第44話 座敷童子とデクノボー
もうあれから何度目の今日となるのか。若田部理事が
その私の
こちらはオッサンのタクシーの様に飛ばすわけでは無い。この運転ペースなら
「そうですね、でも、そのおかげで何度も三陸まで来ていただけました。僕も感謝しています」
ケンジ君の答えは、私の求めているものとは違う・・・・・・。何かを考えている様に前だけを見ている。
「困りましたね・・・・・・。本当の事を言いますが、怒らないで下さいよ・・・・・・」
私は
「取材の申し込みがあった時、編集部に確認を入れたんですよ。僕たちはSL観光鉄道としての取材ならフリーでどうぞとしていますが、もうご存知のように、運営の仕組みや設立の経緯に関しては、相当に対応への神経を使っていましたから。それで・・・・・・編集部に問い合わせしたんです」
――編集部に直接ですか!
「そうです。ごめんなさい、今まで黙っていました・・・・・・それも、事務所が近いと言うので、工藤君が直接確認に行ったんです」
はぁ、何て事だ! でも、それでどうなったのだろう・・・・・・?
「編集長さんが、読者の反応が悪かったらすぐに打ち切りだから、取りあえず通常の旅レポートが書けるだけの資料でいいですと・・・・・・。僕たちも、ここの仕組みの事を中途半端に書かれるのが怖いから、それで小出しの資料だけしかお渡ししなかったんです・・・・・・」
真実は小説よりも何とやら! ではないが、これが真の事情だったとは・・・・・・。なるほどね、だから工藤弁護士と編集長が初対面な二人とは感じなかったわけだ。編集長が「
「まあ、おかげ様で僕たちもメディアへの取材対応の基準が出来ました。そこは感謝しています。でも、工藤君、工藤先生は心配したからこそ編集部に自分で行ったんですよ。ジャーナリストなら、必ず必要な資料一式を寄越せってシツコク言いますからね」
そんな事、一切するつもりなどなかったが・・・・・・。
「でも、これは本心からですが、あの連載は良かったですよ。特に地元のお年寄りたちは、全国誌に写真が出たと大喜びでしたから。普通は載った人と載らなかった人でちょっとしたイザコザがあるんですけど、何回も色んな集合写真が出ましたよね。全員カバーできたなんて、さすがプロの仕事として素晴らしいです!」
いや、違う。アレは、恐らく東北の人だからかもしれないが、近寄ると恥ずかしいのか顔を隠されたり、離れて撮っている所を見つけると、逆に
いつもの旅レポートなら、SL列車や景色だけでもページを埋められるが、今回は記事内容的にそうはいかなかった。記事に見合った写真を撮るには集合写真にすれば良い! 皆んなマジメに写るし、何よりもいちいち個人の名前を確認しないで済むのである。しかも連載だったおかげで、撮り残された人がいなかったという副産物が出た。ほとんどが「自分はまだ写っていない」との、まさしく本人による自己申告だったのだが・・・・・・。
いずれにしても、記事が好評であれば私的には良い。ただ、経理部の田口さんからは、特に東北で部数が伸びたという話は聞かされていない。好評であることと売れ行きは違うのかもしれないが、そもそも好評だと言うのは、自分が全国誌に写った、というだけの話かもしれない。
車は、残雪も無く明るい日差しの中を走り続ける。オッサンのタクシーの時には周囲を見る余裕は無かったし、今日はバスから見る景色とも違う。そんな三陸の景色とは、まだ木々が枯れたままで、窓を少しでも開けると風は冷たい。
私は、思い切って、もう一つの質問をしてみる。全くプライベートな質問だ。答えてくれなくても良い。
――ご家族は、どうされているんですか?
ケンジ君は、表情を変えず、前の車との適切な車間を保ったまま運転する。少しの間、沈黙が続く。そして、答えがゆっくりと返って来た。
「あの時は気が付いたら雪が舞ってました。夕方になるとそれが吹雪き、そして夜中に突然晴れたんです。何とか明るいうちに必死に逃げ延びた山の上からは、何も明かりがない真っ暗な町が
「満天の星が出ていたんですよ。今まで見たことも無い位の・・・・・・。でも、ほとんど気が付けませんでした。皆んな、ひたすら真っ暗な海の方だけを見ていたんです。あの日、信じられない位のすごい星空だっと思います。きっと、夜空の銀河鉄道には、たくさんの臨時列車が走ったからですよね。ただ僕は、その日の乗客が誰なのか全く見なかったし、列車を見送る余裕さえありませんでした・・・・・・」
音楽の消えた車内には、エンジン音とロードノイズだけが響く。前方に三陸夢絆観光鉄道を描いた歓迎看板が見えて来た。ここから先はもう
「僕の家族は、もはや血のつながりとかではなく、僕を必要としてくれる人たち全てなんです。失われた友たちには残された家族がいます。僕は東京へのパイプもありますから、例え彼らの子供たちが三陸に残れなくても何とか都会での生活をフォローしてあげられます。東京に出ると三陸は遠くなってしまいますが、ここにはSL観光鉄道があるから、都会の友達を誘って堂々と遊びに来れるんだぞ、とも言えるようになりました。戻って来なくてもいい、だけど、周りの連中を誘ってどんどん三陸に遊びに来い! そう言ってるんです。泊まるところは心配するなと。それがいなくなった友たちへの、何て言うのか自分勝手な約束でもあるんです」
――でも、それじゃ、あちこちから色々と頼まれて大変でしょう?
