瞬く希望の光。

いわくらなつき

短編


 月が、割れた。

 歪な亀裂で真っ二つに。


 広大な陸。それ以上に広く深い海。その全てから絞るだけ絞り出し、結果的にエネルギー源がすっかり枯渇してしまった地球からの新たな採取を諦めた政府は地球以外の惑星へと目を向けた結果だった。

 どうにか採取し続けた太陽光や風力、水力だけでは賄えなくなったエネルギーを月に眠っていた資源によって賄ったのだ。


 一つの国がエネルギー採取に成功すると世界中のあらゆる国の機関が同様の行為に走った。規制のなかった月からザクザクと掘り起こされる豊富なエネルギーを奪い合い、根こそぎ資源を地球へ持ち込んでいった。

 一時的にエネルギー補給が世界的に行き渡り、満ち足り、人々が安心した生活を再び送る事が出来る、と思ったところで身も凍るような鋭い裂ける音が空から鳴り響いたという。


 ズゴゴゴゴ、ガガガガガ。正しい表現の分からない音が寝転んだまま頭上で開いていた電子本がわーわーと喚き散らす。

 これは当時、生存していた人間の脳に残ったデータに基づき記録された音源なので100%信用は出来ないが、嘘っぱちな訳でもない。

 大体にして、月が割れ始めたのは僕が生まれる前、150年も前の話だ。

 いくらその当時に比べ平均寿命が飛躍的に伸びたとしても、月の割れる音を直接耳にした者は早々いない。脳だけは生きていても大抵の人間は文字通り“死んでる”はずだ。


『アシナ、起きたの?』


 通信ケーブルを通した声が枕元から響く。寝起きの悪いアシナを母はいつもそう言って起こしていた。そこまでして起こすことないのに、と毎度毎度思いつつ僕は毎日嫌々ながらに身体を起こしてきた。


「…起きたよ、うるっさいな」


 残念過ぎる程に寝起きの悪い僕はすっかり相手を忘れ、思った事をそのまま口にしてしまった。

 やべ、と思ったのは相手の反応を聞いた後のことだ。


『あんたがこの前寝過ごしたから親切に起こしてやったのよ。さっさとこっちに戻りなさいよ』


 ブチッと通信が途切れた。古くなりつつある繊細な機械が泣き出しそうだ。

 前回の失態のせいもあるが、通信相手のザクロは僕に対してやたらと厳しい。厳しさを悪く言うつもりは無いが、ずっと休みなく厳しくされると流石に応える。

 うーん、と声に出して伸びをし、固まっていた体を解す。体力の回復と休息の為に眠っていたはずなのに、緊張からか体はあまり休まっていない気がする。そんな事を誰かに言ったら怒られそうだ。


 能力が衰えていないか確認するためアシナは前方のテーブルに置かれた帽子に向かって腕を伸ばす。眉根を寄せて意思を念じると帽子はふわりとアシナの元へと飛び立ち、舞い降りた。

 よしよし、と納得したアシナは太陽のイラストがプリントされた帽子を片手に、足取り軽くデータ管理室にいるはずのザクロに会いに行った。


 アシナには己の意思で手で触れることなく物を動かせる能力が備わっている。念力だとか、サイコキネシスと呼ばれるあの能力だ。

 アシナの場合、これは先天的なものではなく後天的に与えられた能力である。月が割れてすぐの時期から多くの能力者を寄せ集めたこの場所に、アシナは昔から移動の志願をしてきたがごく最近になってようやっと配属となった。絶句する程の忙しさに疲れ果て、ぐっすり寝てしまったのが前回の失態。丸一日寝てしまった。


「おはよう。モーニングコール、ありがとね」


 にっこり笑顔を貼り付けたアシナを、その笑顔を向けられた相手であるザクロは大変冷ややかな表情で出迎えた。


「隊長が呼んでたわ。さっさと行きなさいよ」

「はいはい。どうもね」


 ―――あーぁ。これはやらかしましたわ。

 ボリボリと知らぬ間にできていた後頭部の寝癖もろとも掻き分け、アシナは溜め息混じりに歩みを進める。撫で付けようにも整わない髪に、寝ぐせ隠しの最終手段として手にしていた帽子を深く被せておいた。


