「――よくも、そんな嘘がつけるわね」
わたしはサラ。
『スカーレットのサラ』の通り名で知られている殺し屋よ。 得意なスキルはハニートラップ、日本語では色仕掛けって呼ぶみたいね。このスキルにかけては世界でも、トップレベル。それを、わたしの実績が証明してくれるわ。
でも、今夜はそんなわたしの殺し屋としての実績なんてどうでもいいのよ。
今夜のミッションは、目の前で場違いな幸せオーラを振りまいている男の目を覚まさせることよ。
「殺し屋が結婚してはいけないなんてルールないだろ?」
「ないわよ。そもそも、殺し屋稼業にルールブックなんてないわよ」
「じゃあ、祝福してくれよ」
「イヤよ」
「なんで?」
誰かこの男の脳みそなんとかしてくれないかしら?
彼はカラス。
素性をまったく明かさないのは珍しくない。ただ彼は、世界中で活躍する殺し屋では珍しく日本出身だった。事なかれ主義の平和ボケした人種のいる島国出身の男が、「死神」の異名を手に入れた最強の殺し屋だなんて駆け出しの同業者はみんな耳を疑う。けれど、カラスが最強である事実は数年前から揺るがない。この先しばらく揺るがないものと信じていた。
なのに――、
なのに、自分からやめるとはなにごとよ。
わたしは感情的になっても無駄だと悟ったから、深呼吸をして自分自身をなだめた。
「よく聞きなさい、カラス。あなたは殺し屋よ。今までどれだけの人間を殺してきたの?」
「2、3人くらいだったかな?」
死神のわかりやすい嘘は、さり気なく聞き耳をたてていた薄汚い酒場の殺し屋たちを沈黙させるだけの破壊力を持っていた。無関心をモットーにしているマスターまでもが、作業を止めてしまうほどの破壊力。
「――よくも、そんな嘘がつけるわね」
「15人、くらいだったかな?」
どうしてこんな無駄な嘘をつくのよ。
あー、なんだか、めまいがするわ。
「あなた、軽く800人は殺してきたでしょう」
「そう、だったけ?」
(そうだよ!)
耐えかねたわたしが答えを出しても、とぼけるカラスに酒場中の殺し屋たちが心の中でツッコミを入れる。
「でも、もう関係ないよ。キレイさっぱりやめるからさ」
「確かにあなたは最強だから、やめるのを誰も止められないわ。返り討ちにされ
るのがオチだもの」
「わかってるじゃないか、サラ」
そこは自覚あるのね。カラスのドヤ顔に鉛玉をぶち込むことができたら、どれだけスカッとするか。
「とりあえず、俺のフィアンセの写真、見てよ」
わたしの気持ちなんか知る由もないカラスは、1枚の写真を取り出してテーブルのわたしと彼の間に置く。
白いワンピースを着た可愛らしい女性が、一輪の花を持っている。
なぜツーショットではないのかツッコミたかった。
けど、その写真の女性の持つ空気が、あまりにもわたしと違いすぎてできなかった。
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