最終話 『人間』
今度の選択肢はまた違う物になっていた。
『鈴村洋平が死ぬ』
『松本宏が死ぬ』
前者は高校の教師の名前である。
後者は高校の同級生の名前だ。
ついに俺は人間の生死を掛けて先に進まなくてはいけなくなったと言うわけだ。
ここで俺は二人の人間について嫌な記憶を思い出す。
前者の鈴村洋平という教師だが。俺はそいつにいじめの相談をしたことがある。こいつは、いじめられる原因は俺にあると言い張り、高校生活が終わるまで何もしてくれなかった。
後者、松本宏だが、こいつは高校の時やたらと俺に突っかかってくる同級生だった。簡単に言うといじめ行為である。ことある毎に俺はいじめを受け、クラスから迫害される要因となった。そいつは面白おかしく行っていてクラスの皆も楽しそうに俺に対して暴力を振った。
どちらを選ぶか。
いじめの張本人か、それを見過ごした教師か。
俺は少しだけ考えてから、前者の鈴村洋平を選んだ。
松本宏は行なった事自体は悪かもしれないが、社交性はあった、人間としてその時点で俺より勝っていたわけだ。生物として下等は淘汰、上等は生存。それに従ったまで。
しかし教師と言う立場でありながら、生徒の教育を放棄した鈴村洋平はそれこそ人間として怠惰していることになる。
扉に入るとまた同じような選択が続いた。
無能な上司。無能な部下。腹立たしい人間。メリットもデメリットも無い友人。
罪悪感なんぞこれっぽっちも抱かないようになっていた。
「命には重さがあるな」
「ようやく気付いたかい」
「ああ。命の重さを感じるようになった気がする」
「そう。徳を積む積まないでは無く、人間が人間として価値があるかないか。生きていくために必要か必要でないかで決まる。命の重さとは、弱肉強食の頂点に立つ者こそ価値があり、下に行けば行くほど価値は薄くなっていく。調停者は君さ」
「ありがとう」
「そんな君は次に何をする。動物も間引き人間を間引き、金を手に入れ食事もした」
「そうだな……」
「君はようやく冷静な判断力を取り戻した。僕の言葉もだんだんと意味の無いものとして感じ始めているね。つまりここからは君の意志だ。君は統べるために何をする」
「俺はまだ人間として頂点では無い。上を決める判断材料はなんだ?」
「お金かい?」
「いや違う。金は上のすべき事に必要な要素でしかない。金を手に入れるための努力こそ、本来の人間にとって不必要なことだ」
じゃあ答えはなんだ。
人間の頂点がすべきことを考えなくてはならない。組織のトップは人間のトップじゃない。社会で生きる人間にとって、人間足りえるものとはなんだ。
思考の全てを組織の為に費やさなきゃいけない。全く人間と呼べない存在じゃないか。
上に立つものは間違いなく自分の為に思考し、選択する。
金が欲しいと言えば金を無償で手に入れ、腹が減れば食事をする。眠くなれば寝て、女を抱きたいときに抱く。
選択した事象が自由に実現してこその人間ではないか?
選択肢は目の前の、容易に叶う選択肢では無い。
他人や生物の生死に係わる選択を自由に行ってこそ頂点だ。
俺が頂点に立つべき選択とは何か。
本能に従事した選択をしなければいけない。
理性だ。
頂点に立つには、何かを足すのではない、切り捨てねばならない。
理性を切り捨てる事こそ人間として、ふさわしい存在ではないか。
まだしていない事を達成してこそ、俺は人間と成ることができる。
俺は調停者だ。
食事をして、風呂に入り、ベッドで寝る。そして不必要な人間を殺す。
いつの間にかこの部屋は、俺の欲しい選択肢を用意してくれるようになっていた。
扉を開けるたびに、俺は幸福感と優越感が同時に襲ってくるようになっていた。この部屋が脈々と広がる世界。俺は間違いなく世界の頂点に立っていた。
『出口』
『女』
この部屋に迷い込んでから一週間あまりが過ぎただろう。
三度目の出口と言う選択肢だ。
もう片方は今までにない選択肢だ。何もかも自由に叶ってきた欲求の中で叶えられなかったひとつ。抑えがたい欲求の一つ。
この部屋に入ってからと言う物なぜか性欲だけが時間を追うごとに膨れ上がっていた。日常生活では考えられない程の欲求だ。寝る前と起きた直後に毎回処理を行ってしまうほど。
人間は死を感じると本能的に子孫を残そうとするため性欲が増すらしい。俺は部屋に閉じ込められてからと言うもの、常に死の危険を感じていたのだろうか。
でもそんな事は良い。
俺は頂点だ。
人間だ。
女。
扉に手をかける。
性欲。
ドアノブを開ける。
快楽。
出口と言う選択肢は頭に入っていない。
情動。
手が汗まみれになっている。
快感。
目をひん剥いて、
本能。
本能の赴くままに前へ進めばいい。
目の前に居たのは全裸の子供である。
寝ているのか、体は仰向けのまま顔をあちらに向けている。
長い髪の毛から、張りと艶のある柔肌が伸びている。
成長途中の腫れ始めた胸。締まりのある体から肋骨がやや浮き出ている。しかしくびれができる程成長していないためお腹だけポッコリと膨れて見えた。
小ぶりの尻と、産毛を添えた陰部。そして人形のように光沢のある両足は筋肉の少ない柔らかな脂肪がまとわりついている。
子供はこちらを向くと、一瞬驚いたような顔を見せてからすぐに起き上がり笑顔を見せた。恥ずかしいのか胸と局部は手で隠しつつ、それでもこちらを見つめてうるんだ瞳を見せてくれた。
笑みを返した。そして女の子へとゆっくり歩みを進める。
女の子もこちらに歩んでくる。
今にも泣きそうな目に抑えきれない笑顔を乗せながら女の子は口を動かした。
「お父さん!」
終わり
二者択一の無限部屋 三月一三 @sangatsuissa
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