epilogue

先輩の結婚式と 二人の想い


「本当は、遠慮したいんだけど、仕方ない」


最後まで、断る理由を考え続けたミオリだったが、イスミのお願いに、最後は従うほかなかった。


「お願い!ミオリ。先輩から頼まれたんだもん、気にすることは何もないよ」


見事にドレスアップして、見惚れるほど美しいミオリに、イスミは改めて、ゴリ押ししてよかったと、満足の笑顔を向ける。そんなイスミも、負けじとミオリが見立てたワイン色のドレスが、良く似合っていて、眺めているのが楽しい。


帰りのことを考えて呼んだタクシーに乗り込みながら、ミオリは、上機嫌のイスミに対して、これまで言っていなかった理由を、口にする。



「イスミは、弁護士っていう仕事を、どういう風に見てる?」


「え?」


イスミが首を傾げると、ミオリは言いづらそうに、言葉を継いだ。


「私は、自分の仕事が、重要な仕事だと思ってるし、一生続けていく覚悟もあるんだ。でもね、企業とか商売の為じゃなくて、普通の人が、弁護士に関わる場面って、あんまり、良い記憶の持たれない場面だと思ってる」


「うん、そう…かもね」


イスミはこくんと頷き、ミオリの横顔を見つめる。ミオリは言った。


「ネガティブなことを言うようで、本当に申し訳ないと思う。でも、私はそういう視点。弁護士が正義の味方や、救世主であると思ってくれる人、また、そのように自負する同業が、いないとは言わない。それでも人間は、人間以上の存在には成れないから。だから私は…」


 

 ミオリがその続きに、何を言おうとしたのか、イスミには分からなかった。そのタイミングで、ホテルの入り口にタクシーが到着し、話が途切れてしまったのだ。



*



「なんか、すごいね」


ウタウは、こじんまりとしたパーティー、などと言っていたが、2人で行き着いたシャンデリアの広間には、かなりの祝い客が集まっていた。その中にはちらほらと、イスミの知っている顔もある。



「畠山さん…お疲れ様です」


イスミがそう言って、頭を下げると、会社の先輩の畠山さんが、自分の紫のネクタイに手をやりながら、ふわりと会釈をして言う。


「お疲れ様です。向坂さん。こちらは?」


問われてイスミは、自信たっぷりに答える。


「こちらは私の恋人の、ミオリです。弁護士です」


「ちょっとイスミ…あの、申し遅れました、羽村と申します」


ミオリが挨拶を返すと、畠山さんは、少し驚いたようにイスミを見て、言った。


「そっか、君もか。それにしても…いや、幸せだね、いいことだね」


「はい、好いことです」


イスミはにこやかに笑みを返し、畠山さんも微笑み返す。


彼が去ったところへ、今日の主役であるウタウが、白のウエディングドレス姿で、人の間をすり抜けるように登場する。イスミの姿を認めて、駆け寄って来た。


定番のウエディングドレスとはいっても、丈は少し短めで、靴の先がちらっと見えるくらいだ。肩が出ているデザインで、さらに純白の大柄のレースの手袋が、この季節にも映えて、とても爽やかである。本当に眩しい位に、きれいな花嫁さだと、2人は思った。


 そんな二人をよそに、ウタウは、イスミではなく、隣に立つミオリの顔をじっと見定めると、その両手を掴むように握りしめ、開口一番、こう言い放った。


「羽村先生!ずっと御礼が言いたかった。どうか、本当に私たちが結婚できるときは、保証人になって下さいね。ね、向坂さんも宜しく!じゃ!」



「うん、えっと、はい?」


あまりの素早さに、ミオリは何も言葉を返せず、イスミも下手なリアクションが精一杯だった。ミオリが言った。


「えっと…ウタウさん、だったよね。ごめん、分からなかった。あまりに変わっていて、とても、幸せそうだったから」


ミオリは握りしめられた手を、大事そうにそっと、脇に下ろす。そんなミオリは見て、イスミも、自分が感じていることを告げようと、口を開いた。


「さっきね、私、ミオリが自分の仕事のこと、どう思ってるか聞けて、すごく嬉しかったんだ」


ミオリが、イスミを見つめ、イスミも見返す。


「ミオリが仕事に対して真摯で、謙虚だな、っていうのは、前から思ってたけど。でも…なんだろ。そういう心構えだけのことじゃない。相手のいることなんだな、って実感してる。

 ウタウ先輩みたいな、本当に助けの必要な人たちがいて、ミオリは、そういう人たちにって。そう思ったらね、余計にミオリが、愛おしくなった」


シャンパンを受け取り、2人で話をするため、少し壁側に寄る。イスミが続ける。


「私も営業職で、お客さんに、ほんと、色んな事を言われるし、なんでそんなこと…って思うこともある。御金をもらってやる仕事の中身って、どこまでなんだーって、正直、分からなくなることもある。

 そういうときは、会社の先輩や上司に尋ねるし、これまでどうしてたのか、経験や知恵を借りて、対応する。それでも新しいことが出てきたり、尋ねても答えが貰えない時は、お客さんと自分で、しっかり話をする。

 

 もちろんそれで、上手くいくときもあれば、余計に話がこじれるときもあるけど、変化があれば、対応策も見えてくる。

 ね、ミオリ。私たちって仕事は違うけど、もしかしたら話せること、相談できることって、きっとたくさん、あるよね」


 イスミは話し終えると、右手のシャンパングラスに、口を付ける。雰囲気にのまれて、顔が熱い。


 かたや、集中してイスミの話を聞いていたミオリは、グラスを持つ手に、ぐっと力を入れると、イスミにだけ聞こえる声で、こう言った。


「…惚れ直したよ、イスミ。たぶん、そうだね。話を、たくさんしていこう」



 ミオリは、そこでようやくシャンパンを一口、口に含めた。あとでまた、ちゃんと花嫁にお祝いを言いに行こう。イスミが傍にいれば、男とか女とか、そういう自意識を超えて、もっと、柔らかい人間になれる気がする。

 パートナーから学ぼう。"強く"なろう。



「ミオリ、お腹空いてない?私は空いちゃった」


そう言ってミオリの手を引くイスミに、ミオリは頷く。


愛おしいと言ってくれた彼女の為に、一緒に生きていける時間を、限りなく、愛おしんで過ごそう。


「私も。今日来て好かったよ。イスミ」


ミオリの言葉に、イスミは嬉しそうに微笑んだ。これ以上ない幸せだと、ミオリは思った。



Fin.

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『アニカリズム』 ミーシャ @rus

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