絶しており、再び手に入れるのは難しい。

 以前、マスターが飲みたがっていたがついに手に入らず、異世界に旅立った後にキキさんが偶然見つけたものだが。

「飲むべき時に……か……」

 キキさんは呟いた。

「飲むべき時が来た……のでしょう。………ごめんなさい、マスター」

 キキさんは、この二本と、さらに普段呑みにしているものの中から二本を選び、持っていった。

 二人で全部飲めば二日酔いになるくらいの量だ。こんなには要らないだろうが、余ったら置いてくればいい。

 ボトルを二本一組にして一枚の布で包んだ。

 シャワーを浴びて仕事の汗を流し、紺のノーカラージャケットに白いシャツ、薄いグレーのワイドパンツに着替えると、さらに軽く紅を差す。伊達メガネを掛け、パンツと同色のベレー帽を頭に乗せて、外行きの支度を整える。

 包んだ酒瓶を両手に下げ、アニメートで仮初の命を与えたボストンバッグを従えて、館を後にした。

 しっかりとした足取りで歩くキキさんの後を、ボストンバッグがえっちらおっちらとついて行く。

 旅行カバンのような車輪があればどれだけいいか。そんな事を言いたげな動きだった。



02.

 キキさんが砦跡に戻った時には、空はすでに暗くなっていた。

 クレーター状に拓けた砦跡の敷地内では、天を丸く見通すことができる。空に月はまだ低く、他の星々に先駆けて宵の明星が明々と存在を主張していた。

 キキさんはハクの部屋の前に立って、ドアをノックした。

 中からは微かに寝息が聴こえるだけだった。

 もう一度キキさんはノックし、入るわよ、と言ってドアを開けた。

 散らかった部屋だった。

 不潔な感じではないが、とにかく物が片付けられておらず、雑然としている。

 部屋の隅に置かれた三人掛けのソファに座り、テーブルに肘をついてウトウトしていたハクが、ハッと目を覚ました。

「……? え? あれ?」

「申し訳ないけど、勝手に入らせてもらいました。呼んでも返事がなかったから……」

「え……ええと……ハイ……あれ? 鍵……かけてなかったっけ……?」

 寝ぼけて混乱しているハクの顔を見て、キキさんは少し顔をしかめた。

「ひどい顔してる……」

「ふぁ!?」

 キキさんは、やっと追いついてきたボストンバッグを抱え上げると、そこから湿ったタオルを取り出した。

「ちょっと我慢して」

「ひゃ……ひゃい……」

 キキさんはハクに近づき、その顔を優しく拭った。実際、泣きはらした眼と、居眠りをしていた時のよだれで、ハクは酷い顔になっていたのである。

 ハクは少しの間、恥ずかしさで身を固めていたが、とにかく拭かれるに任せた。

 拭き終わったあと、キキさんはベッドサイドにある机の椅子を引いて、座っていいかとハクに尋ねた。ハクが頷くとキキさんは座って、一つ息を吐いた。

 そして。

「ごめんなさい」

 と、言って頭を下げた。

「クビにはならないと思いながら、辞めさせられることも覚悟で苦言をしているなんて言いました。卑怯なやり方だったと思います。何より、自分のイライラに任せて貴女を傷つけてしまった。本当にごめんなさい」

 言って再び頭を下げるキキさんを見て、ハクはむしろドギマギしてしまい、焦った口調で応えた。

「い……いえ、キキさんの言っていたことは筋が通っていたし、自分ももう少しちゃんと周りを見なきゃと……や……それより、キキさん……雰囲気が……?」

「……今、何時かわかる?」

「え……寝てたからちょっと……夜にはなっていると思うんだけど……」

 キキさんの口調に釣られて、ハクの言葉遣いも気取ったものではなくなってしまっている。

「わたしの仕事は今日の夕方で終わり。今は完全に仕事外の時間なの」

「はい……?」

「わたしは今、ええと、貴女の年上の友人として、ここに来ているつもり。つまり完全に仕事を離れて個人的な立場で喋っているの。それなのに、仕事の時の言葉遣いではおかしいでしょう?」

「……えっと……今のキキさんが素のキキさん……ってことですか?」

「そうなるわね」

 キキさんは言葉を続けた。

「それなりの期間を働かせてもらって、わたしなりに受け入れられたとは思っているけど、だからこそ溜まってくるものも出て来たのかな、と思って」

 キキさんは言いながら、ベッドに置いていた包みを持ち上げた。

「そっちに座ってもいいかしら?」

 ハクが頷くと、キキさんは包みを解いた酒瓶を持って、ソファのハクの隣に座った。

「今日はこれの力を借りて、お互い腹に溜まったものを吐き出しましょう」



03.

 改めてキキさんの姿を見て、ハクは綺麗だと思った。

 整った顔立ちをし、スレンダーでスラリとした体型のキキさんだが、普段は化粧気はなく、着ているものも仕事用のメイド服だ。

 しかしオフタイムに格好のいい服を着こなし、ナチュラルなメイクを施しているキキさんは、綺麗な大人の女性だと思った。

 自分はというと、氷の種族では一般的だった胸の下あたりまでのタンクトップと、タイトなズボンくらいしか持ち合わせがない。

「どうしたの? 人の顔をジロジロ見て」

「……あ、いえ……なんでもないです……」

 思わず目をそらし、グラスに注がれた「望楼」に口をつける。

「……ほんと、可愛いわね貴女は」

「え?」

「貴女は、他人の眼にさらされることが殆ど無かったから自分の見た目への意識が薄いのでしょうけど。羨ましいくらいよ」

「……」

 ハクは真っ赤になった。思えば、容姿を褒められたことは今までなかったような気がする。母のもとに居た頃に、子供として可愛いと言われた程度か。

「問題があるとしたら……この腰回りくらいかしら」

 言いながらキキさんは、露出しているハクの脇腹を指で摘んだ。

「ちょっとだらしないんじゃない?」

「そ……そんなことは……!」

「それにしても、お酒を飲んだことがないとは思わなかったわね」

「飲んだことがないわけではないんです。子供の頃、その……母の周りの人たちが、面白がって飲ませてくれたことが」

「それは飲酒経験じゃないわね」

 キキさんは苦笑した。国教会はハクの飲酒を禁止していたのである。そもそも国教会は禁欲を強いる傾向が強い。信仰の対象である勇者は、むしろ酒好きだったという伝承もあるのだが、それはあまり表沙汰にしていない。

