第九話 調味料魔法
朝、昨日と同じく7:50に起きるという絶望的な寝坊を仕出かし、私は朝ごはんも食べず髪もボサボサのまま家から飛び出した。
五つも目覚ましをかけていたというのになぜ寝坊をするのか。特に最近は酷すぎるような気がする。未来にいったらどうせ「クズだね」と言われてしまうんだろう。
そうです、私はどうせクズなのです。
慌てて持ってきたパンをくわえながら走っても、曲がり角でイケメンとぶつかるなんてことはもちろんなかった。ただただ疲れて息が切れるだけ。
朝の会が始まるチャイムと同時に四階の教室のドアを開けたときには、すでに疲れ果てて制服も髪も息も乱れていた。
「ぎり…ぎり……セーフ…」
ふらふらになりながら席に向かう。しかし、途中でおかしいことに気づいた。
いつもと席順が違うのだ。というか、机の並び方が違う。さすがに疲れすぎて見間違えているわけじゃないだろうし。
クラス中の目線が私に向いているが、全く気にせずぽかーんとしていると出席番号が後ろの田宮が私に話しかけてきた。
「なんで突っ立ってんのさ〜、た か も り !もしかしてまだ眠いの?まじで?」
田宮話しかけられて初めて気付く。何も考えずに私は足を動かし自分の席に来ていたようだった。つまり、そういうことだ。
「今日って…テスト…!」
今日はテストだ。完全に忘れていたし昨日も全く勉強をしていないが、そういえばテストだった。
突然大声をあげた私をクラスメイトは嘲笑う。うるさい、くそ、もう、最悪。オーノー、オーマイガー。
杉谷先生の「はいはい、朝の会やるぞー」の声でがくんと落ち込みながらも席に座る。先生の話はまるで聞こえない。絶賛死にたい気分なんだ。
頭を抱えていると後ろから肩を突っつかれた。振り向くと田宮がニヤニヤ笑いながらコソコソと言った。
「まあまあ、大丈夫さ。だってあたしよりあたまいいからね〜。ほんとまじうけるわ」
「うるさい、田宮はアホそうだもんね。比べられても嬉しくない」
顔を前に向け、頬杖をつく。離れた席にいる境町……、冬真を横目で見る。真面目に話を聞いているあいつを見て、なんとなく一昨日のことを思い出していた。信じなければいけなくなった、魔法の仲間のことについて。
そうして時は過ぎ、早いもので四時間目も終わりに近づいている。教室にはまだカリカリとシャーペンの音が響いているが、私はとっくのとうにテストを終えているのである。
テストは美術を除く八教科で、2日に分かれて午前中に行われる。去年までは午前授業だったらしいけど、今は午後も普通に授業がある。
酷い話だ。給食を食べたら私だってすぐに帰りたかったのに。くそ。
「はあ……」
ため息をつきながら、ふと思い出す。
ーー魔法のブレスレット、どうしよう?
本格的に魔法の封印すると決めたことだし、お揃いを避けるためにもブレスレットをどこにつけるかを考えなくちゃいけない。目につかないところか…、ついたとしてもお揃いだと思われない場所。
境町……、冬真は確か足首につけたらしい。男子はズボンだからいいけどわたしはスカートだから足にはつけれないし。それこそ、もしそれでみつかったら「お揃いのミサンガみたいだね!」と誰かに言われてしまうだろうな。
それだけは絶対に避けなければいけないけど、やっぱり思いつかない。制服に隠れる場所って…どこ?
