第44話 座敷童子とデクノボー

 もうあれから何度目の今日となるのか。若田部理事が震災追悼式典しんさいついとうしきてんとは別に、三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道で特別講演を行うと聞いた。私のSL観光鉄道への連載も何とか無事に終わり、若田部理事の会社がスポンサーとなる新たな連載ももらう事ができた。そんな個人的な感謝もあり、まだ寒いはずの三陸に再び私は向かう。今回は特に取材ではないが、私自身が、未だ納得できていない事を確かめるためである。そして、これはで雑誌などに書く事はないだろう。


 その私の恰好かっこうを見て、わざわざ新幹線駅まで迎えに来てくれたケンジ君は「これから雪山にでも登るのですか?」と少々呆れ顔で笑う。それ位、前回年末の取材は寒かった記憶が強い。三月であっても相当に寒いはずとかなりの防寒対策をし、いざ現地に来てみたら意外とそれほどでもなかったとは。


 なつかしい駅前のタクシー乗り場を見渡してみる。あのオッサンはいないだろうか? しかし、見つける事ができないまま車は走り出す。まさか、あれ以来、娑婆しゃばに出て来れない状況になってないだろうな・・・・・・。


 こちらはオッサンのタクシーの様に飛ばすわけでは無い。この運転ペースなら陸泉りくせん町までゆうに二時間はかかる。だったら、最初に聞いてしまった方がいいだろう・・・・・・私はストレートにケンジ君に質問した。なぜ、取材の最初に全ての資料を出してくれなかったのかと? そうであればもっとスムーズに記事は進んだかもしれないとも言った。


「そうですね、でも、そのおかげで何度も三陸まで来ていただけました。僕も感謝しています」


 ケンジ君の答えは、私の求めているものとは違う・・・・・・。何かを考えている様に前だけを見ている。


「困りましたね・・・・・・。本当の事を言いますが、怒らないで下さいよ・・・・・・」


 私はつばを飲み込む。本当の事とは、いったい・・・・・・?


「取材の申し込みがあった時、編集部に確認を入れたんですよ。僕たちはSL観光鉄道としての取材ならフリーでどうぞとしていますが、もうご存知のように、運営の仕組みや設立の経緯に関しては、相当に対応への神経を使っていましたから。それで・・・・・・編集部に問い合わせしたんです」


――編集部に直接ですか!


「そうです。ごめんなさい、今まで黙っていました・・・・・・それも、事務所が近いと言うので、工藤君が直接確認に行ったんです」


 はぁ、何て事だ! でも、それでどうなったのだろう・・・・・・?


「編集長さんが、読者の反応が悪かったらすぐに打ち切りだから、取りあえず通常の旅レポートが書けるだけの資料でいいですと・・・・・・。僕たちも、ここの仕組みの事を中途半端に書かれるのが怖いから、それで小出しの資料だけしかお渡ししなかったんです・・・・・・」


 真実は小説よりも何とやら! ではないが、これが真の事情だったとは・・・・・・。なるほどね、だから工藤弁護士と編集長が初対面な二人とは感じなかったわけだ。編集長が「ゆるい基準で選んだライター」などとぬかしやがったが、その話は以前から出ていたに違いない。まさにこの私が、お釈迦しゃかさまの手のひら上で遊ばれる孫悟空そうんごくうだったとは・・・・・・!


「まあ、おかげ様で僕たちもメディアへの取材対応の基準が出来ました。そこは感謝しています。でも、工藤君、工藤先生は心配したからこそ編集部に自分で行ったんですよ。ジャーナリストなら、必ず必要な資料一式を寄越せってシツコク言いますからね」


 そんな事、一切するつもりなどなかったが・・・・・・。


「でも、これは本心からですが、あの連載は良かったですよ。特に地元のお年寄りたちは、全国誌に写真が出たと大喜びでしたから。普通は載った人と載らなかった人でちょっとしたイザコザがあるんですけど、何回も色んな集合写真が出ましたよね。全員カバーできたなんて、さすがプロの仕事として素晴らしいです!」


 いや、違う。アレは、恐らく東北の人だからかもしれないが、近寄ると恥ずかしいのか顔を隠されたり、離れて撮っている所を見つけると、逆に年甲斐としがいも無くピースしたりと、思うように使えないカットへの苦肉の策だったのだ。


 いつもの旅レポートなら、SL列車や景色だけでもページを埋められるが、今回は記事内容的にそうはいかなかった。記事に見合った写真を撮るには集合写真にすれば良い! 皆んなマジメに写るし、何よりもいちいち個人の名前を確認しないで済むのである。しかも連載だったおかげで、撮り残された人がいなかったという副産物が出た。ほとんどが「自分はまだ写っていない」との、まさしく本人による自己申告だったのだが・・・・・・。


 いずれにしても、記事が好評であれば私的には良い。ただ、経理部の田口さんからは、特に東北で部数が伸びたという話は聞かされていない。好評であることと売れ行きは違うのかもしれないが、そもそも好評だと言うのは、自分が全国誌に写った、というだけの話かもしれない。


 車は、残雪も無く明るい日差しの中を走り続ける。オッサンのタクシーの時には周囲を見る余裕は無かったし、今日はバスから見る景色とも違う。そんな三陸の景色とは、まだ木々が枯れたままで、窓を少しでも開けると風は冷たい。


 私は、思い切って、もう一つの質問をしてみる。全くプライベートな質問だ。答えてくれなくても良い。


――ご家族は、どうされているんですか?


