第十一話 良い子でいたいの

 水嶋奈々、小学四年生。

 好きなものは算数、きらいなものは音楽。

 下には小学一年生の妹がいて、名前はねね。ママとパパとねねと仲良くしていたいどこにでもいる女の子。


 奈々の一日はお母さんのお手伝いから始まる。

 お皿を洗ったり、ゴミをすてたり、お弁当を作るときだってある。それらは決まって、お母さんが目をはなしているすきにやるようにしている。それは多分、良いことなんだと思う。


 ねねはよく泣いて、よく笑って、よくわがままを言う。それでもみんなに愛される、そんな人に奈々もなりたかった。


「だれも見ていなくても、小さな良いことをできる人は周りが気づいてくれる、すばらしい人」


 先生が言ったその言葉は奈々のことを言っているような気がした。

 ……今までの奈々は周りの人を気にして、ほめてもらおうとしていた。だからダメだったんだ。

 先生が言った通りのすばらしい人になれば、奈々もきっと、クラスのあの子みたいにみんなにありがとうって言ってもらえて、ねねみたいに愛される人になれるって思った。


 ……でも、もう無理なのかも。

 人に見てもらえないことが正しいなら、奈々はきっと良い子になれない。周りが気づいてくれることがないのなら、それは奈々が悪い子だからなんだ。

 みんなに信じてもらえない、そんな人良い子なわけがない。


 ーーこんなきおく、消えちゃえばいいのに。


 その願いだけがいつまでも消えることはなかった。


  ○


 泣いて、泣いて、泣きじゃくりながら当てもなく歩いていた。家のへいを伝いながら歩いていると、小さな公園にたどり着いた。

 草がたくさん生えてて、あんまり人がいなさそうなさみしいところだけど、なんとなくきらいになれない。

 どこだかわからない、いつもなら入らないはずの公園でも今の自分にはちょうど良い。


 奈々はそこに入って、ゆうぐを見渡した。

 ブランコ、すべり台、てつぼう……、どこも座る気にはなれなくて、おくにあるベンチに座った。


 奈々の体を通りぬけていくような風。そんな風が少し目にしみる。頭は冷静なはずなのになみだは止まらない。

 

「…………、なんで……」


 泣いてるところなんてだれにも見られたくない。

 他の人に見つからないように下を向いていると、声がきこえてきた。


「え、ねえほんとにここでいいんだよね」


「ブレスレットは光ってるし、気配もどことなく感じるし、たぶんここだと思うけど…」


「でも特になにも…ないねぇ」


 ーーだれだろう。きいたことのない声だ。

 そうは思っても、いまは誰とも話したくない。なにか探してるみたいだけど、話しかけないで…おねがい。

 でも足音は奈々のほうに近づいてきて…。


「ね、ちょっといい?私たち探してるものがあるんだけど……」


 話しかけられて、思わず顔を上げそうになった。でも泣いてるすがたなんて見られたくない。奈々はうつむいたまま返事をした。


「なに……」

「……えっと、ここらへんで変なもの見なかった?変な動きしてる物体とか」


 顔を少しだけ上げてみると、かみが長い、せいふくを着た女の子が立っていた。この制服、家の近くのあの中学校のやつだ。

 変な動きって、なんだろう。ペットとかを探してるのかな…。


「…見てない」

「そ、そっか。じゃあえっと…」


 その子はそこで話さなくなった。

 早く…、早くどこかにいってほしい。

 そう思ってたら足が動いて、ズボンの足がしかいに入った。男の子、なのかな。どうすればいいかわからなくて、ますますうつむいてしまった。

 そしたらとつぜん、肩に手を置かれた。


「変なことを…聞く」


 すごく近くから声が聞こえて、おどろいて顔を上げた。目の前にはキレイな顔の男の子が、奈々を見てた。

 男の子のひとみに、奈々のすがたが映ってる。すごくキレイで…、でもなんかこわい。


「何か、忘れたいことって…ありますか」


「………え?」



 ドキッと、しんぞうがなったような気がした。

 風の音や草の音、太陽のにおいなんかもぜんぶわからなくなって……、ひとみの中のすがたはすぐに消えてしまった。


 何…この人たち。何か知ってるの?奈々のこと、知ってるの?

 なんで、奈々の気持ちがわかるの?