「美味しい?」

「美味しいです」

 言いながら、笑顔でもう一口。

 そんなハクの姿を見て、キキさんは少し首を傾げた。「望楼」は、かなり度数の強い蒸留酒なのだが……。

「ストレートだけじゃなくて、他にも飲み方はあるわ」

 キキさんは、傍らに侍っていたボストンバッグのファスナーを白く長い指先でつまんで開けると、中からジンジャーエールの小瓶とライムを取り出した。

「また、氷を作ってもらえるかしら」

「はい!」

 ハクは人差し指を唇に当て、フッと小さく息を吐く。指先は冷気をまとい、透明なロックアイスが生成されていく。それをグラスに落とす。

「ジュースを混ぜちゃうんですか?」

 ハクは、少し残念そうな顔をした。

「……まぁロックで飲むのもいいんじゃないかな? ……わたしは割らせてもらうけど」


 しばらく時間が立ち。

 テーブルの上には、四本の空いた酒瓶が転がっていた。

「聞いてくださいよ!」

 普段よりも声量が大きくなっているハクの声が響く。

「スヴェシ……様ったら酷いんです!」

「ハク……あの人は貴女にとって敵よ。様なんて付けなくてもいいの。そうね……」

 キキさんもやや顔を赤らめて、グラスを片手にニヤリと笑った。

「スヴェっさんとでも呼んでおけばいいんじゃない?」

「……す……スヴェっさん……あ……あはははは」

 ハクはひとしきり笑ったあと、表情を改めて、キキさんから目線を外した。

 そして俯きながら、 奉神礼で行われていることを訥々と語り始めた。

 毎年、盗み聞きをしているキキさんだったが、黙ってそれを聞く。

 語るハクの眼にはだんだんと涙が溜まり始め、やがてこぼれ落ちた。アルコールのためか、あるいは感情が昂ぶっているせいか、冷気をコントロールできておらず、それらは氷となって床に音を立てて転がった。

 私のことはいいんです。でも母を……母のことをあんなに悪く言うのは……。それは人間たちにとって母は災厄の元凶だったというのはわかります。でも母は……。

 下に降りて、しばらくして。

 人間たちと摩擦があって。

 その時に、交流の規定を作ろうって、母は言ってたんです。

 お互い仲良くやるためには、必要なことだって。

 でも、他に降りてきていたグループと情報のやり取りが出来ずに。

 なんのことかわからない理由で人間から襲われたこともあって。

 頑張ったんだけど、結局、失敗して。

 戦争になって。

 だけど、説教で言われるような、邪悪で、冷徹で。そんな人じゃなかったんです。

 私に……私にも、母を悪く言わせて。母が……邪悪だって……言わせて。

 私のことを無能で無為だと言うのはいいんです。それはその通りだから……。でも母を……あんなに……。

「貴女のことを無為だと言われるのも、わたしにとっては気持ちのいい話ではないわ」

「……」

「貴女は決して無為でも無能でもない。国教会の連中が、魔王の娘だと怖がって、無為であればいいと思っているだけよ」

 キキさんは、隣りに座るハクの頭に手を回して抱き寄せた。

 ハクの感情はついに決壊し、大声を上げて泣き始めてしまった。

「お母さん……お母さん。……お母さんに会いたい……。お母さんは悪くないもん。頑張ってたんだもん。……お母さん。……また、あの時みたいに撫でて欲しい……初めて氷結晶を作ったあの時みたいに……」

 しがみついていたハクの、感情の嵐がやや治まったあと、キキさんは言った。

「ミティシェーリはもういないわ。……撫でるのは、緊急の代理として、私でもいい?」

「撫でて……」

 抱き寄せたハクの頭を撫でる。力を込めて。

 キキさんの腕の中で、ハクはいつの間にか寝息を立てていた。

 キキさんの眼にも、少しだが光るものが湧き出していた。



04.

