No.5 -1-
000
手記兼報告書。オルフェウス領大監獄視察について、及び今回の暴動においての顛末等を纏める。上への報告とは別に不可解な事柄があったので個別に記す。披瀝することは出来ないが、もしこの記録に目を通す者がいれば眼光紙背に徹して欲しい。
泉乃沈。
001
夏至、だとかなんとか言う節句を迎え、うだるような、本当にうだるような暑さが僕たちを襲っていた七月の下旬。そもそも四季という概念を知識としては知っていたものの、実際味わうのはこれで二度目の経験である。なんだ、この夏というやつは、頭が悪いのか。と切実に思う。
なんでも我らが3rd-TERRAこと学星寮は母なる0th-TERRAに大まかな全て、概念、星内環境を合わせ整えられているらしく、四季なんてものが存在しているらしい。それは有り難いし住みやすくあるのだが、この夏というものはいらなくはないか、と常々考えている。
そんな夏休みを目前に控えた本日。オルフェウスに定期大監獄視察の依頼が届く。
大監獄。学警に逮捕された囚人たちの収監先。犯罪等級に合わせ全十層で成り立っており、下に行けば行くほど、おぞましいほどの……と、言っても保護されたもの、召還事故で顕現した魔獣やらなんやらがとにかく雑多に詰め込まれているのでそこまで闇々しい施設でもない。この星の生徒たちはおどけたように超生活死導、転じて生死、だなんて呼んでいる。
エリダヌス領カノープス領間の海域を横断する位置に座し、その収容数は数億を超えるとか、実際には更生施設なのでカリキュラムを組み悔い改めさせたり、正しい知識をつけ短いスパンで日常に戻す流れになっているので収容限界を迎えたことは過去に一度もない。有事の際は近隣の避難施設にもなる。
かつ星内各領全てから人を入れているため、定期的に各領主による視察が行われる。視察というよりかは自領から収容した人物、魔獣等の経過観察といった側面が強い。
長くなったが要するに今回はオルフェウスに視察の手番が回ってきたということだ。何故かリーダーは僕を指名、理由を訪ねたのだが、いやほら出番とかあるだろ? とかなんとか訳の分からない事をぶつぶつと呟きながら半ば無理矢理連れ出された。まだ処理しなければならない案件が相当数あったのだが、まぁいいこのぐらいのことは日常茶飯事である。偉大すぎるリーダー、ヴァン先輩を含め、認めたくはないが数字の通り僕が一番チームに貢献できていないので、僕がやれる仕事は徹底的にやってやろうという気位だ。
そういう流れがあり僕たちは視察に向かう、上記の通り僕は要約するのがとにかく下手なのでやたらめったらと密度の多い文書になるが許してほしい。では本題に入る。
002
馬鹿みたいに厳しく、時間のかかる審査、チェックを終えて、漸く大監獄内に。ちらりと窓から外を覗くと日が沈みかけていた。おかしいなオルフェウスを出たときはまだ日が昇ってすらいなかったのだが。そもそもそちら側が来いと言ったのではないか、厳重になるのも分かるがもう少し、こう。
「はいはい、いらいらすんなー、な? 後でアイス買ってやるから、アイス」
「苛々なんてしていません、いりません、やめてください」
いつの間にか後ろに居たリーダーがなんてこと言う。本当にオルフェウス内において皆が皆僕を子供扱いする。唯一対等に接してくれるのはエルレインぐらいだが彼女は普通に年下だ。それもこれも全てあの憎き鈴鳴のせいなのだが。
「ほら、いくぞ。てきぱき巡らねーと今日中に寝れねーぞ」
小さく返事をして、後ろを付いていく。すると同じタイミングで入場審査を終えたらしい複数組が視界に入る。
やけに堅苦しいスーツを身に纏った集団。見覚えのないデザイン。その上特に学警特有の隊証などの証明具がない。外部の人間、とか。歳もかなりまばらで恐らく学生ではないだろう。ふむ、なんだろうか。
「沈ぃ」
「あ、はい、すいません」
とりあえずは時間が推しているので動こう。タイムスケジュールを分単位で作成したのだ、乱れさせたくない。
003
広い、とにかく広い。学園警察の研修だの講習だので来るのは初めてではないのだが、いざ実際大目的を持って動くとこれが面白いほど広大だ。しかしこういう時は本当に仕事が速いうちのリーダー。裏方と細かいところさえ抑えておけばあっという間に片付けていく。なんだかんだ上の人間とのコミュニケーションの取り方も上手い。あっという間に山積みの案件を消化していく。残りは。
