High-Speed dragon cruise!



 001


 漆黒、暗黒、深淵、ただただ闇。

 際限なく、どこまでもなにもかもを吸い込みそうな深い闇。しかし、目を凝らせばぽつりぽつりと白い光が彼方此方に散らばっている。一つ気付くと何故意識出来てなかったのか目を疑うほど幾千、幾億、いやそれ以上に光が点在していた。星。一粒一粒が、恒久に輝く星。そんな星屑の中、群を抜いて巨大な惑星が。目を奪われるほどの青い星。

 名を、学星寮【3rd-TERRA】。現在人類の保有する惑星で三番目に大きく、価値のある星。


「……ちっ」


 それを少し高い位置から見下ろすのは。


『……お早う【イザナギ】』

「それで呼ぶな、ちゃんと名前がある」

『くくく、すまないな、エヴァンスロード、えらく不機嫌ではないか』


 エヴァンスロード・アルフィーネ、通称ヴァンであった。その隣には黒い靄のようなものを纏った男。珍しく目に見えて相手を威圧するように機嫌の悪さを誇示する。


「そりゃそうだろうが、気持ちよく寝てたと思ったら世界で一等嫌いな奴の目の前にいるんだからな」

『くくく、一等嫌いか、余は貴様の事は気に入っているぞ』


 ぎろりと睨むヴァンの視線をひらりとかわし、男はその骨みたいな白い顔をこれでもかと近付けて、邪な笑みを作る。


「近寄んなトカゲ。用があんならさっさと話せ」

「くっくくく、トカゲ、トカゲか。そうだな余がトカゲか、くくくく……腹がよじれるぞ、千切れてしまう。しかしだな小さきものよ、先ほど貴様が宣ったように余にも名前があるのだ、忘れたとはいわせんぞ?」

「ちっ、用があるならさっさと話せ【天津瀬織八十禍撞日黄泉地大神あまつせおりやそまがつひよもつちのおおかみ】さんよ」


 息が絡みそうなほど近い距離で、吐き捨てるように捲し立てるように。男は目をぱちくりとさせて、再び腹を抱える。


「くくく、くかかか!! 貴様は人を笑わせる天才だな。その名で呼ばれるのなど久方過ぎて驚いたわ、意趣返しのつもりか? くく、アマツマガツチでよいと言っておろう」


 これでもかと機嫌良さげに声を上げ咲う男。失敗したかと小声で舌を打ちながら眉間に皺が寄る。


「だから、何のようだマガツ」

「くく、最初からそう呼べ、このやり取りを後幾度繰り返すつもりだ」

「俺としては金輪際、刹那たりともお前と同じ空気を吸いたくないんだけどな」

「それは出来ない相談だな、わかっておるだろう。貴様は【竜の隷属ドラグリア】なのだからな」

「なった覚えはねぇ」

「覚えはなくとも【成った】のだから仕方がない、有史、概念上最強最大の暴力と謳われる余の【凶ツ嵐ASTRAL】に真っ向から挑んだのは貴様だ」

「好きでやったんじゃねぇよ、いいから、何の用だって聞いてんだ」


 大袈裟に、わざとらしく肩を竦め、人間とは何故そこまでせっかちなのか、などと宣い、まるで役でも演じているかのように細く長い腕を伸ばす。


「まぁ……いつものことではあるのだが、近々、星単位での脅威がこの3rd-TERRAに訪れる、然程のことではあるが、少し厄介でな」

「…………何が」

「いや、なんというか、規模自体は大したことはないのだが、とにかく気にはしておけ」


 ちっ、と舌を打ちながらそっぽを向くヴァン。


「くくく、本当に余のことを好いておらぬのだな」

「当たり前だ、そもそも何でお前みたいな奴が一々それを俺に伝えるのかも分かんねぇし、信頼もしてねぇよ」

「信用はしてもらっている、と捉えるぞ。何より実際これまで余が言ったことが外れたか、ん?」


 ……黙る。


「仮にも【星の護剣】なのだ、いくら貴様が意思に選ばれた【星の子】といえど、スケールが違う、存在として、概念としてこの星を守護する力なのだぞ?」

「そこだ。何が【星の護剣】だ。ただのテラフォーミングシステムだろお前は、良いように言ってんじゃねぇ」

「くく、そこに関しても理解はしているだろうに」


 かつて人類によるユニバースフォーミングが施行された時、遺された人類の全てを詰め込み創られたテラフォーミングシステム、通称【創世記Dragon

 人々に伝えられていた神話を元に築き上げられたそのシステムはありとあらゆる惑星を簡単に人の領域に造り変えていく。人に仇なすものを食い破り、豊穣と祝福を星に与え、惑星環境を人へ向けて落とし込んでいく。

 そして、ある一定の水準を越えた惑星には【星の意思Entelecheia】という星の自浄作用とも言える、星を護ろうとする意思が芽生え始めるという特性がある。テラフォーミングを終えた創世記はこれに従事し【星の護剣】へとパラダイムシフトを行い、星を護り続ける。アマツマガツチ、この学星寮に四本、星の護剣の一振りである。


「わざわざ言いにきたってことはアルとかあの人と…んでもう一人んとこにも共有してんのか?」

「甕、混沌、月読の隷属どもは今回役立たずだ、貴様しか動けぬ」

「あぁ? そりゃどういう……」

「悪いがこれ以上は引っかかる。そろそろ目覚めの時だ」

「くそ野郎が…その内もっかいぶん殴りにいくから覚えとけよ」

「くくくくく、楽しみにしていよう」


 あどけなく、老獪に笑うマガツと呼ばれた男。程無くしてヴァンの姿が闇へ融けていくように虚空に消え去っていった。

 再び一人になると、美しき3rd-TERRAを双眸で俯瞰する。どこか儚げな視線を永らく落とし続ける。


「……隷属というやつは、その性質上、運命に弄ばれる。苛烈極まる生涯。それに耐えきれずか、総じて夭折する、総じてだ。しかし貴様は星の子とのデュアルロールを演じている。そもそも星の子かつ竜の隷属が同じ世、同じ時間に二人いるだなんぞ、異常事態にもほどがある。きっと何か、何かが起こるのだろう。余は、間もなくしてそれが始まるのだと感じている。頼むぞ、小さきものよ。余が最強最悪の暴風に、嵐域に吹き荒ぶ風を止ませた、凪ぎを誘った貴様なら、どれほど荒れ狂う運命にだって抗えるだろうさ、どうか余に見せてくれ【星辰・誘凪命せいしん・いざなぎのみこと】よ……」

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