 ハクが眼を覚ますと、目の前にキキさんの顔があった。

「おはよう」

「あ……おはようございます……」

「大丈夫? 昨日はかなり飲んでいたはずなんだけど」

「……なんか、少しふらふらする感じ……喉が渇いた……」

「……そう……。ふらふらする……だけなんだ」

 言いながら、キキさんはジンジャーエールの入った小瓶をハクに差し出した。一息に飲むと、炭酸の喉ごしもあって、ちょっとスッとした。

 しかし、あのボストンバッグには何がどれだけ入っているのだろう、と、ハクは思った。

 昨晩は、グラスもあれから取り出していたが……。

 ハクが飲み終わるのを待って、貴女に伝えたい事があった、とキキさんは言った。

「クークラが、アニメートの術に成功したの」

「え? キキさん、あの術は難しいから、使えるようになるのはまだ先だろうって……」

「そう思っていたんだけど……」

 キキさんは説明を始める。

 どうもあの子の生態は、付喪神やアニメートの術と似通ったシステムになっているみたい。

 とは言え、モノに宿る付喪神はあまり高度で複雑な意識を持った存在ではない。

 クークラのような、明確な意志を持っていて、何にでも乗り移れて、魔術まで使えるような付喪神なんて聞いたことがない。

 アニメートに至っては仮初の命を与えるだけの術。自然現象である付喪神よりもさらに単純なもの。

 クークラは、仮にこれらに似ていたとしても次元そのものが別なんだけど。

 でも、レベルはともかく生態としては似ているため、アニメートの術に関して感覚を掴むのが早かったみたい。

 このまま術への興味を持ち続けて、実践を重ねていけば、術者としてわたしよりも遥かに上をいくことになるんじゃないかと思う。

 それを聞いて、ハクは少しだけ顔をしかめた。

「凄い……とは思うんですけど……」

「なに?」

「昔。母の仲間にアニメートを使う人が居て」

「氷の種族の女術師、ヴァーディマね。有名よ」

「あの人、最初は優しかったんですけど、戦争が進むに連れてどんどん怖くなって。……人格が壊れていって。それも、アニメートを使って下の大地の兵士の死体を操るようになってから、どんどん酷くなって」

「クークラがそうなるんじゃないか、と?」

「……はい」

「まず言っておくけど、ヴァーディマが荒んでいったのはアニメートを使えたからというわけではないわ。いろいろな史書を見るに……国教会の戦史書以外にも、歴史を書いた本はいっぱいあるのよ。国教会が秘匿しちゃってるのも多いけど」

 話が逸れた、と、言ってキキさんは続けた。

 ヴァーディマの精神が壊れていったのは、大切な仲間たちが死んでいったから。復讐心が芽生え、アニメートはそれを晴らすために活用しただけ。

 これはまだクークラには秘密だけど。

 実は、アニメートはただの無機物よりも、生命を宿していた物質……つまり死体にかける方が簡単。おそらく死体には生命の回路のようなものが残っているためなのだけど。

 でも当然、それは倫理に反する禁術なの。ヴァーディマは、全てを知った上で死体にアニメートをかけた。そして悲劇が生まれた。

 ヴァーディマの最後は、悲惨だった。

 貴女はよく知っているでしょう?

 ミティシェーリが討たれ、気力を失ったヴァーディマは囚われた。

 下の大地の人間たちは、仲間の死体を操り戦争の手駒として使ったヴァーディマを憎み、囚えた氷の種族の中でも最も残酷な刑に処した。

 そんなヴァーディマを見ていた貴女だから、クークラが心配なのはよくわかる。

「……大丈夫なんでしょうか?」

「それは貴女次第」

「私?」

「ヴァーディマが道を踏み外したのは、アニメートが直接の原因じゃない。術は手段でしかなかった。根本にあったのは復讐心よ」

「復讐……」

「復讐心に限らないけど、子供が悪い道に進みそうになった時、それを引き戻すのは大人の役目。そしてあの子に関して最も責任があるのは」

「保護者である……私」

「ここにいる限りは大丈夫だと思うけどね。でも気をつけなさい。あの子がもしもグレたら」

「はい」

「まず。何にでも乗り移れて、強大な力を発揮することができる。裏の瓦礫を片付けたのなんて序の口よ。もっと大きな力を、クークラは発揮できるでしょう。さらに、尋常じゃないアニメートとの親和性」

「ヴァーディマさんみたいなことも出来るように?」

「ヴァーディマと同等の事なら、私でも出来なくはないわ」

「……え……?」

「私やヴァーディマ以上のアニメート使い……死者の軍隊を編成し得る魔術を持ち、身体はどんな強靭な物でも思いのまま。殺されそうになっても周囲にある別のものに乗り移れば、本体は無事」

 キキさんは少し楽しそうに言った。

「若い肉体への乗り移りを繰り返して擬似的な不死を得るダークリッチ……それを鼻で嗤うような体質と、強烈な能力を持つネクロマンサー。両方の能力を持つ存在になり得るの。単騎で人間全体と喧嘩出来るかもね」

「そ……そんなのって……」

 ハクが不安そうな表情になるのを見て、キキさんはぺろっと舌を出した。

「ごめんなさい、ちょっと脅かしすぎたかも。気負う必要はないわ。あの子は素直に育っているし、それは貴女のおかげでもある。これからも、あの子を愛してあげなさい。ちゃんと愛されている存在は、そんな変なものにはならないから」

「勇者様はなんでそんな子を……?」

「ここならば安全だと思ったのでしょうね、きっと。それにしてもわからないのは、なんでそんな存在を隠し持っていたのかよ。いろいろな書物を見たけど、あの子のような存在は確認できなかった。勇者が極秘に国教会に命じれば、それに関する記録を全て処分することも出来たのかもしれないけど……」

「……クークラは、もしかして母を……討つための?」

「そうかもしれない。でも、隠していたからには、勇者もそのために使う気はなかったんでしょう。実際、彼には自力で実行しちゃう能力があったわけだし。どちらにしても、情報がない以上、答えの出ない話よ」