考えてみるも、良い案は思い浮かばず。
ならば、楽しいことを考えるとしよう。例えば今日の給食についてとか。
今日の給食はポークカレーとフルーツポンチ。みんなは給食のことを「まずい」だの「ありえない」だのと抜かすが、私は美味しいと思うし、大好きだ。
特にカレー。あの甘いけどほのかな辛さがあるポークカレー。もうちょっと辛くてもいいけど、小学生の頃から一番好きな給食だ。それもあと三年で食べれなくなるなんて信じられないし、信じたくない。高校も給食があればいいのにな…。
ーーと、考えているといつの間にかテスト終了1分前になっていた。ラストスパートをかけてる人もいるし、私のようにすでに終わって机に突っ伏している人もいる。
右の前の方にいる未来はかなり必死にシャーペンを動かしているようだ。学力テストで撃沈した分を取り返すって頑張ってたけど結果はどうなることやら。
と、そこで授業の終わりを告げるチャイムがなった。テスト監督の先生がテストの枚数を確認した後、私たちはやっと解放された。
先生が出ていった直後、前の席の燈音(ともね)が話しかけてきた。
「全然わかんなかったよ…、彩葉ちゃんはどうだった?」
「んー、まあまあってとこかな。一応全部答えは埋めたよ」
「そうなの?凄いね。やっぱり彩葉ちゃんって頭いいんだなぁ…」
「そういう燈音だって、毎日真面目に勉強してるくせに。絶対燈音のほうが頭いいじゃん!嫌味だな〜」
そんなことないよ、とムッとした顔で言われたのでここらで会話を切り上げることにして。
もう終わったことを気にするより先のことを気にするべきだよね。そう、給食が待っているんだから。
未来に「彩葉はどーせ勉強しなくてもできるもんねぇ。ほんと、頭がいいね!」なんて八つ当たりされながら手を洗いに行く。もともと頭の作りが違うんだから、八つ当たりされても困るんだけどなーーと思うけど、それを言ったらさすがの未来も冷たい目で見てくるから言えやしないな。
開いたままのドアから教室に入ると、なんとも言い難いカレーの匂いがほのかに漂ってきた。隣にいる未来を置いて、カレーが入っているであろう食管のもとに走って向かう。
「給食のこと、こんなに好きなのはアホな彩葉くらいだよ…」
後ろの方で未来の声がボソッと聞こえたが、気にしない気にしない。
「りーなー。早く!早くこの蓋をあけるんだ!」
「ちょ、ちょっと…待ってよ…」
給食係の莉奈を急かしまくって食管の蓋を開けてもらう。私が食管に食いついているからか、食管を取り囲むように何人かがやってきた。
まるで給食ではしゃぎすぎだ、とでも言わんばかりの目を向けられる。いいじゃないか別に。だって美味しいんだからさぁ。
そして、莉奈が蓋を開いた。開けられた瞬間中身を覗き込む。そこには馴染み深いカレー色が広がっている……はずだったのだが。
「……今日だけ激辛カレーなんだな」
「んなわけねーだろ!アホか!」
ざわつく周りをつっこみ、再び中身に目を向ける。いくら瞬きをしても変わらない。そこに入っていたのはカレーではなく、ひたすら赤い…赤い液体だった。
「ねえ莉奈…これ、カレーなの?」
「……いや、カレーには、見えないけど。ミネストローネでも……ないよね?」
「ないよね。ない、ふざけてる……よね」
他のクラスメイトも集まってきて食管を覗き込んだ。他の給食も見てみたらおかしいくらいに赤く染まっていたようだ。
テスト中の静寂と打って変わってざわめき出す教室。他のクラスのも見にいってみると、やはり赤くなっていたようだ。勇気あるバカが赤い液体を口にしたところ、火を吹いてぶっ倒れたらしい。
私の…私の、カレーが。赤く……染まる。
軽く絶望していると未来が余裕そうな顔で近づいてくる。こいつはいっつも余裕そうなつらだな、くそめ。
「これ、カレーの匂いなのに全然カレーじゃないよねぇ。なんか、おかしくない?」
「おかしい?そりゃおかしいにきまってるでしょ。カレーが赤いんだよ!ありえな……」
そこまで言って、私はやっと未来が言いたいことを察した。
まず考えて、給食が突然赤くなるなんて馬鹿みたいなこと起こりえない。起こりえないってことは、普通じゃない。普通じゃないってことはーー。
考え込んでいるところに、肩をトントンと叩かれた。後ろを向くとそこにいた境町……、冬真は私の耳元に手を当てて小さい声で囁いた。
「……わかっていると思うけど」
「うん」
「これはな」
「……うん」
「魔法だ」
○
