にじいろのとり

深海

にじいろのとり

 光あれ。


 確かこの世界の始まりの言葉は、そんなだったと思う。

 本当かな。

 でもたぶん、この世界の終わりの言葉は、耳にしたと思う。

 それは、たった今のこと。 

 

『光よ、去れ』


 ぶ厚い透明な船窓におでこを押しつけて、蒼い蒼いきれいな星を眺めていたら。

 その言葉が突然、僕の頭の中に響いてきた。

 一体誰が言ったのか分からない。

 びっくりして目をしばたいたとたん、目の前の蒼い星から、まばゆい光がいっぱい

立ちのぼってきて……その光たちが、うわぁっと一斉に飛び立っていった。

 その直後、蒼い蒼い星の表面にぴきりと亀裂が入った。

 それから。星はぱきりと、縦に割れてしまった。

 とたんにまわりから、悲しみのどよめきがあがった。

 洋服屋の婆ちゃんに花屋のマリ姉ちゃん。

 井戸端会議連盟のおばちゃんたちにコンビニのおっちゃん。

 喫茶店のキリエママとそこんちのちびっ子三兄弟。

 電気屋のおっちゃん。

 ヤミクモ博士とその助手のムソウさんなどなど、月の西街商店街の人たちがみんな勢ぞろいしてる。

 隣の船倉には西街一丁目の人、そのまた隣の船倉には西街二丁目の人といった具合に、この星船ほしぶねには西街の人たちがみんな乗せられている。

 商店街のみんなは窓に張りついて、毎晩見上げてた蒼い星を食い入るように眺めた。

 いまや星の表面はぼろっと割れ落ちて、まっかでどろどろした中身が見えている。

「なんで、割れちゃったの?」

 僕はそばですすり泣くお母さんに聞いた。

 どうやら、蒼い星の偉い人たちが、他の星の偉い人たちとケンカしたせいらしい。

 月にも他の星の戦船いくさぶねがわんさか押し寄せてきたから、急きょ避難することになったそうだ。

 お父さん、大丈夫かなあ。

「会社の星船ほしぶね、攻撃されてないといいけど」

 お母さんがしきりに携帯フォンでお父さんと連絡をとろうとしてる。

でも星間回線が混んでてつながらない。 

 僕らが乗ってる星船ほしぶねの周りには、月の国の船や蒼い星から飛んできた船がたくさん。今まで見たことない形の船もたくさん。 

 僕はお父さんの会社の船を捜した。けれど数が多すぎて、ついに見つけられなかった。





「失礼しますー」

 それからほどなく、白い作業服に軍手姿の船員さんが僕らのいる船倉に入ってきた。船員さんは疲れきった顔で兎印の帽子を取り、みんなに告げた。

「ええとみなさん、私ども白兎急便のイナバ号にご搭乗、お疲れさんです。

本船は平素は貨物専用でして、各自に簡易座席を割り当てられません。

これより本船は敵襲・・を避けるため、全速力で地球圏内より離脱しますんで、衝撃など、ご注意下さい」

 商店街のみんなは一斉に船員さんに群がった。

 洋服屋の婆ちゃんがしなびた腕で船員さんの胸倉をひっつかみ、

「おんどりゃわれ、アタシを一体どこへ連れてくつもりだい!」とすごむのを、

花屋のマリ姉さんが「婆ちゃん、落ち着いてえ」と、いつものプロレス技で取り押さえた。

 井戸端会議連盟のおばちゃんたちが公害レベルの声で喚きたてるそばで、

コンビニのおっちゃんが、「お、お店どうしまひょ」と揉み手で脂汗たらたら。

 喫茶店のキリエママは、「あたしたち親子、一体どうなるの?」といつもより一オクターブ高い声を出して、クネクネ。船員さんが二枚目でかっこよかったせいかな。

 ちびっ子三兄弟は船員さんの足にぶら下がってわんわん泣いて甘えだし、

 ヤミクモ博士は能面顔で、蒼い星がひび割れた瞬間の熱量計算をブツブツ発表し始めた。

 この世の終わりだというのにみんないつも通りで、僕はなんか安心した。

 でも船員さんはもみくちゃにされて、今にも倒れそう。

「おまえら、ちょっと静かにしろや! 運送屋の兄ちゃんが困ってんぞ」