「そうですね。私にとって、あの子は娘です。これからも素直で元気のいい娘でいてくれるよう、保護者として努力します」

「多分、普通にしていればいいわ。そう多分、それだけで」

「はい」

「悪いけど、わたしはこれで帰ります。今日はまだ公休日だから」

「私は、クークラに会って、アニメートの術が成功したことを褒めてあげます」

「それがいいでしょう。喜ぶから。あの子、貴女に見せたいと思っているのよ」

「キキさんも、一緒に……」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、外せない用事があるの」

「残念」

「……でも、こうして貴女と話せてよかった」

「私もです」

「……また、友人として来てもいいかしら?」

「当然ですよ。……できれば……」

「そうね、お酒も持ってくるわ。わたしから以外に、貴女がお酒を入手する手段はないからね」

「ありがとうございます!」

 ハクは、最高の笑顔を見せた。

 キキさんは、それを心から可愛らしく思った。


 キキさんが館に帰り着いた時、陽はまだ中点にもさしかかってはいなかった。

 午前の木漏れ日が差し込む中。

 蔦が絡む石造りの門をくぐると、キキさんはまず。

 トイレに直行した。

「な……なんであの娘……あんなに強いのよ……」

 ハクの前では、究極まで高めた意地と気力で常態を保っていたが、一人になるともう、そうは行かなかった。

 便座に手をかけて、一頻り吐くものを吐いて。台所に駆け込んで目一杯水を飲み。

 這々の体でキキさんは自室に転がり込んだ。

 嫌な汗がにじみだしてくるのがわかる。

 倒れるようにベッドに横たわり、布団の中で上着を脱ぎ、蹴り出した。

 服はアルコールの匂いが染み付き、抱きしめていたハクの汗と涙で汚れていたが、洗濯どころか畳むことも出来ない。

 公休は今日いっぱい。

 館の整備をするのは、もはや不可能だ。

 明日までに体調を回復させなければ。寝るしかない。抱き枕にしがみつく。

 二日酔いで、仕事を休む。

 キキさんの仕事の美学としては、あってはならぬこと。想像すらしてはいけない程の失態だ。

 とにかく眠る。

 明日の朝……起きられるだろうか? 初めてのアニメートの披露……見たかったなぁ……。

 不安と落胆を抱きながら、キキさんは泥のような睡眠に落ち込んでいった。




第四章:未熟ゆえ



01.

 キキさんとハクが、酒の席を設けてからしばらく経った。

 クークラがアニメートの術を二人に披露し、やがて砦跡にも日常が戻った。

 そんな晩夏のある日。

 朝の仕事が始まる前、黒いタンクトップにズボンという体操着姿のキキさんと、鎧に宿ったクークラは運動場で棒を持って立ち合っていた。

 運動場には、ハクの姿もあった。

 あの宴席の日以来、ハクも朝の鍛錬に混じるようになっている。

 キキさんに、脇腹が少しだらしないと言われたのが堪えたらしい。

 もっとも、ハクがやっているのは本当にただの運動で、クークラや、ましてやキキさんのような鍛錬からは程遠い。ハクは、身体を動かすのも、相手と対峙して戦うのも、苦手だったのである。

 ダイエットのためのプログラムを早々に終えて、ハクは手に持っていた樫の木の六角棒を引きずるようにしながら、トラック脇に置かれたベンチへと戻った。

 隣には、魂の篭っていないクークラの少女人形が座っている。

 タオルで汗を拭いながら、置いてあった水筒を開けた。

「よう。嬢ちゃんは混ざらないのかい?」

 突然、後ろから声をかけられた。振り向く前に、頭を鷲掴みにされクシャクシャと髪をかき回される。

「ちょっt……! ゲーエルーさん! やめてください!」

「面白いことしてるじゃないか」

「……私じゃ、あれに混ざるのなんて無理ですよ」

「だろうな。どこで鍛えたんだかしらんが、あの別嬪さんの動きは……。いや、それよりクークラだ。いつからやってた?」

「ええと、三年位前から……」

「三年であれか。師匠がいいのか……いや、覚えがいいんだろうな、ありゃ」

「……戦う力なんて、ここでは必要ないのに……」

「別に、無いよりはあったほうがいいだろう。邪魔になるものじゃない」

 ゲーエルーの言葉に、ハクは反論しようかと思った。その力を持ってしまったために、喧嘩を仕掛けて負け戦をした人たちもいる……と。

 が。さすがに言えなかった。

「どれ。オレも混ぜてもらうか。嬢ちゃん、その棒、少し貸してくれ」

 ハクが運動に使っていたのは、キキさん達が使っている棒よりもやや短い樫材の六角棒で、迷いの森から伐採した木材から削りだしたものだ。ハクの筋力ではかなり重いと感じられるのだが、ベンチの脇に立てかけておいたそれをゲーエルーは片手で持ち、一振り二振りしてから、トラックの中央で型のチェックに余念のない二人に対して大声で呼びかけた。

「おおい! 楽しいことしてるなぁ! どうだ! 魔王の護衛官が稽古を付けてやるが! 付き合うか!?」

 ゲーエルーの声に気づき、二人は緊張を解いて顔を見合わせた。

 そして、クークラがキキさんに何かを話した後、ゲーエルーに向かって一礼する。

 キキさんはキキさんで、クークラを残して、ハクの座るベンチの方へ歩いてきた。

 トラックの中央に向かうゲーエルーが、キキさんとすれ違いざまに言った。

「おいおい、別嬪さん。戻る気かい?」

「? ええ。稽古を付けてくれるという事ですし。クークラさんもやる気になっていますから」

「俺は二人に対して言ったんだぜ」

「……ほう?」

 キキさんの切れ長の目が、スッと細められる。

「いい機会だろ。二人まとめて、かかってこい」



02.

