桃を食べて若返り過ぎたおじいさんとおばあさんのお話

月下ゆずりは

第1話

 昔昔あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいたそうな。

 集落というよりも家がぽつんとあるだけだったそうな。限界集落認定されてもおかしくないのですが政府から認定はおりませんでした。

 おじいさんは山賊狩りに。おばあさんは川で槍を使って魚を捕まえていたそうな。

 おじいさんはたいそう筋肉質で大暴れした過去もあったそうですけど、今は大人しくなっていたそうです。

 おばあさんは戦神やら命の洗濯者やらいろいろなあだ名を持っていたそうですが、大人しくなったそうです。

 おじいさんは山賊の頭の襟首をつかんで締め上げていました。

 おじいさんにとって、魔術も呪術も使わない技術も力もない馬の骨をぶん殴って殺すのは造作もないことでした。武器は鉞くらいしかありませんでしたが、真の実力者は武器など使わずとも相手をぶっ……倒すことができるのです。

 おじいさんはにこにこと笑っていました。麻の清潔な服を着込んで。

 あたりに転がる死体はどれも流血していました。腕がないもの。あとパーンってなってる死体もありました。頭ですね、頭。


 「で? ……わしを満足させられる宝物はどこにあるというのかな?」


 おじいさんはとても紳士的に尋ねました。あたりにはおじいさんが拳で粉砕した山賊どもの死体が転がっていました。山賊の頭は述懐します。あれは地獄だったと。

 鉞を構えた老人が山賊の根城に踏み込んできました。


 「なんだあいつ……」


 困惑する山賊は次の瞬間絶命していました。

 おじいさんがおもむろに投擲した鉞によって頭部ごともって行かれちまったのです。

 なんだこれはとたまげたのは山賊の頭です。腕を組んでいたところ突然根城の門番の頭が吹き飛ぶ瞬間を見てしまったのですから。


 「野郎!」

 「遅いのう」

 「なに!?」


 爆発音と聞き間違うような打撃音が響きました。

 根城の入り口の門が吹き飛びます。頭巾をかぶったおじいさんがあらわれます。

 門番二人組みが棒で殴りかかった次の瞬間。なんということでしょう、二人はそろって地面をこすって吹き飛んでいきます。摩擦によって顔がえぐれて酷い有様になってしまいました。

 ぴくりとも動かない二人を尻目におじいさんがさらに進みます。

 盗賊たちは殴りかかろうとせず、弓を構えました。彼我の距離は家三件ははさんでいたことでしょうか。いっせいに放たれる矢をおじいさんは華麗な身のこなしでかわしてしまいます。

 のけぞって地面に倒れこむと、足を回転させつつ立ち上がって両手のひらで地面を突き飛ばして木の杭の上に立ったのです。


 「糞じじいが! 俺たちが誰だと思ってやがる! おれたち」

 「いっせいにかかるべきだと思うのだがね」


 矢をかわしたところで隙ができたので山賊の一人が槍を突き出しました。


 「!?」


 山賊の男はすさまじいものを見てしまいました。

 おじいさんはにこにこと笑いながら槍の上に立っていたのです。おじいさんはとても老人とは思えない身のこなしで槍から下りて、山賊の槍を持つ手をねじると。腹を中段蹴りによって粉砕しました。

 蹴りを放った足を、地面についている足を基点に高く持ち上げます。槍を首を通して肩に担いで。まるで威嚇するかのように、緩やかに足を下ろします。


 「う、うぅぅぅ」

 「どきたまえ。内臓を粉砕した。君の命はもって数分だ。こんなところで息絶える運命を呪うのだな」


 死に切れない山賊の男の頭を押しのけておじいさんが前に進みます。

 たじろいでいた数人が武器を手に襲い掛かっていきます。あるものは半泣きで。あるものは鬨の声を上げながら。

 おじいさんが槍を構えます。槍先を地面スレスレに姿勢を落として。

 次の瞬間、一人の男が吹き飛ばされて森の木々の中に消えていきました。槍にべっとり付着した血さえおじいさんの槍さばきによって湯気となって消失していきます。

 二人目。おじいさんが槍で足を撥ねると、崩れたところを見計らい懐に飛び込み腹部に一撃を食らわしました。腹に深々と刺さった槍を抜くことなどできません。おじいさんは二人目を担ぐと、槍の一振りで捨ててしまいました。

 三人目。棍棒の一撃を身をそらすことでかわすと、槍で肩を突き刺してしまいます。そしてそのまま頭をつかんで地面にたたきつけて足で踏みにじりました。

 四人目。槍を投げつけます。その速度たるや恐ろしい。一瞬にして視界から消えてしまうほどでした。四人目の男は自分が何をされたのかもわからないまま上半身と下半身を半分こにされてしまいました。

 最後、山賊の頭がいました。

 

 「そんなばかな……このじじいなにもんだ」

 「わしかね? 通りすがりのNOUMINだよ」

 「農民?」

 「NOUMINだ」

 

 お前のような農民がいるかといおうと思いましたが、一瞬にして眼前にまで肉薄されていました。

 農民は最強なのです。意味不明な技術を使うサムラァイを農具だけで殺せる戦闘民族なのです。曰く辺境の蛮族たちも神がかった強さを発揮するといいます。

 山賊の頭は、相手が移動した瞬間を見ることができませんでした。そう、瞬歩などと呼ばれる技術をおじいさんは持っていたのです。

 襟首をつかまれた頭の顔は真っ青になっていきます。おじいさんの腕力は強すぎました。このままではハンバーグのように捻りつぶされてしまいます。

 ギブアップだと言わんばかりに山賊の頭はおじいさんの手をつかんで声を張り上げます。


 「わかったわかった! 降参だ! 命だけは助けてくれ! こ、こ、ここに鍵がある! なにやらすごい効果の桃があるんだ! 食べたら願い事を何でもかなえてくれるらしい!」


 ん? なんでも? とおじいさんは聞いてみようと思いましたが、めんどくさくなってきたのでその辺に投げつけておきました。

 鍵を入手したので、あたりをうろうろしてみます。


 「最近腰が悪くてのう……」


 老人だから仕方がありません。山賊の根城はどうも見通しが悪いごちゃごちゃとした構造をしています。ばりあふりーがなってないのです。

 最近の若者はどうのこうのとぼやきながらも鍵を差し込めそうな宝箱を見つけました。

 早速鍵を差し込んでみますが開きそうにありません。ピッキングの出番です。おじいさんはヘアピンを探しましたが未来のものなので見つかりませんでした。

 仕方がないのでもって帰ります。

 家に帰ると鯨のように大きい羽のついた魚の解体作業をしているおばあさんがいました。

 近隣の村を困らせていた怪物です。おばあさんの傍らには大きな剣が突き刺さっていました。身の丈ほどもあるそれをおばあさんは悠々と担ぐことができるのです。なぜかって? 老人になると腰が曲がって飛躍的に力持ちになるのです。さらには空気抵抗も削減されて効率的に動くことができるのです。

 おばあさんはくえすとに成功してとてもうれしそうです。剥ぎ取りも無制限です。


 「ばあさんや。桃を手に入れたぞ。とてもおいしいらしい」

 「おじいさん。あらまあ。でもだめみたいねぇ……桃じゃなくてただの箱じゃないの」

 「あけてくれないかのう」


 おじいさんは頭をさげました。でもおじいさんのCH(カリスマ)値は高くなかったみたいで判定に失敗してしまいました。

 でもおばあさんはおじいさんのことを愛していたのでダイスを鬼のように追加してあげました。

 箱をヘアピンのようなものとドライバーのようなものを使って器用に開いてしまいます。スキルが高いようなのでヘアピンがぜんぜん折れません。

 すると、次の瞬間には大きな桃がありました。

 腰を抜かした二人ですが、早速洗って半分に割って食べてみることにしました。

 ぱかんっ、と大きい音を立てて桃が割れます。赤ん坊とかはとくにいなかったので仲良く分けて食べました。桃はジューシーで甘酸っぱくよく熟れていました。


 「まるで昔のお前のようじゃのう……」

 「殺しますよおじいさん」


 感慨深げにおじいさんが桃を食べつつつぶやくとおばあさんが鬼の形相でにらみつけました。

 おじいさんは正直すまんかったと頭を下げて桃を食べることに熱中しました。

 熟年離婚はしゃれになりませんものね。


 その夜。

 おじいさんは妙に寝苦しいことに気がつきました。

 布団の中でもぞもぞと体を動かしていました。妙に布団が重く感じられます。


 「暑い……なにがおこっているのかのう……」


 そのころ、おばあさんも寝苦しさのあまり布団の中で丸くなっていました。

 するとどうでしょう。曲がっていた背中が見る見るうちにまっすぐに伸びていくではないですか。

 皺だらけの肌に艶が戻っていく。秒を追うごとに皺だらけの肌が健やかなもちもちとした白い絹のような肌に変貌していく。くくられていた白髪が波打ちながら伸びていく。まるで水が広がるように漆黒の艶輝く長髪へとかわっていった。老化の目立つ顔立ちも若返っていく。老人、中年、若者、そして――小さい童に。くりくりとした目鼻立ち。凛とした強い形状を宿した美貌。角度の甘い華奢な肩が着物の裾から覗いている。

 目をこすりながら"少女"が布団を跳ね除けた。


 「む? ……わたしは……こ、この声は!? じいさんや! おじいさん!」


 衝撃がでかすぎてつい文体まで変わってしまうほどでした。

 小柄な美貌がとたとたと廊下を走っていきます。凛とした目。流れるような長い黒髪。服装は古ぼけた布着ですが、道行く人を振り返らせる魅力を放っていました。

 時間は深夜です。

 月がとても大きく輝いています。ウサギさんが月の表面でもちをついています。

 ウサギさんは新技術を導入し月面探査車を使っているようです。えんでばー号という旗を備えた月面探査車をぶいぶいと乗りこなしています。

 廊下を走っていったおばあさんは、おじいさんとぶつかってしまいました。


 「うぅ……いたたた。はっ!? おじいさん!? 大変ですよ! 私ったら……あら?」

 「その声はおばあさん? ………なのかのう……若すぎると思うんじゃが」


 ごっちーんと頭をぶつけたおばあさんはすぐ起き上がろうとしましたが、頭がくらくらしてうまくいきませんでした。

 すると"少年"が手を差し出してくれました。

 色の白い作りの細い華奢な目の大きい美しい少年です。服こそダブダブの古着ですが、顔立ちのよさと甘く囁くような透き通った声がおばあさんの耳をぞくぞくとさせます。

 どきんと心臓が高鳴ります。胸をぱっと押さえ目線をそらすおばあさんに、"少年"が首を傾げました。


 「おばあさんや。どうやら若返りは若返りでも二人そろって若返りすぎたようじゃのう……」

 「おじいさん……? なのかしら。随分と若く見えるわ」

 「そのようじゃの。いやはや人生何があるかわからん」


 はっはっはと笑うおじいさんをおばあさんはとても見られませんでした。

 ばらのように赤くなった頬をどう隠そうかと必死だったのです。

 顔をそらすおばあさんの肩におじいさんの手がかかりました。すっと顔が近寄ってきます。動揺を隠せないおばあさんの顔を、おじいさんの指が捉えます。


 「せっかくだから一緒に来なさい」


 直球ど真ん中155kmを投げつけられたおばあさんはストライクしました。もともと深い愛情で結ばれていた仲です。若い体になってしまったのだから、再燃するのも当たり前です。

 いいところだと言うのに、おじいさんに手を握られて廊下を歩いていると、鳥の足に鳥の翼をしたアホ毛を頭に乗っけた獣人が家の庭に落ちてきました。

 なんということだと驚愕するおじいさんと、ちょうどいいところを邪魔されて怒り心頭のおばあさんの前で鳥の――どうやら、雀のようです――雀さんがちゅんちゅんと泣き叫びました。

 きれいに土下座を決めるとおじいさんとおばあさんの前に跪きます。


 「どうか力をお貸しください! ちゅん」


 こいつぁ事件だぞとおじいさんは久しく覚えていなかった熱い感覚を思い出していました。




 次回 舌切り魔王編


 続く?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桃を食べて若返り過ぎたおじいさんとおばあさんのお話 月下ゆずりは @haruto-k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