第4話

 しばらく経って再びあの男が慇懃無礼にやってきた。

 僕は思う。どうしてこの人はこんなにも場の雰囲気を悪くてして、そこ場にいる人達の居心地を悪くさせるんだろう。

「あれから、少しは検討していただけましたか。」

 そう言っておきながら、彼は特に我々の反応に関心がないように言う。そして、お茶を飲んでこれだよこれ、という満足気な顔を浮かべた。母と僕は特に語ることもなく黙っていた。散歩をしている犬がうちのほうを見てけたたましく吠える。

「少しこちらでも調べさせていただきました。良い返事をしていただけない理由はおおよそ理解出来ました。どんなに謝礼を積んでもあなた方は首を縦に振ってはいただけないみたいですね。」

 僕は我が家の信念のことを指して言っているのだろうと思っていたが、母は凍りついたように神経を尖らせていた。いかにもお役所仕事風に彼は続ける。

「ご主人はこの話には乗り気でしたよ。息子の能力が役に立つならそれはとても有益な話ではないかと。もちろんご主人はタダではできない話だけれども、と前置きをされましたけどね。なかなか商魂たくましい方ですね。」

「主人と勝手に話をしたのですか。」

 怒りをこらえながら母は声を絞り出した。

「私は申し上げました。ご家族でどうぞゆっくり検討いただきたいと。父親を抜きで語るのは普通のことではないと思いましたので。」

 

 父。


 普段家にいることはなく、どこをさまよっているのかよくわからないが、父はビジネスにはとてもうるさい。そして、センスだけは良い。やり方は別として。

 我が家に連絡を入れることはめったにない。たまに母と電話で話をする位だ。僕に至ってはメールで元気にやっているか、程度の文章を忘れた頃に送ってくる。極めて営業的に父親を演じているようにも思える。自分でも思うが僕はあらゆる面で父とは似ていない。おそらく母の遺伝子をほとんど受け継いでいるのだと思っている。

「まぁ、ご主人に対してはそれなりに謝礼を払えば問題は無いのですが、問題なのは奥様の思いだと我々は分析しました。あなたは最初の伴侶を事故で亡くされている。とても不運な転落事故で。それが恐れとなって、ご子息に能力を封じるように教育してきたことも把握しました。」


 一体何の話だ?


 母が昔別の人と結婚していて、事故で亡くしている?

 そんな話、聞いたこと無いぞ。

「よくそこまで土足で我が家のことを調べられるんですね。」

 母は僕が本気で怒られる時のような顔をしばらく続け、慇懃無礼な彼の方を見ていた。

 「わかりました。」

 時間としては短いが僕には長く感じられた。彼は茶をすすって満足しているのか、あるいはこういう折衝に慣れているのかこちらの反応を自然に待ち続けていた。やがて、

「あなたには初めて話す内容だけどしっかりと聞いて頂戴ね。」

 僕は混乱した頭のなかでぼんやりと頷く。やはり、男は満足そうにお茶をすする。

「どうぞ、こちらには遠慮なくゆっくりご子息に説明してあげてください。」

 いちいちいらいらさせる男だ。


 

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浮く男 中崎 ぱけを @paquepakeo

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