 キキさんとクークラがゲーエルーと相対し、一礼を交わすと、その間に殺気にも似た緊張感が走った。ハクが、近くまで来て心配そうに見ている。

 キキさんは、クークラの半歩後ろに立ち、腰を低く構えた。クークラはまだフェイントなどの駆け引きが出来ない。しかしその突きには鋭さがある。キキさんは、ゲーエルーがクークラの突きをかわしたところを打つつもりである。

 最初は構えらしい構えを取らずに立っていたゲーエルーだが、キキさんの動きに反応して下段に構えた。六角棒は、ちょうどゲーエルーの長剣と同じくらいの長さである。

 構え直しの動きを隙と見て、ためらうこと無くクークラが仕掛ける。

 裂帛の気合を込めた突き。

 その一歩だけ後ろに、影のように張り付いてキキさんも踏み込む。ゲーエルーがどう動くか、その兆しを読む。

 しかしゲーエルーは殆ど動かなかった。

 下段に構えた棒を僅かに引き上げる動きだけで、クークラの突きをいなす。

 棒での攻撃は外されたが、クークラは体当たりの形でゲーエルーにぶつかった。しかし、ゲーエルーはまるで地面に根が生えたかのような下半身の強さを見せ、クークラは逆に跳ね飛ばされるように吹っ飛んだ。

 ゲーエルーが体勢を崩すことを前提として踏み込んでいたキキさんの攻撃は、万全の形で待ち受けたゲーエルーに余裕を持ってかわされ、六角棒に脚をすくわれ転倒し、勝負はついた。

 見ていたハクは目を白黒させていた。

 心得のない彼女の眼には、クークラとキキさんがもの凄い速さで同時に突っ込み、それをすり抜けるようにゲーエルーがニ、三歩前に歩いただけ……の、ようにしか見えなかった。

 先に立ち上がったのはキキさんだった。

「参りました。しかし、勝負事は三本が通常。尋常の立会、お願い致します」

「ほ……別嬪さん……あんた相当の負けず嫌いだな……だが、オレは好きだぜ、そういうの」

 追って立ち上がったクークラを、しかしキキさんは棒を横に構えて制した。

「キキさん?」

「クークラさん、申し訳ありませんが、残りの二本、わたくし一人で立ち会いとうございます」

「……わかりました」

 キキさんのただならぬ気合を感じ取り、クークラは退いた。しかし、自信を付けてきていた棒術の立会で足手まといになったと思うと、心中穏やかではない。ムスっとしながらハクの隣に膝を抱えて座ってしまった。

 ハクが、二人の立会を見ようか、クークラを慰めようか、視線をキョロキョロさせているうちに。

 二人は再び相対し、礼を交わした。

 ゲーエルーは今度は青眼に構え、キキさんは一度飛び退って距離を置く。

 微動だにしないゲーエルーとは対照的に、キキさんは棒を回転させた。

 その先端部に魔術の光が灯り始める。

「めくらまし?」

 眩しさのため、手をかざしながらハクが言った。

「いいや。違うハク。あれは……」

 回転する光源が、キキさんの影を無数に生み出し、長く引き延ばしている。

 その影の一つがゲーエルーにまで届いた時。その上半身が突如として立体化し、相手の脚を掴んだ。

「シャドウサーバント!?」

 ハクが叫んだ時には、既に本体のキキさんは動いている。神速の踏み込みで距離を詰め、玄武の甲羅にもヒビを入れる渾身の打撃を、ゲーエルーの持つ樫の棒に叩き込む。影に掴まれたゲーエルーは受けるしか無い。それで武器を破壊すれば……!

 キキさんの必殺技亀甲羅割りを、しかしゲーエルーは上半身の動きだけで見切った。キキさんの攻撃は樫の六角棒にも、ゲーエルーの身体にも触れること無く地面を叩いた。

 もうもうと上がる土煙が治まった時。

 そこには六角棒でキキさんを後ろから羽交い締めにしているゲーエルーの姿があった。

 もはやハクの眼にも勝敗は明らかだったが、それでもキキさんは棒と首の間に腕を差し入れ、負けを認めないかのように足掻く。

 ゲーエルーはキキさんの耳元で囁いた。

「これが剣だったら、既にその首は落ちているんだがな」

 その言葉に、さすがにキキさんも戦意を失い、それでもなお少し逡巡した後、か細い声で参りましたと言った。

「二本先取だ、別嬪さん」

 ゲーエルーが締める力を弱めると、キキさんはその場にしゃがんで咳き込んだ。

 ハクがキキさんに駆け寄って抱きとめ、ゲーエルーを睨んだ。

「いくらなんでも、女性に対して酷すぎますゲーエルーさん!」

「そうは言うが嬢ちゃん。オレは剣士でね。模擬的とはいえ剣の勝負で、術師に負けるわけにはいかんのだよ」

 食ってかかろうとするハクをキキさんは手で制して、わたくしも負けず嫌いの気が過ぎました、心配をかけて申し訳ありません、と、謝った。

 膨れながら引き下がるハクに聞こえないように、キキさんはゲーエルーに言った。

「それだけの業。貴方は一体何に使うつもりです? 守るべき者はもう居ないのでしょうに」

「その言葉はそっくり返す。あんたのそれは家政婦の業か? ……それはともかく、俺もまぁいつかまた誰かを守りたくなるかもしれんし、その時に身体が鈍っていたんじゃ話にならん」

 茶化すような口調で言った後、ゲーエルーはボソリと呟いた。

「また、あんな思いをするのは嫌だからな」

 その一言には、ずいぶん真摯なものが混じっているようだと、キキさんは思った。



03.

 クークラは一人でブーたれていた。

 夜。自分の部屋。

 朝の運動の時、自分が勝負から外されたのが気に入らないのだ。

 確かにゲーエルーさんは強かったし、自分の攻撃は完全にいなされた。体勢を崩すことすら出来なかった。

 しかし、そう思っても。

 悔しいものは悔しい。

 術に関する本を読もうと思っていたのだが、イライラして集中できない。

 そこで、一つアイディアが閃いた。

 アニメートを使って、本に朗読させるのはどうだろう。

 思い立って、借り物の「死体と魂と生物と無生物」に関して記されている書籍に、アニメートの術をかけてみる。術に織り込まれた命令は「内容を朗読すること」。

 本は独りでにページをめくり、僅かに震え始めた。


……タマs…………回rとn…………yえに…………


 耳を近づけてみると、どうやらボソボソと音を出しているようなのだが、小さすぎて全く聞き取れない。なるほど、よく考えてみれば、本には音を出すような機能はない。

 ならば。

 クークラはしばらく考えた後、部屋の隅にある行李を開けて中をガサゴソやり始めた。

 取り出したのは、金属製の小さなラッパ。人形の身体に付属品として付けられていた小物の一つだ。

 組み合わせれば。

 ラッパを本の隣に置いて、クークラは目をつむった。

 光を遮断することによって、大気に満ちる魂に意識を集中させる。自分たちのいる世界と重なり合いながら、しかし手で触れることのできない別世界。そこに感じられるその希薄な、気体でも液体でもない何か不思議なモノを、意識の上で操り、凝縮し、自分がラッパに取り憑く場合の要領を教えるようにして操作していく。