 電気屋のおっちゃんがいつものようにみんなを締めて静かにさせると。

 博士の助手のムソウさんが革の手帳を片手に、船員さんに聞いた。

「それで、戦況はどうなんですかね?」

「はあ、さきほど星間通信に入ってきた月面政府の発表によるとですね、」

 へろへろの船員さんと生真面目なムソウさんのやりとりを聞いて、僕のお母さんはみるまに真っ青になった。

「そんな! 火星も、星島も、みんな占領されちゃったなんて」

 星島は、木星の周りにあって別名アステロイドベルトって呼ばれている。最近高級別荘地として売り出されてるところだ。

 お父さんが務めてる不動産会社も、他の会社と同じくブームに乗って住居ポッド

や無重力プールとか完備してる星島をいくつもあっせんしてる。

 お父さん、今日はその星島に出張の予定だったんだ。

 大丈夫かな……。

「ふむ。つまり我々は、この太陽系から逃げ出さねばならないというわけですか」

 ムソウさんが無表情に、黒縁眼鏡をひとさし指でずいと押し上げた。

「これからどこへ行くん?」「どこへ?」「どこへよ?」

――「こらおまえら、ちょっと黙れって」

 ものすごい形相で船員さんに迫り寄る商店街のみんなを、電気屋のおっちゃんが

また締めた。

 くたびれきった船員さんは、軍手をはめた手のひらにぴかぴか光る星図を呼び出しして説明した。この薄い布端末は手袋にひっついてて、映像を出すと手袋がほんのり輝く。まるでハンドパワーを披露する手品師みたいだ。

 「ええと、うちは月面政府より受信する星間通信に従いまして、航行しますんで。

まだ確定じゃないんですが、たぶん避難地の候補は、第四か第五星域じゃないで

すかね。具体的には六十一から百までの星系のどこかかと……」


『さらば』


 その時。僕の頭に、またあの変なささやきが響いてきた。

 ふりむいて船窓の外を見ると。

 暗い暗い星の海の中で、蒼い蒼いきれいな星から飛び出した光がひとつに集ま

っていて。

 あっという間に光り輝く大きな鳥の形になって。

 それから大きくはばたいて飛び去っていった。

「さよなら」

 窓に両手をはりつけて、僕は飛び去る鳥を見送った。

「ユウちゃん? 知ってる船でも見えたの?」

 お母さんが涙を拭きながら、窓辺に近寄ってきた。

 大きな鳥が飛んでいくよと教えたけれど、どこにもそんなの見えないわ、とため息

を吐かれた。

「また想像してたのね。もう大きいのに」

 違うよ、本当に見えたんだ。

 そう言い返そうとしたけれど、やめた。

 今までも、僕には見えて、お母さんには見えないものがいっぱいあった。

 僕には聞こえて、お母さんには聞こえないものも。

 あの鳥、どこにいくのかな。

 僕は黙って、星の海を飛んでいく光の鳥をいつまでも見送った。

 はばたくたびに、細かい光のかけらが散るその鳥を。

 きれいな虹色のその鳥を。

 それが暗闇の彼方にきらりと輝く小さな粒になった時。

 お母さんの携帯フォンがぶるるんと震えた。

 星間通信のメールだ。食い入るように受信画面を見たお母さんの目から、ドッとうれし涙があふれてきた。



 お父さんだ!

 


「会社の星船、星島から無事退避できたって!」

 

 よかった! きっと避難先で会えるよね。


 さよなら。さよなら。

 さよなら虹色の鳥。さよなら蒼い蒼いきれいな星。  

 さよなら、僕らの星、銀色の月。

 さよなら、月の西街商店街。


 本日僕らは、引っ越します。

 新天地を求めて。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にじいろのとり 深海 @Miuminoki777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る