第八話 物体移動魔法

 物体移動魔法。それは、物体を手を使わずに移動させることができる魔法だ。物体というのには意識があるものは含まれないらしく、大抵は重い荷物を手を使わず持ち上げるなどの用途で使われるらしい。

 でも…、そんなに便利な魔法でも暴走し具現化するとかなり厄介になるそうで。


「あれ、見えないか?なんかものすごく高速で物が動いてるの。どんな物なのかはさすがに見えないけど、多分あの物体に魔法が取り付いて動いてるんだ」


 言われて、私は遥か下にある地面を見る。さすがにちょっと怖いけど、我慢我慢。

 視力には自信がある方なので対象物は見える。見えることは見える。でも……ちょっと意味がわからない。


「あれを捕まえて封印の呪文を唱えれば封印できるはずだ。お前もここに来たってことは、封印するってことだよな」

「まあ、そうだったけど。だけど……」

「じゃあ、手分けして……なんとか捕まえるか」

「いや、ちょっと待て!」


 境町冬真は完全にスルーしているけど、一番大事なことをこいつは説明していない。

 あまりにも自分が超人すぎて常識がわかっていないのか、肝心なことを忘れるアホなのか。どちらにせよ、私は君について行けるほどすごい人間じゃないんだって。


「どうやって、捕まえる気?」

「……どうやってって、そんなの決まってるだろ。魔法の気を気合いで感じるんだよ」

「ーー頭大丈夫?」


 さも当たり前のように境町は言い放った。やっぱり魔法=常識の人は頭から違うのだろうか。


「気合い…?何馬鹿なこと言ってんの?んな気合い私にはねえからな。もっと物理的に可能な話をしろよ!」


 何を隠そう、私は運動神経が壊滅的で足も遅ければ、マット運動に跳び箱、球技にリレー、何もかも全て下手くそなのです。境町並みに動くどころか、ついていくこともおそらくできないでしょうね。


「はぁ?そんなんでお前本当に役に立つのか?」


 深くため息をつきながらジッと呆れた顔で私を見るそいつ。ーー何様なんだこいつは。手伝ってもらっている分際で役に立つだのなんだの。何がイケメンだ。性格クズのクズ野郎じゃないか。


「まあ、いいや。とりあえず下に降りて、魔法の下見をしないと始まらないな。このことがいつあそこにいる人たちにバレるかわからないし」


 境町は自分勝手に話を進めて自分勝手に地面へと降りていく。とりあえずついていくが……怒る気も湧いてこないほど自己中な野郎に、私はほとほと呆れていた。

 かなり高いところで飛んでいた私たちはビルの陰に隠れながら地面に着地した。ビルとビルの間から魔法があるらしい場所を覗く。

 地面に降りたはいいものの、さっきまで高速で動いていた対象物は今は動いていないらしく、発見できなくなってしまったらしい。


「これは、どうするべきかな。人の目線を魔法から逸らして、魔法を捕まえて封印なんてどうやればできるのか…」


 ブツブツと独り言を言う境町。要はつまり、片方が魔法を封印してもう片方が人の目を集める役をすればいいということ。

 でもそんなことよりも、もっと簡単な方法がある気がするのだが。


「睡眠…欲魔法?だっけ。それ使ってみんな眠らせちゃえばいいんじゃないの?」

「そりゃあそれができれば楽だけど。俺はもってのほか、魔力が高いお前でもこの大人数に魔法をかけるのはかなり辛いと思うよ」

「あっそ……。じゃあどーしろっていうの」

「だからそれを考えてるんだよ」


 ああ、じれったい。ここでジッと見ていたって状況が変わるわけないのに。

 そう、こいつは絶対に慎重すぎるんだ。慎重すぎるから、私の重荷になるんだよ。魔法だろうが何だろうが中学生なんだから、もっと学生らしく猪突猛進になってみればいいのに。

 私はそんな、優柔不断な人を見ているとイライラしてくる。我慢できなくなって、声をあげた。



「もう、お前に任せてたら埒が明かない!うじうじしてないで、突入するしかないでしょ!」


 街灯の光を遮っていた暗く細いビルの間から、境町の腕を掴んで飛び出した。一歩踏み出した瞬間、光はまるでスポットライトのように私たちを照らした。

 大人しく私に腕を掴まれている境町は、私につられて数歩歩いたあと手を振りほどいてきた。


「おま、な…なに勝手なことしてんだよ!明らかな子どもがこんなとこにいたら警察に捕まるだろ!」

「んなわけないでしょ。それに、考えてたって何も始まりやしないんだよ」


 境町は口をへの字に曲げながらも、それを否定はしなかった。

 でも確かに、ずっとここにいるのは危険かもしれない。先生が言っていたけど、子どもが夜出歩いていたら補導されるらしいし。補導されたらお母さんに連絡がいく。そんなことになればTHE ENDである。


