第七話 運命が廻り出す気配

 まず、私のこの状況を説明しよう。

 もうすぐ日にちが変わる午前0時前、それなりに人が集まっている市の中心部も人がまばらになっていく時間帯である。私が住んでいる場所だったらもはや真っ暗闇だ。

 この北海道の夏は短く訪れも遅い。やっと7月に入ったくらいでは、まだまだ夜にTシャツ一枚は自殺行為と言える。ーーそんな空に浮かぶ私。


「あれ、見えるだろ。あれが魔法、物体移動魔法」

「はいはい見えますね、なに、それを捕まえろと?」

「簡潔的にいえばそういうこと」

「はいはいそうですかーーなんて言うとでも思ったか。馬鹿か!」


 私が境町冬真と出会ってからーー魔法と出会ってから10日ほどが過ぎた。かといって私の生活が変わったというわけではない。初日こそ大変な思いをしたものだが、それからは特にこれといったことはなく。

 境町も未来も魔法のことを話題にしてこないし、あんなに変人な境町もぱっと見普通の中一に見えるし、まるで狐に包まれたみたいな変な気分だ。

 しかし……そんな状況が長く続くわけはなかったのである。


  ○


 それは、体力テストが終わり、期末テストが迫りつつある今日の話。魔法の杖が変化した魔法のブレスレットをいかに隠しながら身につけるか、授業中も放課後もそのことばかり考えていた。

 魔法のことは絶対秘密。

 未来にバレた時点で絶対ではないのだが、それでも一応他人には秘密だ。だから、せっかく手に入れた空を飛べる杖も、境町の「見つかったら魔女狩りされると思え」という脅し文句のせいで全然使えないし。あの、初めて魔法に遭遇した日以来使ったことは一度もない。

 正直に言えば、わたしは魔法を使いたい。日常生活に関わるまでとは言わないけど、たまに空を飛ぶことくらい魔法使いとして許される行為だと思う。

 未来じゃあるまいし、そんな簡単に見つかるわけないのに。魔法の番人だか魔法の家だか知らないが、慎重になりすぎだ絶対に。

 でもまあつまり、そのくらい慎重な魔法のことをブレスレットごときで周りにバレるなんて一番最悪だから、私は頭をひねって隠す方法を考えていたというわけだ。


「はぁ…つまんないなぁ」


 私は大好きなアニメのような、活躍できる魔法少女に憧れていたはずなのに。ちっとも楽しくない。

 先生がもうすぐ始まる体育祭の練習について話しているのを頭の片隅で聞きながら、隣の席でかなり真剣にその話を聞いている境町冬真を横目で見つめる。考えてみると、ファンタジーな世界の住人とも言えるこいつが、平凡で地味なこの教室にいること自体が面白く思えてくる。

 この緩い空気をどうにかしたいとは思っているのだが。そんな状況でも私は二日後にせまるテストの勉強をしなきゃならない……学生なんてクソ喰らえだ。



 その後いつの間にか寝ていた私は、授業が終わった後に授業内容を未来に伝えてもらった。しばらくしてやってきた友人の仁奈になと話し始める頃には話が変わって、私の運動神経の話になっていた。


「いっちゃんって短距離走も長距離走も苦手だよね〜。体育祭の種目って走るやつ多いのに、めっちゃ大変じゃない?」

「そうなんだよ!なんか昔からどう頑張っても足速くなんなくてさぁ。未来なんかこのあいだの50m走でクラス三位になってたのにね。ここまでくると逆に笑えてくるっていうか」


 わたしが溜息をつきながら言うと、未来はやれやれと笑いながら話す。


「だってわたしはちゃんと、キツイ部活にも耐えて毎日運動してるんだからね?彩葉とはそこが違うんだよねぇ」

「運動部じゃないからって、料理部をなめるなよ。熱い火と格闘してるんだからな!」

「全く運動になってないけどねぇ、あはは」


 ……相変わらず容赦ない毒舌だ。いつものことだけど、未来はどんな時でも笑顔を絶やさない代わりに私以上に毒舌なのだ。

 そんな未来を軽くあしらっていると、仁奈が「そーいえば、」と話を切り出してきた。


「さっき先生も言ってたけど、借り者競争って何だか素敵だよね〜っ!ペアの人が冬真くん見たいなイケメンだったらいいのに!」

「わたしはあまりそういうのは興味ないけど……、境町くんとはなりたくないかなぁ」


 ーー借り物競争?ペア?

