第21話 わいせつ五輪開会式の村

 一ヶ月前、ぼくはワクチンの接種を受けた。注射器の形はわいせつな形をしていた。ぼくらの世界には表の世界との秘密コネクションがあって、品不足とされているワクチンも、独自のルートで入ってくる。日本代表のわいせつ石こう職人のぼくは、優先してワクチンの接種ができたのだ。


 四年に一度の、大会が始まる。この大会の起源はわかっていない。最初の村で行われていた村祭りが大きくなったというものもいるし、村がいくつにも増え、その交流の場として生まれたという研究者もいる。


 やがてこの祭りは大きくなった。日本の津々浦々に隠れ住んでいるわいせつの村の者たちが集い、その技量を比べ合う大会となった。開催は四年に一回。ひそかに日本国中からこの道の猛者たちが集い、二週間それぞれの技を競い合う。勝利者には金色に輝くわいせつな形のメダルが贈られることになった。


 この大会がさらに大きくなった。世界各国にも、ぼくたちと道を同じくする村やギルド、秘密結社があることがわかったのだ。われわれは連絡を取り合い、人を交流させ、お互いのことを学びあった。そして、世界のわいせつ職人たちが一同に集う大会が行われることになった。そうだ、ぼくたちの祭りは世界大会になったのだ。


 祭りはわいせつ五輪と名を変えた。開催される村も世界各国の持ち回りとなった。表の世界の大規模スポーツ大会とは違い、世界大戦下や冷戦下でもその交流が途絶えることはなかった。いつしかそれは、わいせつ五輪と呼ばれるようになっていた。


 わいせつ五輪大会は、世界のわいせつ職人たちにとって大きな刺激になった。お互い、考えもしなかった形を目にした。奇妙な素材を使う国もあった。あまりにもあっけらかんと明るい物もあれば、この舞台に出る職人ですら顔を赤らめてしまうほどの物もあった。ある国のわいせつ工作は、べつの国の人を困惑させるだけということもあるし、遠く離れた文化圏から来たものが、まったく似たような造形を提出することもあった。


 近年では、さまざまな性的志向や性自認を持った職人も参加することが多くなり、わいせつ物の多様性はますます増した。性的惹かれを持たない職人の作品は、われわれのわいせつについての概念を覆すもので、大いに話題となった。その職人はわいせつ金メダルを授与された。


 そのわいせつ五輪は、二〇二〇年、日本で行われることになった。わいせつ五輪発祥の国として、ぼくたちは大いに盛り上がった。が、それを襲ったのが突然のコロナ禍だった。国際評議会は一年の延期を決めた。ぼくらが暮らすのは裏の世界だからといって、同じ地球に住み、ときには一般人のなかに混じって暮らしている。ウイルスとは無縁ではいられなかった。


 一年が過ぎた。各国の職人代表たちは、正面玄関から、あるいは闇のルートを使って、次々に日本に入ってきた。そして、紀伊半島の山奥にある秘密の村に集った。


 その開会式が、今日行われる。真剣勝負の前の、交歓の場でもある。式典の責任者が、過去の表の世界での適切発言によって辞任するというトラブルもあったが、準備はつつがなく行われた。


 そして、開会式が始まった。わいせつな形の花火が打ち上げられ、千二百機のドローンが夜空にわいせつな図形を描いた。祭ばやしとともに、おまんの人たちが現れると、郷土の名産品である小豆をまいた。その後ろから現れたのは、五大陸にちなんだ五色のかなまら神輿だった。神輿に続き、各国の職人たちが踊りながら入場してきた。それぞれの文化の衣装に身を包み、好き好きに踊った。太鼓の音が響き、笛の音も大いに響いた。


 入場が終わると、つぎはわいせつラジオ体操の時間になった。今度は、参加者たちが一糸乱れぬ動きで、わいせつなポーズを取りつつ、身体を動かした。わいせつラジオ体操がいつ生まれたのか定かではない。録音された音声はエスペラントなので、どこの国で生まれたものかもわからない。ただ、この体操はいつの間にか世界中に広まり、ときには村のものかどうかを確認するためにも使われる。


 つづいて、大村長の挨拶がはじまった。


「世界から集いし、この道の猛者のみなさん、ようこそ日本へ。まず、この困難下における医療関係者の方に敬意をしめしたいと思います。そして、このパンデミックで生命を落とした仲間に弔慰を。して、皆様、これを乗り越え、日々鍛えてきた技量と持ち前の才能を存分に発揮し、見知らぬ文化からおおいに刺激を受けあい、ますますわいせつの道を高みに引き上げようではありませんか。ユナイテッド・バイ・エモーション、心からの感謝を、弥栄!」


 すると、ボランティアによって入場者たちは会場の中央から端に寄るように誘導された。ぽっかりと円い空間ができた。そして、地面が二つに割れた。割れた地下から出てきたのは巨大なかなまらのように見えた。しかし、それは違った。五色に彩られたロケットと発射台だった。これには各国の職人たちも度肝を抜かれた。


 会場のモニターに、表の世界でよく知られている世界一の大富豪の顔が映された。


「こんばんは、みなさん。このロケットの先端には二機の宇宙船が搭載されています。その中には、皆さんの過去の名作が収納されています。一機は月を目指し、その軌道に乗ります。もう一機はプロキシマ・ケンタウリbへの長い旅路につくことになります……」


 そして、ロケットは轟音をひびかせて飛び立った。ロケットの残り火が聖火として会場の片隅を照らしつづけた。


 ぼくらの世界にもいずれ宇宙時代がやってくるのだ。いつか月に都市が作られ人が住む。ぼくたちの子孫たちの村も密やかに月面で暮らすことになるだろう。そのとき、わいせつ月の住民たちは、地球時代のぼくたちのわいせつ石膏を見ることになる。


 遠く飛び去ったもう一機。いつか銀河の知的生命体が見つけることがあるかもしれない。やがて、それを発見した彼らはなんと思うのだろうか。


 ぼくは、彼らにもわいせつの概念があることを信じたい。やがて、天の星々からそれぞれの舟に乗ってこの地球に彼らがやってくる。まだ地球人類が目にしたことのない、想像すらできないわいせつ石こうを持ってやってくるのだ……。

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わいせつ石こうの村 黄金頭 @goldhead

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