「でも…、魔法が今どこにあるかわからないと厳しいな」

「ブレスレットで場所は探せないの?」

「これ以上光が強くなることはないから、それは無理だ。だから、もう一回物が動いてくれないと……」


 境町がボソッと呟いた。

 その一瞬、私たちの目の前を何かが通った。小さな風を起こし、髪の毛を揺らす。その行方は人の間に紛れ込んでいった。目に見えるか見えないか、そんな速さの物体が高速で駆け抜けていったんだ。

 驚いて、しばらく言葉が出なかった。


「あ…れは」


 境町の声が聞こえてハッと気がつく。そして、そいつと目を合わせて叫んだ。


「魔法だ」

「そうだ、あれが魔法だ!」




 魔法が消えていった方向に走り出した。疎らな人ごみを避けながら必死に走っていくと、宙に浮く物体を発見した。まるで私たちを待ち構えていたかのようだ。そして、嘲笑うかのように再び動き出す。


「おいまて、この…逃げるなっ!」

「ちょ、いや、君が待て……」


 たった50mを全力疾走しただけで息が切れる私を置いて境町も走り去っていく。その姿を見失わないように頑張って後をつけるが、控えめにいって…死にそうだ。

 浮かぶ物体に気づいているかはわからないが、鬼ごっこをしている私たちは流石に目立っているようで、チラチラと怪訝そうな目で見られる。結構きついな、これ。

 それにしても…おい待てよコラ。待ってくれてもいいだろ。あー、もう見えなくなっちゃった。


「はぁ……もーなんなの!」


 姿を見失ってしまった。やる気をなくし、ベンチに座り込む。あんなに目立つのを嫌がっていたくせに、魔法のこととなると周りが見えなくなるようで。どんだけ魔法が好きなんだか。


「私はどーせ役立たずですよー…」


 言ってて悲しくなってくる。でも、そう思わざるを得ないじゃないか?

 しばらく俯いていると、誰かが近づいてきて肩を叩いてきた。顔を上げると、案の定そこには境町冬真が。若干息が切れているようだ。


「お前…何休んでんだよ」

「…違うし。君が先に行っちゃうから追いかけれなかっただけだから」

「そういやお前足遅いのか。全然気づいてなかったわ」

「ーーあっそ」


 たかが会話にまで喧嘩腰になる。なんか馬鹿みたいだな…と思いながら目をそらす。境町はあまり気にしていない様子で、服に付いた汚れを叩きながら落としている。

 咳払いをしたあと、真面目な顔に戻って本題を話しだした。


「…で、圧力魔法の捕まえ方がわかったんだ。あの魔法はどうやらこの人混みをぐるぐる回っているらしい。回るたびに乗り移る物体を替えて」

「へぇ…。でも、魔法を封印するの人に見られちゃいけないんだよね?」

「もちろん。でも、魔法の動きがわかればこっちのものさ。待ち伏せして、タイミングよく呪文を唱えるだけでいいんだからな」


 わたしの問いから微妙に外れた返事をされる。結局、人に見られる見られないの話はどうなったのか。


「俺は人の目を集められる。時間は多分10分くらい。俺が目線を自分に集めてる間に、お前が魔法を封印すればいいんだよ」


 境町は簡易的に組み立てられた野外ステージを指差す。おそらく明日何かのイベントが行われるのだろう、そのステージの周りには街灯が多く、遠くから見てもそれなりに目立つ場所だ。