「んでー、次が」
「シュウです。彼でとりあえず面会は終わりですね、もう少し先です」
「さんきゅー、ありがとよ」
つかつかと良質の革靴が小気味良い音を連続させながら長い通路を歩いていくリーダーと僕。革靴、というかなんというか学警装束儀礼時限定形式『エレベアノワール』。ガップクのフォーマルフォームである。有り体に言えばビジネススーツのようなものだ。ガップクの変形機構は靴どころか靴下などまでに至る。見た目の固さとは裏腹に着心地はとてもよい。小さいが胸にはしっかりオルフェウスの紋様が浮かんでいる。
通路を抜ける寸前あたりでまたもや最初に見た外部の者らしき集団が視界を掠める。リーダーは気にする素振りすら見せずに先へ、先へ。身長差のせいか一歩一歩の距離が違う。急いでその背を追う。
気付けば目的地に、2層はL棟、βクラスの19番。会う必要、というか上からのお達しはこいつでようやく最後になる。などと考えていると、がちゃり、とマスターキーで扉を開ける。またこの人はノックもせずに。
「おーおー、久しぶりだな、元気してたか?」
「してねーよ、見りゃわかんだろ」
あくまで、ラフに接するリーダー。美点であり汚点でもある、と僕は思う。
「どーだ、反省したか?」
「誰かさんのせいでな、チームもぶっつぶれちまったらしいし」
「おう、もうあんなことすんなよ?」
「……チッ、他にやることねーんだよ」
どいつもこいつも、自因でここにぶちこまれるようなやつは大概柄が悪い、この手の人種は嫌いだ、侮蔑している。
「人様に迷惑かけてねーと、もーちょいたのしめよ、バカなんだから」
「てめー……あぁ、とりあえずは出たらてめぇをぶん殴りに行くわ」
「あっはっはっは、やってみろやってみろ」
高笑い、げらげらと声を上げるリーダー。にしてもこいつ、冗談混じりとはいえあれだけの差を見せつけられてまだこんなこと言えるのか、馬鹿なだけか? あーでも、ちょっと待てこれは。
「いーよいーよ、面白い、なんならお前、オルフェウスこいよ」
「あ?」
はじまった。
「ポラリス入って、オルフェウスまで上がってこれたら一発ぶん殴らせてやるよ」
「なにいってんだ、俺にマッポやれってのか? 頭わいてんじゃねーのか」
「お前よりは沸いてねーよ、いい力と、それなりの統率力持ってんだ、要は力の向きと使い方を知らねーだけだよ、お前は」
「………………」
自分が気に入ったらこれだ。これでポラリス星団にどれだけの被害が……
「か……考えといてやるよ」
「おう、出たらとりあえず会いに来い」
まーた勝手に。梓さんに報告しとこう。
「じゃあな、シュウ、真面目にこなせよ」
「……ちっ、わーったよ」
そんな言葉を交え、ばたり、と後ろ手に扉を閉める。直前で待っとけよとか小声で言っていたのを僕は聞き逃さない。この人は本当に男とか女とか関係なしに琴線に触れたらもう最後だ。そのうちNice boat.オチが待っているのではないかと僕はそれなりに心配していたりしていなかったり。
004
そんなこんなで滞りなく本日の業務を全て終え、少しリフレッシュルームで体を休めている現在。正直もう動きたくない、ここで寝たい、が、そうも言ってられない。エナジードリンクをちびちび体内に入れていく。
「はぁ、疲れたなぁ」
「はい、疲れました」
「急に指名して悪かったなぁ、別に視察ならもっと下のやつら大勢連れてっても良かったんだけどな」
「いえ、良い経験になりましたし、嬉しかったです」
「ほーんとお前はかわいーのー」
がしがし、と頭を撫でられる。別にリーダーみたいに髪をセットしてるわけでもないし人目も特にないので問題はないのだが、いい加減この撫で癖をやめさせなければいけない。と、少し鬱陶しがってたその時。
「また……」
「ん? どーした?」
「いや、あれ、なんでしょう、ずっと目には付いていたのですが、所属もよくわかりませんし」
またしても目についた、やたらと黒々した集団。看守、守衛の方と何やら話ながら頭をへこへこ下げている。なんだ、重力とお友達にでもなったのか。
「んぁ、普通に連理の営業だろ」
「……? 連理、ですか」
「うん、連理ホールディングス」
「連理、ホールディングス……」
なんだそれは、という顔をしているとリーダーが焦ったように。
「待て待て、お前連理ホールディングス知らねぇの? まじで?」
「え、ええ。はい」
