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「お、お客様ぁああああああああああああああああああああ――‼︎」


 いくらステータスが桁外れだろうと、反対属性の攻撃は通常の四倍効果のダメージ。しかも一斉攻撃となったら、流石にヴァルヴァロイ様でも貫通は間逃れない。

 加えて広範囲の上級混合魔法。

 ちょっと久しぶりに取り乱して叫んでしまったのですが。




「ハァ――⁉︎」


 それも全部杞憂に終わりました。

 高笑いしていたギルドリーダー、その他大勢の勇者が、フィールド上の靄が晴れた瞬間目玉を剥いたのも無理もありません。


 総攻撃したはずの対象者。もといヴァルヴァロイ様は無傷で、しかも仁王立ちでその場に立っており、加えて炎の豪雨に飲み込まれそうになっていたイニーツィオの村は、焼けこげるどころか損壊もなにも免れていたのですから。


「どっ………………どういう、ことだ。確かに今……、上級魔法で焼き払ったはずだぞなんで⁉︎」

「――悪いな。私の固有スキル『解けない氷壁』は無属性以外の全属性魔法、特殊攻撃を吸収し、無効化する。無属性物理攻撃でHPの五分の四を削らなければこの壁は解除されない、そして……」

「え。そして………………?」

「スキル解除せずに攻撃した場合。全ての属性を闇、氷属性に自動変換、攻撃はターン内に二倍のカウンター攻撃となって還される」

「はあい──⁉︎」


 彼の背後で精製されていく、煌びやかな無数の氷塊。

 それが打ち放たれる前に凍りつく勇者の軍勢。


「ちょ、待て……ちょちょ、まてまてまて、まって、なにそのチート……っ」


 多く語る必要もありません。

 というか、多く語れないという方が正しいのです。


「チュートリアルからやり直してくるがいい」


 勇者百以上に対して魔王様一人。

 ワンターンで片をつけてしまったのですから。


◆◆◆


「ふう、…………久々だったので疲れました」


 鳴り響く野太いファンファーレと、あり得ない桁の経験値、賞金、戦利品の情報が頭上に表示される中でポーズも取らずに発した呑気な一声のあと、肩をぽんこぽんこ叩くヴァルヴァロイ様に、私も眼鏡がずれましたよ。


「あの、おきゃ、お客様……今のは」


 荒れ狂う氷塊の宴によって全滅した勇者たちはそのまま全員強制退場、今頃王都の教会は棺桶でパンパンになっているのではないでしょうか。


 あちらの聖職者さん方が、なにがあったのこれって軽くパニックになっている情景が浮かびます。

 いえ、というか。


「あれが……素なのですか。お客様……」

「いえいえいえいえ! こっちが素ですから真面目に怖がらないでください……! あの、今のは魔王らしく戦闘するためのキャラクターと言いますか、部下たちに言われて練習した振る舞いで、台詞も全部台本から引用したものなんで!」

