第十話 願いを持つもの
その日の夕方のこと。料理部の活動が終わり、家に帰ろうと玄関を目指し廊下を歩いていた。お菓子の試作品が大量に入ったカバンを片手に抱え、教科書で重いリュックを背負いながらノロノロと足を動かす。
玄関につきふと前を見たとき、靴箱のところで未来と冬真が無言で突っ立っているのが見えた。チラホラと帰る人がいる中で腕を組んでいる二人はなかなか目立っている。
……きっと、絶対、私がらみに違いない。
未来は冬真のことあんま好きそうじゃないし、そもそもなんで二人は並んでるのに無言なんだ。とても話しかけたくない。
「あ、彩葉。やっときたねぇ」
「……どーして二人並んで私を待ってるんだよ」
「話は後。まず、帰るぞ」
問いかける私を無視して靴を履き替え始める二人。その間にももちろん会話はない。
あまりにも淡々としているその姿に呆気にとられていると、いつのまにか二人の姿が遠くにあることに気づく。私も靴を履き替え始める。
仲がいいんだか悪いんだか、一言も話さない割には行動のタイミングが合っているような……。ま、どうでもいいか。
「で、何?なんか大切なこと?」
「大切なことっていうか……、お前、ほんとうに何も心当たりないのか?」
「……失礼な。あるわけないだろ」
学校を出て、通学路を歩き出す。隣に並ぶ私と未来の後ろを歩く冬真。振り返りながら会話をする。
はぁ、と溜息をつき、冬真は未来のことをチラッと見た。それに応えるように未来が話し出す。
「彩葉は空気読めないし察し悪いし流行にも疎いから、思いつかないのは仕方ないことなんだよ」
「なんかさらっと酷いこと言ってない?」
「で、話っていうのはお昼の魔法についてだよ。流石に忘れてないと思うけど、あのとき境町くんはみんなのことを眠らせたよね」
「まあね」
「みんなが眠らされたのは今回だけじゃない。前、体育の時もそうだったよね」
「……うん」
そこまで言われて、私は未来の言わんとしてることを察した。ただ、なぜそれを言おうとしているのかがわからない。
「学校にいる人全員が一斉に眠る。彩葉が好きなアニメとかではスルーされたとしても、現実ではスルーされない。……いま学校では多分、みんなで眠ったことについて騒ぎが起きてるんだよ」
「そのことについて俺が考えてたら岩崎さんが気付いて話しかけてきたってわけ。理解した?」
「……理解した」
数秒前の私、お前はばかだ。楽観的にもほどがある。
これじゃ察しが悪くてクソ鈍感だって言われても言い返せないじゃないか。
警察沙汰とまではいかなくても、再び親に伝わる可能性はかなり高い。
一回目みんなが眠ったとき、私だけ起きていたことを母に質問ぜめにされたことから考えると、今回も起きていたとバレれば、私が何をしているかバレるかもしれない。
途端にぞわぞわとした何かが体を這い上がってくる。母さんに魔法使いだってバレる、それがいかに恐ろしいことか。
「考えただけでーーー、ああどうしよう!ただでさえ変なことしてるのに……やばいやばいやばい」
「そうだろ、やばいだろ。俺もバレると……まあ何かと大変だし。この事態をなんとかしないといけない」
「先生たちもざわざわしてたしねぇ。バレるのも時間の問題だろうねぇ」
歩き続け、いつのまにか私と未来が分かれる交差点にやってきていた。そこで立ち止まり、私は問いかける。
「ねえ冬真。こう……、人の記憶を改ざんしたりする魔法とか、ないの?」
冬真は何秒か目を伏せ何かを考えて、口を開いた。
「あることには、ある。忘却魔法か、記憶改変魔法か」
「へぇ…あるんだ。でも、それ何が違うわけ?」
「忘却魔法はただ忘れさせるだけ。記憶改変魔法は忘れさせた上に新しい記憶を植え付けるんだ。上位互換ってことなんだけど、記憶改変魔法の方は魔力の消費量が大きいから疲れやすいんだ」
「……ほう」
境町は理解することがさも当たり前のように説明をするけど、そもそも私が魔法を理解しているのはラノベとか漫画とかを読みふけっているからだ。
魔法の家で育って感覚が狂っているのかなんなのか、人の表情も全く気にせず話を進める。
未来は笑ってる。これはきっと愛想笑いだな。
「じゃあ、その魔法を封印すりゃいいじゃん。魔法の場所探して北海道に来たんだから、見つけられるよね?」
「簡単に言うな。それはここがたまたま魔法が集まるほど魔力の高い土地だったってだけだ」
「魔力…?んな中二くせえこと知らねえし。君しかできないんだからどうにかしろよ」
「口悪いな本当に…」
そんなこと言われたって、私にはどうすることもできない。
まあ多少?強引かもしれないけど?冬真にしかできないことじゃない?