「あーもー!図書室、遠いんだけど…!」
「あいつ、遅すぎる。足遅すぎだろ…!」
境町……、冬真の「魔法」宣言の後、私たちはそれぞれの任務をこなす為、息を切らしていた。どうしてこうなったのか…、この状況を説明するため、数分前に戻ることとしよう。
「魔法……そっか、これが魔法ね」
「お前一体なんのためにブレスレットつけてるんだよ……光ってるだろ?」
「しょうがないんだよ、所詮彩葉だもん。ねぇ?」
「うっせ」
カレーに夢中だった私は、ブラウスの袖から透けてブレスレットが光っていることに気づいていなかったらしい。
私たちはみんなが騒いでるなか小声で魔法について話していた。魔法を封印するためには杖を自由に振り回さなければいけないので、こいつの睡眠欲魔法を使ってみんなを眠らせることにした。
「…廊下にも人いるし、教室で杖を出すのも危険だ。…どこで杖を出せばいいかな」
「掃除用ロッカーのなかでいいんじゃない?見張っててあげるからさ!」
なぜ私に聞くんだか。面倒なので適当に言ったわけだが、こいつは結構間に受けて嫌々ながらもロッカーの中に入っていく。
未来はかなり引いた目でそれを見ていたけど、御構い無しにこいつは呪文をぶつぶつと唱え始めた。
そしてあることを思い出した。
「あ、未来にその魔法、かけちゃダメだからね?」
だが、時すでに遅し。というか早く言ってもあまり意味はなかったらしい。
「俺にはコントロールできるだけの魔力は、ないんだよ!」
そいつが言った直後、周りの人たちの声がピタリと止んだ。それと同じくして、未来も命の灯火が消えていくように沈み込み、倒れていく。
「わたしも、彩葉の活躍見たかった……」
「みらいー!死ぬなー!」
まあ、寝ただけなんだけど。
それにしても、境町……さんはロッカーから一向に出てこない。痺れを切らし、声をかけた。
「ねえちょっと?早く出てきてよ。何してんの?」
「あ、いや…!ほうきが引っかかって…ドアが開かないんだよ」
「はあ?馬鹿だなぁ…」
クールイケメンなふりをして、実はただのアホなのか。
やれやれと思いながらロッカーのドアを開ける。咳き込みながら出てきたそいつは周りがみんな寝ているのを確認してから、ロッカーから青い杖を取り出した。
この流れで行くと私も杖を取り出したほうがいいのかな、と思っていると、境町は聞いてる人はいないはずなのにかなり小さい声で私に問いかけてきた。
「これ、なんの魔法だと思う?」
「何のって、食べ物を赤くする魔法?」
そいつは首を横に振る。
「これは、調味料魔法っていうんだ。普通なら調味料として使える便利な魔法なんだけど、今は暴走して辛くしてるってわけ」
「調味料魔法?ーーへえ!すごいね。欲しいなぁ、それ」
私は小さい頃からよく料理をするし、今も料理部に入ってるくらいには料理が好きだ。だから、こんな便利な魔法…本当に欲しいなぁ。
「で、問題は魔法の英訳がわからないってことだ」
「……英訳?」
「忘れたとは言わせないからな。封印するときに英訳が必要だってこと」
言われて、思い出した。そういえば一昨日魔法を封印したときも英訳を言っていたっけ。それがわからないってことは、魔法の封印ができないってことだ。
「だから調べなきゃならない。でもこの教室に辞書は無いみたいだし、どこに辞書があるんだ?」
「ああ、それなら図書室の前に並べてあったはずだけど」
図書室はここからだとなかなか遠いけど、私が思いつく限りでは図書室くらいにしか辞典はなかったはず。
私がそう言うと、境町……冬真は提案してきた。
「俺は図書室の場所うろ覚えだし、お前も体力ないなら戦えないだろ?なら、彩葉が英訳調査、俺が魔法を食い止める、でいいだろ」
「……まぁ、それが適任かな」
だから杖を取り出せと言わなかったのか。あそこまで行くのは面倒だしやらされてる感はあるけど、しょうがない。
……彩葉が、ね。やってあげますよ。
そして私たちはそれぞれの任務をこなす為、走り出したわけだ。わたしは図書室に、あいつは魔法の具現化を探すために。
走ってみるといかに私がクズなのかが思い知らされる。遠いといっても校舎内の図書室に一向に近づけない。でも、やらねばならぬのだ。カレーを食べるためにね。
みんなを眠らせたといっても、時間を止めているわけではないからいつかは起きてしまう。みんなが起きる前に封印しなければ、私たちが犯人になるに違いない。
ーー考えるだけで恐ろしい。絶対に回避しないと!
