第3話玄関先にて

 カチャカチャと金属と金属のぶつかり合う音が聞こえる。それと数人が笑い合う声。どうやら食事中のようだ・・・恐らく。

 

 私の目の前に広がるのはごくごく一般的な食事風景。

 ナイフとフォークを器用に使い、家族や友人と和気藹々と楽しんでいるごくごく一般的な食事風景。括弧かっこただしに限る括弧閉じ。

 今私の目の前に広がるのは特異中の特異。狼がフォークとナイフを器用に使って肉と野菜と米を頬張っている、ある種天変地異がおきたかのような光景。まぁ、この光景が異常で常識を逸脱した事象だということに気が付いたのはついさっきのことなんだけど。

 どうやら今までの私は気が動転していたらしく、とても簡単な異常事態に気が付くことが出来なかった。佐伯さんはこの天変地異に気が付く気が無いのか、狼の3人と会話をしている。年齢やら名前やら他愛の無い話しだ。

 お母さんの名前は『プラウ』。女の子は『リーン』男の子は『リーフ』というらしい。子供達は双子のようだ。別に盗み聞きをしていたわけではない。ただ聞こえてきただけだ。

 「どうしたんですか?お口に合いませんでしたか?」

 自分の世界に入り込んでいた私に声が掛けられる。とても優しい声だ。

 「いえ。とてもおいしいですよ。特にこの・・・」

 「あぁ。それはオオヒカリガエルの腿肉ももにくです」

 何の肉か分からず口篭っていた私に気付いたプラウさんが気を効かせて教えてくれる。しかし今回はありがた迷惑だ。

 「あ、あぁ。えっと。質問いいでしょうか」

 無理やり話を逸らす。私にお肉の名前を享受したことに満足して、夕飯に夢中になっているプラウさんの姿から無理やりでもなかったらしい。

 「えぇ。大丈夫ですよ」

 私の要求に応じてくれるプラウさんは、食事の手を止めナイフとフォークを八の字に置き、ナイフは刃を内側にフォークは背を上にしてこちらに正対する。テーブルマナーは完璧だ。

 「えっとまず。ここは何処なんでしょうか。正直私達にとってこの世界は浮世離れしすぎている」

 目の前の狼家族から既に信じられないことだが、食事中に窓から見える風景を観察してみた。するとそこには、案の定。当然の如く。これが現実だと知らしめるような、いわゆる達が活気ある街を遊歩してした。

 やはり此処はファンタジーの世界なんだと受け入れざるを得なくなり質問してみた。

 「やっぱりあなた達はこの世界の住民ではないのですね」

 やっぱり?

 プラウさんの反応に違和感が残る。まるで予想していたかのような。そんな反応。しかし深刻そうな顔振りからして全てを把握している様でもないようだ。

 「あなたは私達のことを知っていたのですか?どうして?」

 「いえ。知っていたわけではないの。ただ・・・」

 「ただ?」

 プラウさんは言葉を詰まらせる。あまり積極的に話したくないかのようだ。

 「ただ。伝説―――というか、この町にまつわる噂話に少し似ていたので」

 成程。確かにこれは話しにくい。他人に向かって『あなたは伝説だ!』と言っているようなものだから。

 「伝説ですか。何か他に情報は無いでしょうか。今は少しでも情報がほしいので」

 「情報ねぇ。あ、そうそう。その伝説の話によると、現れるのは異世界人で不定期的に、まるで現象の様に現れる。現れた異世界人は武装した国家直属の機関の人間に連れて行かれる・・・だったかな?まあ、ただの噂話だからあまり信用なら無いですけどね」