そもそも、こいつが悪いんだ。魔法の知識をたくさん持っているくせにきちんと説明しないのだから。たとえ理解できなくても、説明はするべきだろう。
「まあ、手当たり次第魔法を封印するしかないだろうな」
「ふざけ……くそ面倒」
「頑張って、彩葉!」
やたらニコニコしてる未来を横目で睨み、私は目を瞑って覚悟を決める。
仕方がない。やらなければならないなら、やるしかない。仲間だと認めたのは私なんだから。
○
その日から魔法を探すことになった私たちは、学校が終わるとすぐに外へ飛び出し、人が多いと思われるところを手当たり次第まわった。
後の冬真の話により、魔力が高いかつ人が多い場所に魔法が集まるらしい。
何回か魔法の具現化が出たものの、どれもこれもしょうもないものばかりで探しているものは全く出なかった。
あの日未来が言った通り、学校はどことなくざわざわしていて放課後の職員会議が毎日行われているようだった。
ここまでくるとさすがに罪悪感が湧いてくる。私が悪いわけではないけど、もっと上手くやれば……この事態は回避できていたのかもしれない。
「ねえ、もう部活も休めないんだけど。どうすんの?」
「そんなの俺が聞きてえよ……。そもそも人手が足りなさすぎるんだ……」
今日も今日とて魔法探し。進捗は0である。
私たち3人は当てもなくなってきて途方に暮れていた。遠くに行こうにも手段がない、子供の私たちでは何もかも上手くいかない。
これ……、もし見つからなかったらどうなるんだ?魔法バレだけじゃなくて、警察に捕まったりするのかな。ほら、みんなを惑わせた罰みたいなの。
ーーやばい、死にたい。
冬真の顔はかなり死んでいる。未来の貼り付け笑顔は既にない。活動日が平日3日間である料理部の部長からは、続けて休む私に怪訝な目を向けられている。
トボトボと歩く夏の通学路。
七月になったとはいえ、真夏とは言い難い。昼間は20℃くらいあるけど、夜になったら15℃ない日も多いし。一番暑くなるのは七月の半ばだから、まだまだ先だ。
歩き回って出てくる汗をぬぐいながら、冬真に話しかけた。
「これ以上、何かあるなんて思えないんだけど……。他に方法ないの?」
「方法……ね」
考え込む冬真。伏せ目がちに片手で口を覆うその姿はまあかっこいい。半袖のワイシャツに紺色のベスト、まりもみたいな緑色のネクタイがイモ学生っぽいけど、それに負けないイケメンなオーラがある。
顔だけは……イケメンなのになぁ。もっといい性格してればいいのに。どちらにせよ私のタイプではないけど。
私の右隣にいる未来は興味なさそうに空を見上げている。外ハネしてるショートカットの茶髪が太陽の光でキラキラ光っている。私は個人的に未来の髪が好きだったりする。
そういえば、小さい頃は髪長かったっけ?
しばらく沈黙が続いた。どこからか子供の遊ぶ声が聞こえる。
私がぼーっとしていると突然、冬真がうっと呻き声を上げた。驚いて左を見るとそいつは頭を抱えしゃがんだ。
「……まてよ。もしかして俺、ものすごく馬鹿なことをしていたんじゃないか」
「……そうだ、そうだよ。完全に忘れてた。魔法って人が多いところに集まるだけじゃないんだよ」
なにやらぶつぶつ呟いている。突然立ち上がったかと思うと、バッと手を広げ、私たちを見て言った。
「"願いを持つものの近くに来る"!つまり魔法は、記憶をなくしたいって思ってる人の近くに来るんだ」
…………??