「いや、頼まれてはいません」
――え、それってどういう事なの?
「勝手にやってますよ、ホントに自分から勝手に。お金になる話でもなく、かと言って大きな持ち出しとなる様な事もできない。だから、自分ができる範囲でやってあげているだけです。手間ばかりかかりますよ。だから、周りからアイツはとうとう
――壊れたと言われたり?
「あとは『デクノボー』などと
「デクノボー」とは「木偶の坊(でくのぼう)」の事だろうか? 私も、使えない人間に対して時々使っているかもしれない。私自身が業界でそう言われているというウワサも聞かないでもないが・・・・・・。しかし、ケンジ君はそんな人ではないはずだ。
「勝手に押し掛けて迷惑がられない。来ることも
――でもそれで、寂しくは無かったんですか・・・・・・。
「誰もいないガランとした家の中で、時々台所から色んな音がするんです。古い農家だから、そんな事はしょっ中ですけど、それが何だか忘れていたものすごく懐かしい音なんですね。ところが、見に行くといつも音が消えてしまいます。まるで、昔、いつまでも騒いでいるのを僕が怒った時みたいに、ピタリと静かになります。屋根裏の動物たちなら音は消えませんからね。僕は、きっとこの地方にいる
――もしかしたら、きっとそれは・・・・・・。
私が続きをしゃべろうした時、突然、後ろからビービーとうるさくクラクションが何度も鳴らされた。驚いて振り向くと、軽自動車がケンジ君の車の後ろギリギリにくっ付いており、その運転席には何と戸倉さんが! 彼女は強引に車を横に並べると、ガハハと大口を開けて笑い、先に行くと手で合図して加速して行く。
「ああ、あれは役所の広報車ですよ。彼女にはホントに救われます。色んな場面、色んな意味で・・・・・・」
今日の若田部理事の講演会に、彼女も出席するのだろうか。ケンジ君は、再び音楽のスイッチを入れる。最初の時よりも若干ボリュームが上がった。陸泉町の市街地は、三月のこの日を忘れない人達でいっぱいである。旧市街の狭い道を抜けると、そこから先は
モールの駐車場係の誘導に従い順番待ちをする。職員専用の駐車場に行くにも、今日はちょっとした身動きが大変なほど混んでいるのだ。ケンジ君が再び話し始める。
「夜空の銀河鉄道には、一度しか乗る事ができません。しかも、片道切符です。だけど、地上を走る銀河鉄道なら、誰でも何度でも乗る事ができる。それで、僕たちは三陸という地域で、きっと地上を走る銀河鉄道を探す旅をしていたんでしょう。僕は、幸いにもそのことに夢中となることができました」
――あの、前から気になっていたんだけど、どうして「銀河鉄道」って名称を入れなかったのかなと? もちろん三陸夢絆観光鉄道の名前も、あの日を忘れない名前には間違いないと思うけど・・・・・・。
ケンジ君は軽く苦笑して「銀河鉄道は三陸だけの名前じゃありませんから」と答えつつ、「でも、
――命名権だって!
思わず私は、止まっている車の中で叫んでしまった。三陸夢絆観光鉄道の名前とは正式名称では無いのか? いや、そんな事は無い。なぜなら、私は運輸局に提出している書類も参考として見させてもらっていた。だが、待てよ、その時に鉄道名称をきちんと確認しただろうか・・・・・・既に取材は終わっているが、今さらながらこんな大事なことを書かなかったなんて、これが事実ならまさしく
「最初は『
――でも「
「命名権に会社名とか入れてしまうと、スポンサーが変わる度に鉄道名も変わってしまいます。例えそれが通称であっても、数年ごとに名前が変わるのは良くない。だから、僕たちは、名前を変えない事を命名権としたんです。『
――あれっ、ちょっと待ってよ。鉄道会社の正式名称が「三陸夢絆観光鉄道」なら、全然命名権じゃないんじゃないの?
ニヤリとケンジ君が笑う。彼にしては珍しいアクションだ。
「この名前を変えない事への命名権なんです。三陸夢絆観光鉄道はもちろん正式名称ですが、この名前を変えないために、変えない事へのスポンサーとして、この権利を買ってもらっています。そうですね、およそ五百社はスポンサーになっているでしょうか」
――五百社だって! それじゃスポンサーの意味が無いんじゃ?
「名前を変えない事に賛同した全国各地のスポンサーには、自由に三陸夢絆観光鉄道の名前を使ってもらっています。肖像権は別に管理していますから、これで問題はありません。SL観光鉄道に寄付してくれとお願いしても、簡単にはいきませんが、鉄道の命名権を持っているとなれば、わずかな寄付でも自社にとっての宣伝効果は大ですよ!」
名前を変えないための命名権か・・・・・・。現実には鉄道の正式名称だから、法定手続き無しには勝手に変えられるわけないのだが、何やらおかしいと言うか、これってスゴイ発想じゃないか! しかも、全国から大勢が応援してくれているという。まさに、三陸夢絆観光鉄道とは「
やっとこ職員駐車場に
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