 何のことを言っているのかさっぱりわからなかった。さっきの授業で先生から何か説明があったのか。


「何の話……?借り物競争ってそんなに楽しい競技だったっけ?」

「……ああ、いっちゃんさっき寝てたんだもんね。あのね、ニナはお兄ちゃんから聞いてたんだけど、この学校って物じゃない、人の方の"者"を借りる、借り者競争があるんだって」

「借り者競争〜?なにそのショボそうな競技は」

「ショボくなんてないんだから!」


 仁奈によると、我が中学校に古くから伝わる伝説のジンクス(とても胡散臭い)というものがあるらしい。

 借り者競争は各学年ごとに全員が参加する。一年生はおよそ180人いるのだが、その180人を適当に六分割して、それぞれのグループで競争が行われるらしい。30人のうち男子と女子に分かれて本番でくじを引き、ペアとなった人とともにお題の人物を観客席から見つけて制限時間以内に戻って来ることができれば点数加算、というものなのだそう。


「なんかね、この学校ずっと昔は男女仲がすごく悪かったらしいよ。そこで当時の校長が仲を良くするためにこの競技を作ったんだって」

「案外まともな理由で作られたんだなぁ。ーーで、ジンクスって?まあ何と無く想像できるけど……」

「多分彩葉の想像通りのジンクスだよ。全学年ひっくるめて、一番早くゴールした二人は"すごーくすてきなカップル"になるんだって」


 ーー想像してたのと大差ない。

 棒読みでとても興味がなさそうに説明した未来とは対照的に、仁奈は一人で妄想にふけっているようだった。


 まあ、ありがちなジンクスだ。乙女な奴らはこういうのに夢見たりもするのだろう。

 でも、冷静になって考えてみればわかる。

 確かにペアの人が自分の好きな人だったり付き合ってる人だったり、もしくはイケメンだったりしたらとても嬉しいだろうけど。世の中イケメンばかりじゃない。顔が残念だったり性格が残念だったり、見るからに不清潔な輩も存在するのだぞ。

 それはもちろん女子にも言えることだけど……。私はどんなにイケメンだとしてもジンクスを信じる気も、ときめく気持ちも生まれないけどね。


「仁奈には悪いけど、まーったく興味ない!」

「いっちゃんならそういうと思ったよ…。もう、理解できないな。もしかしたら運命の出会いが待っているかもしれないのに!」

「じゃあ仁奈はペアの奴が山本みたいに超子供っぽい下品なやつでも運命って言えるわけ?」

「……そ、それとこれとは…別だから」

「ほらぁ、図星じゃん!」


 仁奈が毛嫌いしている、小学校からの知り合いの山本はそこらへんにいそうな頭の悪い男子で、成績はもちろんのこと言動もかなりアホな奴だ。

 仁奈は山本について言われると返せなくなる。…それだけ嫌われている山本にむしろ敬礼を送りたい。



 仁奈が不満そうな顔で文句をつぶやきはじめたので、私は一人自分の席に戻った。次の授業の準備をしていると隣の席で分厚い本を読んでいる境町の肩にぶつかった。

 ーーおいおい、なんだその広辞苑みたいな本は…。


「ああ…当たった?ごめん」

「いや、いいけど、それよりさ…」


 私がその広辞苑(仮)に気を取られていると、境町がニヤッと笑いながらぼそっとつぶやいた。


「口の悪いお前とペアになるやつは大変だな」


 こいつ、私たちの話に聞き耳を立てていたのか。

 ……イラッ


「ただでさえ面倒なキャラ持ってるくせにクソ野郎なお前とはならないから安心しろ」


 私たちはおそらく似た者同士なのだろうと思わざるを得ない、境町はそんな奴であった。




 その後の話。

 学校が終わり部活も終わって、いつも通り帰宅したのがおよそ6時だった。

 借り者競争の話を弟の瑞希に愚痴り、飯を食べ、ゲームをし始める。いつもとなにも変わりはない。

 やっていたゲームが対戦式だったので瑞希を誘って対戦をし始める。もちろん私が勝つ。そして勝者にはお母さんが切った梨が与えられるのだ。

 ジッとこっちを見て来る瑞希を無視しながら梨を食べていると、「ねえ」と声をかけてきた。まだ拗ねているのか、と無視したらどうやらそうではないようで、人差し指で私の手首を指してきた。


