9.どうせ終わった人生ですから
ハノイの街は賑わっていた。
対空砲が空を警戒していたり。
アメリカの有名な歌手が来たりしていたみたいだ。
外交と内政の不一致は大変だね、と他人事のように思った。
北爆も再開したみたいだ。ラインバッカーⅡ作戦。クリスマスの夜にもね。アメリカへの非難は世界中から殺到したそうだ。
という名前の唄がラジオから流れている。
“<handclap>
これは僕の求めた停戦の物語
これは僕の望んだ太陽の物語
これは僕の信じるまだ生ける愛の物語
これは小さく幸福な子供である僕の物語
世界中が幸せになるのだと願ってた
平和が世界に君臨するのだと願い望んでた
クリスマスの夜にね ああでも、全部、ぜんぶが同じまま……
何にも変わっちゃいない! 全部同じままだ
ああ……
それでも沢山の人たちが僕らと共に唄った
それでも沢山の人たちがひざまずき
祈ったんだ (そう、祈ったんだ)
だけどテレビじゃ毎日のように
銃や大砲が写り クリスマスの夜にね
僕は泣いたよ (そう、泣いたよ)
いったい誰のせいなのさ?
何にも変わっちゃいない! 全部同じままだ
ああ……
僕は兵隊に包囲された子のことを考える
僕は「どうして?」と尋ねる無垢な子のことを考える
いつものように (そう、いつもなんだ)
こういうことを考えていても結局は
僕がどうにかできる問題じゃないんだよな
そうであっても (たとえそうであっても)
僕は唄う、唄い続ける
何にも変わっちゃいない! 全部同じままだ
ああ……
これは僕の求めた停戦の物語
これは僕の望んだ太陽の物語
これは僕の信じるまだ生ける愛の物語
これは小さく幸福な子供である僕らの物語
世界中が幸せになるのだと願ってた
平和が世界を支配するのだと願い望んでた
クリスマスの夜にね ああでも、全部、ぜんぶが同じまま……
何にも変わっちゃいない! 全部同じままだ
ああ……
何にも変わっちゃいない! 全部同じままだ
ああ……”
ゴミばかりが落ちている
「やあ、ピエロ」
「僕の名前は……」
そこで言葉に詰まった。帽子屋が言葉を紡いだ。
「有栖だよね。髪、切ったの? 似合ってるよ」
正確には切られた髪が生えてきたのだ。髪の事を言うなんて失礼だ。
帽子屋は気にせず隣に座り込んだ。路地裏には人通りも無くて通りかかるのは猫くらいのものだ。一匹が迷い込んできて、二人でそれを撫ぜた。
「お前も北に来てたんだな」
「まあね。その辺の顛末は想像にお任せするよ」
「香港に?」
うん。と帽子屋は頷いた。陸路か、或いはボートか何かを手配するつもりだ。と答えた。帽子屋は彩芽の事や華子の事は何も訊ねなかった。そこまで興味関心が無かったからだ。有栖もそれは分かっていた。
「君が生きていてくれて、僕は嬉しいよ」
そう言って有栖の頬にキスをした。
有栖は意外でもなさそうだった。
だけど他人事のままだった。
「レモネード飲むかい」
「うん、」
帽子屋はそうやって有栖にチャイン・ムオイを渡した。こっちでもまだレモネード売りの小遣い稼ぎをしてるのか。それは少し塩っぱく、ビタミンを含み、失われた汗を補填する形で吸収される。
有栖はエネルギー源を飲み干すと煙草を取り出して火を点した。帽子屋にも一本やって、咥えながらその先をくっつけて火を分け与えた。
「銃は?」
有栖は訊いた。
「あるさ」
帽子屋が答えた。鞄から一挺の拳銃を取り出した。
帽子屋もまた自分のウェブリー=フォスベリーの二挺拳銃と
有栖はその拳銃を受け取った。
それから帽子屋にキスをした。息をするのも忘れるくらい、長い長いキスだった。
>
帽子屋は意外そうだった。
他に何もあげられるものが無かったんだよ。
ありがとうの言葉すらも。この口づけくらいしか。
「さあ、これから僕たちは何処へ行こうか?」
帽子屋が訊いて、有栖が答えた。
“(まことのことばはうしなはれ)
(雲はちぎれてそらをとぶ)”
「変わらぬこの世の地獄を見に行こう」
二人は暗い路地裏に寄り添って閉じ込められた青い空をいつまでも見上げていた。
ひとりぽっちの痩せた猫を撫ぜながら。
* * * * * *
“やがて地獄へ
そこに待つ
友人に
たぶん私は
蝶の死骸をとり出すだらう。
さうして渡しながら言ふだらう。
一生を
子供のやうに、さみしく
これを追つてゐました、と。”
道化のアリスは蝶になりたい 名無し @Doe774
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