第六話 後ろめたさがつきまとう

「へぇ…、そういうこと」


 無言が辛くなった私はどうしようもなくなって、さっきまでのことを未来に説明した。そのうち境町を状況を理解し始めて、だんだん顔が真っ青になっていく。

 私も他人事とはいえ、どこか後ろめたい。


「二人とも、顔色悪くなるくらい言いたくなかったの?」

「…そりゃあ」

「そうなんだぁ、それは悪いことしちゃったかな?でも、おかげですごく面白いことが聞けた気がするよ。ありがとう、境町くん」

「…はい」


 この居心地の悪さの中で状況を楽しめる未来は嫌味ったらしい。抑えようとする気もないニヤニヤが、だんだん私たちをイラつかせていく。

 境町のほうは頭を抱えるが、どうしようもないと気づいて諦めをつけたらしい。しどろもどろではあるが、他言無用だとキツく言いつけていた。

 未来はーー周りにはバラさないのは保障できる。でも、ねちっこくいじってくるに違いない。ある意味とてもタチが悪いやつに当たってしまった。


「うん、もちろん言わないよ。でも、二人がわたしに頼み事するんだから、わたしも頼み事していいよねぇ?」

「…未来さあ、ほんとタチ悪いから…」

「そんなんじゃないよ、もっと喜んでくれてもいいんだよ?わたし、二人の手伝いがしたいだけだよ」


 目を細めながら、手伝いをするなどと抜かす未来。どこまで自己中なのか、それとも本当に手伝いをする気なのか。

 未来が真面目にやるなんて思えないし、きっとわたしの想像を超えた行動に出るはず…。


「つまり、境町くんは魔法を探してるんでしょう?もしかしたら何か、手伝えることあるかもしれないし。何より、得体の知れないあなたと彩葉を二人きりにさせたくないの、わかってくれるよね」


 もう一度。

 未来はわたしの想像を超える。


「な、なにを…あほな…」

「わたしがあほかどうかはわたしが決める。だって、わたし境町くんのこと信用してないからねぇ」

「ちょ、未来。ドストレートに言い過ぎだし、そんな二人きりとかどうでもいいし…」


 静かに暴走し始めた未来をなだめようとはするけど、こうなったらもう無理だ。こういうことは今までにも沢山あった。昔からの友達はもう公認しているほど。


「いいよね?」


 有無を言わせず、圧力をかける未来はもはやあっぱれである。あと、なんだかさっきの私とデジャブを感じます。


「…はい」


 どうやら意外と圧力に弱いらしい境町。せっかくの顔だけイケメンが台無しだ。



 気まずい空気はだんだん緩和されていくが、突っ立っていてもしょうがないので家に向かって歩きだすことにした。

 私は未来に「なんでこうも簡単に魔法を信じたのか」と聞いた。彼女は当たり前だと言わんばかりに「彩葉は嘘がつけないから、信用してるんだよ」と笑って返したが、私にはどうにも納得できない話だった。

 私はまだ頭の整理がついていないのに、結局は切り替えられている未来が羨ましく恐ろしい。というか、普通なら混乱するはずなのに未来の図太い神経は凄いと改めて実感させられる。

 もちろん、尊敬はしていない。


  ○


「はぁ〜…」


 帰宅して部屋に入ると同時にベッドに飛び込んだ。たった一日ぶりなのに懐かしく感じるのは昨日や今日が濃すぎたからだろうか。

 頭の中は悶々と何かが駆け巡っている。悩みというか不安というか、未知への恐れと期待ってやつなのか。

 …確か、魔法は探し集めることで沢山使えるようになり、その魔法は一つの杖にしか封印できない。つまり、あの青い杖に入った圧力魔法はもう私のものにはならないってこと。

 残りの三つの杖はどうするのかというと、まあいつか見つかるだろうという楽観的なものらしい。それでいいのか、君は。私はさっさと終わらせたいのだよ。

 でもまあ、世のアニメには世界を守る伝説の戦士になる女子中学生だっているんだ。世界を守るわけじゃないし、まだ簡単なだけ楽なのかもしれない。


 ーーうん、うん。そう思ったら気が晴れてきた。どうせなら珍しいこの機会を楽しもうではないか。


「よし!明日の準備をするとしますか!」


 自分自身に喝を入れるように大きめの声で言葉を放つ。宿題もあることだし、明日からも普通に学校はあるのだから。

 ーでもそういえば、確か明日は何かイベントがあったような。

 重く感じる体を起こして時間割を確認すると、明日は体力テストの予定だとわかった。

 そう、50m走10秒であり、かなりの運動音痴で体力がない私が醜態を晒す日。特にシャトルランは、クラスでサボるやつを除いて最下位以外になったことがない。他の人に勝てるのは努力だけだろう。