 そしてクークラは命令する。

「書が朗読している声を、出来るだけ大きな音に変換せよ」

 クークラが、集中から覚めて眼を開いた時。

 ラッパはその朝顔の花のような口を僅かに震わせていた。


……無機物……付喪神……思い入れ……回路をなす……


「? ……あれ?」

 本だけでやるよりはマシだが、ちゃんと聞き取れるほど鮮明ではない。

「いい考えだと思ったんだけど……」

 クークラが落胆する横で、だがラッパの振動は少しづつ大きくなっていった。

 それにともなって、発される音量も上がっていく。


…死体は…憑きやすく…走屍は…


「あ。それそれ。音が大きくなるまで時間がかかるの? 使ってなかったからかな?」

 上手く行ったようだ。

 そう思うと、先程までのイライラも晴れ、クークラはベッドに寝転がった。寝ながら勉強できるとは、楽なことこの上ない。


……すなわち死体にはかつての魂の回路が残っており、アニメートを掛ける際に大いなる魂を隅々まで行き渡らせやすく……


 ラッパの音量はだんだんと大きくなっていき、やがてちょうどよい高さに達した。

「いいよ、この音量で」

 クークラは笑いながら言う。

 しかし。

 ラッパの振動は収まらなかった。

「? あれ? もういいってば」

 ラッパの声が耳障りなほどに大きくなってきて、クークラは上体を起こして机を見た。その間にも音量は加速度的に高まっていき、ラッパ自体がビリビリと激しく震え始める。振動は部屋中に伝わり、机を、行李を、ベッドの細工まで震わせ始めた。

 ここで初めて、クークラは恐怖を覚えた。

「止まって! 黙って!!」

 だが、ラッパは最初の命令である「出来るだけ大きな音に変換せよ」という命令に忠実だった。

「…ぅ……だ…………まッ………!!」

 クークラは叫んだが、すでに自分の声さえ聞こえなくなってきている。耳を押さえてラッパに近づく。

 ラッパは、自分の振動で小さく跳びはねるような動きをするまでになっていた。

 発する音が衝撃となって身体に響く。

 キキさんが血相を変えて部屋に飛び込んできたが、そのドアの音にも気づかず、クークラは激震するラッパに手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間。

 ラッパは衝撃とともに弾け飛んだ。



04.

 轟音に驚き、部屋に入ってきたキキさんの目の前で、衝撃とともにラッパが弾け飛んだ。

 キキさんに少し遅れてハクが。そしてゲーエルーが向かってくる。

 クークラは目を回してへたり込んでおり、駆け込んだハクがクークラの名前を叫んで抱き起こす。

 クークラをハクに任せて、キキさんは床に散らばった金色の金属のかけらの一つを拾い上げた。それは僅かに振動している。


…………容易…………kんジュ…………いのt…………悲ゲk…………


 耳に当ててみると、なにやら音を発している。それでキキさんは大体の状況を察した。

 破片に唇を近づけ、キキさんは囁いた。

 その身、砕けてなお、我が弟子への忠誠、感謝する。今はお眠りなさい。ひそやかに。

 それで、砕けて床に散らばったラッパの破片は完全に沈黙した。

「何が起こった?」

 最後に部屋に入ってきたゲーエルーが、キキさんに聞いた。

「おそらく、クークラさんの魔術が暴走したのでしょう」

「……う……あれ……?」

 ハクに抱き起こされていたクークラが目を覚ます。

 まわりを見渡し、自分を覗き込んでいる大人たちの顔に気づき、段々と泣きそうな表情に変わっていった。

 そんなクークラを抱きしめ、大丈夫だから、何があったのかを話して、とハクは言った。

「……あ……あの……」

 クークラはおずおずと事の次第を説明した。本に朗読させ、その声が小さかったのでラッパを使って増幅させようとした、と。

 キキさんはため息をついてから、言った。

「家政婦のキキとしてではなく、魔術を教えた者として話します。クークラ、わたしは貴方に注意と罰を与えなければなりません」

「……はい」

「術の原理を理解せずに使うと、暴走する可能性があると口を酸っぱくして言っていたはずです。箒に水汲みを命じながら、止めることが出来ずに屋敷を水浸しにした愚かな弟子と、貴方は同じことをしたのです。……暫くの間、術を使うことを禁じます。期間は……」

 キキさんは言って、幾つものラッパの破片が刺さってボロボロになった本をつまみ上げた。

「これを一字一句間違いなく写し取り、製本するまでとします」

「……はい。ごめんなさい」

 クークラは項垂れた。

 キキさんは、今度はハクに向かって膝をつき、腰を折った。

「クークラさんの術に関しては、わたくしに監督責任がございます。それを怠ったため、貴女の子を危険に晒しました。わたくしにも罰が与えられて然るべきでしょう。なんなりとお言いつけください」

「え!? ええと……そうですね。突然のことなので、具体的な事を考えられません。なので、何かあった時の貸しとして、保留しておくことにします」

 ハクは少し考えながらそう言った。

 そして、クークラに向き合った。

「いい。今回のような、未熟であるが故の失敗は、叱られる程度で済むかもしれません。しかし、私の知り合いに、アニメートの術の本質を知り抜いて、その上でなお復讐のために悪用した女性が居ました。結果は、下の大地の人達の憎悪を煽り立てて、自らの身を滅ぼしました」

