第9話 公都
スターリング男爵と分かれた後、俺は部隊と合流し、南門で行われている武器の配布地に赴いた。
「武器って雑多すぎるだろ……」
剣は粗悪なそれであり、中には農耕に用いられる鎌や槌なども混ざっている。
倉庫に眠っていた物から日用品までのとりあえず相手に傷を与えうる物を集めましたよと言うような感じ。
それでも贅沢は言ってられない。
とりあえずそこから各々武器を選んでもらって装備を整える。
そうしていると騎士団から伝令隊に命令が来た。どうやら南門の外に集まれとの事。そこに行くと先ほど部隊分けを指示していた騎士様がおられた。
「閣下より貴様等に贈り物だ。ありがたく頂くのだぞ」
そう言って差し出してきたのは人数分の水筒と背嚢だった。
背嚢の外周に巻かれた毛布のそれを手に取るとズッシリとした重みを感じた。
「試算では公都までおそらく二日。三日分の食料をそこに入れてあるが、不足分は自分達で調達するように。
水に関しては魔法で手に入れるなり、沢を探すなりする事だ」
森の中に入ってしまえば後はエルフの本領を発揮するだけだ。
少なくとも人間より優れるサバイバル技術があるから得物さえあれば飢える事はまずあるまい。
「では最後に貴様等の健闘を祈る」
「ご、ご期待に添えるよう頑張ります!」
騎士のよこしてきた敬礼に先ほど叩き込まれたそれを返すと、かの騎士は厳つい顔をゆるめた。
「では後ほど会おう」
それが出発の合図となった。
各自、水筒のハーネスをたすき掛けにつけ、重い背嚢を背負う。
そして暗い森の中を駆けだした。
幸い今日は満月。優しい月の光が黒々とした森の中に点々と輝いている。
幸い、エルフは夜目が効く。根を避け、枝の下をくぐり走る。走る走る。
だが、それもそう長くは続かない。
「とりあえず野営にするか」
夜間でもエルフは森を進む事ができるが、体力がそれに追いつかない。
風を避けるように寝床を探し、与えられた毛布で身をくるむとすぐに眠気が襲ってきた。
毛布一枚でだいぶ違うんだなと思いながらまどろむと、意識は闇の中に消えていった。
そして翌朝。
日の出と共に目覚めた俺達は落ち葉と地面に落ちた細枝を集めて簡単なたき火を作る。
「で、この後はどうするんだ? ロートス」
俺より三個年上のエルフ――ラスが堅く焼き締められたパンをちぎりながら言った。
どうでも良いがこのパン、硬くて顎が痛くなる。一体何を使ってるんだ? とにかくそれを無理に飲み下し、問いに答える。
「南に向かう。昼に一度、木に上るなり西に向かうなりして街道を見つけよう。それを目印にすればすぐに公都だろ」
エルフはどんなに深い森でも方向感覚が鈍るような事はない。
その感覚を説明するのは難しいのだが、なんとなく分かってしまうのだ。
「で、もし帝国の連中とかち合った場合は?」
ラスは近くの木に立てかけてある短弓に視線を一瞥する。
彼は村から逃げる際に弓と幾本かの矢を持ち出していた。
俺やミューロンと併せて貴重な飛び道具使いだ。
その他のメンバーは昨夜に片手剣や短槍を支給された物を装備している。
俺を含め合計十人の小隊の戦力はお世辞ににもマシとは言えないだろう。
「相手の規模にもよるけど、戦闘が避けられないのならとりあえず飛び道具で牽制しながら逃げるって所だろうな」
みんなエルフが近接戦闘が苦手なのを知っているだろうし、何よりそうした武器には日々の鍛錬が勝敗を分かつ。狩猟民族のエルフが戦闘訓練を受けた職業軍人に勝てる訳ないんだ。
「そりゃ、そうか……」
だが、ラスの声に現れた失望をはらんだ空気を感じた。ふと、小隊の仲間を見渡すと暗い顔した面々が目立つ。
しまったな。
飛び道具を使わない者は足手まといだと受け取られたのかもしれない。
これからは言葉に気をつけないと……。
「ねぇ、みんな。それより公都だよ。どんな所なんだろうね。大都会なんだろうなぁ……」
ミューロンの言葉に誰もが「何言ってるんだ?」と言う目をしている。
だが、少なくともどんよりした空気はもう霧散し始めていた。
「おい、観光に行くんじゃないんだぞ」
「わ、わかってるよ。でも、公都に行けるなんて。もしかして先に避難したドワーフのみんなともすぐに再会できるかもね」
明るい声に肩の力が抜ける。
そして誰もが無理矢理だろうが、公都の事を考え始めていた。
