全体に、淡々とした落ち着いた筆致で 、それが主人公の思いのたけを綴った随筆っぽい作風にとても良くあっていました。
語彙も豊富で、平易ですが決して安っぽくもなく、とても読み心地が良かったです。
廊下の軋む音や冷たくなった父の頬など、細部の描き方が作品にリアリティと豊かさを与えていたことも魅力でした。
星が雫をこぼす、という表現から涙に持っていくところは秀逸だと感じます。
一方で、都会に出て、いつの間にか冷たい仕事人間になってしまった、というのは嫌な言い方をすればよく聞く話です。
それであっても登場人物たちの無二の物語としての光と、読み手が共感できるような説得力を与えるには、
具体的なエピソードが欠かせないのではないか、とも思います。
仕事人間になり、故郷をないがしろにしてしまう具体的な描写、
父と母の人となりが分かる具体的な思い出の描写(父は少しありますが特に母の描写)、
そういったものがあるとより作品が心に迫るものになるのではないかなと思いました。
また、父と母のキャラクターは尊敬できるような良い面だけしか描かれていませんが、
それだと少しリアリティに欠けてしまう気もします。
素晴らしい人柄であっても、ちょっとした瑕疵を与える(恥ずかしい癖とか、口うるさくて煩わしい時があるとか)と、
その人物像にリアリティと人間らしい魅力が与えられるのではないかなと感じました。
ともあれ、とても綺麗かつ丁寧な文章で、堪能させていただきましたし、
細部を丁寧に描くことが作品の情感を豊かにするということを学ばせていただきました。
星の数は、具体性という部分がより一層作品を良いものにするのではないか、ということで、三つではなくて二つにしました。