「うん」

「力を使うということには、良きにしろ悪しきにしろ結果が伴います。そしてその結果には責任が発生します。クークラ、貴方はその術を極められるかもしれない。その能力は伸ばすべきものなのでしょう。しかし、術を使った際の結果と責任には、常に意識を払って。そしてその力を悪用すれば、因果は自らの身に降り掛かってくると思いなさい」

「分かった……いや、わかりました、ハク」

「……ヴァーディマか……」

 聞きながら、ゲーエルーは道を踏み外していったかつての同僚の事を思い出していた。

「しかし、本を朗読させてラッパで増幅とは。そんなの、ヴァーディマもやったことは無いはずだ。面白い考えのような気もするが……」

「そうですね、その点に関しては、わたくしも感心しております。アニメートをこんなふうに組み合わせるなんて」

 ゲーエルーとキキさんの会話を聞いていたクークラは、キキさんを見上げた。

「……何が悪かったんでしょう?」

「……まず考えられるのは、最初の命令の出し方でしょうね……あれ、クークラさん……耳が……」

「ちょっと!!」

 キキさんがクークラの異変に気づいたのと同時に、ハクが大声を出した。

「クークラ! 耳が! 耳が!」

 ラッパの破片にやられたのであろう。クークラの右耳の一部が大きくすっぱりと切れていた。

「た……! 大変!!」

 思わず、キキさんもクークラに駆け寄る。

「……いや、顔の傷なんて勲章みたいなものじゃ……」

「「ゲーエルーさんは」」

 魔王の護衛官をキッと睨みつけたハクとキキさんの言葉が重なる。

「黙っててください!」「お黙りください!」

 女性二人は、デリカシーのない男性のことなどすぐに意識から放り出して、自己再生はしないのかとか、どうやって治そうかという会話をしながら慌てている。

 クークラは、オロオロしている二人を見て、自分は心配されているんだと思った。

 ボクは、愛されているんだ。

 その気付きは、心の中に温かいものをもたらす。

 泣きそうだった気分が、だんだんと晴れていくのを、クークラは感じていた。




◇ 間話休題 キキさんのアルバイト番外編 往きて還りしルサの物語 ◇

その一:第二の旅立ち。



 彼女はとある森の中の沼に住んでいた。

 そこは死産した子供や、祝福されなかった子供が秘密裏に捨てられる沼で、過去には絶望した花嫁が身を投げた事もあった。嘆きの魂は沼の周りに満ち、やがて習合して、彼女は生まれた。

 沼地の水を思わせる褐色の肌に、月の光のような明るい色の金髪。そして金色の瞳を持っていた。

 彼女は満月の夜に、湖沼に近づく人間を魅了し、しばしば水の中に引き込んだ。

 そのため森の周囲に住む人間たちはこれを畏れ、旅をしていたある冒険者にその退治を依頼した。

 冒険者が湖沼に近づくと、彼女はそれを魅了し、操ろうとした。しかし冒険者の心は強く、彼女の魔力を弾き、逆に彼女にルサと名付け、支配してしまった。

 冒険者は、自分をマスターと呼ぶように命じ、今日からルサは冒険の仲間であると言った。

 不本意だと思っていたルサだが、幾度もの冒険を経てマスターを信頼するに至り、更に四人の後輩たちが出来た頃には、ここが自分の居場所だと考えるようになった。

 彼女たち五人とマスターは、色々なところへ行き、様々な冒険をした。

 時には古代のダンジョンを攻略し、ドラゴンを倒したこともある。

 はるか昔から生き続ける、邪悪なダークリッチに引導を渡したこともあった。

 それは充実した、楽しい時でもあった。

 だが、やがて別れは来る。

 マスターは、新たな冒険を求めて異世界へ旅立つつもりだと、ルサと仲間たちに言った。

 居心地の良い場所が失われることを残念に思う気持ちと、支配から離れる事にせいせいする気持ちがあった。

 何より、今ある居場所を捨てる寂しさ以上に、まっさらな位置に立つという事への興奮が強かった。

 ルサとは違い、今の居場所にこだわった仲間もいた。

 三番目に仲間になったキキがそうだった。

 ルサは、彼女の考えを否定はしなかったが、同時に苦言もした。

 マスターは、スクラップアンドビルドの人だ。いつか帰ると宣言した以上、そりゃいつかは帰ってくるだろうが、出来上がった世界にあいつは魅力を感じない。

 むしろ帰ってきたらみんな散り散りになっていて、所在不明の仲間探しでもさせた方が、あいつはよっぽど喜ぶだろう。

 それからな。

 保守的で奥手。そのくせ意地っ張りで頑固な、可愛いカワイイ妹分の意志は尊重してやるが、あのアホが異世界に満足して帰ってくるのなんて、ずっとずっとずぅっと先のことになるだろう。