 妙に詳しすぎる説明だな。噂話ならばもっと抽象的でもいいはずだ。なのにどうして。

 「噂話ですよね?事細かい。まるでその全様を全て見ていた人が居るような。そんな気さえしてくる」

 プラウさんは顔を伏せた。少しの間、顔を伏せたまま動かない。何かを悩んでいるように思えた。その間、私と佐伯さんたちは何も言わず。ただ待っていた。

 「この話は私の祖父から聞いた話なんですが、私の祖父が実際に体験した事らしいんです。それを街の皆話している内に伝説みたいになっちゃったんです」

 ハハッと静かな笑みを浮かべるプラウさん。

 その顔はどこか閑散としていて、昔を懐かしむような。そんな顔だった。


  ***


 ドンドンドン

 私達の居るリビングにノックの音が響く。

 「どなたかいらっしゃらないか」

 続けて聞こえる青年の声。その声からは清潔感と勇敢さが汲み取れる。所謂いわゆる主人公気質というやつだ。

 「は~い。今出ます。続きは後で」

 既に食事を終えていた私達はリビングでトランプをたしなんでいた。どうやらこの世界にも、私達がいた元の世界の遊戯あそびが普及しているらしく、チェスやオセロ。花札まである。とても不思議だ。

 「えぇ。えぇ。え!?」

 プラウさんの声が聞こえる。玄関先で話をしているらしく、青年の声は聞こえない。しかしプラウさんがとても驚いている事だけは分かる。

 気になったので言ってみる事にした。なにせ私のモットーは『思い立ったらすぐ行動』なのだから。行かずにはいられない。

 「どうかしましたか?」

 玄関先に立っていたのはプラウさんと・・・青年の姿が見えない。

 2m超えの二足歩行の狼の体に隠れてしまっているのだろうか。体を傾けてみる。

 開けた視界の先に居たのはやはり青年。金色の長い髪を後ろで一つにくくり、鋭く光った眼にはまさしく『正義ジャスティス』といった言葉が似合いそうだ。顔立ちも整っており、身長も2mには及ばないものの185cmには届くだろう。8頭身のモデル体系。理想の主人公といっても過言ではない。

 「慎介さん」

 心配そうな声をだすプラウさん。その先の主人公さんは僕の姿を確認すると、鋭い眼を見開き輝かせた。と、思うと。

 「あなたが新しくこの世界に来た人ですか!!」

 と期待たっぷりの声で。さらに一瞬でプラウさんをはさんでいた私との距離を縮め、私の両手を丁寧に両手で包み込み、顔がくっつくくらいにまで近づけてくる。

 「えぇ。恐らく。もう一人いますが」

 「2人もいるんですか!?それはすごい!!」

 何が凄いのか。何がそんなにも嬉しいのか。何も分からない状態でイケメンに迫られた私は、為す術なくたたずむしかなかった。

 「どうしたの??なんか大きな声が聞こえたけど」

 奥から子供達と出てきたのは佐伯さん。佐伯さんもまた好奇心が旺盛なのか、それともただうるさいのが気になったのか。玄関を確認しに来たらしい。

 目の前で、文字通り目の前で目を輝かせるイケメン主人公さんの目が光源ばりに光ったような気がして・・・いやな予感がする。

 「おぉ!!あなたが2人目ですか!!」

 予感的中。イケメン主人公さんは佐伯さんとの距離を一瞬で詰め、両手を包み込む。依然として目はキラキラと輝いている。

 しかしそんなイケメン主人公さんの主人公オーラを捻りつぶすように睨み付ける佐伯さん。その心の大きさは見習うべきだろうか。

 「用件は何。私この子達と遊ぶのに忙しいんだけど」

 威圧するように捻り出された声。威圧する理由が無茶苦茶だが。

 「おぉそうでした」

 今更気付いたかのような態度を見せるイケメン主人公さん。何をしに来たんだ。

 懐に手を突っ込むイケメン主人公さん。少し探ったかと思うと、出てきた手には丸まった紙が入っていた。とても高級そうだ。

 「ゴホンッ」

 イケメン主人公さんの咳払い。その咳払いは辺りに静けさをもたらす。

 「王国特異特別措置法第十五条により、三河慎介殿。佐伯時雨殿両名に問う。王城に来ませんか?」

 「「「え?」」」

 「「???」」

 今日のプラウ家の玄関先はクエスチョンマーク警報発令だ。









 

 


 

 

 

 

 

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異世界教室 からくり先生 @umareta6410

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