第8話 義勇軍

「貴様等エルフにはこれより伝令兵としての任を与える!」



 厳めしい騎士の言葉に俺達は思わず背筋をのばす。

 義勇軍に志願した俺達は種族ごとに分けられ、そこで種族に見合った兵種を言い渡されていた。

 この種族を分けるのには意味がある。


 例えば俺達エルフは線が細いために殴り合いのような戦は苦手だが、弓を愛し、森を愛するため弓兵や伏兵として運用するのに適している。

 対して獣人は一言では言えないが、大抵は勇敢であり、スタミナや俊敏さを兼ね備えるため前線で戦う歩兵に向いていると言える。


 それらを何も考えずに混ぜては長所を生かしきれない事になり、はっきり言って無駄が増える。

 そのため種族毎に分かれているのだ。



「本来なら弓兵として任を与えたい所だが、我が騎士団には専属の弓兵がいる上、貴様等は長弓ロングボウの扱いに長けていないため貴様等には伝令兵になってもらう」



 百数十年前。俺達の爺さんの代に侵攻してきたアルツアルはエルフの長弓ロングボウに苦しめられたせいでエフタル征服の暁に長弓ロングボウの所持を禁止したのだ。



「知っている者がいるか知らんが、公都に向かう大街道は大きく蛇行している。しかしこのエフタル樹海を突き抜ければ公都に早く戦況を伝達できる」

「あの、良いですか?」

「なんだ? 名前を言った後、質問を許可する」

「レンフルーシャーのロートスと言います。確かに森を直進すれば街道を行くより早く公都にたどり着けるとは思いますが、それより早馬を出した方がより早くないですか?」



 エルフより早く森を駆けられる種族を俺は知らない。

 だが、それは森を使ったならばの話。街道を使えば騎兵の方が遙かに早く情報を伝達できる。



「……それをお前は知らなくて良い。

 それよりも貴様等は閣下から預かった戦況を早急に公都におわすエフタル閣下にお届けするのだ。戦況により別の任務を与えられる場合もあるが、基本は伝令だ。良いな?」



 下々には知られたくない事を突っ込んでしまったようだ。

 その後、指揮官は集まったエルフ(五十人しか集まらなかった)を少人数毎の小隊に分けていく。一応、村毎まとまるよう配慮してくれた。

 そして騎士はその中で小隊長を決める事、一時間後に軍議を行い、そこで伝令の第一便を公都に使わすので小隊長はこれに参加するようにと言って去っていった。



「やっぱり、長はロータスかな?」

「待てミューロン。なんでそうなる!?」



 他の小隊員達も俺押しで拒否がしにくい。

 知ってるぞこの流れ。厄介事が回ってこないように誰かを推薦するやつだ。

 プロジェクトの担当者が倒れて代役を立てる事になった時、みんなして拒否って俺の耳元で「誰かやってくれる人いないかな」と囁かれたのを思い出す。



「でも、ロートスは村長の家系だし、適任だと思う」

「今回は弓を使わないようだし、弓がダメなロートスでも大丈夫だろ」

「長の血を引いているお前がふさわしいんじゃないか?」



 くそ、血縁を重視する悪癖も姿を現しやがった。

 周囲を見渡しても敵、敵、敵。

 ミューロンのあげた声を恨みがましく思いながら「俺で良いんだな?」と最終確認をとる。



「言っておくが、俺は戦に出た事がない。

 そりゃ、襲いかかってきた帝国の奴らを殺しはしたが、みんなを指揮するような事はできないと思ってくれ」



 出来ない事は出来ないと言う。最初からきっぱり言っておく癖は相変わらずだなと苦笑を覚える。

 だが、それで本当に出来ないと出来ない事を責められる――そんな所に身をおいていたせいで鉛を飲んだように胃が重い。

 もし、彼らの期待を裏切ったら?