言葉が言葉として聞こえずしばらく頭の中で声がこだましていた。徐々に理解していく。
おいおいおい……、今更かよ。
未来が間抜けな顔をする程度には、なんともありえない事実である。
「忘れてるって…さすがに、ねぇ」
「クズだろ、ありえない。私の時間を返せクソ野郎」
未来と顔を見合わせる。
冬真のバツの悪そうな顔が視界の隅に映るけど……イケメンで騙そうとしてもそうはいかない。私はイラっとしているぞ。
まあ……不満は置いておき、やることがわかったなら、やってしまおうか。
○
私たちは冬真を囮にして魔法をおびき出すことにした。
文句を言いながらも抵抗はしない態度に免じて、今回は許してやろう。
魔法が寄ってくるには三つの条件があるらしい。
この街のように、魔力が高い場所(魔法発祥の地だかららしい)であること。
学校のように、人が多く集まるところ(魔法は楽しい雰囲気を好むらしい)。
そして、願いを持つ者の近くにその願いにあった魔法が寄ってくるというもの。これが冬真の忘れていた条件の一つだ。
優先順位的には願いのやつが一番で、魔力が高い場所ーーっていうのはそもそもこの街が該当するから特に意味がないらしい。人の多さも、忘却魔法なら当てにならないとのこと。
効果的なのは忘れたい願いを持つこと。
ということで、魔法に主張するため冬真は少し高いトーンで願いを言い始めた。
「えー…、俺は、記憶を消したいですー。具体的に言うなら、この前のテストの結果を忘れたいですー」
「クソみたいな棒読みだな」
「そんなわけないだろ。心の底から願っていることなんだぞ」
「……どんだけ結果悪かったの」
冬真の結果は知らないけど、私はやらなくてもそれなりに出来る子だから割とよかった。12位/200ってすごくないか?
中高一貫校って言っても公立だし、特別頭がいい人はあんまりいない。冬真は一応転校生だし、点数が悪くても許されるだろうな。
「俺は15位だった。二桁なんて……初めてとった」
「はい?」
は?舐めてんの?と思ったがギリギリで心に留められた。
私より下だし、どうせ田舎だから人数が少なかったんだろうし、頭いいアピールとかじゃないんだろうし。……そうだと思っておこう。
ただし未来は留めておけなかった様子。
……おーい、私が見えてるかー?
「なにそれ、その結果で忘れたい?それで?…ひどい、非道だよ」
「え、なぜ……」
狼狽える冬真と詰め寄る未来。
「嫌味でもないなんて……、境町くんの下には185人もいるっていうのに、その人たちに失礼だと思わないの!」
「……なんかごめん」
努力家なくせに頭が悪い未来……は可哀想だけど、これは願いなんだから、流せよ。もう、ガキなんだからなぁ〜。
冬真も流されてるんじゃないよ。謝ってないできちんと願ってくれないと……。
「あ、えっと、これで魔法が来ると良いんだけどな」
「こんなんで本当に来るのかね…」
「まあ、過度な期待は禁物だ……、?」
右手首のブレスレットを見つめる。いつ見ても綺麗な赤色がキラキラ光ってて素敵。今もほら、太陽に反射して、超キラキラ…?
まて。にしては、キラキラしすぎでは?
ブレスレットが光っていることを伝えようとする前に、冬真がバッと振り返って叫んだ。
「魔法だ!忘却魔法が具現化した!二人ともついてこい!」
「ねえちょっ…、って、え?おい嘘だろ待てよ」
「こんなに速攻で見つかるとか…もはやギャグだねぇ」
冬真が振り返った方向に走り始める。その手には青いブレスレットが握られている。私のブレスレットも同じ光を示している。
私たちも冬真について走り始めた。すぐに未来に抜かされ、私は二人を追いかける羽目になってしまった。
いやいや冬真も未来も足が…速すぎる。息が続かない、追いつけない。待ってくれ、無理、しぬ。
死ぬ直前の生き物みたいな息遣いで後を追う。わりとしぬ。
息も絶え絶えになりながらも追いかけていくと、とある公園の前で冬真が立ち止まった。
はぁ、やっと休める……。
「ここ、だな」
「うぇ…、むり、たんま…やすむ」
「でも、公園にいるのは……女の子だけだよ?」
そんなわけはなかったが。
公園にいたのは小学生くらいの女の子一人だけだった。どんな理由にせよ、その子が魔法に関わっていることはほぼ確定していた。
なぜかざわざわする心を抑えながら、私たちは女の子の方へ向かった。
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