 …このやるせない気持ちをどうにかするべく、お母さんに愚痴を言うために部屋から出ようとすると、わたしがドアノブに手をかける前にドアがゆっくりと開いた。ドアの先にいたのは、疲れ果てた顔をしている弟ーー瑞希(みずき)だった。


「姉ちゃん…あのさ、ちょっとこの調理実習の宿題が意味わからないから教えてーー」

「瑞希!」

「え…なに?」


 何かを言おうとした瑞希を遮り、肩を掴み、大きく揺さぶった。作戦変更だ、愚痴相手は母ではなく弟にしよう。

 迷惑そうな顔はしているが、揺さぶられても成されるがままの瑞希はかなり良い奴だ、と姉ながら思う。空気が読めず天然で思ったことをすぐ口に出すところはあるものの、友達だって多い。モテる…という噂は聞いたことないけど。


「なんと明日、体力テストがあります。最悪です」

「……へえ…、頑張ってね。まあ体力ない姉ちゃんでも中学生になったんだから少しはマシになってるはずだよ」

「……うっせ」


 これが悪気のない言葉だというのだから、天然は恐ろしい。その悪癖を治してほしいけど、まあそれはおいといて。


「未来ちゃんとか龍兄ちゃんとトレーニングでもすれば?なんなら僕も付き合うからさ!…ま、やらないよね」

「もちろん、さすがわかってる!」


 一歳違いの小六の弟、瑞希。

 なぜか私のことを私以上知っている未来に続いて、私のことをよく知る人物と言える。怠け癖があり嫌いなことに関してはとことん向上心がない私の心をよくわかっている。

 顔も背丈もかなり似ているらしい(友人談)が、なぜか運動神経だけは似なかった。あの境町よりはないだろうけど、瑞希はそこそこ運動できる。


 物思いにふけって瑞希を放ったらかしにしていると、痺れを切らして瑞希のほうが声をかけてきた。


「…で、僕の話して良い?」

「ああ、どうぞ。調理実習がなんちゃらね」


 部屋にあるベッドに座り、瑞希を立たせたまま話を聞き始めた。

 そのあと、私は瑞希の、期限が明日の調理実習の宿題をやらされる羽目となる。もう9割くらいは私が作ったし、もはや私の作品になってしまったけども。



 そうして朝になった。

 久しぶりに目覚まし時計なしでパッチリ目が覚めて、二階から一階へと降りていく。おそらく今日も目玉焼きに白米と味噌汁だろう、朝ごはんの匂いが漂う。

 その匂いにつられるようにリビングに入ると、黒いランドセルを背負ったみずきが呆れ顔で私を見つめてきた。意味がわからずスルーすると、その先には少し機嫌が悪いお母さんが待ち構えていた。

 その目は笑っていないが、私はどんなに振り返っても悪いことをした記憶がない。寝ぼけていて記憶が飛ぶことはしょっちゅうあるけど、ここまでされるようなことは流石になかった。