 そう思うだけで頭痛を覚えてしまう。

 ノーと言えない俺の性格が恨めしい。



「とにかく、作戦会議に行ってくる」



 まぁ、別に部隊を率いて戦争に行く訳ではない。

 手紙を公都に届けるだけ。そんな簡単な事ならなんとかなるだろう。

 そうして俺は時間になると指定された会議質に足を向けた。

 そこには他の小隊長の他に豪奢な鎧を着込んだ騎士様や歴戦の傭兵と思わしき頬に傷をこさえた戦士等が集まっていた。



「ではこれより軍議を始める」



 上座に座ったスターリング男爵が口を開く。

 それと同時に部屋の隅にいた書記が羽ペンを取った。



「では皆にまず沈黙の誓いを立ててもらう。この部屋で耳にした事は伝達事項を除いて他言してはならなぬ。それをそれぞれの神に誓ってくれ」



 アルツアルは宗教政策に寛大だった。そのおかげでエルフは風と木の神様を信じているし、他の種族もそれぞれに神を持っていられる。

 俺も周囲に習い、口の中で小さく祝詞を唱えた。



「よし、まず現状の確認と行こう。参謀」

「ハッ!」



 男爵の近くに座っていた几帳面そうな女性が立ち上がった。

 彼女はテーブルに紙の地図を広げるとそこに駒を乗せていく。



「レンフルーシャーの戦いにおいて我が軍は二千五百、対する帝国は二千の兵がぶつかり合いました。

 数の有利はありましたが、帝国の魔術騎士団はこちらの歩兵隊の方陣を易々と喰い破り、敵主力である帝国近衛重騎士団の突撃を許す事になりました。

 幸い、弓兵や騎兵の主力は亜人義勇隊の奮戦もあり、その主力はほぼ無傷でスターリング城まで後退出来ました」



 思わず唇を噛みしめてしまった。それを隠して意識を地図に向ける。少しでも気を抜けば首の無い父上の事を思い出しそうだった。



「その後、我が軍は焦土作戦を実施して帝国の足止めしながら戦力をこのスターリング城に集めています。

 今後の方針としましてはこの城に籠城して敵の進撃を阻みつつ、公都からの増援を待ちます。

 もう二月もすれば街道は雪に閉ざされ、敵も後退しなければならなくなるでしょう。そこを叩けばいかな帝国騎士団といえどひとたまりもないはずです」



 雪を待って攻勢に転ずる。

 自然を味方にした作戦と言うわけか。なるほど、良い作戦じゃないか?



「何かご質問があればお答えします」



 すると傭兵然とした男が挙手した。



「帝国はどれくらいでやってくるんです?」

「レンフルーシャーからスターリグに向かうためのめぼしい橋は全て落としましたし、各村を焼いたので食料の現地徴発が出来ない帝国はおそらく、四日ほどは進軍に時間がかかると思われます」



 中世の頃の軍隊と言うのは基本的に現地徴発――略奪によって補給品を手に入れていた。

 それは奪えば奪うだけ敵国の資源は減り、自国のそれは増えていくのだ。これほど単純明快な補給方法もそう無いだろう。

 もちろんそれを黙って受ける必要なんてどこにもない。敵に奪われるくらいなら再利用不可能にしてしまえば良い。そのため村を焼かせたのだ。

 食糧を焼き、家屋を焼き奪われる前に全てを灰塵にしてしまった。そうすれば敵は現地での補給が出来ず、後方からそれをわざわざ運ばなければならない。それだけ進軍速度が鈍り、こちらに相手を迎え撃つ時間を生んでくれる。

 略奪に関してこれほど効果的な作戦を俺は知らない。優れた作戦だ。

 だが、その爪痕を修復するのにどれだけの時間がかかるやら……。



「稼いだ時間を無駄にしないためにも、さっそく籠城の支度をして頂きます。

 また、エフタル公爵自ら陣頭に立つ用意があると知らせを受けております。

 そのため公爵様に先に話した今後の方針を上奏しようと考えますが、いかがでしょうか?」

「ではもう一つ。スターリング騎士団の主力がドワーフと共に公都に向かっていると部下が報告してきたんだが、真ですか?」

「………………」



 チラリと参謀がスターリング男爵を盗みみた。

 それに彼はやれやれと言ったように重い口を開いた。



「その通りだ」

「何故――!?」

「籠城戦に馬は必要なかろう。それにこれはエフタル公からのご命令だ。

 公はどうやら本格的な冬が来る前に攻勢を行いたいと考えられ、エフタル中の戦力を公都に集結させつつある。

 我らとて願っても無いことではないか。うまくやれば、我らと騎士団で帝国を挟撃できる」



 それでエルフを伝令とするのか。

 手持ちの騎兵が吸い取られてしまった穴埋めとして。

 だが、騎士がいないとなればスターリングの守りは騎士団に所属していた弓兵と寄せ集めの義勇軍だけになってしまうのでは無いか?

 その疑問に答えるように男爵が立ち上がった。



「この城に留まる正規の兵は弓兵五百のみ。傭兵を混ぜれば一千五百。そして義勇軍や民の徴兵をさらに混ぜれば二千は行くだろう。

 戦えるかどうかは別にしてな。

 ともかく二千の兵でこの城塞の街を守る事になる。

 確かに騎兵の機動力が減じてはいるが、火急の案件はそこのエルフを通して公爵に上奏すれば問題無い。

 それに先にも言ったが、我らの行うは籠城戦である。物資を大量消費する馬は居ない方が得であろう?