「失礼します。アシナ、休憩から戻りました」


 扉のない枠をくぐり、室内へと入る。

 中にいた同僚たちは目の下にクマを作り外の映像が永遠と流されるモニターを凝視していた。


「…アシナ、休憩取ったんなら取ったなりに活き活きした顔で戻って来れんのか」

「あはは、すいません」


 モニターから離れた位置に座っていた極薄眼鏡を光らせる副隊長がアシナに指摘をする。そう言うあんたは休憩取らなくて良いのか?と言いたくなる様な疲労顔をしている。


「新月の連中が動き出した。隊長が策を練っている。そっちで独り言も含めてちょいと話を聞いてこい」

「承知しましたー」


 呂律の乱れた口調にアシナは元気いっぱいに返事をし、奥に続く隊長室に向かう。

 みんな仲良く揃って頭の働きが鈍くなっている。睡眠不足は深刻だし、人員不足はもっと深刻だ。


「隊長、新月の党が動き出したと聞いて来ました。失礼します」

「アシナ、夢の世界からの生還おめでとう」

「…もうそんなに眠り込んだりしませんよ」


 くっくっと人が悪そうな笑みをしているのは隊長室の主、タハラ隊長だ。年齢性別共に不詳気味だが男性らしい。初対面の印象では少々背の高めな女性とばかり思っていたのだが、実際は少々小柄な男性だったと言う訳だ。

 年齢は未だ不明。中年にも高齢者にも、生まれつき老け顔な若者とも取れる顔立ちだ。


「月のこえの党首から連絡が入ってね。どの連中もろくな奴がいない。国や民を守りたいのか、ただ地球や月を守りたいのか」


 ふぅ、と一息つき背もたれに身を預ける。


「馬鹿げた活動家達だよ、まったく」


 その言葉にアシナは頷くしかなかった。


 『新月の党』とは地球を破壊してしまうであろう月を落下前に木っ端微塵にしてしまおうと考えている荒っぽく野蛮で馬鹿な連合。地球を守りたいらしいが月を完全に無くそうとするとその塵が地球に降り注ぐと思わないのだろうか。

 『月のこえ』とはふたつに割れて地球へ落下する危険性があるとしても月は月。夜を照らしてきた月を守ろうとする平和的で自分達は慈悲深いと思い込んでいる馬鹿な連合。地球に隕石のごとく落下すればその努力は無意味になると思わないのだろうか。

 その他にも『地球防衛団』だとかほか諸々、馬鹿げた連合が守るべきなのか手放すべきなのか分からなくなりつつある地球から離れた広い宇宙の中には沢山いるのだ。


 月が割れてから100年で国際連合は地球に生きていた人間の大部分を火星へ送還した。それが完了するよりも前には月の観察を称してお偉い研究者を中心とした者達を『MOON labo』と名付けた宇宙ステーションへと派遣していたそうだ。


 そうして地球に取り残されたのは多くの無罪な動植物達と現在のアシナの様な『絶滅危惧人種』として秘密裏に守られてきた特殊な人間達だった。


 特殊と言っても人間には変わりない。

 ヒト科ヒト族のヒトであるし、人類の一人であるし、人間だ。少しばかり変わった能力を持ち合わせていたりするだけ。たったそれだけの違いだ。

 ある人は世で言う所の“吸血鬼”や“狼人間”だったりする。またある人は“念力”が使えたり“予知夢”を見たりもする。


 そんな可笑しな人間達を地球に残したのは『持って生まれた力を使い月の軌道を変えろ』と無理難題を押し付けてきた国際的な保護連合の奴ら。こんな事になる前までは特殊な人間達の保護に努めていたというのに利用する側へと手のひらを返した訳だ。


 組織に組み込まれた事もなく、社会の集団へ溶けこもうともしてこなかった人間達にそんな難題を押し付けられてもそう上手く行くわけがなかった。

 最初はかなり酷い有様だったという。『絶滅危惧人種』として守ってきた長い時間があわや水の泡になる一歩手前まで行ったとか。アシナが生まれた頃になってようやく落ち着いてきたという話だ。