 けれども全ての人の目を集めるなんて、普通の人にできるわけがない。境町はかなり超人で人間から外れているとは思うが、それでもそんなことできるんだろうか。



「でも…それ本当に大丈夫なの?君に任せていいわけ?そりゃあ、私には特技とか何もないけどさぁ…」


 私が信用せずに聞くと、境町は突然話を切り替えてしかめっ面で私を見た。


「お前は俺のことを疑ってばかりだな。確かに互いに第一印象は悪かったかもしれないけど、仮にも仲間なんだしもう少し信用しろよ」

「いや、別に疑ってるわけじゃ……」


 言葉ではそう返しながらも、かなり図星だった。

 そもそも私は人と話せる方だし、友達もそれなりに多いはず。なのに、どうしてこの境町冬真にだけは優しくできないんだろう。

 ぶっちゃけ無理もないと思うんだけど。でも、確かにいい加減喧嘩腰の会話は飽きてきた。


「……じゃあ、こうしよう。今魔法をちゃんと封印してお互いの役目を果たしたら、仲間としてやっていこう。それで、いいよね?」

「…わかった。俺は人の目を集める役、お前は魔法を封印する役だな」


 ひとまず、こいつの言うことを信じて背中を託してみるとしよう。

 仲間って言われると気恥ずかしくて、でも確かに仲間だし。


 私は規則正しくぐるぐる回る物体移動魔法をタイミングよく封印する。リズム感はそれなりにある方だ。やってやろうじゃないか。

 対する境町は、ステージでパフォーマンスを行うんだとか。あいつのアクロバットはきっと凄いんだろうな。


 ーーさて、魔法のお仕事、いっちょ始めるとしますか。


  ○


 境町が静かにステージに上る。ほのかに照らされるステージの上ではあいつ自身も光っているように見えた。

 最初はどこぞの中坊のガキがまたバカな遊びをしている、と大人たちも無関心だったが、境町が突然大きな声で


「ここにいる全ての人よ、俺を見ろ!」


 と叫んだら、いつのまにか全ての人の視線が境町に集まっていた。

 倒立、側転、バク転、バク宙はさも当たり前、あれは…ロンダート?空中で体をひねってる?

 …え、どんなマジック?いや、魔法か。だとしても、こんなことできる境町は人間じゃなく、運動神経神がかり星の王子だ。こんなのが中一だなんて信じられない。


 それに、なんだか境町から目が離せない。無関心だった大人たちもワッと歓声を上げ、拍手で溢れるこの空間。とても居心地が悪いのに、境町から目を離したくない、ずっと見ていたいーーそんな気持ちになってしまう。

 ーー待て待て。境町をみているひまじゃないだろ、彩葉。私には私の役目があるんだ。


『10分、それだけ稼ぐ。その間にお前は絶対に魔法を封印しろ。その間は何をしても構わないから』


 10分……たったそれだけの時間しかない。

 左手首を空にかざす。月の光が赤いブレスレットに反射してキラキラ光っていた。

 すうっと息を吸って、ブレスレットを見つめながら私は声高らかに叫んだ。


「スタート、レッドワンド!」


 呪文を唱えると、ブレスレットは眩しい光に包まれて、杖へと形を変えた。

 封印の呪文は何度も声に出して覚えたからちゃんと頭に残っている。準備は万端。あとは、回る魔法が私のところに来るタイミングさえわかれば封印することができる。


「…ま、それが一番難しいんだけどね……」


 杖を両手に持ち替えて目の前で構える。

 ひとまず様子見だ。魔法はさっき通ったから、もうすぐ戻ってくるはず。そこから時間を計って封印しよう。

 時間を正確に計れたらよかったけど、あいにく時計は持ち合わせていない。感覚でやるしかない。


 ジッと右前を見る。魔法は時計回りに回っているから、こっちから現れるはずだ。見逃さないようにしないと。

 さっき見たときすごい速かったし、呪文を唱える時間も計算しないといけないのがかなり面倒だなぁ…。


 なんて考えていると、人間ではない動く物体が人混みの先に見えた。もう直ぐこっちに来る。よし、曲がったぞ。

 魔法はやはり、かなり速いスピードだ。わたしの目の前をもうすぐ通過する。すぐだ、そこからカウントを始める。


 早く、もっと速くこっちにきて。

 早く、早く、早く!


 ーーきた!