 ケンジ君は、表情を変えず、前の車との適切な車間を保ったまま運転する。少しの間、沈黙が続く。そして、答えがゆっくりと返って来た。


「あの時は気が付いたら雪が舞ってました。夕方になるとそれが吹雪き、そして夜中に突然晴れたんです。何とか明るいうちに必死に逃げ延びた山の上からは、何も明かりがない真っ暗な町がながめられました。ところどころで火災が起きていて、まるでそれが昔話で聞いた鬼火おにびの様にも見えましたっけ。あそこなら暖かいよ、まだ幼い子が母親に懸命けんめいに訴えてました・・・・・・着の身着のままで逃げ、とても寒い夜で・・・・・・」


 邪魔じゃまにならない程度の音量で流れていた音楽だったが、それをケンジ君は消す。何かを押し殺すように、声が息を含んで少し低くなる。


「満天の星が出ていたんですよ。今まで見たことも無い位の・・・・・・。でも、ほとんど気が付けませんでした。皆んな、ひたすら真っ暗な海の方だけを見ていたんです。あの日、信じられない位のすごい星空だっと思います。きっと、夜空の銀河鉄道には、たくさんの臨時列車が走ったからですよね。ただ僕は、その日の乗客が誰なのか全く見なかったし、列車を見送る余裕さえありませんでした・・・・・・」


 音楽の消えた車内には、エンジン音とロードノイズだけが響く。前方に三陸夢絆観光鉄道を描いた歓迎看板が見えて来た。ここから先はもう陸泉りくせん町に入る。


「僕の家族は、もはや血のつながりとかではなく、僕を必要としてくれる人たち全てなんです。失われた友たちには残された家族がいます。僕は東京へのパイプもありますから、例え彼らの子供たちが三陸に残れなくても何とか都会での生活をフォローしてあげられます。東京に出ると三陸は遠くなってしまいますが、ここにはSL観光鉄道があるから、都会の友達を誘って堂々と遊びに来れるんだぞ、とも言えるようになりました。戻って来なくてもいい、だけど、周りの連中を誘ってどんどん三陸に遊びに来い! そう言ってるんです。泊まるところは心配するなと。それがいなくなった友たちへの、何て言うのか自分勝手な約束でもあるんです」


――でも、それじゃ、あちこちから色々と頼まれて大変でしょう?


「いや、頼まれてはいません」


――え、それってどういう事なの?


「勝手にやってますよ、ホントに自分から勝手に。お金になる話でもなく、かと言って大きな持ち出しとなる様な事もできない。だから、自分ができる範囲でやってあげているだけです。手間ばかりかかりますよ。だから、周りからアイツはとうとうこわれたと言われたり・・・・・・」


――壊れたと言われたり?


「あとは『デクノボー』などとささやかれていますよ」


 「デクノボー」とは「木偶の坊(でくのぼう)」の事だろうか? 私も、使えない人間に対して時々使っているかもしれない。私自身が業界でそう言われているというウワサも聞かないでもないが・・・・・・。しかし、ケンジ君はそんな人ではないはずだ。


「勝手に押し掛けて迷惑がられない。来ることもこばまれない。そういった意味で言われるのなら、僕は十分『デクノボー』で結構なんです。誰かの役に立っているのだと強く思い込む事で、かろうじて生きて行くバランスを保っていましたから。もう、自分の事など全て後回しでいいやと思ってました」


――でもそれで、寂しくは無かったんですか・・・・・・。


「誰もいないガランとした家の中で、時々台所から色んな音がするんです。古い農家だから、そんな事はしょっ中ですけど、それが何だか忘れていたものすごく懐かしい音なんですね。ところが、見に行くといつも音が消えてしまいます。まるで、昔、いつまでも騒いでいるのを僕が怒った時みたいに、ピタリと静かになります。屋根裏の動物たちなら音は消えませんからね。僕は、きっとこの地方にいる座敷童子ざしきわらしだと思ってますが、でも、もしかしたらと・・・・・・」


――もしかしたら、きっとそれは・・・・・・。


 私が続きをしゃべろうした時、突然、後ろからビービーとうるさくクラクションが何度も鳴らされた。驚いて振り向くと、軽自動車がケンジ君の車の後ろギリギリにくっ付いており、その運転席には何と戸倉さんが! 彼女は強引に車を横に並べると、ガハハと大口を開けて笑い、先に行くと手で合図して加速して行く。


