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「――それでかれこれ一週間かァ、ま、今度俺が巡回ん時に顔出すけどうまくいってんだろォ」

「そうですね、添えられていたお手紙にも順調だと書かれていますし安泰ですね」

「はー、にしても魔王から勇者に転職かァ。ステータス引き継ぎできてんだろ? ……へぇえ、あの人とやり合ったら、どっちが勝名乗りあげるかねェ……あのおっさんそーとーつええし、多分耳に届いたらやりたがると思うぜ」


『超勇者アーサー! またやった! 不正を秘密裏に働くギルド本部に単身で襲撃、「正義の剣」を完全解体、唸る正義の鉄槌! 千人の勇者の棺桶、教会に雪崩れ込む──⁉︎』という新聞の隅の記事を見ながら「あー、まぁたやってら」と苦い顔をし出す部下に、私は紅茶のお代わりを注ぎながら答える。


「残念ながらあの御方とヴァルヴァロイ様の手合わせの実現は難しいでしょうね」

「なんで?」

「誰が勇者に転職されたと言いました?」


 あの方は勇者になどなられませんでしたよ。


 確かに。勇者としての素質は十二分にございましたが。


 もともと争いごとはお好きでないと仰っておりましたし。


「第一、勇者になってしまえば始まりの村から旅立たなくてはならないでしょうに」

「は――ああ! 確かに! つかじゃあ、あのおっさんなんになったんだ⁉︎」


 それは――。


 この小包みの中身がヒントになりますでしょうね。


「はい。あなたの分もあるようですよ」

「え……ナニコレ」


 手渡されたもふもふのそれを掴んで伸ばして、凝視するデイリグチ。


 なにって見ればわかるでしょうよ。



「見ての通り、」

「腹巻きじゃんこれ」


 ご名答。


 私のがピンクであなたのは水色ですね、異論はありますか?


「いや……色はどうでもいいけど、ほんとナニコレ」

「羊毛から作ったお手製だそうですよ。本当に見かけによらず繊細で、器用なお方ですねヴァルヴァロイ様は、編み物までお手の物とは」

「ハァア⁉︎ ウソこれあのおっさんが⁉︎ え……ますますわかんね! どういうことなの!」

「はああ、仕方ないですね。答え合わせにしましょうか、これを見てください」


 包みの中に同封されていた一枚の写真を差し出せば部下は目を細めて首を伸ばす。


 そして口をぽかんと開いて、間抜けな一声を上げる。


「あの、魔王のおっさん……これって」


 あの後、転職の手続きをする前にヴァルヴァロイ様はあるお願いをアイシャさんにされていたのですよ。


 用心棒として身を置くことになっても、普段から武装することをお客様は望まれておらず、しかし武装せずとももともと折り紙付きの強さをお持ちでしたので。多少平々凡々なジョブにクラスチェンジしたところで敵襲が現れても支障はないと判断致しまして。


 お客様にはお客様が持たれているイメージに近いお仕事を、そっと私がお勧めさせて頂いたのです。



 若干小さめな麦わら帽子を被り、程よく日に焼けた引き締まったお体にオーバーオールを纏われて、追い棒を携えたアイシャさんと肩を並べ、三匹の子羊を抱きかかえ、無数の羊に囲まれた写真の中に写るヴァルヴァロイ様の笑顔は。


「超いい顔してんじゃん」

「本当に、幸せそうですねぇ。こちらまでほっこりします」

「でもだからって、――魔王が羊飼いになるかァ⁉︎」

「なにを言うのです。どなたでもなにになって良いのですよ、転職とはそういうものです。お客様が幸せになれるよう、お仕事をお探しするお手伝いをさせて頂くのが私たちのお仕事。口出しする権利はもとよりございません。魔王様が羊飼いになられて羊さんの毛で編み物したって良いのですよ!野原でごろーんと転げ回られても‼︎」

「う……周りにいる羊が使い魔に見えてくらあ」

「まあ。史上最強の羊飼いがここに誕生したと言っても過言ではないでしょうね」


 とはいえ、見てわかるように素敵なほのぼのライフを満喫されていらっしゃるようですし。これにて一件落着。めでたしってやつですね。


「んなこと言ってよう……いい具合に当て嵌められたとか思ってンじゃないの、アンタ」

「なっ! 終わりよければ全てよしとよく言うではないですか! べ、別にしめしめとか腹黒いこと思ってないですよ!」


 そこであからさまに目を細める部下。


「どうだかね」

「どうだかって! 私はですねえあなたと違って日々真面目に勤務を――」


 なんて、言いかけた瞬間。


 カンコーンと玄関のベルが鳴らされた音が館内に響き渡る。


 おっといけない。


 そろそろ開門の時間ではありませんか。


 ティーセットを速やかに片して必要書類をテーブルに纏め、贈り物とお手紙とお写真を丁寧にデスクの引き出しにしまっておく。


 こういう思い出をお客様からわけて頂くのも、この館と運命を共にする私の至高の楽しみでありますから。


 一つ一つ大切に保管させて頂くことで、次のお仕事も完璧にこなそうという意欲が湧くのでございます。お客様に満足して頂き、わたくしも使命を全うし救われる。なんとも完璧なサイクルだと思いませんか。


「お客様をお迎え致しますよ。デイリグチ、くれぐれも粗相のないように」

「へえへえ」


 指を軽く鳴らして開門し。鍵を掛けていた館の扉をゆっくり開いてにっこり営業スマイル。


 さあ。

 お仕事のお時間です。



「ようこそ転職の館へ――!」




《おわり》

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ようこそ転職の館へ! 天野 アタル @amano326

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