「………あー、沈、出星どこだっけか」
「へ? あぁ16th-TERRAです」
「ん、ラプラスか。じゃあ連理知らねぇのも無理ない……のか……? そっか今比翼の研修でその辺触れねぇのな、いやまてそもそもこの星にいて……」
なにやらリーダーを困らせてしまった。かなりの頻度で起きる現象だ。僕はなんというか、世間に疎い。かなりの本の虫を自負してるのだが、興味ない分野が一切脳髄に刻まれないのだ。
「てか、ラプラスなぁ……フィーは元気か」
「……!? フィー様をご存知なのですか!!??」
なんと、驚いた。幾らリーダーと言えども。我が知力の星、ラプラスにおいて十五賢人と呼ばれている方を知っているとは、目に入れることすら叶ったことはないのに。
「ん、んん。Link友達」
「り、りん……?」
再び唖然とするリーダー。これは自分でもなんとなくやってしまったというのは分かる。
「……あー、お前もしかしてバスデ、業端しか持ってないのか?」
「バスデ……VSDのことでしょうか、そうですね、業務端末のみです」
手首をとんっと叩くと、音もなく顕れる携帯端末。VSD。variable style deviceの略で。例え星間であれ、互いの連絡先が分かれば話すことができるというツールである。体内に融和させることができ、連絡があった際にはノータイムで脳内に音を届けることが可能。またオルフェウス用にかなりチューンされたものを戴いてるので、相当性能が良いとか、機械だなんだはあまり得意ではない。
「えぇ……」
「それでLinkというのはなんなのでしょうか」
「んぁ、えっとな、言ったら通話だのメール、電文とかを遊びの側面にデフォルメしたもんだ、なんつったかな、昔0th-TERRAで莫大な人気を誇ったアプリケーションがモデルだそうだ。互いのアカウントを教えあってればいつでも話せるし遊べるんだよ」
「ふむ、では誰でもがフィー様とLink出来るというわけではないんですね」
やはり、人脈としてリーダーはフィー様、フィー・アバロニク様と繋がっているのか。どういうルートで……
「今度声かけといてやるよ」
「へ、あ、ありがとうございます」
どうやら落胆の色が表情に出ていたらしく、ぽんと頭を揺らされる。え、というか、フィー様と、お話出来るのか、どうしよう、顔が綻ぶ、駄目だ、駄目だ。口の端をきつく結べ。
(……本当こいつ顔に出やすいなあ)
「と、ところでリーダー。話は戻りますが、連理ホールディングスというのは?」
「ん、えっとな。今比翼グループが銀河中の人類における公務だの役務だの法だの八割方を占めているのは知っているよな?」
「ええ、その他にも居住可能環境の増加、整備また人工限界を迎えた惑星に対するマネジメント、主たるAdamの設立した、今の人類になくてはならない組織です」
「その通り、んでもって、我らが比翼に対をなす組織があるのさ、【星の観測者】において常にAdamと肩を並べ続けたZeusによって立ち上げられた組織、それが連理ホールディングスだ」
「Zeus……」
その名自体は知っているが、現在【星の観測者】に通ずる資料は基本的に閲覧制限がかかっている上、教科書から大部分が削られていると聞く。何があったかは知らないが、今では一般教養ですらない。
「そして、連理は銀河において史上最大の企業なんだよ。組合が起こされてからはあらゆるビジネスグループ、カルテル、アライアンス、ましてや個人企業まで、瞬く間に呑み込み、傘下においていった。連理が銀河最大の営利企業になるまで時間はかからなかったよ。うちとはまた別の方向性で銀河の80%以上を掌握しているわけだ。比率的にはそこまで大差ねーけど」
僕がメモに纏めているの見て、話す速度を調整しながら、リーダーは話し続ける。とても聞きやすい。きっと執筆速度や相槌などから理解度とかを見ていてくれているのだろう。
「んで、沈のいた16thや8th、7thとかの例外を除いて人が住む惑星であり、かつ金銭という概念があれば基本的に連理を知らない、なんてことは言えないほど、企業、金って面に癒着している存在なんだよ」
一つ、間を置いて。
「そうだな、比翼が横の繋がりだとしたら連理は縦の繋がりで成り立ってる組織だ、一から十までうちとは真逆。片方に在籍しているだけで片方を恨むやつもいるぐらいだ」
こほん、と話を閉じて僕が書き終わるのを待ってくれる。