 …となると、これはあれだ。


「ちょっとまって、なに?私が早く起きるのがそんなに珍しい?」


 ただの悪ふざけ。

 笑いながら問いかけたものの、返事はない。悪ふざけがすぎる気がする。だんだんイライラしながらそれもまたスルーすると、ガシッと肩を掴まれた。その力は強い。

 嫌な予感が………頭をよぎった。


 ーーそういえば、目覚ましのセットは解除していないのに一向に目覚ましの音が聞こえない。


「彩葉、今何時だと思う?余裕ぶっこいていると遅刻するわよ」

「今は、…7時45分。…やばいな」


 お母さんはいつも通りの表情で、少し低めの声で言った。

 そうか、やっと謎が解けた。私は朝早く目覚めたんじゃなくて、目覚ましが鳴っているのに気づかず、今起きてきたんだ。

 言葉にできないショックと、かなりやばい残り時間に打ちのめされる。ああ、昨日ネットなんかしなきゃよかった。


「姉ちゃん、どんまい。体力テスト頑張ってね」

「……あああ!また瑞希は嫌なことを思い出させやがる…」

「じゃあ、僕は涼助くんが待ってるから行くね。行ってきます!」

「ちょ、スルーするな!」


 さらにさらに追い討ちをかけてくる我が弟。ニヤニヤしながら家から立ち去って行った。ちなみに、これには悪気がある。これを天然でやられたら溜まったもんじゃない。

 しかし、今はそれも構っている時間はないため、お母さんに急かされながら慌てて朝の支度をする私であった。

 チャイム1分前に教室に入れた私は強運の神様が付いているに違いない。ーーいや、反省はしています。直せる自信はないけれど。


  ○


 毎年この時期には体力テストが行われるらしい。それは、近々に迫っている体育祭での種目決めに関わるからだそう。

 中学校に入る前からこの時期には体力テストがあったのだが、この中学校はかなりでかくて綺麗だから体力テストなんて泥っぽいことするわけない!と思っていた。

 そんな入学前の私を殴りたい。なわけなかった。

 体力テストを受けるために体育館に向かう途中、私はため息をつきながら未来と神田と話をしていた。


「やあやあ彩葉。楽しみだねぇ、体力テスト。ね、龍?」

「ほんと、未来の言う通り!高森だって去年よりマシになってるよ!きっと!」

「……傷をえぐるスタイルか?」


 未来と私は幼馴染だが、未来と神田も昔から仲が良く、昔はよく三人+瑞希で遊んだものだ。そんな二人は私の体力テスト嫌いをよく知っている。

 毎年言われるこの台詞には、毎年ショックを受ける。だって体力が上がっているわけないし、むしろ下がってるに違いないし。

 そういう二人はそれなりに運動ができるから私を馬鹿にしてくる。どちらも私より勉強はできないくせに、アホなくせに。


「でも、そういえば……境町くん、すっごい運動できそうだよね」

「え?…俺?」


 体育館に行くためにぞろぞろ歩いていた私たち三人と、男子に囲まれながら少し離れたところで歩いていた境町。神田がいきなり境町に話題を振った。

 そんなこと聞かずともわかるだろう。生身で魔法の怪物と戦える人間なんてそうそういない。というか、よほど自分の体に自信がないと四階から飛び降りたりなんてしないでしょう。


「まあ…うん。得意っちゃあ得意だけど」

「やっぱり!すごいねー、でも俺だって人並み以上にできる自信はあるんだよ!」

「そうなんだ、へえ…」


 境町は目をキョロキョロ動かしながらボソボソとした声で返答する。それに対し神田は腕を組み、満面の笑みでと一人で長々と話し続けている。


「まあ?そりゃあ境町くんは凄いだろうけど。でも、俺だって別に…できるし!そんなこと別に特別なんかじゃないんだからね。むしろバド部は凄い体力使うし俺の方が体力はあったりしてね?だから境町くんにはーー」


 話し始めて足が止まった神田を置いて未来はスタスタと歩いて行く。私も未来を追いかけて小走りをした。

 未来は隣を歩く私に向かって「ダメだね、龍は」と小さく呟いた。



 そんなこんなで時は過ぎ、私は出席番号が前後である瀬口燈音せぐちともねとペアを組んで順調に体力テストを進めていた。

 記録はやはり底辺レベルである。

 美術部の燈音も運動ができる方ではないのに、そんな燈音でさえ「……大丈夫だよ、ほら、長座体前屈は凄いし、大丈夫大丈夫」などと言ってくる始末。最後に残っているシャトルランに望みはないため、結果はもう明らかだ。

 深いため息をつきながら体育館に向かう。周りの奴らは…どうしてそんなに楽しそうにしているんだ。未来も神田もそうだ。どうせまたいい判定になるに違いない。そして境町も…。