ありがたい。なんとありがたい事か。
そして自分が情けなくて仕方ない。
俺の失態をミューロンに尻拭いさせてしまった。
それが情けなくて、とても恥ずかしい。
「さて、そろそろ出発するか」
「そうだな。出来れば公都についたら一晩ゆっくり休ませてくれよ、小隊長殿」
「ラス達の頑張り次第だろうよ」
たき火に水魔法をかけ、その上から土をかぶせる。
それから俺たちはまた森を駆ける。
度々、休息を入れるも俺達は行軍を続けていると、木の葉を透かして見えた太陽がちょうど中天に太陽が昇り切った。
「ねぇ、そろそろお昼にしない?」
「そうだな。うん、そうしよう」
魅力的な提案を断れるわけもなく、歩を止める。
水筒から一口だけ中身を喉に流すとその甘さにもう一口だけと欲がでる。
だが、いつでも補給出来る代物でもない貴重品である事を思い出して欲望をねじ伏せる。
「ちょっと木に上って周辺の地形を確認してくる。その間に昼の準備を頼むぞ」
「うん。任せて」
同じく大事そうに水筒を口につけていたミューロンを背に近くの木に足をかける。
枝と枝を頼りに上ると一気に視界が開けた。
「えと……。あれが街道か? 方角的にはあってるか、な?」
大ざっぱな事しか分からないが、とりあえずこのまま南に下って行こう。また日が暮れる前に確認をとって野宿をして、そんで明日には公都だ。
ゆっくりと木を降りて行くとすでにみんな昼に手をつけていた。
「とりあえずこのまま南に下る。今日は日暮れと共に野営の準備に入るぞ」
そう言いながら自分の背嚢の紐を解く。そこから堅焼きの黒パンを取り出し、腰につった猟刀を使って切り分ける。
今回の昼食はそれと塩の味しかしない薫製肉。おまけに硬い。
異世界グルメなんて幻想なんだなと思いつつゴムのような肉を口に放り込み、水筒の水で強制的に胃の中に放り込む。
「人間の作る薫製って、なんか堅いんだね」
「アーリョおばさんの作る薫製は村一番だったな。あれからするとこりゃ石だよ」
ワイワイとそれでも口を動かして塩分とタンパク質を貪ると、少しだけ胃の中に暖かみが生まれてきた。
「ところで、小隊長殿。聞いて良いか?」
「質問を許可しようではないか」
栄養と休息がとれたせいか、小隊には余裕が生まれつつある。たぶん、良い傾向だろう。
張りつめてばかりというのは仕事の効率を落としてしまう。これは体験談だから信憑性は高い。
「その、筒――じゅうって言ったか? それ、他にもあるのか?」
「なんだ、欲しいのか?」
「いや、エルフと言えばもちろん弓だろ。でも、弓の無い連中にそれがあれば良いと思ってさ。
それにあのロートスが見違えるように獲物を狩れるようなったんだ。すぐに扱える代物なんだろ?」
見渡せば昨日、武器を配布された連中はラスの言葉にしきりに頷いている。
そりゃ、エルフが近接系の武器を持っても仕方ないし、出来る事なら弓を装備したいのだろう。
だが、その弓はスターリング騎士団に所属する弓兵が根こそぎあつめているようでこちらに回ってくる気配を見せない。
それなら俺やミューロンの持つ銃を持ちたくなるのも頷ける。そりゃ、近接武器よりマシだろうから。
「確かに銃は扱いやすいよ。それこそ弓なんかよりもね。クロスボウと違って弦を引く力もいらないし。ただ……」
「ただ?」
「予備があとどれほどあるか……。ドワーフの友人に作ってもらったんだけど、そんなに数は無いんだ。銃を作る工房も、もう焼け落ちただろうし」
あの工房にはハミッシュが銃を作るための材料から道具まで一通りそろっていた。
その上で銃身に溝――ライフリングを刻むための設備まであの村にあったのだが、それも全て炭に帰ってしまった。
「それでも、公都でうまく工房をあいつら見つけられれば、もっと量産出来るはずだ。
そうなったらこれで帝国と戦える。すぐに村を取り戻せる」
「そうだな。うん。そうだ」
そして昼を終え、森を南に進む。
日暮れ近くになって野営の準備と木登りからの偵察を終えてその日はすぐに眠りの中に落ちていった。
そして翌日。ミューロンに偵察をお願いして朝食の準備をしていると「ちょっと来て!」と切羽詰まった声が降り注いだ。
慌てて木を上れば南西の方角から黒煙があがっていた。あれは、火事だな。
「方角的に、公都か?」
「たぶん……。どうする?」
どうする? どうすれば良い?