「し、しらないし…そんなの、ないもん…」


「……もし心当たりがあるなら、俺たちに話してくれ…ませんか。色々事情があって…」


「だから……なんもないってば!」


 奈々はいきおいよく立ち上がって、目の前にいた男の子をつきとばした。少しよろけて、おどろいた顔で奈々を見る。

 奈々は……悪くない、だってこの人たちがおかしいだけだし…。奈々はなんも悪くない。奈々はなんも…してない。


「どうしたの?何かあったなら、話聞こうか?」


 後ろにいたショートカットの女の子が言った。

 しらない、しらない…しらない!

 とつぜん奈々に話しかけてきて、なんなの?奈々はただ、一人でいたかっただけなのに!どうせ、奈々のことなんか、信じてくれないくせに…。


 どれだけ良いことしても、良い人になれなくて、それどころか、なにも信じてくれない。奈々が悪いわけ、ない。悪いのはみんなだ…、みんなが悪いに決まってる!


 奈々の良いところ、見逃すみんなが悪いんだ!



 そう思ったとき、一気に目の前が白にそまった。まぶしくて目が開けられなくて…、声がなんだか遠く感じた。

 心から何かがあふれ出てくるみたいに、奈々が奈々じゃ無くなるみたいに…、でも辛くなかった。

 どこからか声が聞こえた…、もう聞こえない。


  ○


 忘却魔法のありかを求め、公園にやってきた私たち。公園のベンチに座っていた女の子(10歳くらいか?)に色々聞いてみたところ、様子がおかしくなり…。


「これは…、もしかして…」

「もしかするだろうな、これは魔法に乗っ取られた時の…」


 女の子は突然倒れてしまったのだ。

 普通なら大慌てのところだが、ここには魔法の判別ができる冬真がいる。そいつによると、これは魔法に乗っ取られたときの倒れ方やらなんやら…。


「…病院に連絡した方が、いいのかなぁ?」

「いや、病院に行ったところで治らない。じきに目が覚めるはずだ」


 さすがの未来も口がぽかんと開いたままだ。私だってもちろん、これが魔法だって知らなかったら110番通報していただろう。

 冬真は女の子を抱えて、ベンチの上に寝かせた。

 私は女の子の服についてしまった土を払いながら、冬真に聞く。


「えっと…、つまりこの子は何か忘れたいことがあって、だから忘却魔法にとりつかれて、今に至る…というわけ?」

「おそらく…。この気配は忘却魔法の気配だし、この公園にある特別なものといえば、この子しかいないしな」

「じゃあその、忘却魔法ってどうやったら封印できるの?このまま放置…なんてしないよねぇ?」


 学校から飛び出してきたのは3時半くらいだったかな。腕時計を見ると、今は4時半。

 小学校はもっと早くに終わるはずだから、この子は少なくても一時間くらいは外にいたんじゃないだろうか。……体がかなり冷たいし。

 その上意識を失ってるわけで、未来の言う通り、放置なんかしたら風邪を引くだろう。


 まだ日は暮れないけど、だんだん気温は下がってくる。体感的には20°Cない気がするな。


「封印するにはこの子の忘れたい記憶が何かわかったあと、魔法を身体の中から出さなきゃいけないんだよ。だから…、まずは目覚めるまで待たないと…」

「その間に風邪引いたらどうするの?」

「わかってるから!なんでお前、俺にそんなに当たり強いんだ…」

「……好きじゃないから、かなぁ」


 未来がやたら冬真に厳しいのは見てて面白いから置いといて、どうにかして屋内に移動した方がよさそうだ。


 冬真が女の子を背負って、私たちもとりあえず公園を後にしようと考えた時、遠くから誰かが駆けてくる音が聞こえた。

 三人して立ち止まっていると、公園に一人の女の子が息を切らしてやってきた。


「だ…、誰ですか!奈々に、触らないでください!」


 この子ーー奈々、ちゃんの友達だろうか。

 すごい怖い顔で私たちを見てくる。まてまて、私たちは誘拐犯とかじゃないぞ?

