「……そんなに気に入らないなら、殺しに来いよ」

 どうやら、カラスの目をさまさせるというミッションは失敗に終わりそう。悔しいけど、悔しくてしかたないけど。


「……わたしとは正反対ね」


 ポツリと漏れたわたしの本音。でも彼はわたしの言葉を拾い上げてくれても、わたしの心までは拾い上げてくれない。


「そうなんだよ。大和撫子なんて俺ですら絶滅したかと思ってたのに、いたんだよな。ほんとに可愛くて控えめでさ。優しいし。でも、嫌なことははっきり言うんだ。まさに、女神! 女神と結婚できる俺、世界一の幸せ者だよ」


 幸せそうにカラスはのろけだす。


 本当に笑ってしまうほど、わたしとはかけ離れた女性だ。

 わたしは自慢の金髪、ハニートラップに必要なボディーを維持するためにどれだけ金をかけて、努力しているか、わかってるの? 写真の中の女はそんな努力しなくても、自然体でカラスの心を奪ったわけね。


 認めたくないわ。自分の思いに気がついてしまっているからこそ、認める訳にはいかないの。


 スカーレットのセクシードレスではなく、素朴なワンピースを着ていればわたしにもチャンスはあったかしら?


「なぁ、祝福してくれよ」


「いやよ、絶対にいや」


「なんで?」


 どうして、わたしの祝福なんか欲しがるのよ。惨めになるだけじゃない。

 ひどい男。なんで、こんな男なんか好きになってたんだろう。


「そんな女、あなたにはふさわしくない」


「それは俺が決めることだろ」


 気分を害したカラスは赤ワインを一気に飲み干す。

 わたしの色を飲み干して、黒いカラスは白い女を選んだ。


「サラ、やっぱり、俺に気があったんだろ?」


 そうだと言ったら、わたしを愛してくれるのかしら。


 わたしは、気づかれないくらいかすかに首を縦にふった。カラスは気がついてくれたのかしら?

 どちらにしても、彼の顔から細かい感情読み取ることはできない。ポーカーフェイスは殺し屋の必須技術スキルだから、最強の彼がそう簡単に感情を顔に表すことはない。


「まぁ、何がそんなに気に入らないのわからないけど、そんなに気に入らないなら、殺しに来いよ」


 不敵に笑うカラスに、わたしは1つ勘違いしていたことに気がついた。彼が殺し屋をやめることは、今生の別れを意味しているわけではないのね。

 まったく、わたしらしくなかったわね。

 どうやら愛のために自分を見失っていたのは、カラスだけではなかったようね。


「本当にいいの?」


 怪しい光を目に浮かべて笑うわたしが、カラスの黒い瞳に写る。


「いつでも歓迎するよ。どうせ、無理に決まってるんだから」


「どうかしらね」


 生きる楽しみが一つ増えたわ。

 わたしに失恋の痛手を負わせたこの男を後悔させることができるのなら、祝福してあげてもいいかもしれないわ。


 彼は、わたしの分の赤ワインも注文する。


「結婚、おめでとう」


 祝福の乾杯をする。

 どうにもこうにも、カラスにはめられているような気もするけど、今はそれでいいわ。

 今回は敗北を認めてあげるわ、白い花嫁さん。とりあえず、お幸せに。


 ――――

 カラスはフィアンセの写真を置いて、翌朝日本に帰っていった。


 わざわざ、裏に愛の巣の場所まで書き加えて。


 まったく、どこまで馬鹿にすれば気がすむのかしら。


 彼はきっと、わたしの気持ちに気がついていのね。わたしでも気がついてなかった気持ちに。

 今改めてそう確信するわ。わたしの思いにこたえられないことで、わたしを悲しませないように彼なりに気を使ったんだと。



 日本に向かう飛行機のファーストクラスの中で、わたしは2枚の写真を取り出す。1枚は酒場で祝福した時の写真。もう1枚は、去年引越し先を教えるために送ってきた写真。6年前に生まれた娘も加わった家族3人の写真だ。


 わざわざそんなものを送りつけてくるあたり、カラスの余裕が伝わってくる。


 あるいは、早く殺しに来いという催促。



 ごめんなさいね、カラス。


 わたしはあなたを殺すために日本に向かってるわけじゃないの。

 死神と呼ばれた伝説の元殺し屋の幸せそうな馬鹿面を拝みに行くだけ。

 どうせ殺せやしないんだから。

 あなたの肩透かし食らった顔を見てみたい。


「今はそれだけよ」

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黒いあいつは白を選んだわけでありまして 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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