「ああああ……、もーやだ……」


 辛い。泣きそう。真面目にショック。

 それでもシャトルランはやってくるものだ、逃げ道など存在しないのさ……。

 先生が招集をかけてみんながゾロゾロと集まってきた。シャトルランの簡単なルール説明をしたあとすぐにシャトルランは始まる。ルールは、ドレミファソラシドの間に向こうのコーンにたどり着いていればいいだけ。長年連れ添ってきたからもちろんわかっているさ。

 始めにやるのは男子だ。私は同じ出席番号の筒橋つつはしからシートを受け取った。


「どーせみんな30回とか余裕で超えちゃうんだろ。もーほんと爆ぜてしまえばいいのに」

「彩葉もそーゆーところ性格悪いよね?」


 未来と体育座りをしながら観戦する。

 せいぜい頑張れ男子ども。あわよくば転んでしまえ。とくに境町。お前の運動能力はもう知ってるから、これ以上私を傷つけないでください。

 ……と思っていると歩いていた境町と目が合い、そして近寄ってくるではないか。なぜだ。

 境町は私たちの前に立つとしゃがんで「あのさーー」と話しかけてきた。


「神田…くんってどんな人だかわかる?」

「ーーは?」

「神田龍太郎。同じクラスのさっき二人と一緒にいた…」

「そんなことは分かってるって。……だから、なんで?」


 境町が突然聞いてきたのは、私たちの幼い頃からの友達である神田のことだった。神田は……どこにでもいるような普通の男子だ。明るいしテンションは高いけどうるさいほどでもない感じの。そんな神田にどうして?

 しかし、神田の境町に対する態度はどことなく棘があるような気がしなくもない。


「なんかさっき、シャトルランで勝負したいとか言われて」

「……はあ、龍も大概アホの塊だよね。うん…気にしなくてもいいけど、やってあげてもいいんじゃないかなあ」

「わかったよ…」


 境町は未来にそれだけ言われると、頭を抱えながら元の位置へと戻っていった。まあ、それはどうでもいい。重要なのは、とりあえず神田が理解不能ってこと。

 なにをばかなことを…。境町が嫌いなのか、それともばかになっただけなのか…。神田が人のことをここまで邪険にするなんて珍しい。

 でも、どちらが勝つのかには少し興味があるし、ちょっと様子を見てみるとするか。応援はしないけどね。



 ゾロゾロと歩く人人人。やがて自分たちの教室に着くと一気に流れ込んでいく。かく言う私も早く給食に会いたい。今日のメニューはシチューだった気がする。

 そんな私の横では境町に勝負を申し込んだちとアホな神田と境町が肩を並べて歩いていた。


「ああ…勝った気がしないよ。なんなんだろ…ほんと俺馬鹿だよね。ごめんね、境町くん」

「いやいいけど、別に勝ったから…いいじゃん」

「だとしても!シャトルランしか勝ってなかったし…、絶対に境町くん学年で一位だよ!宣言できる!」


 結果を簡単に説明しよう。ご察しの通り、神田はシャトルランで境町に勝った。

 100回目を超えて残っていた四人のうち最後まで残ったのはこの二人で神田がより多く走っていたのだが、体力が切れたと言うよりは飽きたから走るのを止めたような境町と、フラフラになりながら走って挙げ句の果てにぶっ倒れかけた神田ではかなり違うーーというのが神田の言い分だ。

 まあ、しょうがない。神田はバドミントン部で体力はあると思うけど、超人境町を目標にするのははっきり言って無理だと思うし。むしろここまで健闘して凄かったと思うんだけど、そうもいかないのが神田だ。


「龍、わがままばっか言ってると友達無くすよ?」

「うぅ…、ごめんなさい」


 なんだか冷たい眼差しの未来に諭されながら神田は境町に謝っていた。境町はーー前から思っていたけど魔法に関して以外はかなり人と話せないんだな。愛想笑いを浮かべながら「いいよ、別に……」と呟いている。


「でも、なんで俺なんかに勝負なんて……」


 境町は目線をそらしながら独り言のように呟いた。

 それを聞いて神田は見透かされたように驚いたあと、私の方をチラリと見て「多分…いつかわかるよ」と申し訳なさそうな顔で言った。


 なんで私の方を見たのかはさっぱりわからないが、一つ言えることがある。

 私は…私は、シャトルラン23回のクズでした。


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