考えながら走っていると、やっと南階段までやってくることができた。図書室はもう目と鼻の先。
「はぁ…、やっとついた…。しぬ…」
四階からかけ下がってきたとは思えないほど息を切らしながら、図書室の前にある和英辞典を手に取る。"ち"のページを開いて、慣れない手でその言葉を探す。
ああ、普段から辞典を引いていればよかったなぁ…。ちょっと後悔。
「えーっと、どこだ。どこ……、あった!調味料の英訳はseasoning?」
辞典によると、読み方はシーズニング。調味料ってシーズニングって言うんだ。なんか頭が良くなった気分だなぁ。こうやって魔法の英訳を調べていけば英語も得意になるんだろうか…。
ーーいやいや、そんなことを考えている場合じゃなくて!調べたら早く戻らなきゃ行けないんだ。
辞典を置いて立ち上がり、来た道を戻るため走り出した。まだ息も整ってないのに走らなければいけないこの理不尽。呪うぜ。
○
私が教室に向かって走っているとき、冬真は配膳室に現れた魔法を食い止めるために動き回っていた。
魔法は人が集まるところを好む傾向にあることと、一年全ての給食に魔法がかかっていたことを踏まえると、人が行ったり来たりしていた配膳室に魔法がいると考えたらしい。
配膳室の中にはコショウの瓶のような形をした魔法がいて、あいつはそれを教室におびき出したらしい。そしてその後はずっと攻撃をかわしながら私を待っていたんだってさ。
あいつはとてつもなく、超人レベルで運動神経がいい。四階から飛び降りて無傷なんだからもはや人間と言えるのかなんなのか。だからもちろん、体力もある。
魔力と体力は密接に関係しているらしい。魔法は使うたびに魔力と体力を消費するそうで、魔法をたくさん使うには魔力も体力も高い必要があるんだと。
あいつは魔法一家に生まれたものの魔力が低く、魔法があまり使えないから魔力を消費しないように運動神経でカバーしてたらしいんだけど。私があまりにも遅かったせいで、逆に魔法を封印する体力さえも消耗してしまったそう。
これはもちろん後から聞いた話。
でも、魔力と体力が関係してるとか全く知らなかったんだけど!なぜ教えないんだあいつは。
ちなみに魔力は高いけど体力が皆無な私も魔法をうまく使えないだとさ。どんだけ私はクズなんだかね……。
「シーズニング!」
教室にたどり着いた私は開口一番に魔法の英訳を叫んだ。教室ではコショウの瓶のようなものの攻撃を華麗にかわす境町……の姿があった。
そいつは攻撃を杖で抑えながら私の方を向き、話しかけてきた。
「おい、遅い!おかげで魔法を封印するための体力……切れただろ」
「……はい?体力が切れただって?」
「ああ…そうさ。だから、彩葉が封印してくんない?」
真顔というか、微妙な顔で言われてしまったから「なに諦めてんだよ」とかをいうことができなかった。
私は至極真面目に走ってきたけど、体力がクソなのはまあ、私が悪いことだし。そいつは私とは比にならないくらい汗もかいてるし息も切れてる。となると、私がしないわけにはーーいかないか。
「わかったよ……!」
私が呪文を唱え杖を取り出した瞬間、境町……は魔法の前から飛び退いて私に封印を促した。
「今だ、彩葉!」
「気が散るから黙って冬真!」
封印の呪文を思い出して、唱える。
「我が杖に従うものよ。我に力を与え、あるべき場所へ身を戻せ。燃え上がる色にその身を染め、解き放て……シーズニング!」
杖が強く光を放ち、瓶はその光に包まれて小さくなってやがて消えた。杖の中に何かが吸い込まれていくような、そんな気がした。
光が治まってくると周りは打って変わって静かになった。私は床に座り込む。
「はぁ……、おわった」
魔法を封印するときの、このちょっとした疲労感は体力を奪われているからなんだろうか。魔力と体力の関係を知ったあとはなんとなく理解できた。
「終わったな…。休んでもいられない。早く机を直して部屋を片付けないとな」
「うへぇ…、休んでもいられないの?疲れたよもう…」
冬真とともに机を直しだし、軽く部屋の片付けをする。給食の確認をすると、いつも通りの色をしたものがちゃんと入っていた。
かなり疲れたけど、美味しいカレーが食べられるならまあ…いっか。
「まだ給食は食べられそうでよかったね!ほんとよかった!」
「……そうだな」
冬真は何か考え事をしながら返事をした。
次第にみんなが起き始め、私は冬真のその態度を訝しく思いつつも給食の準備を手伝っていた。
未来の無事ももちろん確認した。誰一人怪我をしてる人はいないけど、みんな頭を傾げていた。寝てたのがそんなに気になるのかな。わかんないけど。
と考えていたときーーふと、気づいた。勢いに任せて、「冬真」と呼んでいたことに。
……なんだ。私が気にしすぎてただけで、呼べるんじゃん。考えすぎだったんだ。
私は頬が緩んでいたのに気づかず、再び給食の皿を運び出した。
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