「で、さっきからやたらと沈が気にしてたのはそんな連理の営業さんだ」
「……なんでこんな施設に営業が?」
「いや、連理舐めてるわ、こんな施設ですら連理からすりゃあ全然美味しいターゲットだよ、細かい備品、建築、保険なんでもござれだからな」
「それは……」
なるほど、認識を改めなければならないか。そうか比翼と同規模なのだから、比翼の比率でそれが全て金銭面で動いているのだ、当たり前か。
「その大目的は比翼と一緒なんだけどな」
「というと……0thの……?」
「お、よく知ってるじゃねーか」
「いえ、0thが関わっている、ということだけ、そもそも0thについてもよく知りません」
「知ってるだけ偉いよ、あれに関する情報は特級制限かかってるからなぁ」
0th-TERRA、名を【
「そうだな、なぁ、沈…【
自分の足元を、その先の先を見るように、見下ろしながら。遠い、遠い眼をして。
「……し、知りません」
「だよな、そーだよな、沈はまだ、知らないよな」
「…………ヴァン先輩、それって、どっちのことを……」
そう、口に出そうとした時。視界が、けたたましい音とともに、大きく、大きく揺れる。
005
『Emergency!! Emergency!! 緊急事態です。獄内のセキュリティ、マザーシステム、外装、外壁の大部分に修復不可なダメージ。監獄獣の暴走、それに伴い保護下魔獣の制御不可、乗じて咎人が既にかなりの数脱走、獄内の役員、看守、守衛、一度所長室まで戻られたし!!』
サイレンと共に、絶望を告げる放送が獄内に鳴り渡る。不味い、不味いぞこれは。どうする、よりにもよって監獄獣の暴走だと? AAクラスの化け物じゃないか、鈴鳴でも止めれるかどうかだぞ。
「狙われたな……」
ぽつり、とリーダーが呟く。その声に冷や水をかけられたかのように脳が覚める。そうだ、リーダーがいる、冷静になれ、脳に酸素をしっかり送れ。
「……と、言うと?」
「所長、副所長どころか、大監獄の上層部が丸っきり居ないんだ、今日は。恐らく犯人がいるなら、狙ってやがる」
言い終わると同時。一瞬、目を閉じるリーダー。ぱちり、と目を開ける。すると。
《竜の隷属》†《竜の血》†《コンボ:竜我一体(アマツマガツチ)(偽)》†《コンボ:
禍々しい、ただ禍々しい黒衣を身に纏っているリーダー。おぞましく、どろどろとした力、ただひたすらに暴力の顕現。【竜の血】の力。詳しくは知らないが、竜に言祝を受けたのにも関わらず、リーダーはこの力を嫌悪している。それを一切迷わず、全開で使うということは。本気だ、いや、違う、そもそもそういう次元の事態だ。
「沈」
「分かっています、既にエリダヌスとカノープスの学警に応援要請。勿論オルフェウスにも飛ばしています」
「流石。じゃあとりあえず力でなんとかしねーとなんねぇとこをなんとかしてくる。だから沈は」
《高速思考》†《分割思考》†《並列思考》†《アドヴァイス》†《策士》†《コンボ:戦闘熟練:戦略(上級)》
「はい、細かい部分は全部任せてください。リーダーは思いっきり暴れてきていただけると助かります」
「おう、行ってくる!!」
言葉と同時。リーダーは姿を消す。僕は僕の仕事をしよう。個人戦力としては凡夫そのものであるが、こっちにかけてはそれなりに誇らしてもらっている。さぁ、始めるか。
006
以上が、今回の大監獄陥落事件が起きるまでだ。事の顛末については別紙に記載している。大層な名だが、既に大監獄は三日ほどでその機能を取り戻し変わらず運営している。が、この惑星の重要機関を三日停止させたのだ、宣戦布告染みた何かではないかと、噂されている。
結局、死傷者は出なかったものの、負傷者は三桁、事の終結までに要した時間は四時間。それも五星団のトップがほぼほぼ集まって、だ。議題には昇らなかったものの、北半球の警備は四時間手薄になっている。恐らく、何か仕込んだはずだ。幾らかこれについて探りを入れている流れがある。
やはり、何かが始まる前兆のような予感がする。引き続き、警戒する必要があると僕は考える。
これにて、こちら側の手記については筆を置くことにする。誰かに読まれるとは到底思っていないが、ここまで読んでくれたものがいるのなら、礼を言わせてもらう。
銀河学園警察 you @tokiwa
★で称える
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