第45話 顔のある蒸気機関車

 今までここでは見たことが無いほど大勢の人達がいるので、どこかにお祭りイメージを持っていた私だが、中船なかふね駅があるショッピングモールは、どこまでも追悼ついとうの想いにれていた。それはまだ私が子供だった夏、誰もがそれぞれの感情を表した、あの終戦記念日にどこか似ているかもしれない。体験者が減ると忘れ去れて行く。言葉や映像で伝えて行くにも、過去の出来事となるに連れて難しくなってしまう。今や追悼式典でさえも集客イベントなのかもしれないが、伝え続けて行く事の大切さや難しさをひしひしと感じる。


 若田部理事が記念講演を行うと言うイベントホールは、ホールと言う名称にまどわされ、最初は見つからなかった。ショッピングモールのほぼ中央にあるそれは、普段はベンチが並ぶ休憩きゅうけいスペースの空間であり、イベントがある時にだけステージに変身するのであった。今日は昼過ぎまで地元出身の落語家がっていたので、何やらまんま寄席よせの様なステージ作りとなっている。講演開始前には陣取ろうと思っていたが、あまりの混み具体に、私はいったん三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道のSL列車を見に行くことにした。


 日差しは暖かいが、海風は冷たい。目に入る木々たちがまだ冬のよそおいに見えるのは、ここまでの道中と同じである。中船駅から陸泉りくせん鉄道の線路敷地に合流するまでの区間は、三陸夢絆観光鉄道にとって、あの巨大防潮堤と並ぶただ二か所だけの独立線路区間だ。その細いレールを見ていると、こんな平和な光景があるのだろうかと思う。あの日、ここまで海水は来た。しかし今日は、沿線に遊ぶ親子連れ、カメラを持った鉄道マニアらしき人達、そして、そのアングルをあまり邪魔しないところに、教育センターのボランティアメンバーが見守る・・・・・・。


 間もなく次のSL列車が出発するのだろうか。教育センターのメンバーの一人が盛んにスマホを見ている。恐らく【GSRシステム】(Gantlet Steam Railroad System)で運行状況を確認をしているのだと思う。「日本鉄道従業員教育センター」では、三陸夢絆観光鉄道のみならず、現在各地で準備中のSL観光鉄道に対しても、独自ネットワークである【GSRシステム】を提供している。それぞれの鉄道会社ごとに利用されているので、その運用自体は独立して使われているが、教育センターのであれば、どこのSL観光鉄道を手伝おうとも、あるいは複数を掛け持ちしても良いのだという。


 先ほどの車中で、ケンジ君からその話を聞かされた時、なるほど、それなら転勤などがあっても安心して続けられるなと感心した。仮に、全くのゼロから(今のところは実現していないが)将来はSL機関士まで目指そうと考えたら、およそ十年は掛かってしまう。これは観光鉄道が毎日は走っていない事や、いつもやりたい業務だけが優先してできるわけではないため、どうしても時間的なロスが必ず生じる事も理由らしい。例えば本業の鉄道係員の様に、週に五日間フルに車掌勤務の様な関わり方は、SL観光鉄道では無理なのである。基本が趣味とはいえ、お金さえ出せば何でもできる世界と異なるのは当然だろうか。


 しかし、教育センターの【GSRシステム】が、一手に三陸夢絆観光鉄道を含む各地のSL観光鉄道のネットワークをになっている目的には、活動メンバーに対するあるがあったのだという。趣味活動に限らないが、人が集まると必ず起こる問題・・・・・・それは「人間関係」に起因する様々なトラブル。若田部理事は、自身が一代で大企業を創り上げた中で、最も頭を痛めたのがこの「人間関係」の調整だったらしい。企業規模が大きくなるほどに増える従業員。考え方も職歴も異なる大勢の人間集団は、団結すれば素晴らしい力を発揮するが、一たび相容あいいれないとなると、組織にとってマイナスに動く・・・・・・。そして、時にその力は個人に対しても向けられてしまうのだった。