 最小限の減少に留められても人間の寿命はなくなったりはしない。新しい命と共に亡くなる命もある。そうしてどうにかこうにかこの時まで残れた人間達で結成されたのが、昔から続くこの隊だ。


「新月の連中はどうやらこちらを先に抹殺しようと考えているらしい。アホだな。我々がいなくなっても月の落下は止まらないし、むしろ落下が早まるだけだと言うのに」


 正に、うんざり。

 その言葉の似合う険しい顔つきでタハラ隊長が溜め息交じりに言葉を吐き出した。


「僕らの隊が月を地球に向かわせている、ってゆー迷信を真っ先に発信したのが奴らですからね。考えそうな事ですわ」


 アシナはタハラ隊長の言葉を笑い飛ばした。


「ま。負けないですけどね」


 そう、負けるわけにはいかない。

 誰が相手であろうと、負けは死を意味する。

 新月の党、月のこえ、保護連合、MOON labo、その他諸々。最新技術を搭載したアンドロイド達の攻撃、爆弾に爆撃、電力の横暴や漏洩。あらゆる手段を用いてあいつらは殺しにかかってくる。

 もしくは、月の進路変更のためあらゆる手段を提供してくる。


 それはもちろん地球を見つめるあの月でさえも同じだ。


「作戦決まったらお知らせくださいね」


 作戦に対しては何の手助けもできねーな、と思ったアシナは副長に怒られてしまいそうだがタハラ隊長にそう言い残して外へ出ることにした。


 夜も昼も変わらずに月はか弱い地球を見下ろし、日々距離を詰めている。そのもっと向こうに『Moon labo』が浮遊しているという。


「妹さん元気っすかね?」

「…っ、ビックリした」

「あっ、すいまっせん!」


 驚いたアシナに逆に驚いているこの少年は隊員のゼロだ。

 彼は姿を消せる。本当に姿を消している訳ではないのだが、相手の視界からうまいこと隠れることが出来るのだ。相手の目の前だろうが、どこにいようが、ゼロは存在を消せる。情報収集などにはもってこいな力を持ち合わせているのだ。

 しかし、それも機械相手であると圧倒的に不利である。

 メカは視界が揺らがないし画面に姿が映ればアウト、何もできない。そのためここでは主にロケット製作の一員として働いている。


「今日の天気は抜群らしいっすよ!ラボ、見えそうじゃないっすか?」

「どうせなら引き寄せちゃいたいくらいだなぁ、なんて、ね」

「いやー。アシナさんがそんなに力が有り余ってるんなら月を遠くにポーンとできそっすね、ね!」


 ケタケタとふたり揃って愉快に笑い出す。

 本当に、それだけの事ができる力を持っていさえすれば、こうも疲労困憊な表情の面々と共に働いてなどいないだろう。


 アシナは妹を『Moon labo』に残してこの地球にいる。

 残して、と言うと聞こえは良いが実際はただの‟人質”だ。それと共に先天的に未来予知の能力が備わっているらしい妹は残念な事に‟研究対象者”としてあのふざけた研究所で健気に兄であるアシナの帰りを待っている。


「はやく終われば良いのになぁ」

「それ、どっちの意味で言ってます?」

「…さあ?」


 月の墜落を免れるか、地球からの退避を余儀なくされる一番最悪の事態か。そうなれば最早自分たちの命があるかさえ分からないところではあるが。


「妹をあそこから連れ出せるならなんだって良いかな」

「ひゅう!シスコンってやつっすね!」

「あはは、否定できないや」

「ちょっとー、そこのお二人さん!」


 不意に後方から大声で呼び止められる。ザクロの声だ。


「集合よ、集まって!」


 本日の作戦が決まりましたか、と頭の中でだけ呟き、ゼロと肩を並べて歩き出した。丁度同じタイミングで窓から身を乗り出してこちらへ顔を向けていたザクロが首を傾げる。


「…なにあれ」


 振り向くと、チカチカと点滅する何かが夜空に浮かんでいた。

 それも、留まってはいない。猛スピードでこちらに向かっている。


「ゼロ!中入ってタハラ隊長の指示を仰いで!ザクロ、レーダーはどうなってんの!?」


 横にいたゼロは「りょ、了解!」とワタワタした様子で駆け出し、ザクロは窓から10mは下の地点へふわりと着地をしながら手元のタブレットを忙しなく動かしている。


「そんな、落下物なんて読み込んでないわよ!そんなんあったら全員に警告がいってるわ!」

「じゃああれは何だっての!」


 小麦色の肌をした、たいして逞しくはない腕にグッと力を込め、謎の落下物へと意識を集中させる。見たところ、定期的にこちらにやってくる食料類を積んだ荷物の入った小型ロケットとは違うのは明らか。丸みを帯びたボディの周辺には何故か光るランプが目立つように並んでいる。

