第五話 始まりの

「くそっアレはどこにいった?怪物ならそう遠くに行ってないはずなのに…」


 さっきまではまるでなかった風が、この道に入った途端強く吹き出した。これが…魔法の威圧?効果?よくわからない。

 境町はすでに切り替えていて、その圧力魔法だかの具現化なるものを探しているらしい。


「……これ、魔法なの?倒れてるのも?」

「そう、魔法なんだ。魔法が具現化したものが使った魔法だ。…早く捕まえないと!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。展開早すぎてほんとついていけないから!」


 一度頭の中で整理をしよう。落ち着くことが何より大事なんだから。

 ーーこれが魔法だということは理解した。事前に説明されていたから、納得はできなくとも理解はできる。そして、倒れている人たちが圧力で飛ばされた?らしいことも理解した。命に別条は無いらしい。

 そしてーーこれから封印を行うそうだ。わたしと初めて会った時にやっていたやつを。

 よし、なんとか理解した。


「じゃあ何、私は何をすればいいの?」

「何もしなくていい」

「…はい?」

「勢いで連れてきてごめん。でも邪魔だから向こうに行ってて。これは俺が片づける問題だから」


 私は親切心とか使命感からそんな言葉を言ったのではなく、ただ"やらなければいけないこと"が欲しくて聞いただけだった。だから無いのならそれに越したことは無い。

 …でも、それは私の性格が許さなかった。


 境町はあのブレスレットを杖に変え、手当たり次第空を飛んで見回りに行くとか。なんて非効率的な方法なんでしょう。

 淡々と邪魔って言われるとイラつくんだよ。ただそれだけだ。


「嫌だ!お前に邪魔と言われる筋合いは無い!だから私はここを退かない」

「…何を言ってるんだよ」

「だって境町クーン?君転入生だし絶対この街のこと知らないよね。なら手当たり次第探すのは非効率的じゃなくって?」

「はぁ?何が言いたいんだよ!」


 クール気取りでもさすが中一、短気なものですね。


「私さっきあっちのビルに黒い影を見かけたんだよね。でかくて、人間じゃなかった」

「あっち?…どこだ?つかどんだけ視力いいんだよ?」

「知りたいなら私を連れて行け。邪魔はしないと約束しよう。良いか?効率的に考えろよ?」

「お前何様」

「わたくし様です」


 かなり軽蔑されている気がするけど、気にしない気にしない。1日で嫌なことは綺麗さっぱり忘れるし。

 境町はかなり嫌そうに渋々といった感じで「わかったよ」と言った。


「大人しくしてる、でもって自分の身は自分で守る、それが条件だからな!」

「もっちー了解」


 ここで俺が守ってやる、とかかっこいい言動の一つでもすれば残念系イケメンじゃなくなるのにね。まあ人のことは言えないか。口の悪さは直せまい。


「…リード、飛行魔法」


 昨日みたいに私と境町が杖にまたがると、境町は呪文を唱えてそれに伴ってふわふわと杖は浮かび始めた。

 ぶわっと髪が浮いたかと思えば一気に空高くまで急上昇し、私が指示したビルの屋上近くで安定した。…いつまでたってもこの感覚になれる自信が無い。



 私たちは、私がさっき黒い影をみたビルの屋上にやってきた。境町がキョロキョロ周りを見渡していた。

 自慢として言うが、私はかなり視力が良い。ゲームはしまくるけど画面との距離は置くようにしているからかな。だから遠くのその影のようなものも見えたのだと思う。

 境町だって眼鏡はかけていないしコンタクトの様子も無いから、視力が悪いとは思わないけど、どうやらそれは見えなかったらしい。


「…で、どこいった?見たんじゃないのか?」

「そりゃあ見たよ。でもどんな姿をしてるのかまでは流石に見えないし、何かがいたとしか言ってない」

「あーもうつっこまないからな。もういいよ、期待なんてしない」

「そりゃどうも」


 はぁ、とため息をつき、境町はブレスレットを見始めた。さっき見たときより弱い輝きだが、未だ光っていた。


「このブレスレットはな、魔法が具現化すると光り出すんだ。光は近くなれば強くなり、離れれば弱くなる。具現化した魔法は姿を持たないことも多いけど、このブレスレットはそれさえも感知してくれるんだよ」

「へぇー…、そりゃあすごい」


 境町によると、飛び散った魔法たちは時間の経過とともに具現化していくそうだ。具現化と言ってもいろいろな種類があるらしく、怪物みたいに闘うことしか頭にないものや、動物、人間のように知性があるもの、形あるものに乗り移るものなど。ものによって強さも様々だと。