 それにこちらの築城は揺るぎ得ない。それに最後に放った斥候の話によれば敵はまともな攻城兵器を有していないと言う。

 今からそれを取り寄せるにしろ現地制作するにしても時を食う。奴らから時間さえ奪えれば後はどうとでもなる。

 皆、我らが精強なるアルツアルの末裔である事を忘れてはならぬ。勝利は常に我らの手に」



 それを最後に会議はお開き。

 伝令役であるエルフと議事を清書する書記を残し、各々は退室していく。



「伝令はそうだな。お前、やってくれるな?」



 退室しようとする男爵が俺の前で立ち止まる。

 もちろん頷くしかない。

 だが、話はそれだけでは無いらしく、他の者が退室しきっても立ち止まっている。



「なに、そう堅くなるな」

「は、はぁ……」

「まぁ、無理か。だが、悪く思うな。こちらはお前に命令を下さなくては席を外せないのだ」



 すぐに書記から「申し訳ありません」と声が返るが、スターリング男爵は作戦会議とは打って変わって朗らかに笑うだけだ。



「まぁ、本来なら我の命令を経験豊富な筆頭従者に託し、それを経由してお前に伝わるはずなのだが、その従者は今、騎兵を率いていて不在なのだ。まぁ頑張ってくれたまえ。少尉」

「少尉?」

「あぁそうだ。部隊を率いるのは何時であっても官位が無くてはならん。おい君。この者を臨時少尉に任官すると一言付けたしたまえ」



 俺では無く書記に言葉を投げる男爵に指名された方は困惑君に「は、はぁ」と返事を返した。



「お前、名前は?」

「れ、レンフルーシャーのロートスです」

「そうかレンフルーシャーから……。いや、ロートス少尉だな。まず背筋を伸ばして立て。そうだ。顎は引くんだぞ。そして右手を、こうして――動かすな。そうだ、そうだ。それだ」



 強引に取らされた姿勢はまさに軍隊の敬礼だった。

 見よう見まねのそれだったが、姿勢が固まるまで指導を受け、やっとの事で男爵は納得してくれた。



「良いか? 公都の騎士に馬鹿にされぬようその姿勢を忘れるな」

「あ、あの……。これは一体……」

「元来、兜を跳ね上げて目上の者に礼を送るのがアルツアルの慣例なのだが、それを元にした騎士の礼だ。よく覚えておけ」



 そんな熱烈な指導が終わると共に議事の清書が書きあがった。スターリング男爵はそれを丸めるや封蝋をして刻印を押す。



「ではロートス臨時少尉。この作戦計画を公都の閣下にお渡しするのだ。復唱しろ」

「は、ハッ! ロータス臨時少尉は作戦計画書をエフタル公様にお渡し致します!」

「よろしい。部下を率いてすぐに作戦を開始せよ。得物が必要なら南門付近で武器の配布を行って居るからそこに行け」

「了解しました!」



 勢いに任せて叫びながら敬礼の姿勢を取ると男爵は破顔して「その意気や良し」と口を大きく開けた。



「少尉。一つ聞くが、人を殺した事はあるか?」

「……はい。村から逃げる時に帝国の兵士を」

「そうか。まぁ一人でもやっているなら平気だろう。だが、大事なのは躊躇わない事だ」



 ふと、村に来てくれていた狼耳の戦士の顔が脳裏を過った。



「迷うくらいであるなら逃げに回る事だ。無理を通せとは言わん。無理な物は無理なのだからな。それに関わるだけ時間の無駄だ。

 ならば早急に次の策を成すのだ。それを守って居れば、今の我のように生き残れる」



 それは父上を犠牲にしてまでもの事だったのか――。

 そう出かかった言葉を飲み込み、頷く。そして命令書を手に一礼してドアに向き直った時――。



「エルフの者には感謝しておる。だが、我は頭を下げはしない。

 あの犠牲無くして主力の無傷な撤退は叶わなかったからな。だが、責はある。恨んでくれて結構。我を許せとも言わない。それが指揮官であると我は信じている」



 あぁ、この人は正直な人なのだなと思えた。

 わざわざレンフルーシャーの戦いの事を蒸し返す必要なんて無かったはずだ。それなのにこの人は俺の出身を聞いた上でその話をしてくれた。それも男爵様が俺のような一介のエルフに向かってだ。

あぁ本当に正直な人だ。それこそ好感が持てるほどに。

 そうまでして俺に官位につく者への心構えを説いてくれた。自分が恨まれる事など分かり切った上で。

 器が大きいとでも言うのだろうか? よく分からないが、少なくとも正直と言うだけでも好感が持てる。



「ロートス臨時少尉。迷ってはならない。何を犠牲にするかも指揮官が決めねばならない。その時に迷って居られる時間はそう無い。努々ゆめゆめ忘れるな」

「分かりました」



 背筋を伸ばした敬礼を送る。それこそ敬意をこめて。


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