「れっ、練習⁉︎ 台本⁉︎」

「魔王が“僕”なんて言ったら間違いなく舐められると……言われたもので……」


 威厳のあったお顔も禍々しいオーラも、堅苦しい口調もすっかり戻って。こうして慌てて説明し出すということは本当に戦闘する用のキャラだったのですね……。

 とはいえ実力は偽りのない本物だったという、あのスキルにステータス数値、ワンターンオーバーキル……。


 それは挑戦者が現れないで廃れるわけですよ。


 ぽかーんとしてしまったのは私だけでなく。

 涙を流して解放されたアイシャさんを抱擁する村長様と彼女以外。村の方々も口を開けてヴァルヴァロイ様に釘付け状態。

 目の前にはクレーターがいくつもできた、平原だったはずの更地。

 いくら勇者の軍勢を撃退したとはいえ、魔王級の破壊力を目の当たりにすれば確かにこのような反応を取らざるを得なくなってしまいますでしょう。


「ゆ」


 流石に不味かっただろうなあと思ったらしいお客様は顔を背けて、なにかを言おうとしたその時。


「――勇者さま‼︎」

「ああ! 勇者様だ!」

「勇者様が賊ども倒してくださったぞ!」

「おおおおおっ! ありがとうございます! 勇者様っ!」

「なんとお礼を言えばいいか、勇者様……ありがとうございます! こんな清しい気持ちは久しぶりです!ほんとうにありがとうございます! ありがとうございます!」


 拍手喝采。村の方々が飛び跳ねて、上がる歓声。


「えっ……あの、」

「すげぇよおっちゃん! なんだよあの技! 一人であんなに沢山のやつ倒すなんて! めっちゃかっけぇえええ‼︎」

「アイシャちゃんを取り返してくれてありがとう! おじちゃん!」


 手を振って喜び合う子供たちに、わけがわからないといった様子で狼狽えるヴァルヴァロイ様。


「そんな……なんで、僕は……あの、勇者、なんかじゃ…………」

「勇者様……いいえ、ヴァルヴァロイ様ッ。孫娘を怪我もなく取り戻して下さって、なんと、なんとっ、お礼をすればいいかっ……ううっ、我々は……っ」

「ヴァルヴァロイさんありがとうございました……っ、私っすごく怖くてっ……もう帰ってこられないかと!」

「勇者様ぁ! 助けてもらっておいてずうずうしいかもしれませんが! もし、もしよければこの村に留まってもらえないですか⁉︎」

「えええっ⁉︎」

「そうだよ! 確かに王都よりかは待遇はよくねえが、アンタほどなら三食昼寝付きに給料三倍出したっていい!」

「買い物は不便かもしれませんが、たまに荷馬車が通るので行こうと思えば行けなくもありなせん、がちゃがちゃした都会より、自然は豊かで落ち着けますぞ」

「そうですそうです! ババアやジジイ! 可愛いネーチャンって言ったらアイシャちゃんぐらいだけど、ここの羊のミルクはなかなか美味ですよ! ええ! 飲んでみますか?」


 泣きながらお互いを抱きしめ合い感謝の気持ちを伝えても伝えきれないといったアイシャさんと村長様、早くも逃がすものかとスカウトにかかる村の方々に、なんと返せばいいか戸惑った様子のヴァルヴァロイ様。


 私を一瞬だけ見て、後頭部を掻きむしる。


 そうでしたね。


 お客様にとってこんなにも一度に多くの方から称賛され、感謝されることなど生まれて初めてのことなのでしょう。

 ですが、なにも迷うことなどございません。インチキ勇者の軍勢を見事討ち破り、掴みは上々、好印象を持たれて断る理由もありません。


「みなさん……ありがとうございます。ですが、すみません、僕はここには、いられないです」

「お客様⁉︎ 何故……っ」

「いいんですハナヤマダさん。そしてアイシャさん……ごめんなさい、僕は先ほど嘘をつきました」


 言われてキョトンとする彼女にお客様は正直に全てを打ち明ける。


「王都の門兵というのは嘘です。僕の本当の仕事は……辺境の土地を統べる、魔王、……なんです」

「えっ」

「お客様…………」

「ハナヤマダさん、それは本当なのですか……?」


 尋ねられて頷かないわけにもいかず。盛り上がっていた空気が徐々に冷めていく。


「元魔王の野蛮な男など置いておくのも恐ろしいでしょう。聞くまでもないことですよね……。けれど一度でもここに居てくれと言ってくださって、感謝の言葉をくださって嬉しかったです」

「……ヴァルヴァロイさん」

「初めてそうやって、ありがとうと言われました。正直、気持ちよかったです。それだけで充分ここに来て良かったと思います。ああ……先ほどの戦いの賞金と手に入れた戦利品は全てお渡しします。もともとはこの村の方々のお金でしょうし、どうぞそれで村を立て直して下さい。…………それじゃあ僕は、これで──」

「ちょ……お客様!」


 ぎっしりと金貨と紙幣の詰まった金袋をアイシャさんに手渡して、そのまま去って行こうとするお客様の前に、不躾ながら回り込んで私は行く手を阻む。


「お客様……! よいのですか、これでは骨折り損というものでございますよ!」

「ええ、確かに素性を偽っていれば受け入れてもらえたかもしれませんが、嘘は好きではないので……。それに、こんなにも快く迎え入れようとしてくれた人たちを騙すわけにはいきませんから」

「……しかし、お客様が成し遂げたことは――弱き者の助けとなりたい。あなた様が望んでおられたことではないですか」

「この村には僕よりぴったりな人が他にいるはずですよ。僕には勇者の心得もないし、魔王が正義の味方になるなんて御門違いというか、おこがましいですから……盗賊団員か、サーカスの猛獣使いあたりがお似合いなんですよ、ビジュアル的にも」


