四
それからの生活が地獄であった。
焦燥、恐怖、不安。
安堵という物が無かった。
しかし、例の二人は何気ない顔して日常の歯車になっている。輝は自分がその歯車に噛み合わなくなって非日常から抜けだせずにいるのを実感していた。違和は彼女を大いに苦しめた。
その感覚は彼女を幾度となく吐かせた。
流石にこれには例の二人も黙っている訳にはいかない。このままでは色々と不都合だ。
医者にでも連れていくとなり、説明の際に吐かれてしまったりされたら一貫のおしまいだ。彼らも焦っているはずだった。
或る日、輝に舛津からメールが来た。
『放課後廃校で待つ、来い』
輝は不審に思いながらも行くことにした。
廃校はいつでも死んでいる。
思い出をそのままに死んでいる。
しかし、件の教室は生きている様な雰囲気がある。
そんな教室の真ん中。
不思議と吸われるような感覚に陥るほど黒く艶があって男子にしては長い型ほどまである髪、髪から覗く淀む瞳、少しこけた頬。そして、輝より数段高い背丈。
『来たね、輝さん』
気持ち悪いほど白い歯が見える。
『酷い顔だ、不健康そのものじゃないか』
そう言いながら、石のように固まった輝の目の前まで舛津が近づく。輝はふと安心した。
壱岐とは違い、舛津からはヴァニラのような甘い香りが微かにした。そして、遠くから見るより肌は非常に白く滑らかで、吹き出物の一つもなかった。
そして、輝の頬を彼の大きな手が触れる。
『壱岐の所為だろう、話してご覧よ』
舛津の予想外の言葉に輝は衝撃を受けた……というよりはより気が楽になり、安心感を得た。すると、一気に涙が溢れてきた。そして洗いざらいすべて話すことにした。この際信用せざるを得ないからだ。舛津は一通り聞き終わると、一言発した。
『壱岐もそうなんだよ』
『え?どういうこと?』
輝は不思議そうに舛津を見る。
『壱岐も自分の罪を知ってる。だからこそ怯えているんだ、そして何かに擦り付ければやっていけないんだろう。標的が君だっただけだ、すまない。』
そういうと、舛津は頭を下げた。
輝は困惑した。どうすれば、どう返事をすればいいのか。とりあえず『いいよ』とは言ったが、舛津は頭を上げない。
『別にいいよ』と輝は肩をポンポンと叩いた。
舛津は頭を漸く上げた……神妙な面持ちで。
あまりにも嫌な空気が流れたものだから、耐えきれず輝は舛津に笑いかけた。
舛津もまた……笑った。
部屋の重苦しい空気は一気に晴れた。
二人はしばらく雑談をした。
『あっ、もうこんな時間だ……私帰るね、また明日……ね。今日はありがと、元気でたよ』
輝が微笑み、廊下に出た瞬間だった。
輝は後ろから舛津に不意に抱きしめられた。
とても優しく抱きしめられた。
輝は驚いた。
『ちょ…っ………ふな……つ?!』
その時、輝は舛津の囁きを聞いた。
『どんな事があってもアイツからは守ってあげるから安心してね』
そうして、舛津は輝を離した。
輝は現実味が無いまま家路につく。
ほんのりと香るヴァニラのような香りと共に囁きの意味を咀嚼しながら。
翌日何が起こるかも知らないまま。
黒板宇宙混沌絵図 えやみ蒼翳 @yeyami_soei
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