 待つというなら、それは心しておけよ。

 引き篭もるのが嫌になったら、マスターの帰ってくる場所なんて、いつでも捨てていいんだから。

 そう言い残して、ルサは最果ての森を出た。

 時は終戦直後。

 下の大地に荒れ吹雪いた氷の種族たちの脅威が、女首領が討たれたことによってついに去った。

 そんな冬の明けたような世界を、ルサは一人で渡り歩いた。

 ある時、大きな森の中に入った。

 そこは南北を街と街に挟まれた場所にあった。

 戦後復興の勢いに乗る人間たちが、森を貫く河を利用して運河を作り、それを中心に森を開発して二つの街を繋げていこうという計画を立てていた。

 すでに多くの人夫たちが雇われ、森に開発の資材を運びこんでいた。

 森を開発すると言うことは、その地に住まう者達を追い出すことでもある。

 人間たちは、氷の種族との戦争を制した勢いがあり、また他種族との抗争を辞さない闘争心を培っていた。

 数が少なく、氷の種族ほどには個々の戦闘能力が高くない「森に棲む者」達は怯え、不本意ではあるが、血が流される前にその地を譲るという意見に傾いていた。

 森の中の湖沼で生まれたルサは、人間たちの横暴に怒り、弱腰の意見に対し憤激した。

 戦うのであれば、私は力を貸そう。

 森と川辺に住む者達の前で、ルサは大きく胸を張って言った。

 宣言通り、ルサは森に住まう者達を先導して人間と戦うことになるのだが、それはまた別の話。




間話休題。番外編。其のニ。森の仲間達


 戦うのであれば、手を貸そう。

 私は冒険者である。それも凄腕の、だ。

 ドラゴンを狩った経験もある。

 戦い方を教える事が、私には出来る。

 みなを率いて敵を退けることが、私には出来る。

 ルサは「森に棲む者」達の前で言った。

 戦うのであれば、この私が手を貸そう。

 森の年配者達は彼女を敬遠し、危険思想を持ち込むとして排除しようとした。

 しかし若い者たちは彼女に与した。

 ルサは言った。

 この度の人間達の暴挙は、彼らに対する氷の種族の侵略よりも更に非道のものである。

 我々が反抗しなくては、付け上がった人間たちは他の森でも同じことをするだろう。

 ルサは物事を深く考えるのは苦手だが、その場の雰囲気を盛り上げるのは天才的に得意だった。

 結果、年配の者達の大部分は森の奥に逃げ住み、若者たちは川辺に集った。

 後々までルサと共に戦い、やがて袂を分かつことになる、弟子であり仲間となる若者達、ベレギーニャ、レーシイ、ボジャノーイ、マーフカは、この時点で見出した。

 抗戦の動きは人間たちにも伝わった。

 森の辺縁に集まった人夫達の多くは、かつて氷の種族と戦った経験を持つ元兵士でもある。

 森に棲む者達など何するものぞ、と、彼らは激した。正義はむしろ自分たちにあるとも信じていた。

 人数に劣るルサ達は、地の利を徹底的に活用したゲリラ戦略を採った。

 水を使い、木々を使い。

 そして自身の能力を使い、軍隊化した人夫たちを苦しめた。

 ルサも最前線で戦った。劣勢の戦線でも、彼女が援護に来れば、森に棲む者達は士気を上げ、人間たちを押し返した。

 かつて四人の有力な後輩達をその背中で引っ張っていた冒険者時代そのままに、ルサは森に棲む者達を強力に統率した。

 しかし、森に棲む者達も、そして森や河自体も無傷では済まない。

 人間たちの敢闘精神は高く、軍隊としての能力も決して低くはなかった。

 単純に守っているだけではいつか押し負けてしまう。そこでルサ達は新たな戦略を立てた。

 人間達が、運河を作るために持ち込んだ資材を奪い、足りない分は森の木々を切ってまでして、河を堰き止めた。

 戦略を立てたのは、ルサの参謀となったペレギーニャ。

 河と森を守るべき護岸の精でもあるベレギーニャがあえて打ち立てたこの捨て身の戦略は、森へのダメージも甚大で、地形は変わり多くの木々が失われた。反対意見も強かったが、しかし敵に与える影響も大きかった。

 森の南北にある二つの街。

 軍隊化した人夫達の雇い主でありながら、それまで戦火に晒される事のなかった街の人々を、森に住む者達は巻き込んだのである。

 下流の街では、生活の基盤でもあった水を失い、厭戦の気分が満ちた。

 それが極限まで高まった後、ベレギーニャは河の堰を切った。

 鉄砲水に襲われた下流の街には、壊滅的なダメージが与えられた。

 ルサがちょっと引くほど効果的で合理的、そして無慈悲なベレギーニャの策だった。

 ついでルサ達は上流の街にも宣戦布告をした。

 実際これは現実的ではない。

 ルサ達が人夫たちに抗し得たのは、地の利を活用したためである。街を攻めるような戦力などなかった。

 しかし、前線を知らない街の人間に、それは分からない。下流の街が壊滅の憂き目を見たことにより、彼らの恐怖心は劇的に揺さぶられ、ついには森の開発をやめ、これよりは神域として近づかず、カミとして祀るので許してくれと願いでた。

 それに怒り狂ったのは、森に住む者達と激戦を繰り広げていた人夫たちである。

 自分たちの頭越しに結ばれた停戦協定を無視し、彼らは最後の攻勢を森に仕掛けた。

 後に開発するという本来の目的を捨てて、森を焦土と化さんとして火を放った。

 ルサたちは辛うじてこれを防ぎ、全焼は免れたが、森は少なからず延焼した。

 神域と定めた地を炎に晒したとして、上流の街の人間たちは傭兵を雇い人夫たちを襲撃。人夫たちは人夫たちでこれを恨んで街を襲った。

 最終的に上流の街は力を失い、そして暴徒化した人夫たちも散り散りとなって戦争は集結した。

 その後、ゆっくりと森を回復させていく生活をルサたちは送る。

 ルサは、戦った若者たちの反対を無視して、森の奥に逃げた年配の者達に頼み込む形で、森の回復の事業に参加してもらった。年配の者たちも、若者に頭を下げて、植林の業を伝えた。

 その間に、人間の開発の手に晒されるようになっていった各地の森や山の住民たちが、見事に人間の侵略をはねのけたルサたちの業績を知り、助けを求めに来るようになるのだが。

 それはまた別の話。

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