 そのため、互いが会社のために必死にやってくれている様に見えてた事が、実は社内でのライバルつぶしであったり、陰湿いんしつな仕事環境の醸成じょうせいだったりする。結果、会社から給与をもらって働いているはずなのに、会社の足を引っ張る事態となってしまうのだが、それがわかっていて誰も止めないのが会社という狭い環境なのだ。止められないと言う方が正しいかもしれない。そして、これをわかっていないのは経営トップだけだったりするのである。


 同様の状況が鉄道現場、しかも趣味ベースという特殊な活動参加方法の中で起きてしまうとどうなるであろうか? 働き手の感情コントロールがかない鉄道現場など、万が一にもあってはならない。三陸夢絆観光鉄道も他のSL観光鉄道もなのであり、ガントレットレイル方式ならば、既存のローカル路線列車が走る、その同じ鉄道現場で働く事になるのだ。そこには感情で左右される業務など、ただ一つも存在できないはずである。


 意地悪な人間もわがままな人間も、まず自分からは変わらない。ましてや他人によって変える事はもっと難しい。そういった人間は本気だから自己防衛にも大変なエネルギーを掛ける。ほとんどの人は業務にエネルギーの大半を使い果たし、こんなネガティブな対応に使う余力など残ってはいない。では、被害者は耐えればいいのか? やられる本人にも問題があるかもしれないという論は置いておく。職場のみならず学校のイジメ問題でも同様だが、イジメを受ける側にも問題があるという視点と、現にイジメが行なわれている環境とは、切り分けて論じられるべきなのだ。


 もし、三陸夢絆観光鉄道のボランティアメンバー間に、そういった問題が生じていたら、そして、その問題が解決できないのなら・・・・・・教育センターによるSL観光鉄道への派遣は一切止める! これは若田部理事が、ケンジ君だけに話した強い決断であった。


 人は、自分の居場所が見つけられないと辛い。そして、普段の実生活は苦しいかもしれないが、趣味の中に自分の居場所を持つことで、かろうじて生きて行くバランスを保つ人は多い。そんな人たちの多くは不器用な生き方をしている。そして、彼らこそがターゲットとなりやすい。大抵の場合、その深刻な状況が周りには理解してもらえず、被害者となった者だけが孤立化して行く。やっている方はその深刻さがわかっていない。被害者にとって最後の居場所を追い出された時、その憎悪ぞうおのエネルギーが逆回転し始める・・・・・・そこに、復讐ふくしゅうという名の悪魔が現れるかもしれない。もし、SL観光鉄道でそんな事が起こったら・・・・・・。


 複数のSL観光鉄道に個人会員が自由に移れるようにしたのは、最悪の状況となる前に、緊急避難的に別のSL観光鉄道に移籍できるためである。自分の居場所を移せるということは、どの様な事情が生じても、長くこの趣味を本気で続けられる環境を提供できることにつながる。お金も時間も掛かるのだから、趣味であるとは言え、ある意味、その人の人生そのものなのである。移籍しても過去の活動経歴がキャンセルされないことは、プライドの維持にもつながって行くのだ。


 それ故、若田部理事は、これから次々と生まれるSL観光鉄道の全てに、教育センターからのボランティアメンバー派遣体制を維持したいと思っている。【GSRシステム】の遠隔監視装置でさえ、遠く離れていても参加できる仕組みの一つに過ぎない。例え、体調や生活の面で鉄道現場には出られない事態となっても、コミュニケーションを含め、自宅から遠隔で参加できる体制作りに若田部理事はこだわっていたと言う。そういった生活環境の変化は、誰の身にも起こる得ることなのだと。


 ちょうど、私の前をSL列車が通り過ぎて行く。車内から大人も子供も私に手を振る。私も手を振り返す。旅ライターとして、同じ光景を各地のSL運行列車に見る。ただ手を振るだけでこんなに楽しい気分になれるなんて・・・・・・! どこのSL列車も、実現までには色んな人の努力や思いが入っているはずだが、それは乗客たちにはあまり知られていない。実現までの過程を知ることと、集客との因果関係はほとんど無いのだろう。そろそろ、イベントホールにも少しは人の動きがあったかもしれない。私は、まるで年末セールの様になってるショッピングモールへと戻る。