「ああ、あれは役所の広報車ですよ。彼女にはホントに救われます。色んな場面、色んな意味で・・・・・・」


 今日の若田部理事の講演会に、彼女も出席するのだろうか。ケンジ君は、再び音楽のスイッチを入れる。最初の時よりも若干ボリュームが上がった。陸泉町の市街地は、三月のこの日を忘れない人達でいっぱいである。旧市街の狭い道を抜けると、そこから先は中船なかふね駅のあるショッピングモールに向けて、道はかなり渋滞じゅうたいしていた。今日は、年に一度の大バーゲンの日でもある。残された者は、しっかりと生きて行くことが大切なのだ。


 モールの駐車場係の誘導に従い順番待ちをする。職員専用の駐車場に行くにも、今日はちょっとした身動きが大変なほど混んでいるのだ。ケンジ君が再び話し始める。


「夜空の銀河鉄道には、一度しか乗る事ができません。しかも、片道切符です。だけど、地上を走る銀河鉄道なら、誰でも何度でも乗る事ができる。それで、僕たちは三陸という地域で、きっと地上を走る銀河鉄道を探す旅をしていたんでしょう。僕は、幸いにもそのことに夢中となることができました」


――あの、前から気になっていたんだけど、どうして「銀河鉄道」って名称を入れなかったのかなと? もちろん三陸夢絆観光鉄道の名前も、を忘れない名前には間違いないと思うけど・・・・・・。


 ケンジ君は軽く苦笑して「銀河鉄道は三陸だけの名前じゃありませんから」と答えつつ、「でも、夢絆ゆめきずなって名前は、命名権めいめいけんなんですよ」と言う。


――命名権だって!


 思わず私は、止まっている車の中で叫んでしまった。三陸夢絆観光鉄道の名前とは正式名称では無いのか? いや、そんな事は無い。なぜなら、私は運輸局に提出している書類も参考として見させてもらっていた。だが、待てよ、その時に鉄道名称をきちんと確認しただろうか・・・・・・既に取材は終わっているが、今さらながらこんな大事なことを書かなかったなんて、これが事実ならまさしく痛恨つうこんの取材ミスである・・・・・・!


「最初は『真幸しんさい鉄道』が有力候補だったんです。『ほんとうのさいわい』の意味を持ちます。ところが『震災』と呼び方がダブるからダメだと反対が多くて。僕たちには『震災』の意味も『真幸』の意味も、どちらも同じに感じられていました。何時までも永遠に忘れないためにです。もちろん地元では忘れるはずありません。忘れるのは、三陸から遠くの人達です。地図を見るたびに鉄道名で思い出してほしい。それが願いだったからでした」


――でも「夢絆ゆめきずな」って言葉は、命名権とは違うような・・・・・・何て言うのか、命名権ってネーミングライツでしょ。普通は会社名とかブランド名とかにすると思うんだけど?」


「命名権に会社名とか入れてしまうと、スポンサーが変わる度に鉄道名も変わってしまいます。例えそれが通称であっても、数年ごとに名前が変わるのは良くない。だから、僕たちは、名前を変えない事を命名権としたんです。『三陸真幸さんりくしんさい観光鉄道』はダメとされたけど、そうじゃないなら、やはり『きずな』だろうと。そして、やっぱり僕たちは三陸の将来に夢を持っていたい。それで『夢絆』、つまり、それが今の正式名称の『三陸夢絆観光鉄道』になりました」


――あれっ、ちょっと待ってよ。鉄道会社の正式名称が「三陸夢絆観光鉄道」なら、全然命名権じゃないんじゃないの?


 ニヤリとケンジ君が笑う。彼にしては珍しいアクションだ。


「この名前を変えない事への命名権なんです。三陸夢絆観光鉄道はもちろん正式名称ですが、この名前を変えないために、として、この権利を買ってもらっています。そうですね、およそ五百社はスポンサーになっているでしょうか」


――五百社だって! それじゃスポンサーの意味が無いんじゃ?


「名前を変えない事に賛同した全国各地のスポンサーには、自由に三陸夢絆観光鉄道の名前を使ってもらっています。肖像権は別に管理していますから、これで問題はありません。SL観光鉄道に寄付してくれとお願いしても、簡単にはいきませんが、鉄道の命名権を持っているとなれば、わずかな寄付でも自社にとっての宣伝効果は大ですよ!」


 名前を変えないための命名権か・・・・・・。現実には鉄道の正式名称だから、法定手続き無しには勝手に変えられるわけないのだが、何やらおかしいと言うか、これってスゴイ発想じゃないか! しかも、全国から大勢が応援してくれているという。まさに、三陸夢絆観光鉄道とは「他人ひとの金」「他所よその人材」「外部そとの知恵」なのである。


 やっとこ職員駐車場に辿たどり着くと、ケンジ君は駅長室へ、私は若田部理事の講演があるイベントホールへと別れる。肝心なところは聞けなかった。でも、それでいいのかもしれない。

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