「1、2、3...」


 ゆっくりと、確実にカウントを始めた。しかし一瞬の気の緩む時間もなく魔法は私の前を通り過ぎてしまった。

 多分、5秒だ。

 魔法があそこの角からこっちにくるまで5秒。視力とリズム感が狂っていなければ、だけど。もう自分を信じるしかない。こうしてる間にも二週目の魔法がやってくるんだし。


 封印の呪文も今すぐ言い始めないと間に合わないだろう。……よし。



「我が杖に従うものよ。我に力を与え、在るべき場所へ身を戻せ」


 魔法が角に見え始めた。


「燃え上がる色にその身を染め」


 魔法がもうすぐやってくる……。

 ーー今だ。


「解き放て、ムービングオブジェクト!」




 呪文を言い終わり、杖を目の前へとかざした。目に見据える先には確かに魔法がかかった物体が宙に浮いていた。

 物体がふわっと少し上がったかと思えば、魔法が発生した時と同じくらい眩しい光が物体を包み込んだ。

 たまらず目を瞑り、光がなくなったのを確認したあと目を開いてみるともうそこには物体は存在していなかった。その代わり、わずかな重みを杖に感じたのだ。


「……成功した…よね?封印出来た、ってことなんだよね…?」


 杖を握り締めながら自問自答する。もちろん答えは返ってこない。

 それよりも境町はどうなったんだろう。もうすぐ10分が経過するようだけど、体力は持ったんだろうか。

 目をステージの方に向ける。そこには何かの決めポーズをした後、ステージ上に糸が抜けたように倒れ込んだ境町の姿が見えた。一方境町のアクロバットを見ていた人たちは「一体何をしていたんだ」と言わんばかりの顔で頭を傾げていたが、すぐに元どおり歩いていった。


 ステージのほうに走っていく。仰向けになって息を切らしている境町に駆け寄った。


「……大丈夫?魔法の封印は終わったけど」

「あぁ…、そっか。終わった…のか。俺は休めば…なんてことない」


 息を整えながら上半身を起こした境町に手を貸して、服の汚れを払った。

 ここで突っ立っていてもしょうがないので、とりあえず歩き出す。歩いている最中はチラチラと周りの人に見られたものの、そこまで注目はされていないようだった。

 さっきまでいたビルの陰に戻ってきたあたりで、私は境町に問いただす。


「…で、まず聞きたいんだけどさ」

「なにを?」

「なにをって、君が押しくるめたアレのことだよ。なんで人の目集められたのかって話!まさか、自分のパフォーマンスに自信があったからとか言わないよね?」


 そう言うと境町は「ああ」といって、左手につけている青いブレスレットを見ながら説明しだした。


「魔法、衆人環視魔法だよ。衆人環視ってのは大勢の人が周りを取り囲むように見る…って意味らしい。つまり、この魔法で人の目を集められるってこと」

「魔法って……いつ封印したの?私が魔法を知る前にしてたってこと?」

「睡眠欲魔法を封印したあとすぐだ。確かにお前には…言ってなかったな」


 当たり前と言えば当たり前だけど、なんとも拍子抜けな種明かしにとたんに笑いがこみ上げてきた。

 いきなり笑い出した私をギョッとした目で見る境町に、腹を抱えながら言った。


「もー…、それをさ、言えばいいだけの話じゃん?言ってくれたら信用するってーの!」


 そうしたらポカーンとしてた境町も次第に笑い出した。ただただ二人して笑い、何がおかしいのかもわからないまましばらく笑い続けた。


 少しして落ち着いて話をする。境町は涙目になった目をこすりながら私との会話を再開させた。


「本当に、まさしくその通りだな。俺、お前のこと話も聞かない分かり合えないやつだって……決めつけてたんだな」

「まぁ、無理もないけどね。私も未だに君のことはよくわからないし、魔法についてもわかんないことだらけだし」


 私は魔法を封印する前に、こいつと交わした約束について思い出していた。

 ものすごく気恥ずかしいけど、魔法に関わるのが楽しいと感じた時点で約束を果たすしかなくなったわけで。

 わざとらしく咳払いをして、話を切り出した。


「……約束。守んなきゃいけないんでしょ。いいよ、仲間だって認めてやろうじゃないか」

「…俺も、異論はない。やるしかないし、思ってたよりもまあ…なんとかなる気がするよ」


 口元に笑みを浮かべる。

 ……やっぱりかなり恥ずかしい。

 でも、いがみ合っているよりは、笑いあっている方が何倍も良い。なんだかいけ好かないやつだけど、もう少し仲良く……なってみたい、かも。




 その後、私たちは魔法の杖に乗って各自家へと帰った。途中まで同じ方向だったので魔法について少し聞きながら空を飛んでいた。


 魔法の封印の呪文には"魔法の英訳"が必要なこと。

 忘却魔法さえあればいろんな事態に対処できるらしいこと。


 他にも知りたいことはたくさんあるのだけど、今日は夜が遅いし明後日はテストなのでさっさと家に帰宅した。


「じゃあ、これからよろしく………彩葉」

「……うん、よろしく。と…冬真、また明日な!」


 半分投げ捨てのような感じで名前を呼んで、振り返らずに家に着くと疲れからかすぐに寝てしまった。

 明日の朝寝坊することは、この時はまだ気づいてないなかった。

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