「それ…いつ買ったの?学校に持って行くなんて…、いっつも無駄に校則気にしてるくせに、なんで?」

「は?なんの話?」

「だから、そのブレスレットだよ。この間はつけてなかったでしょ。未来ちゃんとお揃いでも買ったの?」


 瑞希に指摘されたのは案の定、魔法のブレスレットだった。半袖だと言うのもあるだろうけど、やっぱりかなり目立つんだ。

 はあ…どうしたものかな。


「いや、そんなんじゃないけどさ…。これ目立つよね」

「もちろん。そんな真っ赤なデザイン目立たない方がおかしいって!」

「そりゃそっか…」


 今日何回目かのため息をつきながら頭を悩ませる。思いつかないのだ、ブレスレットを身につけ、かつ人にバレない方法が。私には閃き力が無いのか…知ってたけど。

 もし先生に見つかれば没収間違いなしだし、おまけに境町まで見つかってしまえば、ただでさえ変な噂を立てられたのにまた変なことになるに違いない。

 それはーー死んでもいやだ。

 なんとかしないと……お揃いだけは回避しないと……!


「瑞希、梨もういらないからあげるわ」

「……え!?姉ちゃんが?珍しいこともあるんだね〜。じゃあ、遠慮なくいただきます」


 美味しい梨よりも、今すぐに部屋に戻りたくなった私は梨を置いて自室へと戻った。

 さっき指摘されたことや、今までのことを振り返ってわたしは大きなため息をつく。


「まじめんどい…。なんでこんなことになってるんだろうなぁ……」


 ベッドに沈み込みながら、今までずっと考えて来なかった言葉が浮かぶ。

 何だかんだいって、私は魔法使いになることを楽しみにしていたしワクワクしていたんだ。なのに、想像よりも楽しくないし面倒だし。ーー引き受けるんじゃなかった、と思ってしまうよ。


「別に、私はただ協力してるだけなんだし。いつ辞めたっていいわけだし……」


 モヤモヤとした、妙な罪悪感と気怠さが混ざり合った何かが私の中を消えようとしない。もう一度深いため息をつく。目を瞑って大きく口を開けて深呼吸をする。

 こうしていてもどうしようがない。今は何も考えず、とりあえず寝よう。寝れば大体のことは忘れられるんだし。


 部屋の電気を消し、明日の時間割を確認してから枕元に目覚ましを5個くらい置いて布団をかぶった。


 ーーその時だった。


 真っ暗な部屋に、赤い光が突然現れた。ぼんやりと部屋を照らしチカチカと光るその光。下を向くと眩しくてたまらない。

 つまりそれは、ブレスレットから発せられていた。魔法が現れた印というわけだ。


「……え、嘘でしょ。本当に魔法が出たってわけ?まじで?」


 突然の出来事に追いつかない頭。

 魔法が現れた。どこかに……。


「……でも、べつに、境町がきっと勝手に封印するし。あの超人に任せておけば私なんて出る幕ないはず…」


 やっと出てきた言葉はそんな言葉だった。私らしくない、責任転嫁の言葉。またも私は魔法に悩まされるのか、と嫌になったのは事実だった。

 でも、さすがにそれはーー人として、あいつの知り合いとして、ひどい行為だと思う。

 面倒だし、行きたくない。寒いだろうし眠いのに。

 ーーでも、行くっきゃないでしょ。


「仕方ない!行くとしますか」


 さっきと打って変わって高鳴っている胸と、自然とにやける笑顔。…悩む必要もなく、私は単純な人間だったようだ。


 パジャマから外に出られる格好に着替え、部屋の窓に手をかける。窓を開けると、冷たい風が私の髪をすり抜けた。上着を着て、自分自身に言い聞かせるように魔法の呪文を叫ぶ。


「スタート!レッドワンド!リード!飛行魔法!」


 ふわっと体が浮き上がり、私は真っ暗な空の中を飛んで行く。

 悪くない。むしろ楽しい。やっぱり、楽しい。単純だとかそんなことはわかってるけど、楽しいものは楽しい。悩みが消えたわけではないけど、少なくとも境町の元に行く意味はありそうだ。




「よし…行くぞ!」


 杖の光を頼りに魔法の場所を探していく。光が強くなってそれ以上強くならなくなったとき、おそらく魔法が近くにいることになる。出来る限り魔法に近づいていこう。

 そうやって見つけた強い光の先。

 一瞬目が眩んで強く目を閉じ、再び開いたとき。あいつはいつの間にか私の目の前にいた。


「……よう、来たんだな」

「そう、来てやったのさ」


 暗闇の中で目があった。

 境町冬真の、仲間を見つけてホッとしたような目を見てしまった私の中から、"魔法使いをやめる"という選択肢はいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。

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