 未来も冬真も動かないので、私がその子に話しかける。

 

「どうしたの〜?私たちは怪しいものじゃないよ〜?」


「すっごい怪しいじゃないですか!」


 まあ、確かに、怪しいけども。


 私は魔法のことは説明せず、倒れたところに遭遇し、屋内に連れて行こうとしていると説明した。

 その子はあやみというらしく、私が心を込めて説明すると、次第に警戒心を解いていってくれた。


「そ、そういうことなんですね…。ごめんなさい。まさか、学生さんがこんな真昼間から誘拐なんてするわけないですよね」


 これ、もし私たちが制服を着てなかったら通報されてたんじゃね?ーーと思いつつ、あやみちゃんに近くの屋内、すなわち学校まで案内してもらうことになった。

 未来は外行きのスマイルを見せ、冬真は終始無言だった。


 こいつらもしかして、人見知りなんだろうか。




 公園から、奈々ちゃんたちが通う小学校へと向かう。私と未来が通ってたところではなくて、友人の仁奈や燈音が通ってたところだ。

 うちの中学校は主に三つの小学校の生徒が入ってくる。そのうち一番生徒数が多いのが今から行く小学校だ。まあ中高一貫なこともあって、他の小学校からもくるっちゃくるらしいけどね。ちなみに、うちの小学校は二番目だ。


「あの…、なんで奈々、たおれたんですか?」


 私とあやみちゃん、後ろに未来と冬真なので、必然的に私が会話をすることになる。

 やっぱりこいつら人見知りだな?


「理由はわかんないけど…、息もしっかりしてるし、多分精神的な何かだと思うんだよね。倒れる前に"忘れたいことがある"みたいなこと言ってたし。……何か知らない?」


 正確に言うと、違うけど。でも冬真の質問にあれだけ驚いてたし、忘れたいことがあるのは確実。

 でもって、小学生の悩みのタネといえば家族か友人が大体だよね。あやみちゃんも変なタイミングで現れたし、何か知っててもおかしくはないわけで。


 あやみちゃんは私の質問を聞いて、俯き、少し黙り込んだ後、口を開いた。


「奈々が、そんなこと言ったんですか?」


「…うん」


 あやみちゃんは顔を歪ませて、泣きそうになるのを必死に堪えているようだった。俯くと、小さい体が余計に小さく見える。

 ……私も三年前くらいはこんな感じだったのかな。あの頃より、大人になったんだろうか。


「……もしも、奈々がたおれたのがせいしんてきなやつ、なら……、私たちのせいかもしれないです」


 何があったのかはわからないけど、小学生の女の子が「忘れたい」だなんて思うことだ。良くないことがあったのだろう。

 もちろんこれが原因かは断言できない。もしそうであっても、声を震わせているあやみちゃんを責める気にはなれなかった。


「もしよかったら、何があったか教えてくれない?」


「…めいわくかけちゃいましたよね。なら、私たちのことも言わなきゃ、ですよね」


 あやみちゃんは振り返り、立ち止まって私たちの方を見た。


「話します。…私たちがしちゃったこと」



「奈々って前からすごく良い子だったんです。たのまれたことはことわらないし、いつでも明るいし。奈々はみんなに好かれたいからしてるって言ってました。ダメな理由だって言う人もいたけど、私はすごいなって思ってました」


 奈々ちゃんってそんな子なのか。……すごいな。


「でも…さいきん奈々おかしくて。すぐ帰っちゃうし、私たちのことさけるし…。その、人助けとかもしなくなって」


「どうしたらいいかわかんなくて…、さいきんはずっと話してなくて。だって、遊びにさそっても来てくれないし、つまんない……から」


「でも、今日教室で、事件がおきて…。それで、さいきん変だった奈々がハンニンにされて…」


「事件?それってどんな……」


 もっと詳しく聞くため問いかけようとしたとき、それを遮るように後ろにいた冬真が声を上げた。


「ちょっと待て」


 なんやねん、と思って後ろを見ると、人差し指を立て、「しー」というポーズをしている。


「この子、起きるぞ」


 まじか。わりと早く起きるものなんだな。


 冬真は背中の女の子をそっとおろし、地面に立たせた。まだ覚醒はしてないけど、確かに起きている。

 あやみちゃんが慌てて駆け寄っていく。その後に続いて私も駆け寄る。

 ……一体、どの記憶がなくなっているのか。それによって対応も変わってくる。


「……奈々、大丈夫…?」


 おそるおそるあやみちゃんが声をかける。

 ーーあれ、奈々ちゃんってこんな…こんな雰囲気だったっけ?


「……ああ、絢美。何?わたしに何か用?」


「……え、奈々?」


 ……私が思っていたより、事態は簡単には解決しなさそうだ。

 歩道の真ん中で、私たち三人と、あやみちゃん、そして雰囲気の違う奈々ちゃんがしばらく立ち尽くしていた。

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魔法のランゲージ える @eru-0117

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