おまけ

「おい!待てよ!」


 後ろから、喧嘩腰の女の声が聞こえた。

 息切れで苦しそうにしながら、鋭い目でこちらを見据えていた。

 男は黙っていると、女は近付き、男の高い位置にある襟首を掴み叫んだ。


「てめえ、なんで別れたんだよ!意味わかんねえよ!そんな男だとは思わなかったよクズ野郎!」


 吐き捨てるように言う女は、どうやらまたろくに話も聞かずに男の所へ来たらしい。


「落ち着いてよ。別に俺が振った訳じゃないよ、向こうに振られたんだ。」


 そう事実を伝えると女は目を丸くして、バツの悪そうに、手を離し、下を向いた。


「なんだよ、先に言えよ。」


「それが有無を言わせず、襟首掴んだ人間のことばかい?」


 男は薄く笑ってそう言ってみせた。

 彼はどこか我を忘れたように見える。少なくとも彼女には。


「悪かったよ!これでいいだろバカ!」


 火照る頬に気付くこともなく、男は追い討ちをかけた。


「えぇ!一言多いけど、肝心な一言はー。」


 悔しそうに女は顔を上げると、噛み付くように言った。


「ごめんなさい!!」


 その後女はぶつくさと何か言っていたが、男には何と言っているのかまでは分からなかった。







「遅えよ!バカ!」


 時計を指さしながら彼女は言った。

 彼は動じず、笑顔で返した。


「何言ってんのさ。集合時間は、あと5分後ですよ、お嬢様。」


 彼女は途端に恥ずかしくなり、真っ赤な顔で、彼の腹に1発入れた。


「えぇー!!ちょ、ちょっと、それは酷いんじゃないんですかね。うわー、痛っ!」


 片手で腹を抑えながら、彼は言った。


「うるせえ!行くぞ!!」


 彼女は歩き出した。







「なあ、あれで良かったのかね。俺は。」


 珍しく弱った彼の前に少し戸惑いつつも、しっかりと答えた。


「あれはない。」


「はは。手厳しいな、これは。」


「でも、、、でも、あの時、私が君の立場だったら、私も同じ事をするよ。私はバカだから、君ほど上手くは行かないし、感情的にはなるだろうけどさ。」


 それは彼女なりに、考えて出した結論だった。

 彼は少し驚いて、微笑み、手元に目を落とした。


「そうか、、、そうだね。うん。ありがと。少しすっきりした。あと、少し面白い嫌がらせを思いついた。」


 そう言って彼は立ち上がり、彼の高校の頃の思い出の品をあさり始めた。


「君の嫌がらせは質が悪いからね。程々にしなよ。」


「君の腹パンよりはきっとマシ。」


「ほほう。そんなになぐられてえのか。」


「やだー。さっきの真面目で可愛かった子戻ってきてー。」


「たった今家出しました。おらあ!!」



 軽い鈍い音が小さな部屋に響く。








 はあはあはあ。


 息切れを、雨を、足の痛みを、気にせず無我夢中で走った。そして、彼の元へと。



 彼は、ホースで繋がれたマスクをしながら、寝ていた。そして、白い服をきた、かつての恋敵から話を聞いて。


 泣いた。


 泣いて、泣いて、涙の跡ができて、もう涙も出なくなるまで泣いた。


 泣きつかれて、寝ている彼に、被さるようにして彼女も寝た。


 ふと、起きると、頭には彼の手が乗っていた。もしやと思い、彼の顔の方を見ると、


 笑っていた。


 笑顔が眩しくて、頭に乗った手が優しくて、悲しかった。そして、また泣いた。



 しばらくして、泣き止むと、彼は口をゆっくりと動かした。


「ば」



「か」



 そんな軽口も何処か悲しくて、


「うるさい!馬鹿あ!」


 そんなふうに叫びながらまた泣いた。


 そうしてるうちに頭から手が落ちた。

 とっさに顔の方を見ると、まだ、目は開いていた。もう一度彼は口を動かした。



「あ」



「り」



「が」



「と」


 そして、彼は笑うと、目を閉じた。




 その目は2度と開く事はなかった。



 さっきまでも号泣だった。


 しかし、今度はそれ以上だった。


 彼の死、そしてコートのポケットに入っていた紙のせいで。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 楓、君にはたくさん助けてもらった。

 たくさんのモノをもらった。

 その分だけ俺も返していきたい。

 愛している。

 結婚しよう。


 プロポーズ決定案

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こんなの、、持ち歩くなんてさ、、お前馬鹿かよ、、、、。」


 涙もでつっかえながらの言葉だった。

 次は笑って言わなきゃ。

 そう思いつつも涙が止まらない。

 泣き笑いになりながら言った。





「ありがとう。愛しているよ。愛輝。」





 諦めた男の愛は。1度途絶えた。




 男は運命にだけ嫌われた。



 しかし、



 運命に嫌われることに対しても、結局男は諦めた。



 男は愛に生き、その短い人生を駆け抜けた。


 それはくすんでいたかもしれない。消えかかったかもしれない。


 でも確かに輝いていた。

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結局俺は諦める 河條 てる @kang

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