蛍雪女学院第二文芸部 -ルールブックを部費で購入しないでください-

@crea555

第0話・三人娘、登場!

「――さて、そうして洞窟の一番奥まで進んだキミたちの前に現れたのは、一匹のドラゴンだ。赤い鱗が威圧的にギラギラと輝いている。近付くだけで熱気に息が苦しくなる。その腹の下には、強欲さを象徴するかのような黄金が敷き詰められている。

 ドラゴンは、キミたちを睥睨して、チロリと炎を口の端からチラつかせながら言うよ。『愚かなる定命の者たちよ、何をしに来たのだ』と」


 俺は精一杯の低音で、机を囲む三人を見回した。

 ゲームの興奮に合わせてテンションを上げて話すメソッドもあるが、俺はこういう時は厳かさを感じさせるように静かに語る流派だ。


「『出たな、竜骨谷の赤き鱗! 今日がお前の命日だ!』 ビシッ!」

「レベッカさん!? そんなことして、噛み殺されたらどうするんですか!?」

「あわわ、噛み殺すんですか。怖いです」

「え、いいじゃない。返り討ちにしちゃおうよ」

「え、ええ!?」


 レベッカは芝居がかった言い方とともに、腕をこちらに向けるゼスチャーを挟む。

 俺たちはその仕草に、巨大なドラゴンを前に、一歩も怯まず片手剣を突きつける戦士ヘクターの姿を幻視する。

 ――が、そうするべき状況かはまた別の問題だ。

 というか、かなり「そうするべきではない」状況だ。かなり念入りにそう描写したつもりだったのだが、全然通じていない。

 まあ、そこをノリで突っ走るのがレベッカというプレイヤーなのだが。


「……あの、先生。ちょっといいですか?」

「ん、なんだ?」

「ドラゴンって、私たちが勝てる相手なんですか? その、自分たちがどのくらい強いのか、がちょっとピンと来てなくて。普通にそれは分からないこと、ならいいんですけど……」

「ああ、なるほどね。勿論、キミは――アンブローズは、魔術師として、ドラゴンがどのぐらい強いかは知ってる。まあ、キミたちで勝てる相手じゃない。さっきのリザードマンの群れとは比べ物にならないね」


 千歳の質問に答えると、彼女は、じっと自分のキャラクターシートを見つめる。

 覚えている呪文、持っているアイテム、そして冒険の中で手に入れた情報の数々。

 机に身を乗り出し、眼鏡をクイ、と指で直しながら向かいのレベッカのキャラクターシートも覗き込む。


「あ、あの!」

「ん?」

「ドラゴンさんは何か、怒ってるんでしょうか?」

「……それは葵の質問? それとも、クジャクの質問?」

「あ、わたしの質問、です。先生が、すごく、怖そうな言い方をしていたので、そうなのかな、って」

「そうだね、少し怖そうに聞こえる声だった。クジャクはそれをドラゴンに訊いてみてもいいね」

「でも、図星だったら、怒らせてしまうかも……」

「うん、それもいかにもありそうだ。そうなったら、必死に逃げることになるだろうね」

「あわわ。どうしましょう、レベッカさん、千歳さん」


 葵はドラゴンの声色から、相手の気持ちを推し量ろうとする。

 威厳のある声のつもりだったのだが、単純に怖く聞こえてしまったらしい。

 まあ、定命の者に棲家を荒らされて不機嫌なのは事実だし、そういうことにしておこう。

 葵は仲間に相談を持ち掛ける。


 俺は、ただじっと、柔和な表情を浮かべながら、彼女たちの答えを待つ。

 シナリオの想定は、「棲家のリザードマンが近隣の村を襲っていたことを説明され、ドラゴンは怒りを鎮める」という展開だ。ヘクターが倒したリザードマンの勇者から魔剣を奪っていて怒りを買うルートもあったが、ここはレベッカの英雄志望なキャラクターが活きた形だ。

 さて、彼女たちはどうするのか――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここは蛍雪女学院第二文芸部。

 旧校舎の隅っこの空き教室に、教師が一人、生徒が三人。

 ここには純文学的な苦悩も芸術もない。

 代わりにあるのは、途方もない空想と、果てしない冒険だ。


 テーブルの上には紅茶、お菓子、そして冒険の地図。サイコロは剣に、人形は勇者に。四角いマス目は古代の神殿に、黄色のおはじきは金銀財宝になる。

 原始、文学とは冒険物語であった。『ギルガメシュ叙事詩』、『イリアス』、『オデュッセイア』、『マハーバーラタ』に『ラーマーヤナ』。そして今、原始の物語の最先端がここにある。


 ここは蛍雪女学院第二文芸部。

 通称――TRPG部である。

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