第3話

 学園を発ってからもう1年ほど。同じ時期に出発した皆はどうしているかしら。もう帰った頃合かしら。

「ミス・ジルヴァ、考え事ですか?」

 離れて久しい故郷に思いをせていたエリンシアは聞こえた声で意識をこちらに戻した。

「ええ。学園の皆のことを。…それにしても、あなたの背に乗せてもらうなんてなんだか申し訳ないわね」 

エリンシアは自分のまたが一角馬ユニコーンに応えて言った。

「妻子の恩人には尽くさなくては。それにこの森は人間には危険ですから」

「恩義に感じなくてもいいのよ。『魔道師よ皆のものたれ』ですもの」 

 魔道師になる修行の最終段階として永遠とわの森を横断していたエリンシアは、その道中でトラバサミにかかった一角馬の親子を助けた。一角馬の狩猟はどの国でも今では禁じられているものの、剥製はくせい目的の密猟が後を絶たないのである。生き物は命があってこそ、美しく輝くというのに。貴族がこぞって応接間に飾りたがるのをエリンシアはいまいち理解できないでいた。

 一角馬は白い体毛に金色のたてがみと尾そして碧眼がたいそう美しい、馬によく似た生き物である。馬との決定的な違いは額から伸びた大きな一本の角である。優美な見た目とは裏腹に力強い一面のもあり、人間のひとりふたりなど軽々とその背に乗せてしまえるのだ。

「今日はもう休みましょう。疲れたでしょう」


 エリンシアは杖を使って小さな火をおこすと、その側に腰をを下ろして乾パンをかじり始めた。普段は干し肉も一緒に食べるのだが、背中に乗せてくれる一角馬が以前に嫌そうな表情をしたので彼に敬意を払って自粛しているのだ。そんな一角馬はエリンシアから少しはなれたところで草をんでいる。

 永遠の森で今日も平和に過ごせてよかったな。エリンシアがそう考えて睡魔に身をゆだねかけていたまさにその時。

「ミス・ジルヴァ!血のにおいがします!」

 一角馬の緊張した声が聞こえた。

「様子を見に行きましょう!」

 杖を握り締めて一角馬に跨った。



あんちゃん、余裕なのも今のうちだぜ」

 対峙している短剣の男はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 気味が悪いな、増援が来るのか。いや、そんな気配は感じられない。ならばその言葉、そっくりそのまま返してやる。

「賢明な判断をし損ねたな」

シャルルは低く呟き長剣ロングソードで斬り捨てようとしたが、それはかなわなかった。

「クソ、体が、毒か…」

「だから言っただろう、、と」

 短剣の男が悠長に構えていたのは俺の体に毒が回るまでの時間稼ぎだったのか。ゆったりと男が近づいてくる。ああ、俺はここで死ぬのか。…あのの側に―

「死ねッ!!」

 薄れ行く視界の端に見知った金色を見た気がした。

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剣と魔法とあなたと私 南しぐれ @ShigureMinami

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