サイボーグメロスの伝説
ベネ・水代
第1話 サイボーグメロスの伝説
2014年、学生を対象とする「数学研究コンクール」において、ある中学生の研究が最優秀賞に輝きました。タイトルは「メロスの全力を検証してみた」。その結論は驚くべきものでした。
「メロスはセリヌンティウスを助けるために走ったとされているが、速度を計算してみたら全く走っていない。せいぜい早歩きだった。『走れよメロス』の方がタイトルとして正しいと思う」
たいていの日本人の思い込みを覆す珍発見です。この研究はネット上でもしばらく話題になりました。
実は私も中学生の時に、メロスの走った速さを計算したことがあります。ところが算出した答えは上記の結論と正反対でした。私の結論は「メロスは驚異的な速さで走った、むしろ飛んだ」だったのです。
私の結論は作中の下記フレーズに基づいています。
「~メロスは走った。沈む夕日の十倍も速く走った。~」
沈む夕日の10倍ってどのくらいの速さだろう。中学時代の私は疑問を抑えきれず、国語の授業中に計算を始めました。手順は以下の通りです。
(1)沈む夕日のスピードを求める
地球の最大円周(赤道の長さ)は4万キロメートル。つまり夕日は最大速度で沈むとき、4万キロを24時間で一周します。
→4万km ÷ 24時間 = 1,666.67km/hr(時速1,667km)
(2)沈む夕日の速さを10倍する
→時速1,666.67km × 10 = 16,667km/hr(時速16,667km)
このままではイメージしづらいので音速に換算します。
(3)音速に換算する
→音速(マッハ1)は秒速340メートル(0.34km/s)。
時速に直すと 0.34km/s × 60秒 × 60分 = 1,224km/hr となります。
すなわち「沈む夕日の十倍の速さ」は
16,667km/hr ÷ 1,224km/hr = マッハ13.62
数式で埋め尽くされた国語のノートが示すのは、驚異的な結論でした。
「メロスは最大速度マッハ13.62で駆けた」
ああ、なんということか! メロスは進路上のあらゆる物体を
空気中を高速移動する物体は強力な
サイボーグ009も真っ青の加速性能を発揮したメロス。しかし残念なことに、彼はギルモア博士の開発した強化服を着ていませんでした。羊飼いの服は超音速の摩擦熱に耐えきれず、燃え尽きてしまいます。一人の娘がメロスの裸身に恥じらってマントを差し出したのは、科学的に正しい展開と言えるでしょう。太宰治の科学的考証はここでもばっちりです。
ところでメロスの進路上にいたセリヌンティウスと王は、どうやって助かったのでしょうか。
一つ、妥当な解があります。セリヌンティウスもサイボーグだったのです。
メロスとセリヌンティウスの関係には、肉体派と知性派の対比を狙った感があります。したがってセリヌンティウスは頭脳改造型のサイボーグであり、超能力バリアで身を守ったと考えて良いでしょう(王はたまたまセリヌンティウスの後ろにいたと考えられます)。また、チート級バリアには「最大のピンチに一回だけ発動する」というお約束があります。この点も「主人公を信じて最大必殺技を受ける」ことで完璧にクリアしています。さすが太宰治です。テーマ、設定、展開のいずれにも隙がありません。
とはいえ違和感はあります。この親友はそうそう死にませんから、メロスも心穏やかに十里の道を往復できたはずです。彼はいったい何を焦っていたのでしょうか。
ここまで読んだ皆様ならお分かりでしょう。あれは叙述トリックです。読者は激しい文体に心を揺さぶられ、真相に気づいたとたん爆笑させられるのです。メロスもノリノリで話を盛ったに違いありません。全ては作者の計算通り。私たちは太宰治の掌で踊っていたのです。
ただし謎も残っています。ラストシーンで王は二人の超戦士に感嘆し、自分もその輪に加えてほしいと言いました。明らかに伏線です。ドラマには続きがあるのです。おそらく続編で王がサイボーグ・ゼロゼロテンとなり、二人の命を狙うのでしょう。メロスにマントを捧げた娘も、さりげなく
――けれどもそれは、別の物語。
サイボーグメロスの伝説 ベネ・水代 @Bene-Mizushiro
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