公都だって火事くらい起こるだろう。だが、今は戦争中だ。戦争中に起こる火事なんて――。
まるで敵が火を放ったようではないか。
「とにかく、もっと近くに行こう。そんでどうなっているのか確認を取ろう」
ここからでは予想を立てるくらいしかすることがない。
なら前進して事の次第を見極めるべきだ。
「おい、出発するぞ。南西に煙が上がっていた。戦闘の恐れがあるから各自警戒するように」
昨日まで欠片も無かった緊張が頬に滲む。
そして前身を初めて幾ばくも経たぬうちに喧噪が響いて来た。森の影からそれを伺うと公都の一面に展開した兵士達が公都エフタルに攻撃をしかけているのが見えた。
白い城壁に向かって野戦側の軍が大きな火炎の弾や氷の塊を射出し、それが着弾するごとに城壁が崩壊して行く。
「そんな、あれ、帝国軍!? うそ!?」
軍旗を見るが、エフタルの旗では無い。まず、間違いなくサヴィオン帝国軍だ。
だが、進撃が早い。今までにもサヴィオン帝国の侵攻は何度かあったが、まさか公都に攻め込まれる事態になるなんて。
「ねぇ、あそこ。左から馬が来てない!?」
ミューロンの指示した方向には確かに砂煙が上がっている。数はそんなに多くは無さそうだ……。二十人くらいか?
と、様子を見ているとエフタルの城門からも同数ほどの騎士が飛び出して来た。どうやら迂回してきた敵騎兵への迎撃のためらしい。
「皆、戦闘の用意を」
「斬りこむのか!?」
「それは状況次第だ。とにかく戦闘の準備を」
エルフに近接戦闘が行えるはずもないし、その相手が騎乗しているとあれば猶更だ。
騎乗した兵士と言うのは歩兵に比べて物凄く強い。
まず馬自体が確か八百キロ以上の体重を誇っていたはずだ。前世の常識がこの異世界でも通じるのならその巨体が時速四十キロで迫って来る。もうそれだけで脅威以外の何物でもない。
故にまともにやりあえばエルフなどひとたまりも無い。戦うのならいつでも森の奥に逃げられる準備をしてからではなければならないだろう。
何故なら木々が生い茂って居ればその突破力を生かす事は出来ないし、森の中ならエルフの方が縦横無尽に動く事ができるから。まぁ、装備が装備だから不安は残るが。
そうしていると帝国軍騎兵に動きがあった。
彼らはそれぞれ杖を掲げ、何かを叫び出す――違う。呪文を唱えている。距離はおよそ八十と言った所か? 短弓の射程外か。
「攻撃は俺とミューロンが行う。他のみんなは周囲を警戒。あの騎兵以外の戦力が接近してきたら報告してくれ」
ポーチからカートリッジを取り出しながら命令を発していると、悲鳴が上がった。
帝国軍は呪文を唱えるや、馬の背に吊っていた水筒を放り投げる。そこから生を受けたように水が流れ出し、矢のように鋭さを作り出して凝固した。その氷の矢がエフタルの騎士に殺到し、人馬の悲鳴を響かせたのだ。
「くそ!」
カートリッジの火薬を火皿と銃口に注ぎ、残った油紙ごと弾丸を銃口に詰める。それを
そして構え、撃鉄を起こす。相手は高速で動いているせいで狙いが定まりにくい。だが、それを補う様に騎兵は図体がでかい。
引鉄に指を添え、そして力を加える。
轟音と白煙。ライフリングから与えられた回転を十二分に身にまとった弾丸が空を裂き、一人の騎士の横原を射抜いた。
「ぐあ!」
落馬。それに続くように後方の騎士も馬から落ちていく。
「早く次弾を込めろ!」
手早く次のカートリッジを取り出し、装填。手早く撃鉄を起こし、射撃。今度は馬にあたり、棹立ちになった馬が騎士を振り落してから倒れた。それに続いてミューロンがまた一人の騎士に風穴を空けた。やっぱりミューロンには狙撃の才があるのかもしれない。
「ミューロンは再装填!」
サヴィオン帝国の騎士達は自分達が攻撃を受けつつあると言う事態を理解し始め、彼らの馬脚が遅くなる。
すると一人の騎士がこちらを指さしていた。まぁあれだけ轟音と白煙を上げていればバレルか。
「急げ。それを撃ったら森に逃げるぞ。後は、わかるな?」
周囲を見渡せば気の早い連中はもう腰の得物を抜き放っていた。それに頷きつくのとミューロンの狙撃が重なった。戦果はまた一人、あの感の良い騎士の頭が吹き飛んでいた。
「よし、撤収する。走れ!!」
みんなが森に駆け込むのを確認してから一度、敵騎士を見やる。
俺達を追おうとしていた彼らだったが、今度は先の魔法攻撃を生き残ったエフタル騎士の突撃を許してしまっていた。
どうやらエフタル騎士の突撃を援護出来たらしい。
それにより敵の騎士は壊走を始めた。森に逃げろと言ったものの、どうやら杞憂に終わったようだ。
とりあえず目ぼしい敵も居なくなったし、一応伝令の任を果たしに行こう。
戦火の猟兵 転生そして異世界へ べりや @28651
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。戦火の猟兵 転生そして異世界への最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます