第46話 三陸で見る月は何色だ

 そのニュースに気が付いたのは、今どき珍しい文字だけの電光掲示板であった。


陸泉りくせん鉄道の廃止方針を沿線市町が合意!」 


 流れるテロップなど、町を行く大半は気が付かない。ぼうっと足を止めて見たのは私くらいのものだろう。大方、想像は付いていた話であるが、それでも意思決定はまだ先の事かと思っていただけに、やや唐突とうとつな印象を受けた。


 私は、ネット上に関連記事を探す。震災被害からの回復には巨額の復旧費用が必要であり、未だにその手当の目途が立たないこと。トンネル区間は人家も少なく再開後も利用者がわずかしか見込めないこと。そして、それ以外の休止区間に関しては、そのほとんどをBRT(バス高速輸送システム)がカバーしており、震災前よりも事実上便利になっていること。この三つが廃止受け入れの理由として挙がっていた。


――三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道の存在は、陸泉鉄道の廃止決定には影響が無かったのだろうか?


 どの記事も、陸泉鉄道の廃止理由に、三陸夢絆観光鉄道の事は触れていない。良く考えて見れば、両線は別の鉄道会社なのである。しかも、陸泉鉄道は「地域輸送機関」であるが、三陸夢絆観光鉄道は「観光専門鉄道」でしかない。扱う乗客も運営の目的も全く異なるので、陸泉鉄道の廃止理由とは関係が無いというメディア判断になったのか・・・・・・。


 同じく唐突な話と言えば、若田部理事が大企業の会長職を降りていた。あのは、ネット上に動画としても流され、タイミング悪くそれが三月だった事からも、六月の株主総会ではおしかりの意見が集中したという。しかし、騒動が辞めた理由では無く、当初から予定されていた後継者へのバトンタッチだと会社は説明している。本人自らは否定も肯定もせず、ただ、教育センターの理事職だけは変わらず続けていた。


 陸泉鉄道の廃止決定も、どこか似ている様な気がする。一般報道とは異なり、ネット上ではSL観光鉄道に役割をバトンタッチした、という論調が多い。しかし、陸泉鉄道の廃止によっても、三陸夢絆観光鉄道の実態は何も変わらない。元々が休止状況であったため、見た目の上からも実運行上からも、何ら観光鉄道には変化が無いのだ。今後、外見上で変わるとすれば、観光鉄道での終点となっている「大崎浜おおさきはま駅」にある陸泉鉄道の車両が無くなり、大崎浜から先の赤錆びたレールがいずれ撤去されてしまう事くらいだろうか。


 ガントレットレイル(単複線)となっている四本レール区間については、陸泉鉄道のレールをどうするか、まだ決まっていないと言う。SL観光鉄道にとっては、万が一の脱線安全ガード的な役割も果たしているからである。また、三陸夢絆観光鉄道の起点駅は「中船なかふね駅」であるが、この駅はショッピングモールに隣接する独立した観光鉄道の駅なので、陸泉鉄道の廃止による影響は受けない。


 一方、法的には別の問題があった。今までは「鉄道事業法」の適用であったが、BRTバス専用道の併用区間は道路として、今後は「軌道法」の適用となるのかどうかである。ネット上にも色んな推測話が飛び交っているが、恐らくどんな決着に落ち着こうとも、三陸夢絆観光鉄道は「鉄道事業法」で設置された以上、「特定目的鉄道会社」のまま存続するのではないだろうか。そう、工藤弁護士は言っていたが、こちらも果たしてどうなるのだろう?


 そして、三陸に続く他のSL観光鉄道にとっては、三陸夢絆観光鉄道が参考とはならなくなった。陸泉鉄道とのガントレットレイル(単複線)方式による共通運行は、もはや三陸夢絆観光鉄道で実現することは無い。皮肉な事に、ガントレットレイルを標榜ひょうぼうしてスタートした三陸夢絆観光鉄道が、そのガントレットレイルにはならない。まるで導かれた運命の様に、偶然にも欧米の保存鉄道の様なSLになってしまったのだ・・・・・・!


 それでも、三陸夢絆観光鉄道は時刻表に載る! これこそが本物の鉄道会社であるあかしなのだ。鉄道地図から地域名が消えないのと同じように、時刻表にSL観光鉄道の時刻が載ることは、地域が忘れ去られないための非常に大切な認知ファクターなのである。


 気になるJRとの接続可能性は、これで将来的にも完全に無くなってしまうが、あの日から陸泉鉄道は止まったままなのだ。公共交通機関を使う観光客にもバス利用がしっかりと定着し、遠方から三陸夢絆観光鉄道に乗りに来る際にも、もはや陸泉鉄道を念頭に置く人はいなくなっていた・・・・・・。


~~~~~~~~~~


 陸泉鉄道廃止合意のニュースから間もなく、たまたま、東北方面への取材仕事が入った私は、既にやみに包まれていた中船駅にレンタカーで立ち寄った。空調の効いた車から薄着のままで降りると、思わぬ寒さに身震みぶるいする。私はカッパにもなる古いコートを急いで探し出す。だいぶ約束より到着時間が遅れてしまった様だ・・・・・・。


 既に閉店したショッピングモールからでは入れないので、ケンジ君は中船駅のホーム側から柵を開けて私を待っていてくれた。

 

「月は何色だと思いますか?」


 突然、ケンジ君が私に問いかけて来る。今、ここから月は見えない。私とケンジ君しかいない営業が終わった薄暗い中船駅ホームに、月の代わりに駅長室の窓だけが明るく光る。ほぼホームいっぱいに屋根があるので、空の様子はわからない。


――満月なら白っぽいよね。それとも銀色かな? 今、突然思い出したけど、子供の頃には月を黄色のクレヨンでいたっけなぁ!


「そうでしょうね。でも、あおい月もありますし、赤く見える月もありますよ。それは、まぶしくない夕日の様でもあって、僕も子供の頃から何回か見ることができました」


 夕刻まで走っていただろうSLは、火を落としてだいぶ時間が経っているのに、今もまだ近づくとほんのりと暖かい。SLは人間に一番近い機械だと言われるが、確かに機械なのに生きている様な気がするのだ。このSLには来航祭で会っていた。しかし、今はその時とは別の機関車に見える・・・・・・。


――月の色って、言葉で表現しようとすると難しいかもね。やはり、写真に撮って見せるのが一番確かじゃないのかな?


 私からの問いかけに、ケンジ君は「後で見えるところまで行きましょう」と答える。そこからなら、この時間に月が見えるのだと言う。


「雲が出なければいいのですが。月の色は、見る人によって違いますが、直接見れば、それがその人にとっての月になります。自分で見たならば、何色であるとか意識しないで、ただあるがままの月を受け入れられますからね」


 ケンジ君は、何か私に言いたいのだろうか・・・・・・? 


「僕たちは、三陸夢絆観光鉄道を、自分たちの手で作り上げたんじゃありません」


――ああ・・・・・・そう言う話だったね。岩木先生が「他人ひとの金・他所よその人材・外部そとの知恵を使った震災復興と地域創生の究極プロジェクト」だって。


「そうです。だから、誰もが不可能だと思ったSL観光鉄道が実現できました。でも、この先もこのままでいいのかと・・・・・・」


――どういう事かな・・・・・・?


 ケンジ君は、細く光る二本のレールが伸びる先を指差す。その遠く先には廃止が決まった陸泉鉄道があり、暗闇くらやみの中にポツンとともる信号機が見える。それだけが赤く光っているので、星では無い事がわかるのだ。あの場所からガントレットレイル方式で、三陸夢絆観光鉄道は陸泉鉄道の線路敷地に乗り入れるのである。そして、陸泉鉄道の廃止が決まった以上、もはや「乗り入れる」という言い方はしなくなるのだろう。


「僕たちが頼っているのは、岩木先生のおっしゃる様な三陸の外部ばかりではありません。あの陸泉りくせん鉄道の四本レール区間、あれは地元の税金で支えられているんです。そして、今、僕たちが立っているこのホームも、地元の税金が支えています」


――地元の税金って? あっそうか、観光鉄道も陸泉鉄道も「第二種鉄道事業者」って事だよね。以前に戸倉さんからきちんと理解していないって怒られたなぁ。でも、上下分離方式で鉄道を運営するって事は、本来そういう事じゃないの?


「幸いな事に、三陸夢絆観光鉄道には運営黒字が出ています。これは、誰も予想できない事でした。教育センターのメンバーも、参加費代わりの定期券を買ったり、各自が営業してくれたりと、相当な努力をしてくれているおかげです。でも、陸泉町や県が負担してくれている分が無ければ、間違いなく実質赤字でしょう。とても独立の鉄道会社としては運営できないと思います・・・・・・僕たちは、どこまでも周りに頼って運営しているんです」


――う~ん、でもそれは違うと思うな。外国の観光鉄道の実態を調べてたと思うけど、観光鉄道って国とか自治体の援助をみんなもらっていただろう? それに、ここは三陸なんだ。よその観光鉄道とは存在する意味合いが違うんじゃないのかなぁ・・・・・・。


「そうかもしれませんが・・・・・・さすがに寒くなって来ました。ちょっとだけ歩きましょうか」


 私はケンジ君に並ぶ。客車の窓がキレイに掃除されていて、暗い中でも二人の姿がそこに映り込む。本日の営業終了と共に、ボランティアメンバーは完璧に掃除をしてしまうのだ。働き手の人数がいる事もあるが、観光鉄道として清潔感を保つことは、お客さまの期待を裏切らないための絶対条件だと言う。だが、ほとんどのローカル線は十分に手が回らない・・・・・・。


 ホームを離れ、係員しか通れない通路から線路沿いに歩いて行くと、そこからは月がハッキリと見えた。多少の雲はあるが、都会ではあり得ない星空にも目を奪われる。


――なるほど、月はこんな色なんだなぁ。月をこうやってじっくりと見るなんて・・・・・・うん、何年ぶりだろう! でも、月の色っていったい何色だ? 色っていうよりも光っているって感じだなぁ・・・・・・。


「キレイですよね。満月じゃなくても、月はいつでも光ってくれます。月が光るのは、太陽があるおかげです」


 そうだっけ? と、思わず声に出してしまう。何かはるか昔に習ったような気がするが、確かに太陽と違って月は自分で燃えているわけじゃない。


「月は太陽の光を反射して輝いていますよね。夜の主役は月ですが、太陽はかげになり日向ひなたになり昼夜照らし続けているんです。これって小学生さえも知っている知識だけど、何故か大人になると忘れてしまうじゃないですか。三陸夢絆観光鉄道を自治体が支えている事もそうかもしれません」


――でも、ここの観光鉄道は自からが光っている様にも思えるし、すぐには答えが出ない話じゃないのかなぁ・・・・・・。


 話す言葉が三陸のこの時期この時間には、もう白い息となる。ケンジ君は、陸泉鉄道の廃止が決まった時、地域の足とは関係無い観光鉄道に税金を投入するのは許さない、と主張する反対者たちが、三陸夢絆観光鉄道の本社にやって来たのだと言った。地域輸送機関、すなわち地域住人の足だからこそ税金を投入する事を認めて来たのだと。


「その主張の通りだと思います。三陸夢絆観光鉄道は公共交通機関じゃありません。民間の観光施設と同じ立ち位置にいるんですね。だからこそ、鉄道事業法でも『特定目的鉄道』として普通鉄道よりも審査が厳しく無いんです。仮に廃止になっても公共交通機関の様なダメージを地域に与えませんからね・・・・・・」


 既存のローカル鉄道と共存するガントレットレイル方式なら、両方の鉄道が折衷案せっちゅうあん的なポジションに位置することができた。どちらへも自治体が「第三種鉄道事業者」として鉄道施設一式を貸し出す立場にあり、三陸夢絆観光鉄道の様に黒字運営がされるのであれば、二つの鉄道会社が同じ線路敷地に存在することは自治体へのデメリットとはならない。しかし、陸泉町が「第三種鉄道事業者」となったのは、地域の足としての陸泉鉄道を維持存続させるためであった。その陸泉鉄道の方が消えてしまった。


――つまり「第二種鉄道事業者」の三陸夢絆観光鉄道は黒字経営だけど、隠れた赤字分を陸泉町や県が税金で補填ほてんし続ける事への悩み・・・・・・それが打ち切られた時への不安とか・・・・・・?


 自分で言葉に出して、そして理解する。これはきっと不安なのだ。集客力の高い観光施設に自治体がある程度の税金を投入する事など、それこそ日本中で行われている。三陸夢絆観光鉄道は陸泉鉄道のトンネル区間こそ走らないが、橋梁きょうりょうは幾つもあり、それらも今や自治体の所有物である。あの巨大防潮堤区間だって持ち主は自治体なのだ。全ては税金で維持されて行くのであり、税金の投入は何時までもできるものではないかもしれない。だが、これは他人のポケットの財布を当てにしている話とは違う。


「不安については確かにそうですが、それとは少し違うのです。僕たちは、全く復興できていません。表面上進んでいる部分もありますが、やってみてやっと理解した事がありました。復興は『元通り』にすることでは無いんだな、と。もう昔の町には永遠に戻れないという現実を受け入れることが、復興という将来に向けた作業でした。そして、陸泉鉄道が無くなる事で、ここでは鉄道を中心にした街づくりは二度とあり得なくなる・・・・・・」


 かって鉄道駅を生活の一部にしていた町は、あの大津波と共に消えてしまっていた。高台に新しい町が作られ、そこにはバスが通る。失われた町から見える光景は巨大防潮堤と建物が無い更地さらち。それでも、陸泉鉄道が復活すれば、また新しい町がここに生まれるかもしれない! というかすかな期待もあった。その期待は今や完全に無くなった。観光鉄道は地域生活とは無関係であり、関係があるのはだけなのである。


「僕たちは町の復興のため、観光鉄道計画を進めて実現してきました。確かにそれは、自分たちの力と言うよりも、ほとんど外部の力を利用したものです。でも、それで震災から町が復興すると信じてやって来たんです。ところが、陸泉鉄道が完全に無くなる事で、岩木先生が言っていたSL観光鉄道が『震災復興と地域創生の究極プロジェクト』だという意味がやっとわかりました。地域創生とは、昔の町への復活じゃないんですよね」


 そこまで岩木教授が考えて発言したのかどうか、あの人を見る限り私にはわからない。しかし、ケンジ君に文句を言いに来た陸泉鉄道の廃止反対者たちは、まさにその事を訴えていたのだろう。地域交通機関ではなく、観光専用鉄道だからこそ「特定目的鉄道」として、三陸夢絆観光鉄道は実現ができた。今、どうして観光専用鉄道は審査がゆるいのか、その事の本当の意味が理解されてくる・・・・・・。


 いつの間にか月は雲に隠れ辺りは暗くなっていた。ケンジ君が「そろそろ駅長室に戻りましょう」と誘う。都会ならまだそう遅い時間では無いのだが、あまりにも静かな時間が流れ、どこかに物怪もののけひそみ、黙ってこちらを見ている様な気配さえただよってくる。薄暗いホームには自分たち二人しかいないはずなのに・・・・・・。


「僕は、SL観光鉄道が三陸の町を昔に戻す役割を果たす、皆んなの視線を三陸に集める灯台役、すなわち太陽の様な存在になると信じてました。だけど、太陽ではなくて実際には月でした。自分たちで光っていたわけじゃなかったんです。流された町を元の様に照らす事は観光鉄道一人じゃできない。だったら観光鉄道はあくまでも周りからの光を反射することで、観光鉄道としての三陸での役割を果たし続けるべきなんでしょうね・・・・・・」


 ケンジ君が語り終わると同時に、急にアラームが激しく鳴る。それは、彼の持っているスマホだった。画面には「至急状況確認」の文字が点滅する。例の【GSRシステム】の発令だ!


「今、観光鉄道のどこかで何か起こっている様です・・・・・・!」


 緊迫きんぱくの中、ケンジ君はアラート画面を急いで開ける。そこには、中船駅のホームにいる二人の侵入者が映し出されていた・・・・・・自分たちじゃないか!


――すごいなぁ、本当に夜間も監視されているんだ!


 ケンジ君は【GSRシステム】に「現場確認終了、異常無し」と打ち込むと、私の方を見て苦笑いした。


(三陸の部 終わり)

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三陸の銀河鉄道は海の上を走る 荒沢外記 @geki

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