 お客様が下した最終決定を覆すことはもちろん私などにはできなくて、だからと言ってここでそのまま館に帰るのも……なにか、なにか気の利いた良い言葉は――。


 などと思考を巡らせていると、今度はアイシャさんが目の前に現れて、ポニーテールを揺らして重そうな金袋をお客様に突き返す。


「待ってくださいヴァルヴァロイさん! お礼をしなきゃいけないのは私たちの方なのに、なにもさせてくれずにこんな大金……いきなり受け取れません!」


 いいんです気にしないで、と小さく笑うお客様にアイシャさんはそれでも引かず、強気な顔つきで彼の筋肉で固まった腕を引く。


「よくないですよ! 助けて頂いたのに、タダで帰らせられないですから。……その、魔王って……ちょっと私たちに馴染みなさすぎて信じられないですし、怖い噂しか聞かないから正直びっくりしてるんですけど……。ヴァルヴァロイさんが私たちを善意で救って下さったことは嘘偽りないほんとうのことですから。あんな乱暴な勇者たちに比べたら、私は全然怖くないですよあなたのこと、いいえ、むしろヒーローですよ!」

「ア、アイシャさん」

「そうでございますよ。私からももっと御礼させて下さい、ヴァルヴァロイ様」


 朗らかな笑顔を向けられて、若干頬を赤らめるお客様に、今度は村長様が頭を下げながら手を握り、続いて村の方々も彼を取り囲む。


「なんかよくわかんねえけど、あんた魔王辞めるんだろ? だったらその先は関係ねえじゃねえか! 是非その力をこの村に使ってくれねえか? 毎日うめえ飯腹いっぱい食わしてやるって約束するからさあ!」

「おう! 酒だってあるぞ!」

「お救いくださったうえに、戦利品まで譲って頂けるとは、ありがたやありがたや」

「こんなに気の良い魔王様がいたとはねえ~。こりゃあよそにやるのは惜しいよ絶対にここにいておくれ! その逞しい体! いいねぇいいねぇ、ぐっふふふ」

「おいおい久々の若いモンだからって興奮すんなよバアさんども、あんたとんでもないもんに目ぇつけられちまったなあ!」

「にしてもあんたぁ、随分と魔王らしくない魔王だね。あの勇者たちのほうがよっぽど魔王らしかったわい! もうこの際だから勇者になっちまいなさい! ねっ」

「働き口を探してるんだろ? ここでよければやってみないか魔王様?」

「というよりあんたがいないと困るよ。あのギルドの連中もしかしたら近いうち仕返しにくるかもしれないからよう」

「それはありえる」

「そうなったらあんたぐらいじゃないと相手できんだろうよ」

「確かにそれもそうだ」

「もう決まったも同然じゃねえか! アハハ!」

「すげええ! おっちゃんでけぇし強いうえに王様なの⁉︎ かっけええええ!」

「おじちゃん! わたしとも握手してよ!」


 流石は村一揆を企てていらした方たちだけはありますね……。魔王の肩書きごときでは屈しないとは。


 いえ、魔王という役職ではなくヴァルヴァロイ様の人となりを信じられたのですね。


「ハナヤマダさん、僕は……どうすれば」


 無邪気な子供たちから次々に握手を求められ、お年を召された女性の皆さんからは舐め回すような異様な眼差しで見つめられ。

 ここに来てくれないかと何度も押されるヴァルヴァロイ様は身動きが取れず、本当に困った顔で私に仰いました。


「そのお答えはお客様が決めて頂かなくては」

「しかし、僕は魔王で、正義なんてとても」

「お客様、失礼を承知で申させて頂きますが。本当の正義とは……無意識に道義を貫く者のことであると、私は心得ております。私利私欲ではない。誰からの見返りも求めず、損得も考えず、力を持たぬ人々を苦しめる輩から救い出す。大きさなど関係ありません、私はそんな一生懸命で優しい気持ちを、正義の心であると、そう思っておりますよ」


 あなた様が最初に私に聞かせて下さった、お言葉や村の方々を傍若無人な連中から救うという行い。なんの惜しげも無く復興金を差し上げ、危険な者であると自ら告げ身を引く優しさ。それこそ正義の心と言うべきものではないですか。


「外見や立場など関係なく、あなたはご自分の気持ちに正直になって頂いてよいと思います。少なくともこの村の方々はそれを望まれています」

「……こんな悪人ヅラでも、陽の光を浴びても許されますかね……いいんですかね、好きなことをして生きても――」

「なにを仰るのです。どなたでもなりたいものになって良いのですよ。それはどんなお客様にも平等に与えられた権利。魔王様が勇者になられてもなんらおかしくはございません。此処は、そういう世界なのですからね」


 是非そうなさってください。

 だめ押しとばかりに営業用ではない笑顔で告げる私に、ヴァルヴァロイ様は恐らく初めて心から笑いかけて下さったのでした。

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