第0.5話・三人娘の日常、またはレベッカ・レッドフォードは如何にして心配するのを止めてTRPGを愛するようになったか
ここは蛍雪女学院第二文芸部。
現校舎西棟の奥にある雑木林の中に、蛍雪女学院の旧校舎がある。
現在は部室棟として利用されている旧校舎だが、ほかの学校施設と距離があるため、ほとんどの部活動は旧校舎を物置代わりにして、実際には特別教室や校庭隅のプレハブ小屋などを活動用の部室にしている。
そんな旧校舎で実際に活動している部活動はただひとつ――
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「先生、たっだいまー!」
終業のチャイムから五分としないうちに部室に飛び込んできたのは、レベッカ・レッドフォード。アメリカから親の仕事の都合で日本にやってきて、蛍雪女学院に転校してきた少女だ。
アメリカ時代は近所に日本人の知り合いがいたらしく、日本語はペラペラ。
――なので、部室に入ってくる挨拶として間違ってるのは、100%ただのジョークだ。これもアメリカン・ジョーク、というのだろうか。
「なんだなんだ、月曜からテンション高ぇなあ」
「そりゃ、休みの間はセッションできないモン!」
「あー、そうだっけな」
レベッカは、学校以外でセッションをする機会は無い。
アメリカ人なんだから、むしろ日本人以上にTRPGには馴染みがありそうに思っていたが、彼女に言わせれば「日本人がみんな忍法使えるわけじゃないのと同じだよ」ということらしい。
家族は彼女が遊んでいる分にはいいが、一緒に遊んではくれないらしい。
イマドキの若い子ならインターネット経由で遊び相手を探すなんて方法もあると聞く――俺の学生時代の時点で、オンラインセッションから入るのも普通のことになっていたわけだし――が、蛍雪女学院ではSNSアカウントを持つことは校則で禁止されている。
こっそり教師にバレないように持ってる生徒は相当数いるのだろうが、レベッカはそうではない。
(「もし、ルールを嫌だと思うんなら、ルールを破るんじゃなくて、ルールを変えるのが正しい手順でしょ? 少なくともボクはそう両親や先生から教わったし、そうするのが正しいってボク自身も思うもん」)
かつて、それとなくレベッカにオンセを勧めた時に、彼女が言ったことだ。
基本的に脊髄反射で行動する困った奴だが、こういうところは本当にしっかりしている。
「あれ、チーとアオはまだか」
「てか、なんで東棟からここまで五分で来てんだよ。コースレコード樹立してんぞ」
レベッカは、机の上に用意したポッキーを頬張りながら、部室を見回す。
「え。だって、セッション楽しみだったし」
「……っ! そういうことじゃなくてだなあっ!」
あまりに無邪気に嬉しいことを言ってくれるものだから、思わず大きな声を上げてしまう。
「……先生、テレてる?」
「いいから、キャラ作っとけ! 俺はまだ仕事一区切りついてねえの!」
「仕事は仕事、遊びは遊び。切り替えが大事だよ、チミぃ」
「お前、そういうのドコで覚えてくんの? アメリカじゃみんなチミとか言うの?」
「へっへー!」
返事になっていない返事をして、そのままレベッカは机に向かう。
会議用の折り畳み机を二つ並べた上には、印刷したてのキャラクターシートが三枚とルールブック。
中央には白い紙を挟みこんだ大判のクリアケース――これは状況に応じてマップを挟みこんだり、クリアケースの上からマジックで状況を書き込むためのものだ。
クリップと厚紙で作ったキャラクターのコマは、フィギュアを買い込むほどの部費が無い――そもそも、名義上は文芸部なので直接的にTRPGに関わり深いものに部費は出ない――第二文芸部ではよく使われている。絵のタッチも、描いた生徒ごとにバラバラだ。
そして、買いだめされている菓子の受け皿が中央に鎮座する。
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「あら、またレベッカさんに先を越されてしまいました」
「チー、やっほー!」
「やっほー、ですね。先生も。『やっほー』」
「あー。……やっほー?」
レベッカがキャラクターシートを書き終えて、厚紙にキャラクターを書き込もうかというタイミングで、萬屋千歳が入ってくる。
「ってか、旧校舎遠いからな。萬屋でも普通に早いよ。レベッカがおかしい」
「ひどーい! 教師が生徒をおかしいとかいうの、サベツだと思いまーす!」
「酷くねえよ。ってか、もっかい言うけど、なんで東棟から五分でこっち来れてんだよ」
「レベッカさん、足早いですから」
「そっか……って走ってんじゃねえか!」
雑にノリツッコミ。
レベッカ大笑い、千歳もにっこり。
これが箸が転んでもおかしいお年頃というやつか。
「で、今日は先生がマスターなんですよね」