 次第に近付きつつあるそれは大した重さはないようで、このままではこちらへ盛大に落下する前に熱で溶けてしまうのではないかと思わせた。


「ダメ、力を抜いちゃだめよ」


 危険性がないのを良い事に、ふっと力を抜いたところでザクロがそう言ってきた。


「なに、何で」

「人よ、中に人がいるって報告が来たわ」

「うっそだろ!?」


 ザクロの言葉にぎょっと驚きながらも集中をより高める。

 ここからだと多少距離が開いてはいるが、謎の物体の落下速度を緩めようと、止めるのではなく逆の方向へとひたすら力を向ける。


「いま落下点に何人か応援を向けたから、あと五秒耐えて」

「はっ、五秒の内にこっちが力尽きるかも」

「はいはい」


 ———あ、流された。

 アシナ自身の能力が彼女にはある程度認められているのだと分かり、思わずニヤリと笑いそうになる。だが、そうなると自分はするっと力が抜けてしまうのは訓練時代からの癖で分かりきっているので表情筋を固めた。


「速度はだいぶ落ちたけど、残念だけど落ちる」

「了解。下の準備はできたって」

「OK」


 それなら落下物の大破は免れそうだ、と安堵しつつ最後まで集中を切らさぬように息を止める。ラストスパートだ。


「…っ、落ちた!」


 数秒後、間もなく、大きく息を吸い込んでそう叫んだ。

 同時に少し遠くから大きな水飛沫が上がった。


「行こう!」

「言われなくっても。こっち!」


 施設の下にとめてあった、スピード重視なフォルムをしたザクロ愛用の宙を舞うスクーターに二人乗りの形で乗り込み、落下地点に向かって急行した。

 準備もままならなかった急な大仕事によってグラグラしだした頭へ酸素を送り込もうと深い深呼吸を何度か繰り返している内に目的地へと到達した。


「アシナ、ご苦労。急なことによく対応してくれた。感謝する」


 ザクロとふたり、駆けつけた場所にはタハラ隊長を含めて7人の隊員が落下物から距離を置いて観察している状況であった。落下物は隊員の誰かが落下するよりも前に生み出したであろう人工の水溜りに浮かんでいた。