 その中でも怪物は魔法を使えば一発で倒せるくらい弱いんだとか。

 この圧力魔法はどんな姿をしているのだろう。


「ブレスレットでいうと、この近くにいるみたいだな。でもさっき見つけたときよりは遠い。大体…半径100mくらいには居るんじゃないか?」

「100mってどれくらい?」

「100m走の長さだよ」

「具体的な例をありがとう。理解した」


 いまいち距離感覚は掴めないが、近くにいるらしいことだけはわかった。

 一応私も手伝おうと周りを見てみるが、それらしきものの影さえない。


「おかしいな…。圧力魔法は怪物の魔法。魔法をぶっ放してくる系の魔法のはず。なのにどこにも異常はない…。どこだ?」


 次第に焦りだす境町。

 近くにいるとわかっているのに、なぜかその姿は見えない。そして、魔法を使ってくることもない。

 事の重大さを理解出来ている気はしないが、境町には理解できているはず。何だ、全然ダメじゃないか。


「もっと離れてからもう一回探すか…?」

「何でもいいから、早くしないといけないんでしょ?」

「そりゃそうだけど、そんなこと言ったって…だって俺は…」


 境町は途端に口ごもる。俯いて、何かを考え込むようだった。

 何か地雷に触れてしまった?

 様子を確かめるため、そいつの顔を覗き込もうとした。

 その時だった。


 わずか1秒。瞬きを一回したその一瞬で、私の体は空中に投げ出されていた。いきなり体が浮き、いきなり体が重くなり、何かに突き落とされた気がした。

 声を出すこともできなかった。あまりにも一瞬の出来事で、何が起きたか正直頭が真っ白になった。

 ーー落ちている。この間のように、頭から、真っ逆さまに落ちている。


「…え、おい!!」


 境町は私のすぐ近くにいて、私が落ちた瞬間を見ていた。手を伸ばすが、届かない。それでも、そいつはビルから飛び降りてでも私を助けようとしていたらしい。


「後ろ!!」


 それを遮ったのは他でもない私だった。

 すぐに見えなくなった境町の後ろに影が見えたのだ。その、落ちる瞬間に。

 ー私の声をどう受け止めたのだろうか。


 二度目の落下は思ったよりも怖くなかった。気圧を感じながら、私は闇に包まれるように目を瞑った。


  ○


 境町冬真。こいつと関わるとロクなことがない。

 今までそれなりに普通な毎日を送ってきてたのに、学校の四階から落ちるわ、ビルの屋上から落ちるわ。席替えにも意義ありだし、何より面倒だし。

 終いにはこいつのせいで死ぬことになるなんて。一生恨み通して、恨んで呪ってやる。


 ーーでも、不思議と恨みを感じないのはなぜだろう。

 痛みも感じなければ、天国も見えない。三途の川も地獄もない。

 ここはどこ?私は死んだはずでしょ?

 なんだかふわふわとしている。もっと寝ていたいーーけど、何かによって起こされている気がする。起きなければならない気が……。



「起きなきゃ!」


 その瞬間、寝坊したときみたいにハッと目が覚めた。

 冷たい風、外の匂い。さっきまでの風景が目の前に広がる。周りに人はいないが、遠くには沢山の人がいる。

 手を握ったり広げたりしてみた。何もない。普通に見える。足もある。顔もある。


「…死んでない?」

「死んでないよ」


 自問自答すると、後ろから答えが返ってきた。もちろん私じゃない。

 境町がいた。


「……は?なに?どういうこと?…てか、宙に浮いてる…って、どういうこと。はあ?え?ん?」


 徐々に頭は覚めていって、私は自身が空中にふわふわと浮かんでいることに気づく。そして、私の後ろで杖に乗って佇む境町。

 本当に意味がわからない。

 なぜ?どうして死んでない?


「まあ、とりあえず地面に降りてから説明するけど。まず言っとくと、死んでない、生きてるから」


 よくわからないまま、境町は数メートル下の地面に降りた。境町が杖を振ると、私の体は勝手に地面に降りていき、両足で着地した。


 そいつによると、つまりこういうこと。

 私は圧力魔法の怪物に突き落とされて落ちたらしい。私を助けようとした境町は私の言葉なんて気にもしなかったらしく、なぜか私が空中に浮いて地面に落ちなかったことを見届けると、後ろを向いて何故か居た圧力魔法を殴って蹴って封印したと。

 その後、私の下の気圧をいい感じにいじって私を浮かせた…らしいが。


「まてまて、ツッコミどころが多すぎやしません?説明足りないよ?」

「ちゃんと答えてやるから、聞きたいこと言ってって?」


 境町は私がこの言葉を言うのがわかっていたかのようにすぐに返答すると、わたしに向き合った。

 制服はところどころ汚れている。長袖のワイシャツの袖はすでにぐちゃぐちゃで、男子用のベストのボタンも取れかかっていた。くせ毛のなさそうな黒髪も、かなり爆発状態。それほどまでに、境町は魔法に対して真剣なのだろう。