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 先ほどは混雑で気が付かなかったが、イベントホールというかスペースと言うべきか、その会場では地酒が振る舞われていた。今回は取材では無いという気安さからか、つい私も手を伸ばしていただいてしまう。豪快にも、紙コップいっぱいに注がれたその味にはどこか覚えがあったが、各地を回っているのでハッキリとは思い出せない。一升瓶いっしょうびんのラベルにある「復興祈願ふっこうきがん」という文字だけが、かろうじて私の視力でも読み取れた。


 一階席は相変わらず人が多く近付けない。ふと二階部分を見上げると、何とかそこからならステージを見られそうだった。もはや聞きなれた若田部理事の声がホールに響く。話の流れはわからないが、記念講演と銘打っていた割には、まるで漫才の様に大きな笑いが立て続けに起こる。私が外にいた間に講演は始まっていたのだった。


 上から見たステージは、先ほど落語家が出演してたという寄席よせのままである。そして、寄席の演台の上には、でんと座ったの若田部理事と、同じく顔を真っ赤にした山中さんがその後ろに控える。ステージの真ん前には、一升瓶を抱えた、まるで興行主の親分級の貫録をした戸倉さんが・・・・・・!


「いやワシもな、もうこの歳だから、次は三陸に来られないかもしれないんだ。それで、今日はこれからSL列車に乗って、窓から盛大に石炭でもこうかと思うわけですな!」


 既にかなり酒が入っている若田部理事の姿、それは、あの大崎浜おおさきはま駅の民宿で見た、あの酔っ払いジジイの再現であった。本社で会った威厳いげんあるとは全く違う・・・・・・そして、私は急に思い出した! 紙コップの地酒、これは、その時にガンガン飲んだあの味ではないか!


 会場から、何で石炭なんかくんだよ! とヤジが飛ぶ。それを山中さんが演台の後ろで、まあまあと観客席をなだめる。しかし、若田部理事はそのヤジに向かい押さえ付ける様に答える。


「ワシが蒔く石炭は、札束じゃ!」


 会場に大きなどよめきが起こる。それを山中さんが後ろで必死に手を振り否定する。その間に、戸倉さんは演台に近寄り空いたますにおしゃくをする。お酌をするというより、まるで学生に一気飲みさせるがごとくの注ぎ方だが・・・・・・。


「ふん、札束を蒔くと言ってしまったら、税務署もうちの本社経理もうるさいからの。それでワシは石炭と呼んだわけだ。まあ、それはどうやら難しいらしいが・・・・・・おお、その前の方にいる連中、そんなガッカリな顔をしなさるなって」


 そりゃガッカリするのもわかる。若田部理事なら本当に札束をばらきそうだからである。何やら当たっていた馬券がレース無効になったかの様な気持ちだろう。無効馬券は私だけの感情かもしれないが。


「だがな、ワシは三陸を本当に大切に思っているから、一生ここにいられる様にしたい。それは死んじまってからもだぞ。何も墓を作ろうって話じゃないわ」


 今度はいきなり死んでしまうかの話となり、一瞬、会場に妙な静けさが戻る。


「あのな、ワシが死んだら、夢絆ゆめきずな鉄道の皆さんにたってのお願いがあるんですわ」


 若田部理事は、そこで、一気にお酒を飲み干す。戸倉さんがあわてて前に出ようとすると、理事はそれを制して続ける。


「ワシが死んだらな……本当はまだ死にたくないが、人間、誰でも一度だけ生まれて、一度だけ死ぬわけだから、これはもう避けられないが・・・・・・それでな、もしワシが死んだら、夢絆鉄道の蒸気機関車のボイラーで焼いて欲しいのだ!」


 会場中がギャーとなる! 私も、あわや二階からコップ酒を落とすところだった・・・・・・。冗談にも程があるってーの!