「タハラ隊長、現状は?」

「どうやらこちらが警戒して発しているレーダーには反応しないよう、特殊な素材でできているのは分かったが…中の透視は難なくできるようだ。エマ、様子は?」


 タハラ隊長が呼びかけた相手であるエマは前方でこめかみに手を添え、じぃっと落下物を見つめていた。


「はい、やはり中に人間と思われるシルエットが…それ以外には何も積み込まれてはいないようです」


 透視能力に特化した目を持つエマは目を細め、舐めるように睨み続けるも爆発物の類は発見できないようだ。


「…よし、アシナ。あの落下物をこちらに近づけよう」

「了解っ」


 ぺろっと薄い唇を舐め、肩を回す。誤ってあの怪しげな箱を潰してなどしてしまわぬよう、細心の注意を払いながら、両手で包む‟感覚”で落下物を持ち上げた。


「よっ…と!」


 落下中に感じた手ごたえ通り、見た目に反して軽い印象を与える音と共に落下物は再びこちら側の地上に降り立った。

 タハラ隊長は考え込む仕草をして「さて」と言いながら、軽く息を吐き出した。


「どうするかな」

「隊長、報告はしましたが本部からの返信はまだ来ていません。むやみやたらと手を出すのは如何なものかと…」


 そう口にしたザクロに「けどこのままにしておくの?」とすぐさま口を挟むと彼女も隊長と同じような考え込む仕草をして黙り込んでしまった。


「タハラ隊長、開けましょう!僕が開けます」


 ザクロの次にキラキラした目をさせてアシナから提案をした。


「バカ、何言ってんのよ。危険よ」

「けど、エマが見て危険性がないってんだから…」

「ヒト型のアンドロイドかもしれないでしょ。どうするのよ、自爆でもしたら」

「それはさすがに考えすぎでしょー」

「あのねえ、何があるか分からないんだから!」

「ちょ、お二人さん…言い合いはやめてよぅ…」


 ぎゃんぎゃん言い合う言葉が頭に響くのか、エマが弱々しい口調をさせながらそう割って入ってきた。


「あ、ちなみにね、機械の類ではないと思うよ。あのシルエットはそんな風に視えなかったし…」


 エマの言葉にそら見ろ、と言いたげな顔でザクロを見ると彼女は口元を真一文字に結び、口を閉ざした。


「隊長…!」

「ウーム…目でしか見れない事だし、開ける他ないな」

「了解!」


 パチンと指を鳴らし、すぐさまジャンプをして落下物に降り立った。脚力増強スーツを着ているのもあるが、重力のバランスが大幅に崩れたこの地球では重量のない宇宙空間にでもいるかのような感覚で跳躍できる。


「よーし!」


 遠慮なく力を振りかざす。すると、落下物は卵が割れるかのようにぱっくり割れた。 


「ちょっと!どうなの?大丈夫?」

「アシナ、うまい事割ったね~」

「なに感心してるのよ、エマ!」

「えっ…ごめん」


 アシナの後方ではそう言い争う声が聞こえてきた。が、アシナの目は中にいた人物に釘付けとなっていた。


 中にいたのはひとりの少女であった。見たところアシナやザクロとそう年齢は変わらない容姿で、すうすうと穏やかな寝息をさせて眠り込んでいた。

 起こそうと肩でも揺すろうとしたが、躊躇してしまった。

 少しばかり後ずさり、落下物と距離をとる。慎重に、周りの残骸を除けて彼女を宙に浮かせた。


「隊長、中の人物は眠り込んでいます。そちらまで運びますか?」


 隊長に向けてそう問いかけたタイミングで、ふっと力が抜けた。

 意図せぬ展開に驚き少女のいる方へ再び顔を向けると、眠り込み、アシナの力で浮かんでいたはずの少女はひとりで立ち上がっていた。寝起きらしい仕草で目をこすり、顔がよく見えない。


「動くな!」


 ギョッとするほど物騒な物言いで後方に控える隊員たちが電撃銃を構えて立ち並ぶ。ザクロは忙しなくタブレットに指を滑らせ、施設内の隊員に応援を要請しているようだ。


「…っわ、ごめ、なさい」


 ようやく顔を上げた少女は現状を理解したらしく、焦った様子で手を挙げ、万歳の動作をする。抵抗する気はないようだ。

 タハラ隊長は眉根を寄せ、まじまじと少女の様子を伺っている。


「…君は、何だ?」


 ———‟何だ”って、何だ…?

 タハラ隊長は相手の能力を視る事ができる。前もって研究員の検査やら研究を受けなくとも相手の持つ能力を大方読み取れるのだ。生まれたばかりの赤ん坊にもその力は有効で、この地球で生まれた子供たちが研究所送りにならなくて済むのはタハラ隊長がいるお陰なのだ。

 そんなタハラ隊長が困惑している。困惑させる‟何か”をあの少女が持ち合わせているらしい。


「手助けに、来ました!」


 どこかたどたどしい、元から決まった台本を緊張しつつ読んでいるかのような口調で、少女は声を張り上げてそう言った。


「終わらせ、ましょ…う!私は、えと……きぼう、です!」

「…希望?」


 思わず少女の言葉を繰り返す。

 少女はアシナの言葉を耳にし、アシナに顔を向けてコクコクと頷いて見せた。その顔はどこか妹に似ており、胸のあたりがぎゅっと締め付けられる。


「そう、希望!」


 終わりも希望も見えやしない地球に、希望を自称する、小っぽけ光が降り立った瞬間であった。


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瞬く希望の光。 いわくらなつき @mars

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