「…一番聞きたいのは、私が今こうして生きてる理由」

「だと思った」


 正直、信じられないけど…、と前置きをしながら境町はわたしの手首を指した。


「それがお前を守ってくれたんだよ」

「それ?それってーー」


 指された手首を見てみようと動かした瞬間、手首になにかがついていることにやっと気づいた。

 赤がモチーフのおしゃれなブレスレット。それはどこかで見たことのあるデザインだった。そう、すぐそこで見かけた、あれ。


「もしかしてこれ……魔法の、やつなわけ?」

「魔法の杖もといブレスレット。呪文を唱えればわかるだろ」

「…まじですか」


 展開についていけない。境町以上に、私はまったく信じられない。

 でも、試す価値は…あるんだろう。

 境町に呪文を聞き、プライドを壊しその言葉を発する。


「スタート、レッドワンド!リード、飛行魔法!」


 これでなにも変化がなかったら一生残るレベルの黒歴史だ。

 怖すぎてギュッと目を瞑る。恐る恐る瞼を開いていくと、私の手の中に赤く眩しい魔法の杖があった。

 境町からの跨れという指示に従い、その杖に跨って頭の中で"空を飛ぶ私"をイメージする。すると、あのときのような足が地面から離れる感触が私の神経を駆け巡る。


 完全に足が離れたところからは早かった。

 ほんの一秒もしないうちに私の体は急上昇していく。

 ブワッと体を空中に投げ出されるみたいだ。不安になるけど、慣れてくるとなんだか楽しくなってくる。


「本当に…飛んでる…!」


 自然と口角は上がって、体と同じように心もふわふわしていくのがわかる。

 怖さはもちろんある。でも、それ以上に空を飛ぶことが楽しいんだ。

 しかし、楽しんでいてもだんだん寒くはなるし怖くもなってくるので、一旦地面に着地することにした。着地した場所には複雑そうな顔をした境町が、さっきと変わらぬ場所に立っていた。

 杖が元のブレスレットに戻ったところで、問いかけるように独り言をつぶやいた。


「あーあ、楽しいのに難しいなぁ。やっぱ魔法少女はダテじゃないね」

「コツを掴むか魔法力が高まれば上手く乗れるはずだけど。コツはもう…あるみたいだな」

「え?私?あるの?へぇ…」


 街はさっきまでの異常な静けさはなくなって、住宅街にしてもいつも通りに戻っていた。騒ぎ声が聞こえないということは吹き飛ばされた人たちもおそらく、何ともなかったのだろう。


 やっぱりいつも通りが一番!私ももうお家に帰ろうではないか。

 …と、そのまま帰宅しようとしていた。


 ーーいや、ちょっと待て。これは帰れるわけがない。何で今まで気づかなかったんだ、私。

 私がこの魔法のブレスレットをゲットしたってことは、つまり、私も魔法使いの仲間入りで、そしてそれは境町と一緒だってこと。

 一緒、手伝う、…とんでもない。


「ねえ、君。つまり私はその魔法探しを手伝う羽目になったってこと?…よく考えてみたら」


 私が聞くと、境町は目を見開いたまま固まった。少しずつこっちに首を捻ってくる。絶望の顔。


「…気づいてなかった」

「お前はアホなのか!私もだけど!」

「まあ、やりたくないのならその杖を俺に渡して、お前は抜ければいいーー」

「私のことを邪魔者だと言いたいわけ?なに?」

「…滅相もないです」


 私は何をむきになっているのか。魔法探しを手伝いたくないから話を振ったのに、自分からYESと言うなんて。アホは私だな。

 でも、まあやってやってもいいかな。



 境町は私に詰め寄られ掴まれたワイシャツを整えながら、投げ捨ててあったカバンを拾っていく。私も汚れた部分をはらいつつリュックを背負った。

 特に話すこともないので、無言で肩を並べて来た道を戻っていく。たまに横を見て顔を確認するが、何を考えているのかまるでわからなかった。

 ーというか、私たちって一体何なんだろう。友達と言えるのか、仲間?何でしっくりこないし。これから先上手くやっていけるのかも自信がない。


 浅いため息を何度もつきながら歩いて行き、角までやってきた。角を右に曲がる、そのとき。待ち構えたかのように角から登場した、彼女。

 毛先がはねているショートカットにタレ目。私が一番見てきたであろう彼女がそこにいた。


「やあ、彩葉、境町くん。お疲れ様だねぇ」


 彼女ーー未来は、ニコッと笑った。

 1時間前くらいに振り切ってきたやつだ。見つかったらやばいやつだった。

 そして、この余裕の笑みは。


「……未来、なぜここに」

「なぜ?もちろん、つけてきたからだけど。全部見せてもらっちゃった!」

「未来ぃ……」


 一人状況を飲み込めない境町を置き去りに、私と未来は互いに探り合うようにいつまでも視線をそらさなかった。


 この後二分くらい経ってやっと口を開く。それまで未来はずっと笑っていた。

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