 しかし、後ろに控える山中さんは否定するどころか、うんうんとうなずいている。これは、間違いなく彼が理事の発言を肯定こうていしている時のポーズ! あの民宿で私が何度も見た・・・・・・。


「だけどな、さっき駅に止まっている機関車を見て見たらな、石炭をくところ、SLの機関士に聞いたら『火室かしつ』と言っていたが、これが思ったより小さい。ワシが子供の頃の見た蒸気機関車の火室はもっと大きかったはずだが、ここの機関車は小さいからの。しかもだな、石炭をくべる入り口もな、思った以上に狭い! 機関士が言うには、火室を冷やさないために、最低限の大きさになっているそうだが、これではワシの頭も入るかどうかだったわ」


 それでどうするんだ、と会場からヤジが飛ぶ。もう、まんまステージどおりの寄席である。私の隣に立つ夫婦が「さっきの落語家より面白い」などと言ってはいるが・・・・・・。


はいらんものは仕方ない。これはな、もう、ワシの後ろにいる山中君にだな、彼に適当な大きさに切ってもらうしかないだろう」


 山中さんが理事を切るマネなどするものだから、観客はやんやの喝采かっさいと、悲鳴やら非難にも似た声が混じる。誰かが山中さんに向かって「よおっ、介錯人かいしゃくにん!」などと声を掛ける。


「おいおい、何か間違っとるぞ。介錯人とはな、武士が切腹する場合の介添かいぞえ人だわ。ワシはな、死んでからの話をしとるんだ。った三陸カツオの解体と同じだろうが。だがな、法律がそれを許さないというんだな。何でも死体損壊したいそんかいの罪になるらしいわ」


 生々しい情景が想像されるのか、急に会場内の雰囲気はお笑いでは無くなる・・・・・・。


「まあ、その罪は山中君が一身に負うと言ってるのだからいいわな。ただ問題は、さっき聞いた機関士は、そんな蒸気機関車の火など誰も焚きませんよとな」


 そんな気持ち悪い話は止めろ! と会場のあちこちから非難が飛ぶ。私自身も、いくら酒に酔っているとはいえ、記念講演にふさわしい内容だとはとても思えない・・・・・・。


「バカヤロウ、最後まで聞いてから文句言えってーんだよ! ダメならアタシが途中でめさせてやるわよ!」


 そう怒鳴どなったのは、最前列の戸倉さんだ・・・・・・。一升瓶を抱えたままヤジを飛ばした方向を見据みすえると、彼女の周りにいた関係者らしい人達が必死に彼女を押さえる。きっとあの防潮堤の上でもこうだったのだろう・・・・・・。


「いや、ワシはな、機関車で焼かれたらな、たましいが何時までも三陸の機関車と共にある様な気がするだけだ。そして、ワシは何時までも、三陸の皆さんといっしょにいる事ができる」


 そんな事しなくても会長の事は忘れませんからと、まるで今日がお通夜つやかの様に客席からも合いの手が入る。一方で、SLで焼かれてからどうするんだ、とのツッコミヤジも相変わらず入ったり・・・・・・。


「ワシはな、時々、機関車の顔になって出て来ようと思う。そして、いつまでも皆さんといっしょにここにいる。子供たちにも顔の付いた機関車は大人気だろうが。時々、勝手に走る時もあるが、そこには種も仕掛けも無いし、石炭も焚かないから経済的だぞ! これぞ神秘しんぴ的な話として、三陸観光にも大いにプラスとなるだろうが!」


 何が神秘だ、怪奇かいき現象じゃねーか! と会場のあちこちから罵声ばせいが飛ぶ。確かに顔の付いたSLキャラクターが子供たちに人気なのは事実だが、その顔が若田部理事・・・・・・。誰かこのじいさんをつまみ出せという声まで出る中、戸倉さんはのっそりと立ち上がり、演台の上の若田部会長をひょいとかかえ上げる。そして、人ごみをかき分けて控室の方にどっしどっしと歩いて行った。その後ろに山中さんと、恐らく役所の関係者たちがぞろぞろ続いて行く。その後ろ姿に、なぜだか拍手がいた・・・・・・。


「あの人、本当の会長さん? あんな退場の仕方するんだから、きっと偽物にせもので、これは全部イベントの仕掛けだったのよ!」


 隣夫婦の会話を耳にしながら、今回私が三陸に来た目的は、いったい何だったのだろうかと頭の中で反芻はんすうする。少なくとも、雑誌の取材だけは前回の訪問までに終わっていて良かった・・・・・・。

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