「ほい、今日のシナリオハンドアウトだって」
席に着く千歳に、レベッカが机の上にキャラクターシートと一緒に置いておいた、シナリオハンドアウトを渡す。
ハンドアウト、と言っても、個別導入用の凝ったものではなく、シナリオ開始時の簡単な状況とキャラクター作成の制限と特典なんかを書いた紙だ。
「貧しい村人から、それぞれバラバラに用心棒として雇われる……いつの時代でも胸躍る導入です!」
「『七人の侍』導入、いいよね……」
「いいですね……」
二人黙り、ケラケラと笑いだす。
今の流れの何が面白いのか、さっぱり分からん。
「で、レベッカさんはどんなキャラクターにしたんですか」
「ん? ベタだけどやっぱり戦士かなって。一応、魔法とかはからきしだけど、歴戦の勇士なので頭も切れる、みたいになる予定」
「でしたら、私は魔法使いにしてみましょうか。勇敢さとは無縁の感じの……」
「あ、ボクに合わせてとかなら、全然今からでも変えるよ?」
「そうじゃありません――」
千歳の声が、少し強張る。
聞こえてないふりをしながら仕事を進めるが、耳は二人の会話に向く。
「私が、そうしたいから。私が、そうしたいから、したいことを選んでるんですよ」
「そうだね、ゴメン。今のはチーに失礼だった」
一安心。小さく息を吐く。
「分かってくれれば、い――」
「ひゃえー! おはようございますー!」
そこに、ガラガラと騒がしく扉を開けて駆け込んできたのは、日向葵。
今は午後の日差しが差し込む放課後。そして、彼女は神奈川生まれ東京育ち、頭から尻尾まで日本人100%。なので、彼女の挨拶が間違っているのは、日本語が苦手だからでも、ジョークというわけでもなく、単純にドジだからだ。
ともかく、第二文芸部の三人娘がお揃いというわけだ。
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「おふたりはもう、キャラクターさんができてるんですね」
「うん! ボクはヘクターっていう歴戦の戦士。かつて戦争の指揮官を任されて奮戦したけど負けて、そのまま流れ者になった、っていう感じ」
「私はアンブローズ・アンブロジウス。魔法使い……というよりは、まじない師です。ちゃんとした魔法使いに習っていない、呪文を丸暗記しているような、怪しげな雰囲気の……」
先着した二人のキャラクター説明を聞きながら、葵はヒマワリの種を齧るリスみたいに、プリッツを食べている――というか、レベッカに食べさせられている。
――完全に餌付けの構図だ。
三人とも同学年のはずなのに、不思議と葵はそういう立ち位置になる。
見ていて微笑ましい光景だが、俺の中に危険信号が一瞬走る。
こういう可愛がられ方は、簡単に「いじり」に発展し、そのまま「り」が「め」になる可能性もある。彼女たちがそういう人間でないことは重々承知しているが、性善説で教師稼業はやっていけない。性分だ。
「あ。キャラクター同士の関係は、因縁表振って決めといてな。決まるまでに終わらせるから」
「「「はーい!」」」
それはそれとして、三人揃ったところで、声をかける。
「因縁表」は、バラバラに集まった人間が手を組むシナリオなので、そういう導入用のギミックを別のゲームから流用してきたものだ。
――まあ、この揃った返事を聞く限り、俺の心配はきっと杞憂だろう。
「あわわ。じゃあ、わたしは急いで自分のキャラクターさんを作らないと……!」
「アオは慌てなくても大丈夫だよ。先生、仕事遅いし」
「レベッカさん! ……聞こえるような声で言ったら、先生可哀そうですよ」
ああ。レベッカはともかく、千歳もフォローがフォローになってない。
いやまあ、実際仕事早いわけじゃないのも事実だし、冗談めかしてしょっちゅう彼女たちにそう言ってるんだが!
「大丈夫だよ、キャラメイクも軽いゲームだから」
「私もレベッカさんも、おざなりに生まれてきた子より、葵さんの気持ちがこもった子と一緒に冒険したいですから」
「うんうん、チーはいいこと言うね。流石、優等生!」
「あわわ。ゲーム的には、レベッカさんがセントーが得意で、千歳さんがマホーが得意だから……キョーヨーと、セッコーの、どっちを選んだらいいんでしょう!」
長机ではワイワイとキャラクター作成が進んでいる。
実のところ、仕事はとりあえずひと段落ついて、今から卓に着くことはできる。
が、葵の性格からすると、ここで俺が席に着くと、(千歳の指摘通りに)焦ってキャラクター作成をおざなりにしてしまいかねないだろう。
(さて、気合入れていくか……!)
少し離れた席で、俺は彼女たちより一足早く、剣と魔法の世界へと心を躍らせた。
蛍雪女学院第二文芸部 -ルールブックを部費で購入しないでください- @crea555
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